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自主的自立的な価値観形成をめざす小学校社会科授業の構成原理

第4章 自主的自立的な価値観形成をめざす小学校社会科の内容編成の 原理

第4節 自主的自立的な価値観形成をめざす小学校社会科授業の構成原理

1.空間的に比較・分析する授業の構成原理

人・もの・ことや制度・政策・法・社会的判断を空間的に比較・分析する授業は事実認識の背後に ある価値判断を明らかにする「価値分析過程」と,当該の価値判断が社会に与える影響から批判的に 検討する「価値吟味過程」から構成する。

(1)価値分析過程

「価値分析過程」は①社会的事象および社会的判断についての事実認識,②事実認識の背後にある 価値判断の明確化,③価値判断がもたらす社会生活への影響の分析,④価値判断の相対化からなる。

①社会的事象および社会的判断についての事実認識では,人・もの・こと,あるいは社会的判断・政 策についての事実認識を行うものである。一般的な説明的知識の獲得がめざされる。そして②におい て,事実認識の背後にある価値判断について認識する。これは「何を大切にしているのか」「何を重視 していると言えるか」「何を正しいとするのか」という問いに対する答えとして明らかになる。③価値 判断がもたらす社会生活への影響の分析では,②で確認した価値判断が,わたしたちの生活にどのよ うな影響を与えているのか,あるいは与えてきたのかを考えることを通して,その社会的意味や意義 について気づかせるものである。そして,④価値判断の相対化では,②で確認した価値判断とは異な

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る判断に規定される人・もの・ことや社会的判断・政策について認識する。その社会的意義を追求し,

②の価値判断と比較することで,価値判断は絶対的なものではなく私たちの選択によって当該の価値 判断に基づく制度,政策,社会的判断は変化しうるものであることを認識することが目的となる。

(2)価値吟味過程

「価値吟味過程」は,「価値分析過程」で吟味した価値判断に基づく社会的事象や判断が現時点でど のようになっているかを把握したうえで,それを自分なりに評価し,他者の評価と比較・調整したう えで価値判断について再評価を行うように構成される。「価値分析過程」において認識した複数の価値 判断が,優先されたり制限されたりする場合の検討を通して,自らの判断基準を再構成するのが「価 値吟味過程」のねらいとなる。それは,①社会的事象や判断に関わる価値判断についての現状の把握,

②価値判断についての評価,③他者の評価との比較による価値判断の再吟味,④価値判断の再調整の 四段階となる。①では,それぞれの価値判断に基づく社会的事象や判断の現状を認識し,その理由を 分析していく。②の段階では,価値判断に対する子ども自身の評価を促すものである。③の段階では,

学級の他の子どもの評価と比較することで,特定の価値判断が優先されたり制限されたりする場合を 考慮しながら,自分の評価を再吟味していく。以上の段階を経て,④で価値判断の再評価を行うので ある。

社会的事象や判断の背後にある価値を,私たちの生活に与える影響から多面的に捉えさせ,それ ぞれを吟味したうえで評価する。さらに,③④の段階において,自らの価値判断を学級内での対話を 通して吟味することで,自己の判断基準を修正することができる。

2.時間的に比較・分析する授業の構成原理

「時間的に比較・分析する授業」は,当該の社会状況の変化によって,価値判断の適用範囲が制 限されたり一定の留保条件が付与されたりする過程を分析することによって,制度や政策,社会的判 断の背後にある価値の葛藤や調整について認識するものである。社会的判断の成立過程を分析するこ とで当該の価値判断を相対化する「価値判断の成立過程の分析」と価値判断をめぐる現在の社会的論 争問題について分析・評価する「社会的論争問題の吟味」からなる。

(1)価値判断の成立過程の分析

「社会的価値の成立過程の分析」では,過去の社会的判断に関わる事実認識を行ったのちに,その 背後にある価値判断を明らかにする。その上で,新たな社会的価値の創出と再制度化がなされる過程 を分析・吟味することで,現在の社会的価値を自明視するのではなく,多様な価値の葛藤と調整の結 果構成されるものであることを認識するものである。「価値判断の成立過程の分析」は次の 4 段階で 構成されるものである。

第1段階:社会的判断に関わる学習課題の設定 第2段階:社会的判断に関わる事実認識

第3段階:社会的判断の背後にある価値判断の認識 第4段階:価値判断の成立過程の分析

第 1 段階「社会的判断に関わる課題の設定」は,過去の社会問題についての自己の意思決定と実 際の社会的判断との違いに気づき,「なぜそのような判断がなされたのか」疑問を持ち,その理由を 説明するための仮説を立てる段階である。判断の違いの認識によって,子どもは知的好奇心を喚起さ

