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制作プロセスがもたらす訳出の特徴

ドキュメント内 日本映画の英語字幕における標準化 (ページ 117-158)

本章では 日本映画 の英語字 幕の制作 プロセス に検討 を加え、 パトロネ ージ

(patronage)の概念を援用しながら、制作プロセスが英語字幕の訳出にどのような

特徴をもたらすのかを探る。まず、パトロネージの概念について確認してから、日 本の映画会社の海外志向、映画を含む映像作品一般に対する政府の政策(クールジ ャパン戦略)および視聴者の期待と、それらが英語字幕の訳出に与える影響につい て検討する。次に、本論文が焦点を当てる制作プロセスと訳出の関係性について、

国際化プロセスおよび参与者間の相互作用の点から議論する。また、英語字幕制作 プロセスの中で翻訳者が担う役割を考察し、翻訳者の権力と訳出との関係について 言及する。最後に、これらの議論を踏まえて、英語字幕の標準化仮説を提示する。

6.1 英語字幕に対するパトロネージ

日本映画に付けられる英語字幕のプロセス上の特性の一つに、起点主導のプロセ ス、すなわち翻訳対象物の選定、訳出作業、字幕テクストの修正などの字幕制作プ ロセスが起点文化で行われる点がある(第3章を参照)。制作プロセスでは翻訳者と その他の参与者との間で様々な交渉が行われ、その内容は訳出に影響を及ぼすと考 えられる。字幕翻訳が「協働作業の結果(result of a team effort)」(Díaz-Cintas & Remael,

2007, p. 29)であるとされるのはそのためであり、結果として字幕は、非対称な力関

係はあるものの、翻訳者を含めた多様な参与者の関与が反映されたものとなる(篠 原,2011)。翻訳行為は仕事の提供者(work provider)が起点テクストを制作したり 入手したりすることから始まるが(Gouadec, 2007, p. 59)、そうした翻訳プロセスの 中でも起点テクストの選択はイデオロギーや政策などの社会的要因、そして利益や 費用などの経済的要因によって変わり得るとされる(Lefevere, 1992a; Milton & Bandia, 2009)。本論文では映画産業の動向や英語字幕に関わる政策を英語字幕に対するパト ロネージ(patronage)と捉え、それらが英語字幕制作に与える影響について考察す る。具体的には、映画会社の海外志向、および「クールジャパン戦略」と名付けら れた日本政府によるコンテンツ輸出振興策を取り上げ、これらが英語字幕制作にど のような影響を与えるのかについてパトロネージの観点から検討を行う。

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検討に先立って、パトロネージの概念について確認する。ルフェーヴル(Lefevere,

1992a, p. 9)によれば、パトロネージとは翻訳という「最も典型的な書き換えの形態

(the most obviously recognizable type of rewriting)」において働く権力のことで、「文 学を読むこと、書くこと、または書き換えることを促進あるいは妨げる、様々な権 力(個人もしくは組織)」(ibid. p. 15)によって行使される。こうした権力はテク ストが操作される要因となるものであり、パトロネージを行使する組織には、集団、

宗教団体、政党、社会階層、宮廷、出版社、そして新聞社、テレビ局などのマスコ ミ機関が含まれるとされる(ibid.)。このことは、裏を返せば、翻訳はこうした様々 な要因に影響される行為であり、社会と緊密に結びついた活動であることを示して いると言えるだろう。また、ルフェーヴル(ibid. p. 16)は、パトロネージがイデオ ロギー的要素1(何を翻訳するか、どのように提示するかの選択)、経済的要素(報 酬)、ステータス要素(ある集団への帰属と地位の獲得)の 3 要素から成ると主張

する(Lefevere, 1992a, pp. 11-25)。この3区分については、その論拠が説明されてい

ないために、有用性が明確でないとの批判はあるものの、ルフェーヴル(ibid.)のモ デルには翻訳に影響を及ぼすコンテクスト的要素を明らかにするという魅力がある

(Asimakoulas, 2009, pp. 243-244)。チェスタマン(Chesterman, 1997, p. 78)は、トゥ ーリー(Toury, 2012[1995])の提案する「初期規範(preliminary norms)」(出版社 や翻訳の依頼主(commissioner)が訳出に与える影響)がルフェーヴル(ibid.)の提 案するパトロネージの概念を含んでいるとする。しかしながら、パトロネージは「権

力(power)の行使」(Lefevere, 1992a, p. 15)であり、初期規範よりも広範な領域を

含む概念であると考える。例えば、新聞、雑誌、テレビなどのマスコミ機関は、テ レビ番組の視聴率や映画の興行成績の報道などによって、何が受容されているのか を提示する。映像作品を海外展開しようとする組織にとって、そうした情報は翻訳 対象の選択に影響を与えるものの一つと考えられることから、マスコミ機関は翻訳 対象の選択において権力を行使していると言えるだろう。したがって、本論文では パトロネージの概念を訳出への直接的な影響に限定せずに、字幕制作というプロジ ェクトの成立への関与にまで拡大したい。英語字幕の場合には、映画業界の動向や 政府によるコンテンツ政策といった要素がこれに含まれる。こうした点を踏まえて、

