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蓮如の無常観
‑ 証
︵ 1 ︶例えば︑松野純孝﹁親鸞 | その生涯と思想の展 開 過程 |ヒ二 一省重昭四八︑森首肯﹁親鸞 | その思想 史 ﹂三一書房 昭
日大︑家永三郎﹁日本思想史に於ける否定の論理の発 連ヒ新見在 昭 四四など︒
︵ 2 ︶丸山真男﹁思想史の考え方について﹂︵武田清子 編 ﹁思想史の方法と対象 ヒ 創立 社 昭三六所収︶
︵ 3 ︶佐々木 斐夫 ﹁知識社会学の方法についての一考 察 ﹂宗社会学評論 ヒ 五八︶
︵ 4 ︶唐木順二 一 ﹁無常ヒ筑摩書房 昭 四五︑亀井勝一 郎 ﹁無常観﹂ 零 日本文化研究 巨 新潮社︑昭三四︶ ︑小 林 智昭﹁無常感
の 文学 ヒ 弘文覚︑昭四六︑益田勝美﹁日本人と無常 | 無常の系譜 | ﹂昌国文学﹂ | 解釈と教材の研究 | 一六 | 六︶などを
参照のこと︒ 8l Ⅰ ︵ 5 ︶小林智昭前掲喜三頁︒ ︵ 6 ︶水野弘元﹁原始仏教 ヒ平 楽手書店 昭 四六︒ ︵ 7 ︶西尾 実 ﹁中世的なものとその展開 b 岩波書店 昭 四六︒ いろ︒無常観と超越の思想は本来栖矛盾する 理 念 ではない︒しかし︑武内民の記述にも見られる 無常観の内包する 意
味は ︑現実への密着化を促し︑ひいては浄土教 的 超越思想の不徹底性へと繋がる要因になり得た と 考えられる︒さら に ︑日本人の無常感覚の一貫した流れをも合わ せて考えると・蓮如の無常観の有する日本思想史 上における意味は ︑ 重要なものと思われるのである︒要するに︑ 親 鷺の到達した超越者の思想が彼以後衰退していく という視点と︑無常 感 が日本思想史の持続 底 昔を成しているという 観点との交叉の中で︑蓮如の無常観の意味を考 ︐ える必要があるのでは ないだろうか︒つまり︑布教者性により規制さ れる蓮如の思想の両義性︑特に無常観は︑日本に おける超越者の思想 が ︑その信仰内在的な真の創造力を減衰化され ァ ︑いく過程に位置づけられるのではないかという 想定を提出すること
ができよう︒そして︑この仮説は︑日本宗教 思 想 史において無常感 と諸 住理無常観とが各々占め る 位置と意義の問題
のよ り一層の究明を要請するものと考えられる のである︒
︵ 8 ︶岸本英夫﹁宗教学ヒ大明堂昭三六参照︒ ㏄ ︵ 9 ︶宮坂 宥勝 校注﹁仮名法語集ヒ︵日本古典文学大系 八三︶岩波書店 昭 四六一九一 | 一九二頁︒ 182 ︵ 托 ︶唐木順三前掲善一五 0 頁 ︒ ︵Ⅱ︶唐木氏は︑認識哲学的無常観の例として親鸞を あげ︑無常の形而上学の例として道元を挙げている︒
︵は︶田村芳朗﹁鎌倉新仏教思想の研究 ヒ 手染寺書店 昭四 0 参照︒
︵ oa ︶田辺氏は同様の問題設定で蓮如の無常観につ い て 示唆に富む考察を行っている︒田辺正英﹁無常観 と 罪悪 観|親笘 と達
如 をめぐって | ﹂ 宙 新潟大学教育学部紀要﹂一四︶
︵Ⅱ︶例えば﹁正像末法和讃 ヒの 愚禿悲歎述懐には 次 のような表現がみられる︒
﹁浄土真宗に帰すれども真実の心はありがたし虚仮 不実のこのみにて清浄の心もさらになし﹂﹁悪性 さ らにやめが たしこころは 蛇掲 のごとくなり修善も 雑青 なるの へに虚仮の行 とぞな づ け たる﹂︵ 増 合文雄編﹁親鸞 集ヒ 筑摩書房
昭 四三︶
︵ 騰 ︶稲葉 昌 丸編﹁蓮如上人遺文 L 法蔵 館昭四セ 一 三九 | 一四 0 頁ハ 以下﹁遺文 J と略記 U ︒
︵ 騰 ︶ 玖 紫朗 日 御文章講話口永田文 昌
宣昭四五六
九|セ 0 直参照︒︵ け ︶﹁遺文﹂八四頁︒
︵㎎︶埴谷文雄﹁仏教とキリスト教の比較研究 ヒ 筑摩 書房 昭 四三︒
︵㎎︶ョ親鸞 集 ﹂ 壬ハ セー三一八八頁︒
