1服藤弘司『 幕府法 と藩法
幕藩体制国家の法 と権力I』 創文社
,1980年
,p.371.2同上書,p.16.
31司上書, pp.12‐ 13.
4同上書,p.17.
5同上書,p.17.
6幕府 は元禄
10(1697)年
「自分仕置令」を制定 し,大
名 ,旗本 な ど封建領 主 の裁判権 を 定 めた。領 主が裁判 (審理・科刑)権
を行使す るこ とがで きるのは,「一領一家 中」す なわ ち 自領 の人別 を有す る庶民 と封建家臣団に限 られ,た
とえ領 内で発生 した事件 であつて も 当事者 。関係者 に他領 人別 の者 が加 わっている ときや,他
領 の者 を相手取 る訴訟 は,幕
府の裁判 となる (浅古弘 ほか編『 日本法制史』青林書院
,2010年 ,p222を
参考 に した)。7服藤
,前
掲書1,p。17.0石井良助は,『民法典の編纂―法制史論集』四巻所収附録第二「近世法制史料集解題」p.338 において,「天下一統之御法度」を総合的幕府法 とし,「御料法」を領主的幕府法 と呼んで いる。
9服藤
,前
掲書1,p.18。10浅古ほか編
,前
掲書 6,p.180。11浅古ほか編
,前
掲書6,p.180.12服藤 , 前 掲 書 1, pp.60, 62. `
13服藤
,前
掲書 1,p.67.期 反藤
,前
掲書 1,p.11.15服藤
,前
掲書1,p。7.16服藤
,前
掲書1,p.295か
ら引用。17服藤 , 前 掲 書 1, p.295.
18神
崎直美 「近世村法の歴史的意義について」 『近世日本の法と刑罰』巌南堂書店 ,1998
年 .
19水本邦彦『近世の郷村 自治 と行政』東京大学出版会
,1993年
,p。19.20浅古ほか編
,前
掲書6,p.181.21水本, 日1掲雇蒙19, pp.22‐25。
22村人分 とは,「「共同体で」決定が下された結果,村人 とのあらゆる社会的関係が絶たれ, その家はほぼすべての相互扶助か ら閉め出された。村人分を受けた者が共同体か ら救いの 手を差 し伸べ られ るのは生活のなかのただ二つ
,す
なわち火事 と葬式のみであるが,そ
の他の人つ一元服・婚礼の儀 。年回忌・ 出産・病気・洪水・旅・建築や修繕 (屋根の葺きか えな ど
)二
は受けられなかった。加 えて,村
人分を受 けた者は無視 されて,寄
合や祭 りにとしている (ヘルマン 。オームス著
官川康子訳『御 ││ビレッジ』ペ リカン社
,2008年
,p.243)。
23『前 田村法集』p.42.
24『山形県史』資料編第18巻
,1976年
,p.455。25前掲書23,p.181.
26前 掲 書 23, p.182.
27『川西市史』第
5巻 ,1978年
,p.594.28『箕面市史』史料編
6,1975年
,p.166.29前掲書23,p.21.
