1991 年
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れている上に、全面的私有化によって限度が取り払 われたために、さらにかなりの程度、しかも急速 に、その拡大が進行していったのである。
それでも、「弱小戸jの遊牧民たちも、自分の努力 しだいで必ず経営は拡大できる、という希望を失わ ず、日々、労働に励んでいる。例えば、 母子家庭の
「弱小戸JN マーム家は、カンパニ所属時の1992年 には、私有家畜は19頭であったが、その後、カンパ ニ解散にともなう家畜分配によって、家族4人で57 頭を獲得し、現在、 115頭まで増加させている。こ の家族は、夏の聞は乳製品を食べ、東ボグドの高山 部でタルヴァガンを狩ったり、きのこやフムール(野 生の韮)を採取したりして、食生活を工夫し、なるべ く食肉用に家畜を屠殺しないよう努力して、ここま で増やしてきたという。長男が1995年秋に結婚し独 立したため、現在この家族は、 50歳の母と、今夏兵 役から帰ったばかりの20歳の次男と、 16歳の娘との 3人になったが、 10年後には1,000頭にするとの意欲 を語っていた。
しかし、小麦粉を買う現金にも不足している現状 にあって、今後、こうした個人のささやかな努力と 勤勉さとだけで、どれほど経営を拡大してゆけるの だろうか。 1996年6月末の選挙で政権の座についた 民主同照は、選挙時の公約の巾で、弱小遊牧民家族 の免税を謡っていたが、弱小戸に向けられる公的補 助は、もっと多面的に行われるべきであろう。
(2 )営地確保
こうした地域内の階層分解は、営地確保にも影響 を及ぼしている。例えば、先の母子家庭マーム家を 含む弱小戸4戸は、他のほとんどの家族が東ボグド 高山部に幕営する夏の間も、冬営地(資料6の冬営地 番号13・14)からさほど離れていない村西部の低所 モー=スージ(資料7の夏営地番号16)に幕営する。
家畜がその付近の土地に慣れているので、高所への 移動はむしろ適応を欠くであろう、というのが彼ら の弁であるが、村内の他の家族との交流が稀薄であ るという事実から、彼らの営地選択の仕方に、階層 分解による社会的偏見が絡み合っている可能性が全 く無いとは言い切れない。
また、第皿章で触れたように、冬営地の私有化に ともなうトラブルが、階層分解に絡んで起こること もある。 別の「弱小戸」を例にとると、 D.ナツアツ ク家は、私有化の際、村西部の冬営地パローン=ド ゴイ(冬営地番号15)を自らの所有とし、帳簿にも登 録したが、1992年冬、先にこの冬営地に入った比較
的裕福な遊牧民から圧力がかかり、また、 移動用役 畜をもたないために、夏営地フ レ ン =トルゴイ(夏営 地番号13)に残留したまま越冬するところであった。
それを見かねた別の遊牧民が、せめて石煽の家畜小 屋がある場所へと、元来、春営地として築かれた1 km先のビルーン=ホロート(冬営地番号42)まで、ラ クダで移動させてやった。その後、家畜頭数が少し ずつ増加し、移動用の役畜をももつに至った現在で も、この弱小戸は、夏と冬の2度だけ、しかもあま り距離の離れていないフレン=トルゴイとビルーン
=ホロートとの聞を移動するので、村の遊牧民か
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ら、「住みっぱなし」とさえ、あだなされている。こ の弱小戸も、やはり母子家庭で、外部と対等に交渉 する男手を欠くことが、この家族を常に不利な立場 に追いやってきたようである。
階層的な差がなくても、ツェルゲル村のここ数年 の家畜頭数と戸数の増加によって、冬営地の獲得は 難しいものとなっている。新しく独立した若い家族 や村外からの流入家族が、冬営地を確保しなければ ならないのはもちろん、従来の村内居住家族の中に も、所有家畜頭数の増大に合わせて、より良い場所 へと冬営地を変える者が出てさており、こうした家 族は、ず、っと昔使用されていた冬営地を新たに整備 し直すなどして、何とか自己の冬営地を確保してい る。こうして冬営地の数は、 1992年冬の43から1995 年冬の54へと増加しているが、牧養力や水の条件か
ら、ツェルゲ、ルという限られた土地内での営地は、し だいに飽和状態に近づきつつあるのが現実である。
ツェルゲ、ルへの流入と定着を志向する家族と、従 来からの居住家族との聞に見られたトラブルの例を 挙げてみよう。 D.アディヤスレン家(以下、A家) は、ネグデル時代の最後の数年間、冬は毎年ザミン
=ボーツ(冬営地番号28)に幕営しており、私有化の 際もここを自己の冬営地として獲得した。それ以 後、毎冬そこに幕営している。さて、 1995年夏、東 ボグド北麓に広がる半砂漠地帯フーヴルで草の状況 が悪かったため、Sa フルレーという家族(以下、 H 家)がツェルゲルに幕営地を求めてあがってきてい た。あがってきた理由には、単に自然的要因による 一時的なものだけでなく、ゆくゆくはツェルゲルに 冬営地を確保して住みつき、就学年齢の近い子供た ちをツェルゲルにある分校に入学させたい、という 将来的な展望も含まれているようであった。そし て、 2度、場所を変えながらも、秋もツェルゲル内 で過ごした H家は、冬を迎える頃、家畜の半分は別