︵⑳︶松野純孝﹁ 親驚 における無常観﹂谷中道 日 四四 ︶
︵ れ ︶ 円 親鸞 集 b 三八八頁︒
︵ 捜 ︶ 円 遺文 b 一九九 |二 00 頁 ︒
︵ 恭 ︶例えば︑山折哲雄司人間蓮如 目 春秋社 昭 四五︑ 杉浦助平門戦国乱世の文学 ヒ 岩波書店 昭四 0 ︑唐木 順三前掲書など︒
︵ 勿 ︶中村雄二郎﹁ 11= ロ語・理性・狂気 ヒ 晶文社 昭四 四 ︒
︵ 恭 ︶稲葉 昌 丸編﹁蓮如上人行実講法蔵 館 昭二三山 ハヰハ ーⅠ八七頁︒
︵ お ︶ 家 永三郎他校注﹁親鸞 J ︵日本思想大系一一︶ 岩 波 書店 昭 四六の同氏﹁解説﹂その他︒
︵四︶武内義範﹁教行信証の哲学﹂ 宅 現代仏教名著 全 集 b
大陸
文館昭四 0 一 三八頁︶︒ハ である︒そのために︑ややもすると︑宗教 学は他の学問たとえば︑社会学の一部として の 宗教社会学とか︑心理の 地学に基礎をおく宗教心理学などと混同 されるおそれがある︒それゆえに︑宗教学に志す ものは・絶えず宗教学と 現 他の学問との関係について注意を払わねば ならない︒でなければ︑宗教学そのものの実体が 明らかにならないのであ
りヵ における宗教学
神学︑哲学などの﹁規範的﹂︵ ZoH 日 at か き ︶ な学 問と ︑社会科学のような﹁記述的﹂︵ ロ のおふせ dw4 0 ︶な学問との︑中間
に 位置するということができる︒幸か不幸か ︑ゐ 小 教学は人類の歴史に現れた宗教現象の全体の姿 を ﹁理解﹂しょう と
する幅の広い学問であり︑宗教に関心をもっ 他 の 諸学問との間に明確な境界線がないのである︒ なぜならば・宗教学
は ︑哲学︑歴史学・社会学・人類学・心理学な どの協力︑援助なしに孤立するということのでき ない学問であるから 当分は異った名称に従わねばならない現状であ る ︒それはともかく︑宗教学は人文学︵出口目 a 乱 ︵ すこの一つであり・ 称を用いているので︑いつかは英語という同一 の 言語を用いている国々で用語を統一したいとい ぅ 声がありながら︑ 乱 ののの ロ の 婁 ph ︵の意味でうけとられている︒イギ リス︑カナダなどではの 0 目 せ arPd 毛ののヰ岸 隼 Ⅱ 0 Ⅰ 日 川の 目四 0 コ㏄という 名 ﹁宗教学﹂については︑諸種の定義があるが︑ アメリカでは通常 エず d ョ憶藍オ 0 ︶ ぃ的ぃ 0 コ のある いは︑ オのポ噌 0 目甲 ヒ
川 三夫
つぺ @特別寄稿
現代の
ア メリカにおける宗教学
今日・アメリカにおける宗教学と他の学問との 関係について考えるときには︑まず︑﹁神学﹂と ﹁人文学﹂との 複 雑 な関係について述べるべきであろう︒ここで は ・それについて二つの具体的な例をあげて考え てみたい︒第一の 側 は︑新約聖書を如何に学ぶかという問題であ る ︒昨年秋︑著名な新約聖書学者であるノーマ ン ・︒ヘリン︵ Z0 Ⅱ日の コ つめ ︵〜 円コ ︶が亡くなって以来︑シカゴ大学では︑ 聖 書学 のあり方について討議が重ねられてきた︒ 学者たちの中には︑
らないと主張する立場が一方にあり︑他方には︑ 聖書は西洋文化の重要な要素であるから︑文化 的な文献として取扱 われねばならないと主張する立場がある︒この
一 一つの立場は︑それぞれ︑宗教現象に対する﹁
神 学的﹂並びに﹁人文 学的 し 態度を代表しているに体ならない︒ 同じことが︑キリスト教の歴史研究についてもい いうるであろう︒今日・アメリカでは︑教 ふ 哀史 ︵の す偉 Ⅰ︒ ず イ出の ヰ 0 Ⅱ せ ︶ と ︑キリスト教典︵ 立互 OH ぜ O め りず Hp の︵ pp コプゼ ︶ と いう二つのアプローチが認められている︒目下 スタ ソフォード 大 教団のために書いた︑キリスト教団の歴史﹂で あり︑﹁昼間は批判的な歴史学と浮気を楽しんで いても︑夜になれ ば ︑﹁神学 L という本当の主人と同じ べッド
