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子どもの認知的発達的特性と学習対象

第3章 子どもの価値観形成の論理

第3節 子どもの認知的発達的特性と学習対象

子どもの価値判断の基盤となるのは,事実認識と価値認識,すなわち社会認識である。先行研究の 分析の結果,科学的な事実認識を保障しなければ合理的な価値判断基準は形成されないこと,価値自 体を吟味するには,事実分析から価値分析にいたる学習過程が相応であることが明らかになった。す なわち「この社会はどのようなものか」という科学的な事実認識をいかにして保障するかが,自主的 自立的な価値観形成の要になる。どのようにして子どもは自らが属する社会環境や事象について,そ れが何であるかを判断したり解釈したりするようになるのか。児童の認知的発達に関わる諸説の中で,

一般的に広く受け入れられているのはピアジェの認知的発達理論であろう。ピアジェは 7 歳~11 歳ま でを具体的操作期,11 歳~15 歳を抽象的操作期としてとらえ,児童の認知は具体的で目に見えるよう な事物について論理的に操作できる段階から,仮想の問題や事実に反する事態や想定などについても 論理的な思考ができるようになる段階へ発達していくことを説明している7)

この二つの段階において獲得される知識の関連について述べているのが寺西和子の「知のソフトウ

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ェア」の概念である。寺西は,具体的な経験を通して獲得される知識を,個人の主体的営為を介して,

抽象的概念へ高まっていく契機を有する知識である8),ととらえ,「体験」から「客観的知識体系」に いたる知識創造の過程を図 12 のように示している。人は事象を自己に関連付けることによって解釈 し,意味を付与する。経験が出自する主観的知識は,認識のための座標軸を提供し,状況や文脈とい う世界を構成する。それらの意味のネットワークのなかで新たに知りえた知識や事実の客観的位置づ けが明らかとなり意味の把握,了解が可能となる9)

実践知 包括的・感情的色彩を帯びた意味付与 言葉にできない知識

主体的構造化された知識(主観的知識)

洞察や予見によって新しい知を生み出す,〈知〉の概念 枠組み

客観的構造化された知識

【図 12 個人の知識創造の過程】

佐伯 胖は,このような児童の発達段階を踏まえ,

「真正の学び」を志向した「学びのドーナツ論」10)を 提唱している。「学びのドーナツ論」を図式化したも のが図 13 である。佐伯は,教材には対象を自分の体 の一部のように取り組んでしまう世界―すなわち第 1 接面―と学ぼうとしている対象とその「外」の世界と が,かかわりあう部分―第 2 接面―があるとする。第 1 接面では,「わかりやすい」「おもしろい」「たのしい」

という実感があり,自分流の見方や自分固有の経験が 自由に出せ,表現できるような世界である。小学校中 学年段階において重視される「共感的理解」もこの接

面に含まれよう。第 2 接面は,第 1 接面で得られた理

【図 13 学びのドーナツ論】 解が,今日の文化や科学における多様な営み(文化的 実践)にどのようにつながっているのか,またどのように位置づけられるのか,という理解である。

佐伯氏は,このような学びの過程を経ることで「学んだことは真実であり,それが世の中できちんと 通用している」という真正な学びにつながると主張している。

以上のような子どもの認知的発達的特性から,具体的操作期と抽象的操作期の移行期にある小学校 中学年段階においては,自己と直接的に関わる人・もの・ことを分析対象とすることで自己と事象を 結びつけ,寺西の言う「主観的知識」,佐伯の言う「第 1 接面」を形成し,主観的知識を軸として事実 の客観的位置づけが可能になる高学年段階においては,抽象的な政策・法・社会的判断を教材として 取り上げることが適切と考える。

以上の考察をもとに,第4章では,第2節で述べた A「「社会的価値の一般化」の過程の分析・吟味 体 験(具体的経験・実践)

柔らかな知識(soft knowledge)

と知のソフトウェア

客観的知識体系

(hard knowledge system)

学問(descipline) 科学(science)

と知のソフトウェア

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による価値の比較・分析」,B「民主的価値の解釈・調整に基づく社会的価値の調整過程の分析」とい う方法と「人・もの・こと」,「政策・法・社会的判断」という分析対象をもとに,小学校児童の価値 観形成を保障する社会科授業の内容編成について明らかにしていく。

〔注〕

1)溝口和宏『現代アメリカ歴史教育改革論研究』風間書房,2003,p.20.

2)この図は以下の文献をもとに著者が作成したものである。

①梅津正美「規範反省能力の育成をめざす社会科歴史授業開発-小単元「形成される『日本国民』:近代 都市の規範と大衆社会」の場合-」全国社会科教育学会第 73 号,2010 年,p.2.

②溝口和宏「歴史教育における開かれた態度形成‐D・W・オリバーの『公的論争問題シリーズ』の場 合」全国社会科教育学会第42号,1994,pp.41-50.

③田中成明『法理学講座』有斐閣,1994,pp.81-107.

④桑原敏典『中等公民的教科目内容編成の研究』風間書房,2004 年,pp.161-190.

⑤渡辺洋三『法を学ぶ』岩波新書,1986,pp20-22.

⑥渡辺洋三『法とは何か』岩波新書,1979,pp5-19.

3)梅津正美「規範反省能力の育成をめざす社会科歴史授業開発―小単元「形成される『日本国民』:近 代都市の規範と大衆社会」の場合―」全国社会科教育学会『社会科研究』第 73 号,2010 年,p.2.

4)梅津,同上,p.1.

5)A.B.シュムークラー/河田富司訳『選択という幻想 市場経済の呪縛』青土社,1997,p.18

6)渡辺竜也「社会問題提起力育成をめざした社会科教育単元の構想―米国急進派者社会科教育論の批判 的検討を通して」全国社会科教育学会第 55 回研究大会課題研究発表,2006 年,p.2,「社会問題提起力 育成をめざした社会科授業の構想―米国急進派教育論の批判的検討を通して―」全国社会科教育学会,

2008,pp.1-10.渡辺は「存在の自明性を疑うためには,まずその存在が社会的構築物であり,変革 可能なのであることを認識する必要がある」としている。

7)以下の文献を参考にした。

渡辺弥生『子どもの「10歳の壁」とは何か?』光文社新書,2011,pp.92-99.

稲垣佳代子,鈴木宏昭,亀田達也『認知過程研究―知識の獲得とその利用-』放送大学教育振興会,2002,

pp.18-26.

8)寺西和子「経験と知識創造」日本教育方法学会紀要『教育方法学研究』第 17 巻,1993,p.62.

9)寺西,同上,p.62.

10)佐伯 胖,「『学ぶ』ということの意味」,岩波書店,1995,pp.50-62.

学びのドーナツ論におけるI的視点(自我)とは,自分ひとりで完結する世界を示す。ここからIは YOUを通して第二の自我を形成していく。YOU的視点(第2の自我)は二人称的他者を示す。第二の 自我の役割を有る程度になってくれる現実の他者である。そのときの他者というのは,個人的で親密な,秘 密を打ち明けられるような語り合いをもつことのできる,二人称的他者である。第二の自我を育てる(刺 激する)役割も持つ。YOU世界はIがYOUを内化した(あるいは内化する過程にある)融即関係で結 ばれる世界である。THEYは匿名性を持つ三人称的他者の世界であり,現実の社会・文化的実践の場であ る。YOUを内化したWE(拡大された自我)がTHEYを取り込んだとき,WE(拡大された自我)はさ

らなるWE(超自我)を形成する。

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第4章 自主的自立的な価値観形成をめざす小学校社会科の内容編成の