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ドキュメント内 『宗教研究』233号(51巻2輯) (ページ 79-94)

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教を他の宗教のモデルと考えたと 

る会議においても︑宗教学者のも 

いる部分のように︑表面には出て 

の︑前提的な問題でありながら︑ 

は理解し難い宗教たとえば︑ 

である︒  ころに大きな難点があった︒それ以来今日に到る まで︑宗教の相互理解を目的とす 

つ と学術的な会合においても︑宗教のモデルの 違 いは︑丁度氷山の水の下に隠れて  こないけれども︑厳然として存在しているのであ る ︒それは︑宗教学の方法論以前 

宗教現象理解に大きな影響力をもっものである︒ また︑今まで受容されたモデルで 

日本や中国及び中米の宗教などの取扱い方 ほ ついても︑問題が残されているの  宗教学における綜合的︑あるいは融合的理解に 関 わって直面する多くの問題の一つが︑﹁宗教を 思索する場合・に お 

げ ろ モデル﹂の問題である︒前述のごとく︑ 宗 教学は十九世紀に生を けた学問であるが︑初期 の 宗教学者は哲学・ 

神学・言語学・歴史学などの訓練を受けた人々 であった︒その中で︑聖書 学 ︑殊に旧約聖書学田 身の宗教学者には︑ 

近東地方の宗教︑とくにセミティックの宗教を すべての宗教を研究するためのモデルとして無意 識 的に考える傾向が  あった︒これに反して︑ユダヤ教 と キリスト教 の ﹁啓示﹂に反抗した啓蒙主義者の中には︑ セ︐ ︑ティックならぬ︑ へ 

レ ニスティックなもの︑たとえば︑古代ギリシア 神話に現われた宗教形態をあらゆる宗教の研究 の モデルとした人 衣 

がいた︒も う 一方で︑十九世紀末から︑インド ほ ついての関心が高まり︑ ョ ー ッ パ人種と血を 同じくするインド人 

の 祖先の宗教こそ世界諸宗教のモデルであると 考える学者が現われてきたのである︒さらに︑ 人類学の発達ととも 

に ︑宗教や文化の起源を︑もっとも原始的な人 種の生活形態の中に見出そうとする傾向が現われ ︑今日でも︑宗教学 

者や人類学者の中には︑原始宗教こそすべての 占 示教 の モデルであると考える人が少くない︒宗教 研究のモデルの問題 

は 今に始まったことではなく︑既に一八九二年︑ シヵゴ で万国宗教大会が開催されたときにも︑ 一 部の人が気付いたこ 

  とであった︒あの会議は︑世界のすべての宗教 の 相互理解と協力をたてまえにしたが︑各宗教の 代表が︑それぞれの 宗 

(196)  80 

朋 。 代のアメリ 

糊代 

的 ﹂なものとを・あまりにも強く区別す る 傾向である︒この傾向は︑社会学・人類学・ 歴 史学の学者の間にもかな   

ヵり 

多く見出されるが︑宗教学者の間にも 決 して 少 いとはいえない︒かれらが﹁伝統的﹂とい 5 場合︑それは既に時代  おくれになった価値とか︑近代以前にのみ通用 した世界観を指し︑それらを﹁宗教﹂と同一視す ることが多いのであ 

‑ わち宗教︑すなわち近代以前という考え方﹂  る ︒その ょう な考え方は︑﹁伝統﹂と﹁宗教﹂ 

︑あるいは︑﹁近代性︑すなわち世俗・あるいは  の 両者に対する誤解に 甚 くものである︒にもか かわらず︑﹁伝統︑すな 文宗教主義︑すなわち 

81  (197) 

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にとって今一つ大きな問題は︑﹁伝統的﹂なもの と﹁ 近     そうした歴史的な宗教のモデルそれは多く の場合において︒それらに依存する学者自身があ まり意識していな 

