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―理想と現実的出生意欲の比較―

1 問題意識

1990年代に入り夫婦の出生行動の変化が出生率をさらに低下させる方向に寄与している ことが指摘されている(岩澤・2002)が、近年、夫婦の出生行動にさらに変化がみられる。

国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査」によると、夫婦の最終的な出生子ど も数の平均は、2000年代に入って減少傾向にあり、2010年は1.96人と、初めて2人を下 回り、理想子ども数(2.42人)や予定子ども数(2.07人)も穏やかな減少傾向が継続して いる。また、世帯の構成も変化が進み、全世帯に占める三世代世帯の割合は1986年の15.3%

から2011年には7.4%(厚生労働省「国民生活基礎調査」)と半減し、若い世代では親の家

事・育児援助に頼ることが難しくなりつつあることが指摘されている(今田・池田・2006 など)。こうしたなかで、夫の家事・育児参加の重要性が増していると考えられ、父親も育 児休業を取得し子育てができる働き方の実現をめざした育児・介護休業法の改正(2009)

や男女ともに仕事と子育ての両立が容易となるような支援策の拡充やワーク・ライフ・バ ランスの推進が図られてきた。しかしながら、わが国の子どもがいる夫婦では、主に夫が 働き、妻は無業もしくはパートという組み合わせが多くを占め、育児・家事はもっぱら妻 が行うという分担になっている。そして、末子が6歳未満の夫の週全体の育児時間(平均)

は40分程度、妻は3時間前後で、この時間配分にあまり変化は見られない(総務省「社会 生活基本調査」2011)。この背景には、30 代を中心に長時間労働の男性が多いという状況 があげられる。子どもが増えると家事・育児の量も増えるが、その分を妻が負担するか、

親を含めた夫婦以外の育児資源の活用で対応し、夫が労働時間を調整して対応する可能性 の少ないことが指摘されている(永井・1999、吉田・2009 ほか)。このような対応の中で 限界が感じられると、子どもを増やさないという選択がなされる可能性が考えられる。

男性の労働時間が長く、家事・育児時間が短いわが国においても、夫の労働時間や家事・

育児参加が出産確率や妻の出生意欲にどのように影響しているかについて分析がなされて きている3が、夫の労働時間との関係では有意な関係がみられないものが多く4、家事・育児 参加についてはどのような指標を用いて分析するかによって結果も異なっている。家事・

育児時間を説明変数として用いた場合、特に平日の時間を用いた場合5は、極めて短い者が 多いことから、妻の出産に関して有意な関係がないという結果がみられるが、家事・育児 分担の内容や協力程度を説明変数として用いた場合6は、出生や妻の出生意欲にプラスに影

3 夫の労働時間や通勤時間が出生に与える影響、夫の家事・育児参加と夫婦の追加出生との 関係についての先行研究のサーベイとしては、西岡・星(2009)、姉崎・佐藤・中村(2011)

が詳しい。

4 駿河(2011)、福田(2011)など

5 駿河(2011)

6 小葉・安岡・浦川(2009)、西岡・星(2009)など

響しているという結果が多い。また、西岡・星(2009)は、夫の家事参加は、妻の出産意 欲に対して先行要因として影響することを明らかにしている。夫についても分析した小 葉・安岡・浦岡(2009)では、妻と同様に、夫の家事育児への協力は追加出生意欲にプラ スに有意な結果が示されている。しかしながら、日本の場合、夫の育児参加はあっても、

平日には少ないことから、その意義としては、妻の家事・育児分担の軽減化という面より は、妻と共同行動することによって妻の育児不安を低減させているという解釈(永井・2004)

もある。夫の育児参加と出生意欲についての先行研究では、出生意欲を理想的な子ども数 に基づく潜在的な出生意欲と、現実的にもつつもりの子ども数に基づく現実的な出生意欲 とを区別して比較したり、第2子出生なのか、第3 子出生なのかを区別して男女別に分析 したりするような詳細な検討はなされていない。

もとより、結婚や出産は個人の決定に基づくもので、子どもを生みたいかということも 個人の自由な選択であるが、子どもをもつことについて理想と現実的な思いとの間に乖離 があるとき、その乖離に関係する要因を分析し、乖離を少しでも縮小するための環境整備 を図ることはわが国の少子化対策として求められていることであろう。しかしながら、理 想と現実的な意向との乖離については、子育てや教育にお金がかかるという経済的理由が 言われているものの、実証分析による研究は少ない。また、日本における出生意欲につい ての先行研究では、主に妻の出生意欲が研究対象とされてきた。山口(2005)は、出産・

