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第6章  「の」の過剰使用にみられる言語転移の可能性

第4節  6章のまとめ

本章では、先行研究の発話調査から示唆されていた上級日本語学習者の「の」の過 剰使用における言語転移の可能性について,言語転移以外の要因も含め, 3言語の名 詞句の差を踏まえた上で、文法性判断テストという発話調査とは異なった方法を用い て追究した。統計的な分析を経て考察した結果、主に以下の4点が導きだされた。

(1)上級の中国語母語話者に「の」の過剰使用が多く見られる要因として特に動詞修 飾において、中国語の負の転移の可能性が高い。また韓国語母語話者に「の」の 過剰使用が中国語母語話者に比べて少ないのは韓国語の言語構造が正に働いた正 の転移の可能性が高い。

(2)中国語母語話者が修飾部の品詞にかかわらずより「の」を過剰使用することには、

中国語の転移が関与している可能性が高い。

(3)上級にみられる「の」の過剰使用は、発達の過程上みられる現象が母語の影響に よってある発達段階に長くとどまるなどの「過程的転移」であると解釈され得る。

(4)学習者は効率よく習得しようとする言語処理のストラテジーにより,母語にかか わらず特定の被修飾部と「の」をひとかたまりとして認知し用いようとする。し かし中国語母語話者はこの言語処理のストラテジーに言語転移が加算的に関与す るため,他の母語話者と比べて誤用も正しいと受容する傾向にある。

以上のことから,上級で示唆されていた母語による差は、統計的にも言語転移の可 能性が高いことが明らかとなった。一般的に初級レベルの学習者に多くみられると言 われている負の転移であるが、この結果から,上級であっても会話や本調査のような 即時性が求められる場合には言語転移が作用している可能性を指摘し得る。

また、上級において中国語母語話者に多く見られる要因として学習者が効率よく学 習しようとする言語処理のストラテジーと言語転移の関連性についても示唆された。

次章では本研究で示された上級における言語転移の様相について,理解と運用とい う側面から,誤用訂正テストとOP Iの発話データを合わせて言語転移とそれ以外の

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要因との関連性を含め考察をすすめる。

(1)縦断的な発話調査において韓国語母語話者は対象に含まれていなかったが,日本 語と名詞句における「の」に相当するものの使い方が類似しているため、比較対 象として適していると判断し,量的検討を行う横断的調査において対象とするo (2)中国語は基本的な語順がVOであるため、もし「坐的車(のる車) 」から「的」を

とり「坐車」のようにすれば「車にのる」となり,意味が変わる(水野1993) (3)中国語の名詞修飾で「的」を用いない場合の詳しい記述は、 (水野1993:75)を

参照。

(4)名詞修飾における「句」と「の」の使用の詳しい比較は、朴(1997‥ 92‑109)

を参Hrt二

(5) 「の」と特定の語をひとかたまりとして捉える定式化された表現を的確に表現す る定着した用語は未だなく,用語の選択に悩むが,前章の発話調査においては特 定の語が「とき」 「ために」 「ほう」 「ような」に示されたように,具体的な意 味を持たない語に多いことが示されたため、学習者がある習得段階において,そ れ自体あまり意味を持たない格助詞や冠詞を隣接する名詞と共にひとかたまりと して処理するストラテジー「ユニット形成のストラテジー」 (迫田2001)に近い と捉え、便宜上本研究の調査におけるそのような定式表現による調査項目カテゴ リーを「ユニット」と表すこととする。

(6)フォード・小林・山元(1995)では, SPOTテストの有テープ版と無テープ版を比較 し,音声を伴う場合には即時的な処理能力が要求されることを示している0 (7)産出レベルにおける「の」の過剰使用を調べるものではなく、学習者の受容レベ

ルにおける判断によって,母語による受容基準の違いを比較し,誤用を産出する 可能性の違いを検討するものである。

(8)調査実施者は筆者と調査の目的・内容をよく把握している調査協力者との2名で ある。

(9)各母語に直訳した場合の「の」に相当するものの有無に関して、選定語句を見直 した結果,一部不適合が見られた為(正用と誤用各1間)それらを除いて検定に かけたo

(10)第5章の発話調査で個人内で定式化して用いられていた4パターンに加え,個 人間において非常に多く用いられていた「こと」を加えた。

(ll)調査に用いた「色々の」 、 「特別の」のナ形容詞の活用語尾は日本語自体にゆ れが存在しており(林(監) 1982‥352) 、結果を左右する可能性があるが、発

話調査から学習者に不自然な「色々の」 「特別の」が多く見られていることや, 調査に用いた「色々の感想」 「特別の化粧品」について母語話者にその許容度 調査を行った結果、各々20名中20名、20名中17名が不自然であると判断した 為、誤用と判断した。念の為「色々の」 「特別の」を除いて検定にかけたが、

有意差の出方に差は見られず結果は変わらなかった。

(12)文法性判断テストで正用を正用と判断することと,誤用を誤用と判断する能力 は、同質とは言えないため(坂本・小山1997) 、正用と誤用は分けて分析を行 った。

(13)実際の発話においても正用と誤用が同時に出現している。

(14) odlin(1989)は母語と目標言語の距離が大きいか小さいかは習得に影響を与え, 類似していることが正の転移に働くと述べている。

(15)白畑(1995)は誤用分析が盛んな1970年から1980年代にかけての英語習得研究 を概観し,語順に関する誤りの比率は他の誤りに比べて非常に低いことを示して いる。

(16)小山氏(私信による原稿)も「の」の過剰使用は,学習者の母語は誤用の直接的 な原因というより,誤用の克服を遅らせる要因のひとっであるとして, 「過程 的転移」に説明を求めている。

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