30『群馬県史』資料編第
9巻 ,1977年
,p.261.31水本
,前
掲書 19,p.24.32前 掲 書 23, p.16。
33『津南朝史』通史編上巻
,1985年
,pp.397‐401.34『羽曳野市史』第5巻
,1983年
,lp.589‐590.35「落書起請」とは,「無記名の投票によつて犯人を決定 しようとするもので
,神
々への誓 約 とい う形式をとつた神判」のことである(伊藤喜良「南北朝の動乱」『 日本の歴史』8
集 英社, 1992年, pp.281‐282。)39『小浜市史』諸家文書編二
,1980年
,pp.71‐72よ り筆者一部引用。文 中の 「々」で記 し てい る箇所 は,原
文 の漢字 が常用漢字 ではな く出なかったた め,「々」 とした。(a)
法度状之事―
,松
木ハ不及 申,ゑ
だ にて もき り申間敷候事(三ヵ条略)
一
,他
所 田畑・ 山二て も有之候物 ぬす ミ申間敷候事,何
事二て もか さつお仕候 か,ぬ
す み仕候 か,何
茂右之条 々相背 申者御座候ハ ヽ
,村
の同名 ″ 薔 λ きkぉ
冒 げ,急
度 曲事二 申付可被成候,若
其者 聞 不 申候ハ ヽ,時之御奉行様へ 申上候 て如何様二も可被仰付候,為其村 中寄合惣 中れん判状, 例 而如件梃覧力'長
千 茜峰 寅 ノピ万ギ主曹
仏谷村
二郎大夫 (略
押)
(ほか二五名 略)
37前掲書 28,pp.165‐166よ り筆者‐部 引用。文 中の 「々」で記 している箇所 は
,原
文 の漢 字が常用漢字 ではな く出なかったため,「々」 とした。(b)
村 中法度書之事一
,家
内土蔵財宝何二而 も,井
稲,木
綿,た
は こ,大
豆,そ
ば,麦 ,蕪 ,吉
子,右
之 品々少三て も盗取候者ハ吟味いた し
,御
地頭様江被 申上,如
何様之 曲事 に も可被仰付候 (後
略)
一
,山
林竹木,下
か り,落
葉,井
弐季 の藁,菜 ,大
根右 之 品々少二て も盗取候 ハ
,盗
人札 を相 渡 し,平
生又ハ他所 出候共,さ
げ させ 可 申候(後略)
早保六年 丑二月十二 日 小野原村 百姓
(一四七名連印)
38水本
,前
掲書 19,p。209. │
39水本
,前
掲書 19,p.209.水本
,前
掲書 19,p.209を 要約。41前掲書36,p.69よ り筆者一部 引用。
42水本
,前
掲書 19,p.210。43水本
,前
掲書19,p.210 4水本,前
掲書 19,p.211.45『大宮町史』史料編,p.349.
46水冽ド, 日1掲瑾蒙19, pp.211‐212.
47水本, 日1掲璽蒙19, pp.213, 215.
4水本
,前
掲書19,p.215 4水本,前
掲書19,p.216.50水本
,前
掲書19,p.216.51水本
,前
掲書19,p.28.´52『近江蒲生郡志』第
5巻
,pp.239‐241.53水本
,前
掲書 19,p.29.54朝尾直弘 「日本近世都市の特質一一七世紀の町を中心に―」『 朝尾直弘著作集第六巻』岩 波 書 店, 2004年, p.92.
55同上 書 ,pp.94‐95。
56同上 書, pp。97‐98.
57服藤, 前 掲 書 1, p.297.
58同上 書,p.297.
59「年 始 礼 」 とは
,毎
年 一 月 か ら二 月 にか けて順 次 に弾左 衛 門役 所 へ,年
頭 の あい さつ を す る こ とで あ る。 そ こで は,年
証 文 。人別 帳 を提 出 し,家
別 銀 。職 場年 貢銀 。小屋 役 銀 を 上 納 した。 この年 始 礼 に出 向い た際 に,弾
左衛 門役 所 か ら守 るべ き諸 条 項 。命 令 を 申 し渡され る(塚田孝『 身分制社会 と市民社会一近世 日本の社会 と法―』柏書房,1992年,p.187)。
60同上書,p194.
61同上書,p194.
62同上書,pp.202‐204.
年.
64石井良助『 体系 日本史叢書
4
法制史』山川出版社,1964年
,p.213.65同上書,p。214.