出生行動は妻の出生意欲に大きく依存することを明らかにしている。しかしながら、厚生 労働省(2013)では、妻の希望子ども数が実現できない場合の確率に夫の意向も強く関係 していることが示されている。妻が働いているか否かに関わらず、もっぱら家事・育児を 担っているわが国においては、子ども数における理想と現実との違いをもたらすことに関 係する要因として、夫の育児参加や親その他の育児援助が関係していることが考えられる。

夫の育児参加と夫婦の出生意欲との関係を実証分析によって明らかにすることは、仕事と 生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)とともに少子化対策をさらに推進していくため の検討に資する基礎的資料として重要なものとなる。

そこで本稿では、理想的な子ども数に基づく出生意欲(以下「理想に基づく出生意欲」) と、現実的にもつつもりの子ども数に基づく出生意欲(以下「現実的出生意欲」)を比較し、

理想と現実の違いをもたらすことに夫の育児参加が関係しているかを検証する。具体的に は、夫婦の就労状況、親その他からの子育て支援といった育児資源の状況をコントロール しながら、親からのサポートに代わり重要性が増していると考えられる夫の育児参加に着 目し、それが理想に基づく出生意欲と現実的出生意欲との間に乖離をもたらすかどうかを 夫と妻を比較しながら、第2子、第 3子の出生意欲について分析する。子どもの人数が少 なくなるなかで、第2子、第 3子をもちたいと思うことに関係する要因は異なってくると 考えられることから、第2子と第3子を分けて分析する。

本稿の構成は以下の通りである。次節では、仮説を提示し、仮説を検証する実証分析の 方法と変数について説明する。第3節では、推計結果とその解釈について論じ、第4節で は、本稿の実証結果から得られる政策的含意、及び本研究の限界と今後の課題について述

べる。

2 仮説と分析方法 2-1 仮説

本稿では、理想に基づく出生意欲と現実的出生意欲の違いに関しての男女での比較につ いて、以下の仮説を検討する。

仮説:夫の育児参加が少なければ、夫婦の第 2子、第 3子の現実的出生意欲は低くなる 傾向にあり、理想に基づく出生意欲と乖離をもたらす。

女性については、先行研究で、夫の家事育児参加が妻の出生意欲にプラスに関係してい ると指摘されている7ことや夫の家事参加が妻の出産意欲に先行する要因として影響するこ とが明らかにされている8ことを踏まえ、これらの研究における出生意欲は、本稿における 現実的出生意欲と同意義であると考え、現実的出生意欲についての仮説を提示するもので ある。これに対して、理想に基づく出生意欲のもととなる理想的な子ども数は、社会の価 値観や本人の育った家族環境等に影響を受けた本人の考えに基づくものであり、妻にとっ ては、夫の育児参加の程度は現実的な状況であり、そのような現実的な状況に左右されな いと考えることができよう。

男性についての先行研究では、夫の追加出生意欲についても分析し、育児協力している 夫は追加出生意欲が高い傾向にあるとした小葉・安岡・浦川(2009)があるが、因果関係 までを分析したものではない。クロスセクショナルデータであることから、解釈としては、

(1)夫の育児参加が出生意欲を高める、(2)出生意欲が高いから育児参加をしている、(3)第3

の変数が夫の育児参加と出生意欲の両方に影響する疑似相関、例えば、子どもが好きだか ら育児参加し、出生意欲も高い、ということが考えられる。本稿の分析における仮説とし ては、次にあげる理由から、(1)を想定し、夫は育児参加するなかで、第2子、第3子の現 実的出生意欲が高まると考え、理想に基づく出生意欲については、妻と同様に、現実的な 状況に左右されるものではないとする。(2)を想定しないのは、男性の育児参加の規定要因 を分析した先行研究9では、すでに内外の研究で提示されている家事・育児の量、時間的余 裕、夫婦間の相対的資源、性別役割分担意識といった仮説について検証されており、出生 意欲が規定要因になるという因果関係は現実的に考えにくく検討されていないことからで ある。(3)については、例示にあるような「子どもが好き」といった別の要因が出生意欲と 育児参加の両方に影響していることが考えられる。その場合は、現実的出生意欲のみなら

7 藤野(2006)、小葉・安岡・浦川(2009)など

8 西岡・星(2009)

9 永井(1999)、松田(2006)など