いのであるがに飽き足らぬ人人は︑歴史的な 宗教の境界線を越えた︑ 異 った意味のモデルを 求めることが多い︒ 

たとえば︑宗教の信仰や形態の違いを超えた︑ 心 理学的あるいは社会学的次元に・宗教儀礼︑ タ フ Ⅰカリスマ ︑神  話などの類型的モデルを追求する努力は︑社会 科学に親近感をもつ宗教学者によってよくなされ ることであるし︑ こ  ねからもなされるであろう︒このような︑方法 論 的なモデルの有効さは広く認められるのである が ︑それで前述した  歴史的宗教のモデルの弱点を補 う ことはできて も ︑歴史的宗教のモデルの問題の解決を得るとい ぅ ことでないことは 

明らかである︒ 

結論的にいえば︑宗教学は︑歴史的宗教に基く 

ね  本数そのもののモデル︑及び方法論に基 

く 類型的 な モデルなどを 考  慮に 入れた﹁モデルのモデル﹂のようなものを 必要とするのであるが︑今日のアメリカの宗教 学界の現状から申せ  ば ︑その ょう な理想に到る道はまだまだ遠いと Ⅴ 

宗教学は人文学的な宗教についての学問であり︑ その学問的基礎は︑人文学の原理に従い︑ 

理解と研究方法であるということである︒  クラシヵルな山示教現象の  なことである︒この方程式に ょ れば・近代性の みが重要であり・近代以前の宗教・あるいはその 他の ﹁伝統﹂は無価 

値なものと考えられる︒かれらは︑とり残され た 過去に対する無批判的な結論︵︵ ra 臼疽 ︶と︑ せ 日から今日まで生 き生  ぎとした役割を果している過去の遺産︵ 蕾 日什 ざ ︶ とを混同してしまったのである︒宗教には︵ Ⅰ ゅ伍 ぎのヤ田Ⅱの 倖ぎド 0  ノし  の 両面があることは事実であるが︑それを認めて 尚 かっ︑宗教を︵ ra ま ta の側面だけに同一視す ることは︑ガンジー ︵ 旨 P ダ弾日 りの曲 コ ま︶ や ︑ M .L . キソグ ︵紙銭 ︵Ⅰ コロ ut オ 笛木 ぎ ⑨などの例をみても明らかな ように︑伝統と宗教 

の 両方の意味の履き違えにょるものであろう︒ 

なお︑﹁伝統的なもの﹂と﹁近代的なもの﹂と い う 問題に関連して忘れられてはならないことは ︑宗教学の基礎と  なるものは他の人文学のそれと同じように︑﹁ 近 代的 ﹂なものではなく︑﹁原始的﹂なものでも なく︑﹁クラシカル﹂ 

な 宗教現象についての理解・並びに研究方法な のであるということである︒人文学的な知識は ︑ 自然科学や社会科学  と異 ったものであり︑宗教についていえば︑ 文 献や歴史的資料をこなすことによって︑たとえば ︑前述のレッドフィ 

|ルド の表現を借りると︑宗教を把握し︑自己 の 知識の中に︑宗教を﹁建造物のように知的な組 職 として構成する﹂ 

ことを主眼とするものである︒そして︑その ょぅ な ﹁クラシ ヵル ﹂な宗教の組織的理解を標準と して︑古本教学者は︑ 

近代的な宗教現象︑あるいは︑クラシカル以前 の 宗教現象を﹁宗教学的︵〜のト田 o ︒ m ふ めコ ︵ pb 円 O ︶﹂に 理解しょうとするの  であるということは︑宗教学は社会科学 よ り 劣 っているとか︑あるいは逆に近代的な宗教現象と 直接に取組む社会学   や ︑現存の﹁原始的﹂宗教と直接に取組む人類 学 が的を外れているということを 必 らずしも意味 しない︒要するに︑ 

(198) 

合理的・科学的な考え方﹂という方程式のよ う なものが︑宗教学者たちによって受容されている 場合があるのは残念     

        

