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価値判断を調整する授業―第 5 学年単元「日本の農業を考える」

第6章 制度・政策・法・社会的判断を空間的に比較・分析する授業

第 2 節 価値判断を調整する授業―第 5 学年単元「日本の農業を考える」

1 問題の所在

第 4 学年単元「井戸平左衛門の政治は正しかったのか」は,異なる歴史的人物の政策の評価を分析 対象とし,評価の背後にある価値判断を相対化することを目指したが,地域の歴史文化を教材とする ために,現代社会における社会問題について深く切り込むという側面は不足している。社会科は現代 社会のしくみについて批判的に分析・吟味し,よりよい社会の構築をめざして自主的に判断し行動で きる資質を育成する教科である。このような資質を育成するには,身近な事象のみならず,それを規 定する社会システムについて理解し,批判的に分析できる授業を行う必要がある。第 5 学年は,抽象 的思考が可能になる学年段階であり,具体的直接的体験のみによらず,抽象的間接的な教材をもって 社会認識体制を成長させることができる。このような社会科の目的,および子どもの発達段階を鑑み て,第5学年単元「日本の農業を考える」を開発した。後継者不足,高齢化,耕地の縮小,専業農家の 減少,食料自給率の減少等の問題を抱える日本の食糧生産に対する政策を分析することで,その背後 にある価値判断を社会的な影響や意義から批判的に吟味しようとするものである。

我が国の食料生産を学習内容とする授業は,小学校社会科学習においてこれまで多く開発されてき た。その授業過程は大別すると,3つの型に分類できる。

第 1 は食料自給率の低下を社会問題として取り上げ,その解決策を「食料生産についての工夫・努 力」についての既習の知識をもとに子どもたちに考えさせるものである。この授業では,ます子ども たちは実際に田植え体験をしたり,農家やJAから米づくりに関わる話を聞いたりして「私たちにお いしいお米を届けるために,農家の人たちは様々な工夫や努力をしてお米を作っている」という知識 を獲得する。そのような農家の取り組みに対し,後継者不足や高齢化,米の消費量の低下という問題 を農業が抱えていることを理解した子どもたちは「若い生産者を育てたり,農家の人たちが農作物を 作りやすくなったりするように支援する」「自給率問題をもっと知ってもらおうと国民に対してアピ ールする」「地域の生産物を使ったものを調理して食べる」「ご飯中心のメニューにしていく。米粉で パンをつくる」など解決策を提案する。あるいは「パンではなくご飯をたくさん食べるようにする」

と自分の食生活を見直す。しかしながら,子どものこのような認識は日常的・経験的な知識の範囲を 超えるものとはなっていない。我が国の農業問題の根源は生産構造にあり,そのような表面上の政策 で解決できる問題ではない。すなわち,市場主義経済か自国の農業の保護かという食料生産システム に関わる価値の葛藤が農業政策の背後にはある。このような食料生産システムの問題に触れることな く,農業の現状をそのまま受け入れ,解決策を模索することは,子どもの認識を閉ざし一定の価値に 方向づけることになるのではないか。

第 2 は,学習指導要領に倣い,農業に関わる知識を網羅的に取り扱う授業である。「学習指導要領解 説 社会編」の第5学年の内容(2)では「我が国の農業や水産業について,次のことを調査したり 地図や地球儀,資料などを活用したりして調べ,それらは国民の食料を確保する重要な役割を果たし ていることや自然環境と深いかかわりをもって営まれていることを考えるようにする」6)とし,取り 扱う内容として「様々な食料生産が国民の生活を支えていること,食料の中には外国から輸入してい るものがあること」「我が国の主な食料生産物の分布や土地利用の特色など」「食料生産に従事してい る人々の工夫や努力,生産地と消費地を結ぶ運輸などの働き」の3つを示している。さらには内容の 取扱いにおいて「価格や費用,交通網について取り扱うもの」とし市場経済システムの要素を学習に 盛り込むことを示唆している。表 23 は千葉市教育研究会の山本慧一の作成した第5学年単元「わたし

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たちの生活と食料生産」の単元計画の「米づくりのさかんな庄内平野」の一部を抜粋したものである。

「米づくりのさかんな庄内平野」では「庄内平野の米づくりと自然条件,人々の工夫や努力とのかか わり」「米づくりの農事歴」「士気地区の米づくりの工夫や努力」「米づくりに関わる行事や文化」「農 家が協力し合うわけ」「農業協同組合や水田農業試験場などの役割」「生産地と消費地を結ぶ運輸の働 きや、生産や輸送にかかる費用と米の価格の関係」「日本の米作りが抱える課題」と学習内容は多岐に わたっている。しかしながらこれらの項目間の関わりは明確でなく,結果的に社会的事象の断片的羅 列的な学習になっている。米作りについてのトータルな把握を目指すこのような授業は,結果的に事 象や出来事の本質を追求することができず,今まで知らなかった事実についての知識を増やしていく だけとなる。

【表 23 第5学年単元「わたしたちの生活と食料生産」の単元計画】

時数 主な学習活動と内容

オ リエ ン テー ショ ン

1 本 時

○私達が普段食べているものがどこから運ばれてくるか、食料品のパンフレットやカタ ログ、チラシなどを集めて、食料品の産地の位置を地図帳で確かめて白地図に整理 し、気づいたことを話し合う。(本時)

