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本章では事例分析の結果を基に方略と標準化の関係を確認し、分析対象の 2 作品 における標準化について考察を行う。まず、起点テクストの特徴や性質の低減とい う観点から各方略と標準化の関係を捉えなおし、対象作品における標準化について 論じる。次に、標準化が英語字幕に特有のものであるかを検証するために、日本語 字幕との比較を行う。具体的には、外国映画の日本語字幕において異文化要素がど のように訳されているのかを、翻訳方略の枠組みを用いて分析する。さらにその結 果を踏まえて、標準化が英語字幕に顕著な事象と言えるのかについて考察した後に、

標準化と非標準化についてグローバリゼーションの視点から論じ、最後に本論文の 限界と今後の発展的研究の可能性について述べる。

8.1 英語字幕における標準化

前述したように、標準化とは起点テクストが持つ特異性を低減したり、消去した りすることによって、目標文化において受容されやすいテクストにすることである。

この定義を踏まえて、分析の枠組みとした 7 種類の方略が標準化とどのように結び つくのかを明らかにする。下記1~6は、各方略を起点テクスト(すなわち異文化要 素)の持つ特異性の低減という標準化の観点で捉えなおしたものである。ただし、

対象となった英語字幕の訳出において一度も採用されなかった「詳述」方略は除外 した。

1)「音訳」は英語字幕において起点テクストの要素がそのまま提示される方略であ り、この方略の採用によって起点テクストが持つ性質や特徴は低減されない。

2)「注釈」とは、創作によって起点テクストと関連する新情報を付け加える方略で ある。新情報が追加されることによって、起点テクストに含まれる性質や特徴が保 持されると同時に、起点テクストの意味がより明示化される。これはファンサブ

(fansubs)における頭注(headnote)(Pérez-González , 2007, p. 71)と同じ役割を果た すと考えられる。

3)「直接訳」の方略では、起点テクストの異文化要素は「何も足されず、何も引か

れない」(Pedersen, 2011, p. 83)。したがって、起点文化、目標文化、どちらにも偏ら

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ない中間的な訳出となり、起点テクストが有する性質や特徴は低減されない。

4)「一般化」は、起点テクストを同一カテゴリー内の、より一般的なもので提示す

る方略(ibid. p. 85)であることから、起点テクストが有する性質や特徴の一部は保

持されているが、完全には保持されない。例えば、『千と千尋の神隠し』において「く ぐり戸」が「gate」と訳出されているのは、「一般化」が用いられたケースである。

この場合、「くぐって出入りするように作った小さい戸。また、その出入り口」(広 辞苑〔第六版〕)という「くぐり戸」の属性のうち、訳出されているのは「出入り口」

という要素のみであり、その他の要素は削除された字幕になっている。

5)「置き換え」方略は、「起点テクストの異文化要素を除去して他のものに置き換え る場合がある。具体的には、起点文化の別の異文化要素や、目標文化の別の異文化 要素(文化的置き換え)、あるいは全く無関係な言葉に置き換えられる(状況的置き 換え)場合もある」(Pedersen, 2011, p. 89)。今回の分析では、起点テクストが持つ要 素を一部保持する置き換えのみが行われている。例として、『千と千尋の神隠し』の 中で腹掛けがapronと訳出されているケースを考えてみよう。腹掛けとapronは、形 態は似ているものの機能が異なっている。腹掛けとは「素肌に着て、胸から腹まで をおおう下着の一種」(広辞苑〔第6版〕)である。apronも胸から腹まで覆うという 点では腹掛けと同じだが、腹掛けが持つ下着の機能はapronにはない。このことは apronという語がOxford Advanced Learner’s Dictionary (2005)の中で「エプロンは、例 えば料理の時に、衣服を清潔に保つために衣服の上から着用される(Aprons are worn over other clothes to keep them clean, for example when cooking.)」と説明されているこ とからもわかる。したがって、腹掛け→apronという訳出では、腹掛けが持つ要素の 一部だけが保持されていると言える。また、異文化要素を目標文化の異文化要素で 置き換えたり、視聴者を笑わせることを目的とした台詞を翻訳したりする場合に、

笑うという動的等価(dynamic equivalence)(Nida, 1964)あるいは「効果の等価」

を達成するために、起点テクストとまったく異なるテクストに置き換えられるケー スがある。このように、置き換え方略は起点テクストが有する特徴や性質が削除さ れ得る方略であると言える。