66大藤修 「刑罰の 目的 と体系」水林彪 ほか編『新体系 日本史
2
法社会史』 山川出版社,2001年
, p.336.67「普通刑罰体系」 とは,「とくに科せ らるべ き犯罪が特定 していない点
,基
本 的な体系 と見て よい ものである」 としてい る。以下 は
,普
通刑罰体系 を示 した ものである。「特別刑罰 体系」 とは,主
として盗犯 に対す る刑 (「賊刑 」,「盗刑 」)で
ある点,特
殊 で あ り,ま
た累 犯処罰 の体系 として独 自の意義 を有 していた(平松義郎『 近世刑事訴訟法 の研 究』創文社,1960年, pp.913‐ 914)。
68石井良助『江戸の刑罰』中央公論社
,1964年
.69「閏刑」とは
,特
別な身の者だけに科せ られる刑罰であり,例
えば,斬
罪は武士の間刑, 一派構,一
宗構は僧の間刑である (同上書,p。10)。70J.ホ ール『 日本の歴史
上』講談社現代新書
,1970年
,p.292.71「無礼討ち」に関する研究として
,平
松義郎『近世刑事訴訟法の研究』創文社,1960年
, 服藤弘司『幕府法 と藩法』創文社,1980年 ,谷
口員子 「無礼討ちに見る武士身分 と社会」岡山藩研究会編『藩世界の意識 と関係』岩 田書院
,2000年 ,同
『近世社会 と法規範』吉川 弘文館,2005年 ,同
『武士道考―喧嘩 。敵討 。無礼討ち』角川学芸出版,2007年
などが ある。72大藤, 日嗜掲 書66, p.333.
73「無 礼討 ち」 とい う文言 は
,史
料 用語 で はな く,当
時 は 「手 打 」「討 捨 」 な ど とよばれ て い た。本論文 では,便
宜 上 「無礼討 ち」 とい う用語 を使 うこ と とす る。鏑中叫夕蜂 ″響 液 ・海二雨一一等菫り候と一
﹁織 いい﹂
′ヽ等な報 い難 凛臨 2︑ 死罪 ニ
一等一等
一等
一等
死非之一等軽キ︵ 重違 放二 等重 御仕 憶は 違島 以下 たる へし
︑
長崎市中郷中払
重搬
過料銭綸貫文書手鎖
過料銭五貫文
二十露手銀
7徳川禁令考後集第 二,p。434.
75大藤
,前
掲書66,p.293.76谷口員子 「無礼討ちに見る武士身分 と社会」岡山藩研究会編『藩世界の意識 と関係』岩 田書院
,2000年,同
『近世社会 と法規範』吉川弘文館,2005年
による。77谷口員子『近世社会 と法規範』吉川弘文館
,2005年
,p.255。78早稲田大学中央図書館所蔵 「池田家履歴略記」『池田家文庫藩政史料マイクロ版集成』丸 善
,1992年
,【事例1】79早稲田大学中央図書館所蔵 「池田家履歴略記」『池田家文庫藩政史料マイクロ版集成』丸 善
,1992年
,【事例15】80谷 口 (2005), 前 掲 書 76, p.257.
81早稲 田大学中央図書館所蔵 「池田家履歴略記」『池田家文庫藩政史料マイクロ版集成』丸 釜, 1992年,【事Fl1 26】
82谷 白 (2005), 前 掲 書 76, p。258。
83谷 口 (2005), 前 掲 書 76, p.259.
84谷口員子 「無礼討ちに見る武士身分 と社会」岡山藩研究会編『藩世界の意識 と関係』岩 田書院
,2000年
,p.225.85同 上 書, p.229.
86同 上 書, p.229.
87「助太刀」 とは,「討手を助勢す る者が敵討 に加わること」である (平松
,前
掲書 65,p.575)。
88谷 口 (2000), 前 掲 書 84, p.229.
89谷 口 (2000), 前 掲 書 84, p.230。
90谷 口 (2000), 前 掲 馨争84, p.230.
91多谷 口 (2000), 前 掲 瑳争84, p.231.
92谷 口 (2000), 前 掲 書 84, p.232.
93̀谷口 (2000), 前 掲 窪争84, p。232.
94ねこ口 (2000), 前 掲 灌184, p。238。
95谷 日 (2000), 前 掲 書 84, p.239.
96谷日 (2000), 前掲書84, pp.243‐244を参考 とした。
97武士 に対す る厳罰 について平松義郎 (1960)は
,次
の三′点を指摘 してい る。「特定の犯罪 については,武
士 は庶 民 よ り重 く罰せ られた。窃盗罪お よび博変罪がその代表的な もので ある。盗罪 は,庶
民 において は,盗
の態様,財
物 の金高,犯
行 の場所,度
数 に よつて,種
々の構成要件 を分 ち