第5章 日本語学習者における「の」の過剰使用の特徴
第1節 縦断的な発話調査に基づく「の」の過剰使用の特徴
5‑1‑1調査の目的
上級を視野に入れた縦断的な調査を実施し,学習者の「の」の過剰使用の状況と特 徴を、修飾部と被修飾部に注目して分析し, 「の」の過剰使用の要因を具体的に検討 する。
5‑1‑2 調査の方法
コースの学年開始時と終了時(1)という縦断的な2時点において行われたOP Iに基 づくテスターとの会話(2)を録音し、レベル判定,文字化したものを資料とする。学年 開始時と終了時の時間的間隔は約10ヶ月である。被調査者は京都外国語大学の留学生 別科に在籍する学生22名(中国語母語話者11名,英語母語話者6名,仏語母語話者
1名、西語母語話者1名、独語母語話者3名)である(3)。表10に被調査者の母語と OP I判定の推移を示す。
57
表10 被調査者のレベルの推移 時期
レベ ル
被調査者 ▲
学 年 始 め 学 年 終 わ り
レベル レベル
中国 1 初 上 中上
中国 2 初 下 中下
中 国3 初 下 中下
中 国4 初 下 中下
中 国5 初 下 中下
中 国6 中 中 中上
中 国7 中 上 上 下■
中 国8 中 中 上 中
中 国9 中下■ 上 下
中 国 10 上 下 上 上
中 国 11 上 下 上 上
英 語 1 初 上 中 中
英 語 2 初 下 中 中
英 語 3 中上 上 中
英 語 4 上 下 上 中
英 語 5 中下 中上
英 語 6 中 中 上 下
仏 語 1 中下 中上
西 語 1 中 中 上 下
独 語 1 中上 上 下
独 語 2 中 中 上 上
独 語 3 上 下 上 中
(注)レベルは主レベル(初級・中級・上級)とその下位レベル (上・中・下)を表している。
5‑ト3 調査の結果
表11の分類に基づき(4),正用は「O」、 「の」の過剰使用による誤用の場合は「●」、
出現しなかった場合は「‑」で、名詞句における「の」の使用に関して,正用・誤用 を含め,表12,表13に表示する。その表示はそれらが会話の中に一回でも出現した ことを表している。
表11名詞句における「の」の使用の分類 分類 例文 NPのNP(名詞+の+名詞)
iAのNP(イ形容詞+の+名詞) iANP(イ形容詞+名詞)
naAのNP(ナ形容詞+の+名詞) naANPCナ形容詞+名詞)
VPのNP(動詞+の+名詞) VPNP(動詞+名詞)
他(上記以外の「の」の付加)
韓国のソウル 大きいの車 大きい車 きれいのところ きれいなところ 昨日いったの店 昨日行った店
(正用) (誤用) (正用) (誤用) (正用) (誤用) (正用) おいしそうですの感じ (誤用)
59
表12 初‑中級レベルの結果
学 年 始 め N P の iA O
IA N P n aA の N aA ∨P の
∨P N P 他 学 年 N P の iA の
iA N P n aA の N aA ∨P の
∨P N P 他
N P N P N P N P N P 終 わ り N P N P N P N P N P
中 国 1 初 上 ○ ‑ ‑ ‑ ‑ I ‑ ‑ 中上 ○ ■ ○ ‑ ○ ー ○ I
中 国 2 初 下 ■ ‑ ‑ I ‑ ‑ ‑ ‑ 中下 ○ ● ○ ● ○ ● ■○ ●
中 国 3 初 下 】 ‑ ‑ ‑ ‑ ー ■ ‑ 中下 ○ ● ○ ■ ○ . ○ ‑
中 国 4 初 下 ‑ ‑ I 一 ‑ ‑ 】 , 中下 ○ ● 【 ■ ○ ● ‑ 一
