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教育アスピレーションが出生力に及ぼす影響 1 問題意識

1-1 少子化と夫婦出生力の低下

日本の少子化の主因が結婚しない人の増大、つまり、未婚化にあるにしても、1990 年代 後半から、既婚夫婦の出産力の低下、つまり、夫婦で産む子ども数の低下が観察されるよ うになった。国立社会保障人口問題研究所の出生動向調査によると、結婚継続期間15-19年

(ほぼ40代に相当)の夫婦のもつ子ども数は、1972年から2002年まで2.19人から2.23人 の間で極めて安定していた。しかし、2005 年に 2.09 人、そして、2010 年の調査では 1.96 人と8年の間に低下傾向がはっきりしてきた(『第14回出生動向基本調査』)。

そして、現実にもつ子どもの数は、同じく結婚継続期間15-19年の夫婦で、一人が大きく 増え(2002年8.9%-2010年15.9%)、三人以上が大きく減っている(2002年34.4%-2010 年22.6%)。また、理想子ども数や予定子ども数自体も減少しているが、現実の子ども数の 低下ほどではない。

現実の夫婦一組当たりの子ども数減少には、さまざまな要因が関係していると考えられ る。本稿では、重要であると思われるのに、従来あまり分析がされてこなかった「こども にかけるお金」という要因に焦点をあてて考察を行ってみたい。

1-2 お金の問題

出生を考える場合、お金の問題は重要である。子育てにはお金がかかる。子どもは社会 のものといっても、実質的に子どもが一人前になるまで経済的責任を負うのは、親である。

そして、経済的負担は、単に出産時の費用だけではない。生涯にわたって子どもにかかる 費用は原則親が負担する。また、子どもは単に生活だけをさせればよいというわけではな い。自分の子どもだけに十分な教育を受けさせたいという親の意識は大変強い。そして、

日本では、子どもにかかる教育費の大部分は親負担であり、大学をはじめとした日本の高 等教育費用は極めて高い。この教育費の負担感が、出生意欲を削いでいる可能性がある。

つまり、子育て・教育にかかる費用を逆算して、「予期的」に出生をコントロールしてい る可能性がある。そして、国立社会保障・人口問題研究所の第14回出生動向調査でも、理 想の子ども数を持たない理由で「子育てや教育にお金がかかるから」と回答した人は、全 体で 60.4%と群を抜いて高い(二番目は、「高年齢で産むのはいやだから」で 35.1%)。

特に、三人以上を理想としながら、出産予定が二人である妻にとっては、71.1%となってい る(出生動向調査は妻のみの回答である)。

今回の調査でも、様々な選択肢の中で、理想の子ども数を持てない理由で最も多かった 選択肢は、出生動向調査と同じく「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」が61.2%(男

性 62.0%、女性 60.4%)である。夫婦の出生力低下を考察する際に、この点を重視すべき である。

また、子どもは愛情に基づく性関係がなければ生まれてくることはない。それゆえ、夫 婦の一方が望んでももう一方が望まなければ、通常子どもは生まれない。子どもを産み育 てるという決定に関しても、夫婦の愛情関係は重要な意味を持つと考えられる。

しかし、この二つの要因に関しては、いままで十分な分析がなされているとはいえな かった(経済費負担に関しては、数少ない研究として福田亘孝「子育ての経済的負担感と 子ども数」、阿藤 他編『少子化時代の家族変容』東京大学出版会2011がある。夫婦の愛情 関係に関しては、統計的分析はほとんどなされていない。第2部第2章において松田茂樹 が、家事分担と関連して伴侶性に触れているのが数少ない例外である)。本稿では、このう ち、子どもへの教育期待と出生力の関係を中心に分析を行った。

1-3 出生力低下の指標について

夫婦の出生力低下を考える場合、次の三つの要素が考えられる。

(1) 現実の子ども数が低下した。

(2) 理想子ども数が低下した。以前に比べて、理想とする子ども数が減っている。

(3) 予定子ども数が低下した。予定する子ども数が、何らかの理由で減っている。

(1)は現実の子ども数、理想子ども数、予定子ども数が、どのような夫婦で少ないかを 分析することによって、夫婦出生力の状況を把握するというのが、通常の方法である。

ただ、この三つの指標に関しては、いくつかの留保条件がある。

まず、実際、現実にもつ子ども数は、亡くなるまで分からない。生殖能力が加齢と共に 低下するので、年齢が高齢になれば、特に女性は追加の子どもは持ちにくくなる。ただ、

男性は、低下の程度は緩やかである。この指標をどのように使用するかは、難しい。国立 社会保障人口問題研究所は、結婚後 15-19 年の初婚同士の夫婦という指標を使い続けてい る。しかし、現在、初婚年齢が多様化している、10代で出産した夫婦と40代初婚の夫婦を 同じカテゴリーとして扱ってしまうと言う欠点がある。

次に、理想子ども数と予定子ども数、そして、両変数のギャップが、出生力の指数とし て使われる。特に、まだ出産可能年齢を脱していない若年夫婦、そして、未婚者について も使用できる数字である。ただ、この両者は、「主観的」なものであり、その意味は、人 によって大きく異なることが予想される。それは、「理想」の子ども数も「予定」の子ど も数も条件依存的だからである。現実の条件を全く考えなければ、「野球チームを作るか ら 9 人」と回答するかもしれないし、できるだけよい教育を受けさせたいと条件をつけれ ば、「教育に手間とお金をかけるには一人」と回答するかもしれない。この点を考慮する 必要がある。