に 入る﹂とさえ断言している︒それに反して︑
キ リスト敦史の目的は キリスト教が﹁西洋文化の中で︑そしてまた︑ 西 洋文化によって﹂どのように変化︑進展したか を 研究することにあ り ︑それ故に︑キリスト教史学は人文学的な歴 史学に属すものであるとしている︒︵ 毛 ぎず 日ト の ︶のすの 0 〜 @@ ︒ ︑︑イ ・ H 田の don Ⅱ P 〜︶ @ ︶の 弗臣メ @ バ @‑ ヰ 0 ︵Ⅰく肝︵︶ 片 りののの︶ @. p ︵︶Ⅰ しビ 望ま︶の︵ PO ︵︶の ニい 円 薄めぎ 黛ヒり ㍉ 尽 〜〜 呵ぎミぎ の Q 〜〜ぃぬ 湧 Ⅰ さ ㌔目さ〜 寸ぃⅠ り 〜〜〜もめ・ づ 口コ 0 の 侍 0 臣 弓ふ 臣 0 のこ︒ コト Ⅱ 目 出づのⅠ四ト せ弔ド e のの︒Ⅰの 日つ ︒ ロ ・ⅡⅠ・︶
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る ︒
現代のアメリカにお け 円円め め 〜 ら Ⅰ ヒ Ⅰ き も つ ⑧㏄︒Ⅰ 吏 @ め叩ま 目 むめ 〜 n 〜か夷 市か驚 ⑧ も も
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由ぎ 〜 0% ︒ ロ のぎの︵片田 目乙田 のす 仁屯 ︒ 韻 0 匹のせの 目 C 臣卜 せのⅡ㏄持せ 弔 Ⅱののの " トの の㏄︒ づ ・㏄Ⅱ・ り もちろん︑ニュースナーの指摘する﹁文化的 プ 口 テスタ ソト ﹂の精神は︑アメリカの文化︑社ム 耳 に長年に百一つて君の 臨 した﹁宗教的プロテスタ ソト ﹂によって裏付 げられていた︒そして︑今日のように︑﹁宗教的
勢力が下火になった時代においては︑﹁文化的 プ ロテスタ ソト ﹂精神の土台も過去におけるよう な 堅固なものではな
鮮 の諸大学における宗教研究を知るためには・ 宗教的プロテスタ ソト ではなくして コ 文化的 プ ロテスタントしの歴史を
鯨 考察しなければならないと思われる﹂とい うことである︒︵ ざ 00 す
2の 目 当の と よ 巨主 の日 ぎ宙 0 日 4p@dO お ﹁ Oh Ⅰ〜の︶一 ‑mPO 口の︒ " ︐
超教派的な大学では︑ユダヤ教に深い関心を示 した︒わたしの見るところでは︑教会が経営する 大学以外のアメリカ 要素についてのみ関心が示されてぎたのである︒ それに比べて︑プロテスタント精神によって 建 てられた︑一流の ︑ があり︑且つまた︑成熟したものであった︒ 少く とも︑アメリカやイスラエルのユダヤ系の大学 では︑新約聖書や キリスト散史が組織的に取りあげられるということ がなく︑ただユダヤ教の発展に関係のある新約 聖書やキリスト教の リカ の大学の学風を形成して きた プロテスタ ソ トの ヴィジョンは︑ユダヤ教 や カトリックのヴィ シ 日ソよりも包容性 く ︑ヒソ ズ Ⅰ 教 ・仏教︑イスラーム教などに 対 しても手を差しのべたプロテスタントである︒ また︑﹁最近まで アメ も ︑その場合﹁フロテスタ ソト ﹂といっても・ 超 教派的であり︑自由主義的であり︑ユダヤ教 ︑ カトリックだけでな Z 簗旨浅 ︶は︑アメリカの多くの大学を今日あら しめたのは﹁プロテスタント精神﹂であると 述 べている︒もっと 右にあげた二つの例でわかるように︑アメリカ の 学界で宗教を語るとき︑﹁神学的立場﹂と﹁ 人 文学的立場﹂が 並
立していることを見逃してはならない︒この 二 つの立場が並立して問題となるということは︑ ア メリ力 の一流大学の 歴史的な性格に 塞 いているともいい得るであろ う ︒このことについて︑著名なユダヤ糸の学者︑ ニュースナー︵ 目笘 n0 す