第4章 考察
第3節 自主学習の有効性
今回の文章表現指導では、家庭での自学自習を中心に指導過程を考えた。本膳は 申学2年生の時からワープロを打つことを家庭での余暇活動としており、また「何 をするのが好きですか?」という質問に「勉強」と答えるなど、学習への意欲も高 かった。その意味で、本児は自学自習できる状態にあったと言える。
知的障害児のコミュニケーション指導においては、指導者が直接子どもにかか わって指導する場面が多い。また、知的障害児のコンピュータ利用による指導にお いても、指導者が何らかの形で学習場面に同席している。指導者が子どもの反応を 素早くキャッチし、子どもの状況に合わせた適切な指導を展開できるという点では 直接指導が有効であることは言うまでもない。だが、今回の結果が示すように、自 習という自分のペースで学習できることの安心感や満足感が、学習への主体性を高 め、学習効果を上げることも事実であろう。
本児の心情表現はコンピュータ利用の手紙文では多く見られるようになったが、
学校で書かれた文章には大きな変化は見られていない。もちろん作文形態の違いが 原因していることもあるが、 「時間の制限」という阿児のことばが代表するよう
に、自分のペースで表現することができないことも、心情表現が見られない理由の 一つとして考えられよう。知的障害児であるから自習が無理だと考えるのではな
く、知的障害児であるからこそ自習がふさわしいということもあるのではないだろ
うか。
自学自習には、本人の:意欲が多いに関係する。自学自習を成り立たせるには、学 一68一
習内容自体が興味を引くものであること、自習に耐えうる教材が工夫されることな ど、準備の段階で指導者の果たす役割が大きい。また学習途中においても、学習状 況のチェックや時宜を得た賞賛・励ましが子どもの学習効果に大きな影響を与え、
指導者の積極的な働きかけを抜きにしては学習は成り立たない。その点で、今回本 児が行った学習を、本当の意味での自学自習とは呼べないのかもしれない。だが、
知的障害児においても、自学自習が成り立つこと、自学自習の中でこそ学習効果が 上がることも示唆された。
障害児の余暇時間の調査によれば、障害児の余暇時間は、テレビを見たり、兄弟 と遊んだりといった家庭での活動に利用されていることが多い。 「障害児の保護者 は、余暇に対し、学校や地域社会が中心となり、一定の教育的配慮の下で子どもを 過ごさせる時間であると考えている」(渡部ら、2000)3)。余暇時間を学習に充て
るなどと言うと本末転倒といった感があるかもしれないが、障害児の家庭での時間 の過ごし方として、障害の程度に応じた自学自習が積極的に考えられても良いので はないだろうか。池・佐藤(1998)4)は、障害者に対するレクリエーションを検討 する中で、「楽しさ」について2つの側面から検討している。彼らによれば、人が
「楽しい」と思えるのは、①主体的に関わりを持っているとき、②自由であると き、③自分が表現できるとき、④新しいものを創造できるとき、⑤物事を成し遂げ たとき、⑥自分が成長していると感じるとき、⑦他人から認められたとき、である という。さらに、これを援助する側に求められるのは、①素材の「楽しさの本質」
を伝える、②緊張を和らげ自由なム・一ドを作る、③一と人との交流を図る、④目標 をもってもらう、⑤援助者自らが「ともに楽しもう」という視点で取り組むこと、
であるという。この池らの「楽しさ」という観点からしても、.コンピュータ利用に よる自主学習は余暇時間の過ごし方として適切なものと言えるのではないだろう
か。
〈引用文献>
1)赤堀侃司「特殊教育におけるコンピュータ等の活用の仕方」特殊教育,90,pp.4−
7,1997
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2)橋本邦子「国語の基礎基本の力を補うために一新教育課程の選択授業での試案一j 月刊国語教育,20(4),pp.74−77,2000
3)渡部信一・野波千代・海塚敏郎・南出好史「学校週5日制における障害児の余暇 利用に関する調査研究一福岡県・熊本県の現状と問題点一」特殊教育学研究,38
(2) ,pp.73−82,2000
4)池良弘・佐藤喜也『障害を越えて楽しいレクリエーション』あすなろ書房,1998
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終章 まとめと今後の課題 第1節 研究のまとめ
本研究では、ことばでの心情表現を苦手とする軽度知的障害児に対して、心情が 文章で表現できることを目指した文章表現指導を行った。
文:章で心情表現を行うためには、出来事に応じた心情語の使用や適切な文章構成 などを学習する必要があり、その学習方法としてコンピュータ利用による自習教材 を使用した。また、主体的な自由な文章表現ができる場として、コンピュータのワ ープロソフトを用いて日記および手紙文を三児に作成させ、手紙文を指導者に送る 手段として Eメールを利用した。コンピュータ利用による自習教材への取り組み、
日記や手紙の作成は、すべて病児の自主学習という学習形態で行われた。
指導過程を通して、本直の文章表現には、次の6つの段階的な変化が見られ、心 情表現が記述されることとなった。
①出来事を時間の順序にしたがって羅列する段階。
②出来事を時間の順序にしたがって記述する中で、自分の様子に注目した 表現が記述される段階。
③自分の出来事を時間の順序にしたがって記述する中で、一つの場面と 一つの心情語が結びついて表出された段階。
④自分の出来事の記述に関連して、自分の思いを表現しようとする段階。
⑤自分の出来事を記述する中で、うまく場面を切り出して描写しその場面 に応じた心情語の使用、心情表現を用いている段階。
⑥文章でなら自分の思いを伝達できるという自儒が生まれ、文章表現を通 したコミュニケーション意識が向上した段階。
文章表現において心情表現が可能となった理由としては、まず第1に、コンビュ
ー一・… ^ー利用による自習問題を通して適切な心情表現を体験的に学習したことが挙げ られる。自習問題による心情表現の疑似体験は、本児に心情とその背景となる出来 事との結びつきを強く意識させる効果をもたらした。それが、文章表現において出 来事を場面として切り出し、心情表現を加えて記述するということを可能にしたと 考えられる。次に、コンピュータ利用による日記および手紙文の作成を通して自由 な表現の場が与えられ、三児の表現への意欲が高まったことが考えられよう。自分 一71一
のペースで表現ができるという自学自習ならではの効果が働き、それが表現への自 信にもつながっている。
自学自習という学習形態を中心とした文章表現指導において、コンピュータは
「新奇性効果」として働くだけではなく、本児の「学びを支援する道具」として多 いに有効であったと言えるだろう。
「今、メールで自分の事と、誰々にいじめられたと、言えないことが、話せられ ない事が、思い出して、打てる{書くこと}が、頭の中で、ぱ一つと浮かんできま す。」という本児の言葉が示すように、文章表現を魅力ある活動として本児が捉え ることができたことは、今回の指導での大きな収穫であったと考える。