6)「省略」は最も目標文化寄りの方略であり、起点テクストに含まれる性質や特徴 は完全に削除される(Pedersen, 2011, p. 96)。

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このように、起点テクストが有する性質や特徴が低減されるという標準化の視点で 各方略を見直し、各方略と標準化の関係を明示化した。すなわち、上記 6 種類の方 略の中で、起点テクストの性質や特徴の一部または全部が削除されるのは、「一般化」

「置き換え」および「省略」の 3 方略が用いられた場合であることから、これらの 方略は英語字幕の訳出に標準化を生じさせる方略であると言うことができる。本論 文では、標準化を生じさせる「一般化」「置き換え」「省略」の 3 方略を「標準化方 略」とし、第 7 章で行った分析の結果から、各作品における標準化方略の割合を算 出した。

作品名 方略採用総数 標準化方略 標準化方略採用率

Shall we ダンス? 72 37 51%

千と千尋の神隠し 32 20 63%

(標準化方略採用率は小数点第一位四捨五入により算出)

表8.1 英語字幕の異文化要素訳出における標準化方略採用率

表8.1から、『Shall we ダンス?』では採用された方略のうち51%が、『千と千尋の

神隠し』では 63%が標準化方略であることがわかる。これにより、両作品において は異文化要素を含む英語字幕のそれぞれ51%と63%が標準化された訳出になってい ることが示された。続いては、第 4 章で提示した日本語字幕の分析結果を検討し、

英語字幕の訳出における標準化と比較する。

本論文では既に、英語字幕の訳出における標準化を判断する手がかりとして、ア メリカ映画『タイタニック』(1997)および『スパイダーマン』(2002)の日本語字 幕における異文化要素訳出の分析結果を提示した(第4章を参照)。そこで示された

「一般化」「置き換え」「省略」という3方略の採用率は、『タイタニック』が 22%、

『スパイダーマン』が18%であった。既述のとおり、これら3種類の方略は、異文 化要素が有する特徴や性質の一部またはすべてを削除する方略であり、本論文が「標 準化方略」と名付けた方略である。例えば、『スパイダーマン』の中に、「Rolls」は

「こんな車」、「Jetta」は「大衆車」と訳されている箇所がある。いずれも、これらの 言葉が有する自動車という要素に焦点を当て、「一般化」方略によって訳出されてい る。しかしながら、前者では「Rolls」が英国製の高級車であること、後者において

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は「Jetta」が一般的な乗用車であることは提示されているものの、ドイツ車であるこ

とは訳出されていない。つまり、各自動車の属性の一部が削除されて訳出されてい るのである。このように、「一般化」は異文化要素が有する属性の一部を除去する訳 出方法であり、標準化をもたらす方略と言える。「置き換え」と「省略」も同様に異 文化要素が有する属性の一部または全部を除去する訳出方法であることから、これ ら 3 種類は「標準化方略」に分類される。これを踏まえて、日本語字幕における異 文化要素訳出の分析結果(第 4 章)を、標準化方略採用率として捉えなおすことが できる。したがって、表8.2が示すように、『タイタニック』の日本語字幕において は異文化要素の 22%が標準化された訳出に、『スパイダーマン』の日本語字幕では 異文化要素の約18%が標準化されているという結果になる。

作品名 方略採用総数 標準化方略 標準化方略採用率

タイタニック 92 20 22%

スパイダーマン 60 11 18%

(標準化方略採用率は小数点第一位四捨五入により算出)

表8.2 日本語字幕の異文化要素訳出における標準化方略採用率

表8.2の分析結果を、英語字幕の分析結果(表 8.1:『Shall we ダンス?』51%、『千 と千尋の神隠し』63%)と比較すると、英語字幕で分析の対象とした 2 作品の標準 化方略採用率は日本語字幕における標準化方略採用率をはるかに上回り、最大で 45 ポイント高くなっている。また、日本語字幕の標準化方略採用率は、2作品共に 20% 前後に留まっているのに対し、英語字幕はどちらの作品でも 50%以上である。この ように、英語字幕の訳出は標準化されているだけでなく、日本語字幕と比べて相対 的に標準化の度合いが高いことがわかる。したがって、本論文が選択した対象作品 の英語字幕に関しては、日本語字幕との比較において標準化の特徴があると言える だろう。

英語字幕の標準化について議論するに当たって留意しなければならないのは、ど の言語の字幕においてもある程度の標準化が行われるという点である。これには字 幕翻訳が持つ時間と空間の制約、および翻訳者を含む参与者が持つ文化フィルター が関わっていると考える。字幕翻訳では訳出の過程で考慮しなければならないルー

ドキュメント内 日本映画の英語字幕における標準化 (ページ 175-200)

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