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遊牧民家族と地域社会
の所に預けるという条件で、ザミン=ボーツに冬営 させてほしい旨、A家に申し込んだ、。 A家はこれを 承諾したが、実際には家畜の半分を他に預けるとい う約束は果たされなかった。 H家は500頭ほども家 畜を所有するので、 A家の 139頭と合わせると、こ の付近の牧地は例年より早く疲弊してしまい、 A家 は翌年 i月20日に早々と春営地への移動をいそがな ければならなかった。 2月の旧正月をザミン=ボー ツでむかえ、やや寒さが緩んでから春営地へ移動す るのが普通なので、約1ヵ月も早い、寒気の巾の移 動を強いられたことになる。
この体験からA家の主は、人の所有する営地の使 用に関しては、何らかの規則を設けるべきだ、とい う意見を述べていた。しかし、その一方で、先祖 代々この地方の厳しい自然の巾で生きぬいてきた経 験 豊 か な 巾 堅 遊 牧 民 と し て 、 Xa 51 a
6arTaxaap 6yy}¥(, Xa3aap 6 a r T a x a a p 11,U Hヨー(場所がせまいな ら、 2つの家族はゲルを寄り添うように建て、草が 少ないなら、 2頭の馬は轡が擦れ合うほどに仲良く 食べる。)"という旧くからの諺を引き合いに出し て、天候異変などの非常時には、 地区割を越えてさ え、営地提供による助け合いをすることが必要であ るとし、モラルともいうべき遊牧社会独特の慣習の 正当性も、捨て切れない様子であった。
他家族との兼ね合いがありながらも、家族経営を 営む者にとって、自己の家畜頭数の増加が一大関心 事であることに変わりはない。そして、家畜を増や すには、条件の整った良い営地が必須である。 f富 俗戸」では、牧地の疲弊を避けるために、冬から春 にかけての草の少ない季節には、出産する母山羊・ 母羊の群と、その他の群、というように小家畜を分 類し、独立前の息子や独立まもない若夫婦に一方の 群を任せ、それぞれ別々の場所に幕営する、という 方法までとっている者が多い。私的利潤の追求の巾 で、限られた良質の営地の獲得は、さらに織烈なも のとなる可能性がある。ゴビという自然条件のもと では、土地の牧養力に限りがある。「地域」人とし て、村内の他家族との共存も考慮しなければならな い。このまま個々の家族が家畜頭数(特に山羊)の増 加のみを追求することが、いずれ限界をむかえるの は、避けられない事実である。今、「富裕戸」に求め られているのは、数的成長から質的向上への転換で あるといえる。
V
ツェルゲルのホタ=アイルの特質
1 .ホタ=アイルの機能
家族経営では、家畜・家財等の所有は各戸別であ るが、生産労働や生活上の必要に応じて、家族問に 協力関係が結ばれる。こうした共同の形として、
ツェルゲル村でも、第E章で見たような伝統的遊牧 共同体ホタ=アイルが再生してきている。ホタ=ア イルの基本的な共同内容については、第E章第l節 で述べたが、ツエルゲル村におけるホタ=アイルの 機能について、さらに分析してみる。
(1)ライフサイクルの中で
遊牧では、季節によって自然条件や労働内容が変 化するので、ホタ=アイルの組まれ方も変化する。ま た、間養する家畜頭数・種類や家族成員数の変化に よっても、必要とされる共同の内容が変わるので、
ホタ=アイルは、一つの家族が生まれ、家族 ・牧畜 経営がともに成長・成熟し、次の世代へと交替して ゆく、という一連の過程、つまりライフサイクルの 巾でも変化してゆく。それぞれの段階(ライフステー ジ)において、その必要性に基づき、それに適する組 み合わせでホタ=アイル体制がとられるからであ る。そして、この組み合わせの変更は、ゲルが固定 家展でないために比較的容易に行うことが可能であ る。遊牧社会ならではの柔軟さである。
例えば、殺は、青年期を迎えた息子にゲルを別に 用意し、家畜を分け与えて自分の家の横に住まわ せ、独立への準備をさせる。巣立ちゆく息子は、や がて結婚してからも、しばらくは経験ある遊牧民と しての親の家族とホタ=アイルを組み、生活する。
そして、一家の主という責任ある者として、確実に 技術を体得し、独立できるだ、けの家畜が整ったとこ ろで、親とのホタ=アイルを解消し別の幕営地へと 独立してゆく。もちろんその後も、必要に応じて親 とホタ=アイルを組むし、経験豊かな助言者として 親を尊敬しつづけることに変わりはない。
また、出産間近の妊婦をかかえる家族が、遊牧民 でありながら助産の技術をもっ者のいる家族とホタ
=アイルを組む場合がある。郡中心地の病院から70 kmほども離れているツェルゲル村では、迅速な通 信・交通手段をもっているわけでもなく、村内を巡 回往診する医師がいても突然の場合は間に合わない ので、結局、ホタ=アイルのように絶えず暮らしを ともにしている者が、最も頼りがいがあるからであ