次に、子どもは一人の意思で作ることはできないという問題がある。夫婦二人の理想や 予定が一致しないとき、夫婦間で調整が必要になる。調整されてない場合、「予定」の意味

を考慮する必要がある。ただ、本調査では、夫婦カップルのサンプルをとっているわけで はないので、この点は今後の課題となろう。

2 分析の視点

2-1 夫婦の分類について

出生力に関する分析は、「年齢」が重要な要素になる。そして、いくつかの予備的な分 析から、25歳までに結婚した夫婦は、25歳以降に結婚した夫婦と、出産行動や意識などの 点において異なっていることが分かった(たとえば、25 歳以下で結婚した約半数が、結婚 のきっかけとして妊娠をあげている。25歳以上では、約10%である-永田夏来論文(第2 部第4章)参照)。また、結婚年齢35歳以上では、年齢的理由で子どもができにくいこと や、やはり、いくつかの点で25-34歳に結婚したグループと異なった特徴を示す。

そこで、結婚年齢25歳未満を早婚、25-34歳を適齢期結婚(適婚と略す)、35歳以上を 晩婚とし、実年齢をもとに8つのカテゴリーに分類した。各カテゴリーの男女別ケース数 と学歴(大卒以上比率)をあげておこう。

表1.夫婦の分類

男性 女性 大卒以上比率

20代 早婚 227 330 30.0%

適婚 257 261 61.6%

30代 早婚 298 505 20.5%

適婚 1688 1556 49.6%

晩婚 132 77 43.5%

40代 早婚 258 563 16.8%

適婚 1651 1415 41.8%

晩婚 488 293 40.8%

このように、早婚は学歴が低いグループが多く含まれ、晩婚も適齢期に比べればやや学 歴が低いことが見て取れる。特に、女性の配偶者学歴で見た場合、早婚と同じ程度に晩婚 も配偶者(夫)の学歴が早婚者と同じように低くなっている(30 代女性配偶者大卒以上比 率 早婚35.2%、適婚49.8%、晩婚32.5%)。

妻の年齢にかかわらず、学歴が高い男性は25-34歳に結婚する傾向があり、学歴が 低い男性は早婚か、晩婚であるという傾向がみてとれる。

2-2 本調査における夫婦の出生力の概要

1-4で述べたように、夫婦の出生力の指標として、次の5つの指標で考えることにする。

(1) 子ども数(妊娠含む)(2) 理想子ども数 (3) 予定子ども数 (4) 理想予定ギャップ

(理想子ども数-予定子ども数)(5) 追加予定数(予定子ども数-現在の子ども数)、各々 について平均値を見てみよう。

表2 男女別 子ども数、出生意欲

性別 子数(妊娠) 理想子数 予定子数 理想予定差 男性

女性 合計

平均値 1.4674 2.2786 1.8512 .4274 平均値 1.3604 2.1586 1.6700 .4886 平均値 1.4139 2.2186 1.7606 .4580

表3 年齢分類別 子ども数、出生意欲

年齢分類8 子数(妊娠) 理想子数 予定子数 理想予定差 追加予定数 早婚20

適齢20 早婚30 適齢30 晩婚30 早婚40 適齢40 晩婚40 合計

平均値 1.2765 2.3357 2.0628 .2729 .7864

平均値 .6911 2.2297 1.9228 .3069 1.2317

平均値 1.9390 2.3512 2.0996 .2516 .1606

平均値 1.3255 2.2371 1.8301 .4069 .5046

平均値 .6172 2.0048 1.5263 .4785 .9091

平均値 1.9732 2.3345 1.9854 .3491 .0122

平均値 1.5607 2.1950 1.6233 .5718 .0626

平均値 .8668 1.9424 1.1652 .7772 .2983

平均値 1.4139 2.2186 1.7606 .4580 .3467

. . .

このように、全体では、平均子ども数1.41人、平均理想子ども数2.22人、平均予定子ど も数1.76人、理想と予定のギャップ0.46人、追加出産予定数0.35人となっている。「第14 回出生動向調査」(初婚同士で 50歳未満の妻のみ)では、子ども数1.71人、理想2.42人、

予定2.07人、理想と予定のギャップ0.35人、追加予定0.36人となっている。本調査は、出 生動向調査に比べ、子ども数で0.3人、理想で0.2人、予定で0.3人少なくなっている。

男女別に見た場合、男性の方が、女性よりも、現実の子ども数、理想子ども数、予定子 ども数すべてが、女性に比べ高くなっている。特に予定子ども数の差が大きい。

年齢分類でみると、現在の年齢にかかわらず、早婚者に子ども数が多い。理想子ども数 に関しては、晩婚者でやや低いものの、適婚者と早婚者では、有意な差は出ない。ほぼ202 から2.3と安定している。予定子ども数となると、早婚者と適婚者では、20代で0.14人、

代で 人、40代で 人と大きな違いをみせている。