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NHK東京 工グゼクティブ・テaィレクター

た。その晩、早速池田市にある小貫さんのお宅を訪 ね、モンゴルウオトカのアルヒをいただきながら、

熱のこもったモンゴル観をうかがっているうちに取 材すべき遊牧の国のイメージが急に湧いてくる気分 になったのだから不思議である。

当時、小貫さんは二年間のウランパートル大学日 本語科交換教授を終えたばかりで、さらに引き続き

ハンガイ地方に調査に出かける準備をされていると ころであったが、モンコとルの土地とそこに住む人々 への深い愛情に根ざした関心は、歳月を経て今回の 論文に述べられているゴビ ・プロジェク卜へと結実 していくのである。そこにはツェルゲル村という地 球上の一角に拠点をおき、地域と暮らしのあり方を 真剣に模索する人々の思いと行動に近接し、思索を する小貫さんの変わらない姿勢がある。

そしてこの論文から発せられるメッセージには、

見せかけの豊かさの巾で迷走する日本の農山漁村の 行方や、飢餓に苦しむアフリカの問題をも視野に入 れつつ、行き先の見えなくなった世界に、大地に根 ざして生きる人間への信頼感を取り戻し、新しい方 途を探ろうとする願いが込められている。

その小貫さんが教え子の伊藤さんを紹介して下 さったのは4年前のことであった。「伊藤さんはあな たがたのモンゴル取材記を中学生時代、おじいさん の書棚から見つけ出して読んでいるうちにモンゴル に憧れ、大阪外国語大学に入学してきたのです。一 冊の本が一人の少女のその後の針路を決めてしまう ことがあるわけですから、ものを書くということは 相当に覚悟のいることで、気をつけなければいけま せんよ」小貫さんは笑いながら答告して下さったので ある。

実はこのとき、お二人は越冬生活も含めたゴビ・

プロジェクトのツエルゲル村現地調査から戻った直 後であったが、小貫さん自らがビデオカメラで撮影 したという 125時間にものぼる映像記録も持ち帰っ ていた。小貫さんが、いつこのような表現方法に興 味を持ち、撮影技術を身につけられたのか知る由も ないが、画面にはツェルゲルの自然と村民の姿が正 確なカメラアイでとらえられているのであった。そ してその映像の巾には、険しい高山地帯を行く山羊 の群れをコンパスを持って追跡し、*汲みや乳しぼ りを手伝い、ゲル(包)の家族の団幾に加わり、新し い遊牧民協同組合(ホルショー)の結成大会の係子を 傍聴したりしている伊藤さんの姿も見えるのであ る。しかも映像とは奇妙な力を持っていて、この一 見もの静かでキャシャな感じの女性が、子どもに好 かれる働き者であり、なかなかの健吹家であり、聞 き上手であることをも明らかにしてしまうのだっ

た。

伊藤さんの論文には、ツェルゲル村の人々の血縁 関係図や、ツェンゲル家の山羊 100頭につけられた すべての名前とその由来、そして広大な東ボグド山 麓に広がる牧営地の配置が克明に記されるなど、そ の旺盛な好奇心と行動力ならではの基礎的な観察と 調査の成果が各所に見られる。そのことが、激変の 巾で解体し再生する牧野の共同体の、新たな展開を 述べるに当たって強い説得力のもとになっているこ とがわかる

かつてモンゴルのテレビ取材で私たちの通訳を引 受けてくれたエンフトヤ簸は、ウランパートル大学 の小貫さんの教え子であったが、「これから貴方がた をモンゴルの遊牧の巾心地アルハンガイに案内しま すが、そこには家畜に関して数えられないほどの専 門用語があります。それをわかりやすく日本語で説 明することを思うと頭が痛くなりますが、私は小貫 パクシに鍛えられていますから、きっとうまくゆく と思います。もしダメだったら、それは小貫先生の 鍛え方が足りなかったと思ってください。」と笑みを 浮かべて小貫パクシに熊陶をうけた自信を語ったこ とがある。

あれからの20年、伊藤さんの論文を読むにつけて も、小貫さんのモンゴル、日本における教え子たち への感化力の強さを思わずにいられない。

ところで、今、お二人はゴビ・プロジェクトの活 動の巾で取材した貴重な映像記録を構成編集する最 終作業に入っているという。「四季、遊牧 ツェルゲ、

ルの人々 1992年秋 ~1993年秋J とタイトルされる全

6巻のこの映像ドキュメンタリーは、論文の精微さ とはまた異なった豊かなメッセージを伝えてくれる はずであり、その完成が待たれるところであるロ

「彦狼はいいですよ、まだ低い尾根の家が並んでい て落ち着きます。しかし、好物の鮒寿しにするニゴ ロブナや素焼きにするモロコが減っているらしいの が心配です。それにしても水清き岸辺にありて一層 朔北への思いがつのります。」という過日の小貫さん の述懐であるが、琵琶湖畔の伝統的な暮らしと文化 遺産の消長を気づかうことは直接、モンゴル大草原 の自然、と人間の営みへの関心につながっていくかの ようであったロ