○食材調べの結果を比べて、わたしたちの食生活を支える食材がどこでどのようにつくら れているか調べるための学習問題を作る。

わたしたちの食生活を支える食料は、どこでどのように作られているのでしょうか。

1. 米づ く りの さか ん な庄 内 平野

⑩時 間扱 い

) つ かむ

1 ○日本の各地の6月の様子の写真から、各地の米作りの様子や地域による違いを調べ、気 が付いたことや考えたことを出し合う。

○写真や統計資料から、庄内平野がどのようなところなのかを読み取り、わかったことを 発表する。

米づくりのさかんな庄内平野では、よりよい米を消費者に届けるために、どのよ うな工夫や努力をしているのでしょうか。

調べ る

1 ○庄内平野で米作りがさかんなわけを、写真や地図、資料などをもとに調べて、米作りと 自然条件、人々の工夫や努力とのかかわりについて調べる。

○庄内平野の農家についての資料を集めたり、インターネットの情報を活用したりして、

米作りの仕事について調べ、農事歴にまとめる。

○土気地区の稲作農家にインタビューして庄内平野との相違点を調べる。

○調べてわかったことをもとに、米作りの工夫や努力について話し合う。

1 ○米作りにかかわる行事や文化について、資料をもとに調べる。

○米作りの1年を振り返りながら、考えたことを話し合う。

1 ○庄内平野の農家の人たちが、様々な形で協力しながら米作りに取り組んでいることを調 べ、農家が協力し合うわけを考えて話し合う。

1 ○農業協同組合や水田農業試験場などの役割について調べ、米作りの工夫や努力を支える 仕組みについて分かったことを話し合う。

1 ○庄内平野で生産された米が消費者に届けられるまでの様子を調べ、生産地と消費地を結 ぶ運輸の働きや、生産や輸送にかかる費用と米の価格の関係を話し合う。

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1 ○米の生産量と消費量の変化のグラフから、日本の米作りが抱える課題について話し合 う。

○土気地区の JA の職員の方から話を聞き、農業の現状を知る。

○これまでの学習をもとに、日本の米作りを元気にするための提案をまとめ、実際に行わ れている取り組みと比べて、自分たちの提案について意見を出し合う。

【千葉市教育研究会 指導案データベースから一部抜粋http://chibashikyoken.sakura.ne.jp】

第 3 は,市場主義経済に基づく食料生産システムを認識させようとする授業である。その一例とし て岡崎誠司の開発した,第5学年単元「牛肉をつくる」があげられよう。岡崎は「食料品は社会的条 件を整えることのできたことのできた地域で分業によって生産される」という社会的見方を習得させ ることを目的として,図 26 のように指導計画を構成している。

〈第1次〉日本各地の農産物生産

① 畜産は、日本の北部(北海道)と南部

(鹿児島県)でさかんである。

② 軽量野菜の生産は,大都市に近い地域 ④ 生産地(農場)から消費地 でさかんである。 (都市)までの輸送時間の差に

③ 重量野菜の生産は,大都市への輸送時 応じて生産物は異なる。

間のかかる地域でもさかんである。

〈第2次〉牛肉生産がさかんな理由

⑤ 北海道と鹿児島県では,畜産がさかん である。

⑥ 北海道は,火山灰地と霧のため,米や ⑧ 農民は,地域の自然的条件の 野菜の生産に適さない。 のもと最大の利益を生む生産物

⑦ 鹿児島県は,火山灰地と台風のため, を生産する。

米や野菜の生産に適さない。

⑨ 北海道と関東地方は,高速道路やカー

フェリーでつながっている。 ⑳ 食料品は,社会

⑩ 鹿児島港は,南九州の玄関口といわれる ⑫ 畜産の生産地には,輸送・加工 的条件を整えるこ

⑪ 鹿児島県には資料の加工工場がある。 の施設がある。 とのできた地域で 分業生産される。

〈第3次〉国産牛と和牛のちがい

⑬ 北海道では,大規模農家により安い牛 肉(国産牛)を生産している。

⑭ 三重県や岩手県では,小規模農家によ ⑮ 牛肉生産は地域によって生産品 り高品質の牛肉(和牛)を生産している。 の異なる水平分業を行っている

⑯ 鹿児島県では,小規模農家により高品 質の子牛(和牛)を生産している。

〈第4次〉輸入牛肉:安さの秘密 ⑲ 牛肉生産はある地域で育てた

⑰ アメリカでは,大規模農家が地元の安 子牛を別の地域で成牛に育てる い飼料をもとに輸入牛肉を生産している。 という垂直分業を行っている。

⑱ メキシコでは,低賃金のもとアメリカ 向けの子牛を育てている。

図 26 単元「牛肉をつくる」における社会的見方の成長過程と指導計画

(岡崎誠司「見方考え方を成長させる社会科授業の創造」風間書房,2013,p.104 から抜粋)

第5学年単元「牛肉をつくる」では,畜産をはじめとする具体的な農産物生産の事例から「生産地