中 国 5 初 下 ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ t ‑ ‑ 中下 ○ ‑ ー ■ 【 ● ○ ‑
英 語 1 初 上 ○ ● l ○ ● ‑ ‑ ‑ ‑ 中 中 ○ ‑ ○ ■ ○ ‑ ○ ■
英 語 2 初 下 t ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ‑ ー 中 中 ○ ● ○ ● ○ ● ■○ I
表13 中上級レベルの結果
学 年 始 め N P の ⅠA の
IA N P n aA の N aA ∨P の
∨P N P 他 学 年 N P の iA <7)
iA N P naA の N aA ∨P の
V P N P 他
N P N P N P N P N P 終 わ り N P N P N P N P N P
中 国6 中 中 ○ ● ‑ ○ ‑ ○ I ○ ● 中 上 ○ ● 一 ○ ● ○ I ○ ‑
中 国7 中 上 ○ 一 ○ ● ○ ‑ ‑ ● 上 下 ○ ● ○ ● ○ ● ○ ■
中 国8 中 中 ○ ‑ ‑ t ○ ‑ ○ ‑ 上 中 ○ ‑ ○ I ○ ● ■○
ー
中国 9 中 下 ○ ‑ ○ ‑ ○ ‑ ■ ‑ 上 下 ○ ● ‑ ○ ● ○ ● ○ ●
中国 10上 下 ○ ‑ ○ ■ ○ ‑ ○ ‑ 上 上 ○ ‑ ○ ● ■ ○ ● ○ ‑
中国 11上 下 ‑ ‑ ○ ‑ ○ ‑ ○ 【 上 上 ○ ● ○ ● ■ ○ ‑ ○ ‑
中国 12 中上 ○ ● ○ ‑ ‑ ‑ ○ I 上 中 ○ ■● ○ 】 ○ ‑ ○ ‑
英 語 3 上 下 ○ ー ○ I ○ ‑ ○ 【 上 中 ○ ● ○ ‑ ○ ‑ ■○ ‑
英 語 4 中下 ○ ‑ ○ ‑ ○ ‑ ○ ‑ 中 上 ○ ■ ○ ‑ ○ ■ ○ ‑
英 語 5 中 中 ○ ‑ ○ ■ ○ ■ ○ ■ 上 下 ○ ‑ ○ ‑ ○ ● ○ ‑
仏 語 1 中下 ○ ● ○ ‑ ○ ■ ○ ‑ 中 上 ○ ‑ ○ ● ○ ‑ ○ ‑
西語 1 中 中 ○ ● ○ ■ ‑ ○ ‑ ○ ‑ 上 下 ○ ー ○ ‑ ○ ■ ○ ‑
独 語 1 中 上 ○ ‑ ○ 【 ○ ● ○ ■ 上 下 ○ ‑ ○ ■ ○ ‑ ○ ‑
独 真吾2 中 中 ○ ‑ ○ ‑ ○ ー ■ ● 上 上 ○ ー ○ ■ ○ ‑ ○ I
独 語 3 上 下 ○ ■ ○ ■ ○ ‑ ○ ● 上 中 o ‑ ○ ‑ ○ ‑ ○ ●
61
表12によると、母語にかかわらず来日直後の初級段階では、まだ名詞句そのものの出現 が少なく「の」の過剰使用もみられないが、中級になると形容詞や動詞を用いた名詞句の 正用のほとんどが出現し,誤用も出現するようになることがわかる。表13からは,学年終 わりの上級レベルにおいて、中国語母語話者は他の母語話者と比較し、 「の」の過剰使用 が多くみられることがわかる。その点について、個人内の推移を観察すると,学年始めの 中級で出現した「の」の過剰使用が消滅せずに残る学習者(7名中3名)や、学年始めの 中級の時点では「の」の過剰使用が出現していなくとも、学年終わりの上級になって出現
(7名中4名)する学習者が多いことが明らかとなった。
また,中国語母語話者は個人内において,修飾部がイ形容詞、ナ形容詞、動詞という複 数の種類に広範囲に「の」の過剰使用が見られる傾向にあるが(6名中5名) 、他の母語 話者は複数の品詞にまたがって出現することはほとんどなく,異なった傾向にあることが 示された。また,誤用のみが出現することはなく、正用とともに出現しているo