入居文化・ 63 

モンゴルにおけるヤギの 識別名称について

たな ろう

棚 瀬 慈 郎

人間文化学部地媛文化学科

はじめに

本論は、 1996年の夏にモンゴル国バヤンホンゴル県 ボグド郡のツェルゲル村に、約 lヵ月滞在した際お こなった聞き取りに基づき、モンゴル牧民がヤギの 外的な特徴に対して与える、識別のための名称の付 け方について報告したものである。

モンゴルを訪れた多くの人々が指摘する様に、モ ンゴル牧民が自らの家畜を過たずに識別する能力に は驚くべきものがある(1)。家畜の各個体はそれぞれ 無数の特徴を持つわけであるが、個体の持つどの特 徴を捉えて他の個体との相違点とするのかというこ と、つまりどの特性を以てして示差性を有するもの としているかということは、家畜を巡る認識のシス テムの網の自の構成に関わる問題である。それは例 えば、東アフリカの牛飼育を中心とした牧畜社会に おいてみられるように、単に家畜の分類に関わるだ けでなく、家畜という存在がその社会において占め るイデ、オロギ一的な重要性に従って、個人や、社会集 団のカテゴリ一分類にまで敷f汗されてくる場合がある。

福井の報告する、エチオピア西南部に住む牛牧民 ボデ、ィは、個人がその生涯にわたって維持する自分 の色・模様(モラレと呼ばれる)をもっており、そ れと同じ毛色をした牛は彼の自己同一化の対象とな るという。その程度は甚だしいもので、自己同一化 の対象となっている牛が死んだ後、彼は近隣の他民 族へ殺人の旅へ出るが、その殺人は親族の仇討ちと 同じ名で呼ばれるというω。

またボディの様々な行事や儀式においても、犠牲 とされる牛の毛色は定まっているとされるω。

もちろんモンゴル牧畜社会を巡る家畜認識のシス テムを、牧民の持つより全体的な世界認識のあり方 の中に位置付けるためには、少なくともそれが彼等 のもつ他の分類システム、たとえば色彩語禁や親族 語棄とどの様な関係をもつのか、ということが検討 されねばならないであろう。

もとよりモンゴル語が不自由なこともあり、筆者 が調査期間中の大部分を共に過ごした牧民一家にイ ンフォーマントが限られているという条件もあって、

本論はモンゴルにおける家畜の識別名称研究の準備 段階となるレポートであるにすぎない。しかし、家 畜という存在がモンゴル社会において果たしている 決定的な重要性ゆえに、家畜に関する民俗分類研究 というテーマそのものは、彼等の世界認識のあり方 の理解につながる可能性をもつものであるというこ

とは指摘しておきたい。

1 .調査の対象

筆者が、調査期間(lヵ月)の大部分を共に暮ら したダンパ家は、家畜規模でいえばツェルゲル村の 最上層に属する家である。調査当時ゲルにはダンパ 夫妻とその長女一家 3人、さらにダンバ夫妻の未婚 の6人の子供たちの都合11人が生活していた。一家 は、 1995年の統計でラクダ25頭、馬33頭、羊230 頭、ヤギ330頭を有していた(4)。モンゴル牧民が飼

う、いわゆる五畜のうち牛だけは全く所有していな いことになるが、ダンパ家ではヤギから飲用や乳製 品作りに必要な乳を十分得ており、牛を飼育せねば ならない積極的な理由はない。また羊とヤギは共に 放牧することが可能であるが、牛を飼えば放牧のた めのまた別の畜群を形成せねばならず、したがって 余分な労働力が必要となることも、牛を所有しない 理由となるであろう。

ヤギ、羊、ラクダ、馬からは搾乳が可能である。し かしタンパ家ではヤギと、馬乳酒用に雌馬から搾乳 するだけでラクダと羊からは搾乳していない。その 理由はやはり、ヤギから得られる乳だけで一家の必 要量が満たされているからであろう。

よく知られているように、モンゴルでは乳から実 に多様な乳製品が生産される(日。それは草が豊富で 乳が潤沢に得られる夏に生産され、生乳を得ること のできない冬期の重要な食料となる。ダンバ家では 乳製品造りの他、生乳を沸かしてそのまま飲んだり、

或いは茶に加えて、薄い塩l床を付けて飲まれるが、

いずれもヤギの乳だけが用いられていた。

さらにヤギの柔毛はカシミアとして高価に取引さ れ、牧民達の主要な現金収入となる。

一般的にモンゴル社会では、ヤギは牛や羊に比べ て重要性の低い家畜であると評価されるともいわれる が{的、少なくとも山地と半砂漠(コJビ)の入り混じっ た、家畜を維持するのには必ずしも好適とはいえない 自然環境の巾にあるツェルゲ?ル村では、厳しい自然環 境に耐え、またその肉、毛、乳の全てが利用され るヤギは牧民たちの最も重要な家畜となっている。

ダンパ氏が他の家畜も多く飼いながら、自らをヤ マーチン、すなわち山羊飼いと自己規定するのも、

彼にとってのヤギという家畜の重要性を物語るもの であろう。

筆者が家畜の中でも殊更にヤギを観察の対象として

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