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第3章  言語転移研究における認証方法と課題

第1節  言語転移の認証に必要な条件

韓国語には日本語と同じく形容詞と名詞の間に「の」を必要とせず、中国語では修 飾される名詞の前に「の」に相当する「的」を必要とする。ここから,一方が正の転 移で,他方が負の転移であるとの仮説をたてるとする。しかしその仮説が支持される

べきものかどうか判断するには,それを検証する意味において,少なくとももう1言 語必要であると考える。

このケースの場合、名詞句における形容詞による修飾部と被修飾名詞との間に韓国 語と同様に「の」に相当するものを必要としない英語を母語とする学習者の発話例を 見てみたいo この場合、韓国語母語話者と同じように英語母語話者にも「の」の過剰 使用がみられなければ,正の転移の可能性が高いと言えよう。しかしながら、英語を 母語とする学習者にも「イ形容詞+の+名詞」とする中国語母語話者と同じ誤用がみ

られた。

(3)英語

英語母語話者

red flower (赤い花)

「*あかいの花」

このことから, 2言語の構造上の比較と誤用の出方から推測された,韓国語の正の 転移と中国語の負の転移という仮説は棄却されることとなる。このように、言語転移

の判定には2言語のみの比較は不十分であり、仮説や結果の裏付けとなる第3番目の 言語が必要であることがわかる。

迫田(1997)も指示詞の習得研究において,言語数と言語構造の相違から同様に言語 転移の認証の問題点を指摘している。申(1985)は韓国語話者を対象として調査を行い、

ソとアの使い分けの誤答率が高いことについて、韓国語と日本語の指示詞のずれが誤 用の原因であると述べ,新村(1992)もアメリカ在住の日本語学習者に調査を行い,同

じくソとアの使い分けが学習困難であることを,日本語のコソアと異なり,英語は二 項対立指示体系(this/that)であると,母語の違いに原因を求めている。しかし迫田 (1992),迫田(1993)では指示体系が二項対立の英語や中国語を母語とする学習者と, タガログ語や韓国語のように三項対立の学習者に分けて調査を行った結果,母語の違 いにかかわらずソとアの使い分けは困難であることを示し、言語転移とは言えないと 結論づけた。

以上のことから、言語間の構造上の相違点,類似点を把握することは必須条件であ り, 1、 2言語を対象とし、目標言語との比較のみから言語転移と結論づけることは 危険ゆえ、避けるべきだと言える。言語転移の有無を考察するには少なくとも3言語 必要であると言えよう。

しかし複数の言語を対象としたからと言って,構造上の相違により言語転移の様相

が全て明らかになるわけではない。それは表層的レベルで観察できる言語転移にすぎ ず、より深いレベルでの言語転移を探究し、さらに詳細な研究をおこなうための足が かりであることを認識すべきである。なぜなら,それだけでは言語転移がいっ,どの

ような場合に作用するのかを説明することができないからである。言語転移の様相を 探るには,先に示した英語母語話者の「の」の過剰使用例において,対照研究の結果 からの逸脱が観察されたが、そのような逸脱の度合いや理由を産み出す心理作用の差 を考えなければならない。そのためには、言語転移に関与するであろう他の条件につ いても考慮し検討する必要があろうo

3‑1‑2 習得レベル

Odlin(1989)は,言語転移は個人的差異や,使用状況などの「非構造的」要因と相互 作用するため, 「言語構造的」の比較以上のものが必要であると述べている。ここで は,個人的差異に含まれる習得レベルにつし†て、 「の」の過剰使用に関する研究を通

し,言語転移の認証の条件を考察する。

白畑(1993a),白畑(1993b)は,第一言語習得過程にも「の」の過剰使用による誤用 (例: *大きい旦わんわん)が観察されるという先行研究からの報告と,タイとマレ ーシアの成人学習者2名、韓国人幼児1名を初級から中級にかけて縦断的に調査した 結果から, 「の」の過剰使用による誤用は年齢や母語、第一言語習得,第二言語習得 に関係なく、日本語の習得過程に見られる普遍的な発達過程であると結論づけている。

しかし迫田(1999)は、中国語話者,韓国語話者,英語話者の初級から超級までを対 象とした会話データ(KYコーパス)を分析した横断的研究の結果から,中級学習者

には中国語,英語,韓国語母語話者の全てに「の」の過剰使用による誤用が見られる が、上級では他の母語話者と比べて中国語話者に誤用が多いことを示した。ここから, 発達段階によって特定の母語話者に異なる傾向がみられる場合があることがわかる。

そして、言語転移が、誤用の消滅時期あるいは表出時顛‑の影響という形で作用して いるのではないかとし1う可能性が浮かび上がってくるo

つまり学習段階を統制して比較することにより,言語数を増やすだけでは見えてこ ない過程的転移の可能性が見えてくると言えよう。この習得レベルによる母語の違い が、過程的転移であるかどうかを明らかにするには縦断的な調査も含め,更なる手続 きが必要であるが,言語転移の様相を知るためには,習得レベルを考慮することは不 可欠であることがわかる。また、コミュニケーションの成功の可能性が高まると思え ば学習者は自分が持っている既知の言語知識に頼り, L2の不足量が多ければ多いほど 借用量が多くなる(Corder 1981)と考えられることからも, L2の知識量,つまり習得

cfc

レベルを統制することは言語転移を考える上で必須の条件であると考える。そして, その際には,習得レベルの測定方法も重要であろう。他の研究との比較を可能にする ためにも,標準化されたものを用いるのが望ましいと考えるo

3‑1‑3 調査方法とその他の要因

上記で取り上げた言語の構造上の相違や習得レベルの他にも、考慮すべき要因とし ては、どのような状況で用いられたものなのか、どのような調査方法(課題)で導き 出されたものなのかという状況的文脈からの考察が必要である。文法性判断テスト, 誤用訂正テスト、文完成テスト、作文,発話調査など,どのような方法によって導き 出された結論かによって、言語転移がどのような場合に作用するのかを考察すること が出来る。理解レベルにおいて作用するのか、運用レベルにおいて作用するのか、言 語処理との関連性から言語転移を捉えるには,単一ではなく複数の方法を用いて検討 することが必要であろう。

またOdlin(1989)は,言語転移に関与する要因として、学習環境や年齢などを挙げ ており,言語転移は母語からだけではなく、母語以外の既知言語からの転移も想定さ れることから,学習者の背景調査などを通して、考慮し統制すべき観点であると言え

る。しかし、言語転移に関与する要因を全て統制することは現実的には非常に困難で あるため,まとまった数の被調査者群や統計的な処理が必要である(Josh andH。mburg 1983)ことも、実際の調査において配慮すべき点である。

以上のような条件を伴う克明な資料の蓄積によって初めて、言語転移という精神作 用の核心に迫ることが可能になる(丹下1989)と考えられ,認証方法には慎重な手続

きが求められる。