以上の学年始めと学年終わりの各レベルの「の」の過剰使用の縦断的な変化、各母語話 者の傾向を通して明らかになった結果を以下にまとめる。
(1)初級の名詞句がまだ出現しない段階では「の」の過剰使用はみられないが,中級になり 様々な品詞を用いた名詞句の出現に伴い, 「の」の過剰使用が現れるようになった。
(2)学年終わりの上級レベルにおいて,中国語母語話者は他の母語話者と比較し、 「の」
の過剰使用が多くみられた。
(3)中国語母語話者には,上級になっても「の」の過剰使用が消滅せずに残る学習者や上 級になって誤用が出現する学習者が多かった。
(4)中国語母語話者は修飾部の品詞にかかわらず,広範囲に「の」の過剰使用が見られる 傾向にあった。
(5)誤用のみが使用されることはなく、正用も同時に観察された。
5‑ト4 横断研究との比較
同じOP Iを用いた発話資料の分析である迫田(1999)の横断的調査の結果は第4章で述 べたとおりである。ここで、縦断的な本調査の結果と比較するため,もう一度横断的調査 の分析結果を以下にまとめる。
(1) 「の」の過剰使用は母語にかかわらず中級の学習者に多く観察される0
(2)誤用と正用が同時に観察される場合も多く、必ずしも誤用のみが使用されるとは限ら ない。
(3)超級レベルではすべてのグループで「の」の過剰使用による誤用は消滅している。
(4)中国語母語話者には,上級において、他の母語話者よりも多く観察される。
(5)母語の違いにかかわらず「イ形容詞+の+名詞」の誤用が多い。
上記の横断的調査の結果と今回の縦断的調査の結果を比較すると、本調査においても学年 終わりの中級(表12参照) 、学年始めの中級(表13参照)の結果から、中級では母語に かかわらず「の」の過剰使用がみられる傾向が観察され、横断研究の結果と‑敦する。ま た、誤用と正用が同時に観察されるという点においても横断研究と一致している。ここか ら,初級から中級に進み、名詞句が使用されるようになると母語にかかわらず「の」の過 剰使用が出現し、正用と混在すると考えられる。
今回の縦断的調査では超級に到達した学習者がいないため、横断で示された,超級になる と誤用が消滅するという仮説を縦断的に確認することはできないが,上級レベルでは,他 の母語話者と比較して中国語母語話者に「の」の過剰使用による誤用が多いという点も横 断研究の結果と一致した。
また、今回の縦断的な個人内の観察から,新たに上級になっても中国語母語話者は誤用が 消滅せずに残る傾向があることや,学年始めの中級の段階において「の」の過剰使用が観 察されなかった学習者であっても,学年終わりの上級にな‑;て誤用が出現したり増加した
りする傾向にある学習者が中国語母語話者に多いという見解が得られた。
また,横断的研究の結果では,母語にかかわらずイ形容詞に多く「の」の過剰使用がみ られたが、本研究の結果では,中国語母語話者は他の母語話者と比較し、複数の品詞にま たがって誤用がみられるという異なる結果が示され、この点に関しても検討が必要である
ことがわかる。
以上、同じOP Iという材料とレベル判定による横断研究との比較から「の」の過剰倭 用の特徴が明らかとなった。以下に横断研究と縦断研究の結果から導きだされた第二言語 習得過程にみられる主な「の」の過剰使用の特徴を示す。
(1)中級では母語にかかわらず「の」の過剰使用がみられる。
(2)上級では中国語母語話者は他の母語話者と比べて「の」の過剰使用が多い。
(3)それは、上級になっても誤用が消滅せずに残ったり、上級になって出現したりする傾 向を示している。
m