リカ における宗教学 

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人類の歴史に現われた宗教現象の理解を志す 宗 教学者として︑ 異 った人種︑文化︑宗教の相互 理 解 ︑協力に力を貸す 

ことは有意義なことである︒ 

︵付記本稿は︑日本学術振興会外国人招への研究者と して来日した折に︑諸大学で行なった講演原稿に加筆 したものである︒︶ 

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書評と紹介 

書評と紹介 

武田清子 著 

﹁正統と異端の あいだ 

1日本思想史研究試論 | ﹂ 東京大学出版会一九 セ 六年九月 

は川  令子 

著者がこれまでの二十余年間の研究生活において終始 一貫し  て 追求して き たものは︑近代における﹁日本の土着 思想﹂と 

﹁キリスト教﹂︵異質の価値体系︶との出合い方を ︑日 本 思想  史 研究の一つのアプローチ︑一課題として問うことで あった︒ 

そして両者の出合い方︑各々の内包する﹁ メ セージ ﹂の利ナ 班  の 仕方をめぐって ︑ 先に公げにした﹁人間観の相剋 口 ︵一九五  九年︶をこうした模索の第一部︑﹁土着と背教 ヒ ︵一九 ‑ 八七年︶ 

を 第二部とすれば︑本書はその第二諦をなすと︑著者 自身いっ  ている︵あとがき三四 頁 ︶︒すなわち第一部では︑ 日本の精  仲酌土壌︑土着の価値意識と異質の宗教︑思想︑文化 ︵キリス  ト 教に焦点をあてて︶との出合い方を﹁対決﹂として 把吏 ︑ そ  対決の場において日本人の神観︑人間観︑社会親等   

る 相剋が起きるかを追求した︒第二部では︑この両者 を ﹁対決 

﹂すなわち﹁ 悲 連続﹂として 担 えるのではなく︑﹁ 連 続 ﹂とし 

て抱 える︑つまり伝統的価値親の中に内包されている 普遍的価  値への内発的・ 崩芽的 要素とキリスト教の真理との 結 ムロを 目尼佃 

す 思想の系譜︵これを著者は接木型アプ ー チと名   

を ︑新渡戸稲造︑吉野作造︑賀川豊彦らを例としな がら辿っ  た ︒そしてこの第三部では︑連続︑非連続という アプ 戸|チの 

仕方ではこばれてしまうであろうところの﹁キリスト 教 周辺﹂ 

の 思想の系譜を辿っている︒対決型を探究することか ら 出発し  た 著者は︑﹁折衷主義的あいま い さを特色とする目木 の 精神的 

風土にあって︑西洋への土着化を経由して導入された キリスト 

教が ︑その教会組織と神学理論にもとず いて 判断され る 優等生 

的 ﹁正統 ヒ ︑あるいはその逆に正統派の立場を批判し ︑ 自ら正  統を主張して挑戦する﹁異端 のいずれか︑あるいは 両者の対  立| 相剋といったアプローチとは別に︑両極の緊張関 係の外に  正統︵あるいは異端︶が設定する フクや 方法を超えて ︑思想的 

課題の フ ンティアを求めて︑信仰的には無国籍者的 な 存在に 

なろうとも︑孤独の旅に出るといったアプローチが あ るのでは  ないか﹂︵ セ 八頁︶という思いに至る そこで︑探求の 試みを︑ 

キリスト教を離れて一見離散 者 あるいは時として背教 者の様相  を 呈する場合をも伴 う ところの﹁ある特定の系譜﹂の 中で行な  お う という意図のもとに︑この﹁ある特定の系譜﹂を ﹁正統と 

異端の あいだ ﹂と仮称して︑ 本 著においてみられ る 論究と 

なったのである︒   本署 は ︑著者が一九六 年から七五年までの間に国際 基督教 抽 大学司教育研究 口 ︑ ロ アジア文化研究 ロ その他に発表し た 八つの 85 論文から成り立っている 

ドキュメント内 『宗教研究』233号(51巻2輯) (ページ 79-94)

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