次項では映画産業の動向と政府による日本製コンテンツ輸出振興策(クールジャパ

1 ルフェーヴルはイデオロギーを政治的なものに限定せず、「我々の行動を秩序付ける形式、

慣習、信条の絡み合ったもの」(Lefevere, 1992a, p. 16)と広義に定義している。

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ン戦略)を取り上げ、パトロネージに関わる組織が字幕制作にどのような影響を及 ぼしているのかについて検討する。なお、ルフェーヴル(ibid.)が提案したイデオロ ギー、経済、ステータスというパトロネージの 3 要素は、実社会では各要素が複雑 に絡み合っていると考えられる(Asimakoulas, 2009, p. 243)。例えば、ある著作を翻 訳対象として選択する場合には、翻訳物として販売して利益が得られるという経済 的要因が影響すると考えられるが、一方では「読者の期待」(Chesterman, 1997, p. 78) という要因も影響するかもしれない。アメリカの作家コレット・ダウリングによる

The Cinderella Complexの日本語訳はその一例であろう。同書は『シンデレラ・コン

プレックス』のタイトルで1982年に木村治美による日本語訳が出版されたが、1986 年に柳瀬尚紀の「全訳」として再度出版されている。これは出版社が、1982 年版の 訳文(抄訳)に「物足りなさを感じていたと想定された読者をターゲットとして意 識的に選択した翻訳行為」(藤濤,2007,p. 42)であったという。出版社の判断の背 景には、知名度のある作品の新訳を出版するという話題性による販売効果(経済的 要素)や、新訳を望む読者の期待(仮に「受容者的要素」とする)があったと考え られる。また、この 2 つ以外にも関わっていた要素(例えば、全訳を担当した柳瀬 尚紀の翻訳者としての知名度の高さ)があるかもしれない。こうした点を踏まえて、

本項ではルフェーヴル(ibid.)が提示した区分を考慮しつつも、包括的にパトロネー ジの内容を検討していくこととする。

6.1.1 映画会社の海外志向

本項では日本の映画会社の海外志向が英語字幕制作に及ぼす影響について、1)英 語字幕制作の促進、2)翻訳対象の選択、3)翻訳形態、という 3 つの観点から検討 する。まず、日本映画の現状を確認しておきたい。日本は世界第 2 の映画市場とさ れているものの、近年、国内市場はほぼ横ばいであり、今後の拡大は期待できない と言われている(掛尾,2009,p. 2)。公開本数では2000年の280本から2007年の 407本へと大幅に増加しているが(ibid. p. 183)、好評なのは一部の作品に限られ、

多くの日本映画は苦戦を強いられているとされる(朝日新聞,2010年2月)。こう した国内情勢を受けて、映画業界では海外市場に目を向ける会社が増えていること

から(ibid.)、それに伴って英語字幕が付けられる作品も増加していると考えられる。

海外志向が高まると英語字幕が増加するという両者の相関性は、映画産業における

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英語の優位性に起因する。なぜ英語が映画産業において現在のような優位な位置を 獲得したのかを、アメリカ映画の沿革と共に概観する。

世界の最も重要なリンガフランカ(lingua franca)とされる英語は(House, 2013, p.

59)、視聴覚翻訳領域においても優位を占める言語であり、 ハリウッドは欧米映画 産業の中心地(powerhouse)として、自国の文化を描写し、輸出してきた(Díaz-Cintas

& Anderman, 2009, p. 8)。しかし、世界の映画産業において最初からアメリカ映画(そ

して英語)が優位を占めていたわけではない。パリで世界初の映画上映が行われた 1895年以来、「第一次世界大戦まで、世界の映画市場を支配していたのはヨーロッ パの作品であり、中でもフランスのシェアが大きかった」(北島,2008,p. 53)。

しかしながら、第一次世界大戦でヨーロッパの映画産業は打撃を受け、その後、ア メリカが大攻勢をかけたことから、ヨーロッパの映画産業は経済的な支配力を失い、

そのために多くの映画人がアメリカに向かうことになる(ibid.)。1920 年代までに は、アメリカにおける映画産業の規模は拡大し、わかりやすく、一般の映画ファン の好みに合う作り方によって、国内外に多くの観客を獲得することに成功していた

(北島,2008,pp. 53-60)。こうしてアメリカの映画支配が強まっていく中、ヨーロ

ッパからは多くの映画作家が渡米した。アメリカが「外国の優れた業績を上げた映 画人を続々と招き、映画を作らせた」(ibid. p. 65)からである。「人材流出によっ て苦しくなったヨーロッパ諸国の映画界」(ibid.)に対して、優秀な人材を獲得した アメリカの映画産業は支配力を強め、それに伴ってアメリカ映画に使用される英語 も、映画産業における優位性を高めたと考えられる。また、第二次世界大戦で大き な戦禍を受けたヨーロッパを立て直すために行われたアメリカ政府による経済復興 支援「マーシャルプラン(Marshall Plan)」も、アメリカ映画の貿易を促進させる一 因となった(北野,2005,p. 50)。アメリカ政府が経済復興支援の見返りとして、

ハリウッド映画の輸出促進をヨーロッパ諸国に認めさせていたからである(ibid.)。

さらに、「1990年代は、ハリウッド映画が、巨大な総合エンターテイメント産業と なって、あらゆる文化領域にその勢力を強め〔中略〕ハリウッド独壇場の状況」(ibid.

p. 174)が生まれた。このように、アメリカ映画の世界的な優勢、および映画産業に

おける英語の優位性は、戦争、政府による政策、映画産業の変化など、様々な要因 によって形成されたと言える。また、山本(2008)は文化人類学の視点からグロー バル化というコンテクストで、ハリウッド映画の支配力とローカルな映画制作とを

ドキュメント内 日本映画の英語字幕における標準化 (ページ 117-158)

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