言語転移の具体的な内容について,誤用,回避,過剰表出、促進作用、過程的転移、
母語以外からの転移という多角的な6つの観点から先行研究を整理し概観した結果, 言語転移は習得のスピードや発達順序に影響を及ぼすこと,言語間の距離や、学習者 の心理的構えが関係していること、文化的・社会的な転移や、母語以外の学習言語か
らの転移も存在することなどがわかり、言語転移の多様性が実証的に検討されつつあ ることを示すことができた。しかしながら,言語転移研究には大きく3つの課題が挙 げられるo
第1の課題は,言語転移の認証方法の問題である。中間言語が目標言語‑と近づく 過程において様々な作用を及ぼす言語転移の様相を捉えるには,言語間の違いをふま えた上で,複数の母語話者を対象として発達過程の相違を検討し,レベルやその他の 要因にも十分留意した上で,様々な手続きを経て認証する必要がある。しかしこれま での言語転移研究において,方法論的妥当性を経て、言語転移を認証したと言える研 究は未だ少なく、大きな課題であると言える。
第2の課題は、言語処理レベルと言語転移との関連性が明らかではないことである。
理解レベルの知識とそれを遂行する運用能力までを包括的に捉える中間言語に,どの ように言語転移が作用するのかを知るには,言語転移も双方のレベルから捉える必要 があるが、これまでのところ,言語転移と理解・運用レベルの関連性については、ほ
とんど議論がなされていないo
Ellis(1994)は、学習者内言語の共時的な多様性を体系的なものと,非体系的なもの (自由な多様性)に分け,体系的なものは,言語学的文脈,状況の文脈,心理言語学 的文脈に関連する外的要素の結果として起きると分類している。言語学的文脈とは問 題となる多様な構文や語の前後の要素に関連したものであり,状況の文脈とは、場面、
トピック、目的など八開達したもの、心理言語学的文脈とは、その言語遂行に対して どのくらいの時間的猶予を許すか,またモニター行為をどの程度抑制するかの程度を 指す。しかしながら,これまでの研究の多くが多様性に関連する言語学的文脈、状況 的,心理言語学的文脈のうち,一つの要素に焦点を置いてきたことを指摘している。
言語転移研究も言語転移にみられる多様性を,異なる言語処理レベルを含めた多角 的な観点から、その様相を明らかにする必要があろう。
また、言語転移はこれまで、目標言語の知識を補うために,母語の知識を借用する ことから,初級段階に一番多く見られると報告されてきているが(Taylor1975, Corder 1981) ,上級における言語転移の様相は未だほとんど明らかではないo上級では一定 の目標言語知識は備わっていると考えられることから、上級レベルにおける言語転移 の作用を知る上においても,理解レベルと運用レベルの双方から言語転移を捉えるこ とは必要であると考える(3)
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第3の課題は、言語転移と言語転移以外の要因との関連性についての検討が不十分 なことである。習得過程のメカニズムを解明するには、多元的な要因の特定だけでは なく、それらがどのような関連を持っているのかという説明も必要である。学習者言 語の複雑性と多様性を説明するには,それぞれの要素がどう相互に影響し合っている かを研究するアプローチが必要である(Ellis 1994)誤用内容の細かな検討による, 言語転移と言語転移の諸要因との関連性を示す実証的データが不足しており,必要と
される。
以上の問題意識を持って,本研究では、第二言語としての日本語の習得過程に作用 する言語転移について、 「の」の過剰使用を取り上げ、実証的に検討してゆく。
荏
(1) Dulay& Burt(1973), Dulay& Burt (1974a), Dulay& Burt (1974b)が提示した第 二言語習得過程を説明する仮説。生得主義的な言語習得観を第二言語習得に取り入 れたものであり,第二言語習得は子どもか成人かという違いによらず、また環境か ら与えられる刺激に対して反応を習慣形成するものでもなく、生得的に与えられて いるメカニズムに基づき,学習者が言語体系を構築する過程と捉え,第一言語習得
と基本的に同じ過程を踏むものであると主張する。
(2)この点において本論は生得主義的立場とは異にするが,ch。msky(1965)が指す言語 能力及び、仮定される生得的な言語習得システムを否定するものではない。
(3)山岡(1997‥ 236)も, 「転移を言語知識上の問題と,その知識の運用上の問題 に分けて考えることも必要であるo 」と指摘している。