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れ,社会的判断がなされた理由について探求を始めるであろう。第 2 段階「社会的判断に関わる事実 認識」は社会的判断の理由を追求することを通して,社会問題をめぐる事実を認識する段階である。

第3段階「社会的判断の背後にある価値判断の認識」は,第 2 段階で形成した事実認識をもとにその 背後にある価値判断を明らかにする段階である。分析対象は,制度やシステムの背後にある「~する ことが正しい」とする価値判断である。第 4 段階「価値判断の成立過程の分析」は,社会的判断が論 争問題を通して変容していく過程をとらえるものである。社会的状況の変化に応じて,新たな対立軸 が生じ,価値の葛藤と調整を通して,新たな社会的価値が創出される。社会的判断を取り巻く事実の 確認から,現在の社会的価値が成立するにいたった過程を分析することで,自己の判断基準を相対化 することができる。

(2)社会的論争問題の吟味

「社会的論争問題の吟味」は,社会的価値に対する現在の論争問題について分析・吟味することで,

自己の判断基準を再構成するものである。 次の4段階から構成される。

第1段階:社会的価値に対する現在の論争問題についての事実認識 第2段階:社会的判断に対する自分なりの評価

第3段階:他者の評価との比較による価値観の再調整 第4段階:最終的な意思決定

第 1 段階「社会的価値に対する現在の論争問題についての事実認識」段階では,現在の社会的価 値をめぐる論争問題を取り上げ,論争をめぐる事実認識と対抗する主張の背後にある価値判断につい て分析・吟味する。第 2 段階「社会的判断に対する自分なりの評価」では,第 1 段階で示された社会 的判断について,子ども自身の評価をさせようとするものである。第 3 段階「他者の評価との比較に よる価値観の再調整」の段階では,学級の他の子どもの評価と比較をし,各自の評価において価値が どのように葛藤し,それをいかに調整したかを吟味していくことで,第 2 段階の決定を見直しながら 自己の価値判断を再構成する。以上の段階を経て,最後に第 4 段階で最終的な意思決定を行うのであ る。このような過程を通して,子どもは具体的な状況に応じて価値判断を調整する必要のあることに 気づき,自己の判断基準を再構成することができるものと考える。

〔注〕

1)森分孝治『現代社会科授業理論』明治図書,1984 年,p.72.

2)桑原敏典『中等公民的教科目内容編成の研究』風間書房,2004 年,pp.371-372.

桑原は社会科公民のカリキュラムを市民的資質の構造にどこまで関わるかによって以下のようにカリキ ュラムを類型化している。

(1)科学的社会認識形成をめざすもの・・・市民的資質の構成要素である社会認識体制の事実認識の 部分(個別的記述的知識・判断,個別的説明的知識・判断,一般的説明的知識・判断,一般的説明的 知識・判断)のみに関わっていく。子どもの社会認識を空間的・時間的に大きく広げるとともに,よ り体系的普遍的なものへと成長させることをねらいとする。

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(2)合理的思想形成を目指すもの・・・社会認識体制のなかの事実認識に加えて,価値認識の領域

(価値的知識・判断)にも関わっていく。社会認識体制全体の成長すなわち思想形成を目指し,より 合理的な意思決定ができることをめざす。

(3)実践的思想形成をめざすもの・・・市民的資質の構造のうち,社会認識体制と感情を合わせた部 分にまで関わっていく。認知領域に加えて情意領域の成長を促し,社会問題について,より公正に意 思決定でいるようになることをねらいとする。

(4)市民的資質育成をめざすもの・・・市民的資質の構造全体(社会認識体制,感情,意志力のすべ て)に関わろうとする。市民として社会に積極的に参加し,行動する態度を育成することをめざす。

3)渡辺弥生『子どもの「10 歳の壁」とは何か?乗りこえるための発達心理学』光文社新書,2011 年,

pp.92-93.

4)森川敦子『子どもの規範意識の育成と道徳教育-「社会的慣習」概念の発達に焦点づけて―』渓水 社,2010 年,pp.25-27.

5)森川,同上,pp.25-27.

6)溝口和宏「開かれた価値観形成をめざす歴史教育の論理と方法―価値的知識の成長を図る四象限モデ ルの検討を通して―」『社会科研究』第 77 号全国社会科教育学会,2012 年,p.4.