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字幕制作プロセスと字幕翻訳の特性

ドキュメント内 日本映画の英語字幕における標準化 (ページ 101-117)

本論文は日本映画に付けられる英語字幕にどのような訳出の特徴があるのかを、

英語字幕が制作される起点文化での社会的・文化的要因を通して探ることを目的と している。しかしながら、映画字幕がどのようなプロセスで制作されているのかは 一般には知られておらず、そうしたことに関する学術的な著作もほとんどない。そ こで、本章では字幕制作プロセスを詳細に記述し、翻訳者を含めた字幕制作の参与 者、最終的な翻訳物が産出されるまでの工程、制作プロセスにおける参与者間の相 互作用などについて説明する。こうした記述は本論文の背景情報として有益である だけでなく、次章で論じる起点文化における英語字幕制作プロセスと訳出の関係に ついての考察でも欠かせない点であると考える。また、本章では筆者の実務経験に 基づく事例も、制作プロセスについて解説するための具体例として取り上げる。第1 章で述べたように、筆者は長年にわたり外国映画の日本語字幕翻訳者として字幕翻 訳の実務に携わったことで、翻訳者と他の参与者との交渉、最終的な字幕が完成す るまでの工程など、日本語字幕の制作プロセスに関する実務的な知見を有している。

当該情報を網羅する文献がない中で、そうした事例を用いて字幕制作プロセスにつ いて説明することは、字幕制作プロセスをより具体的に把握するうえで有益である と考える。

本章では初めに日本語字幕の制作プロセスを提示し、各工程について説明する。

次にそこから浮かび上がる翻訳者と他の参与者の相互作用について述べ、最後に時 間と空間の制約、映画の多重コード性、「批判されやすい翻訳」(Díaz-Cintas & Remael,

2007, p. 57) など、字幕翻訳の特性とされるものが訳出にどのように作用するのか

について検討する。

5.1 字幕制作プロセス

ディアス=シンタス・リマエル(Díaz-Cintas & Remael, 2007, p. 8)は Audiovisual

Translation : Subtitling(視聴覚翻訳:字幕翻訳)において映画字幕を「字幕とはオリ

ジナルの台詞、映像が提示する要素(手紙、落書き、プラカードなど)、音声トラッ クに含まれる要素を、書記言語によって画面下に提示するという翻訳実践」と定義 するとともに、その制作プロセスについて言及している(ibid. pp. 30-35)。それによ

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ると、字幕の訳出には「翻訳者(translator)」と「翻案者(adapter)」が関わってお り、翻訳者が起点テクストを字数制限などの字幕の制約なしに訳出したものを、翻 案者が字幕に作り替えるという手順で字幕が作成されるという。日本においても、

このような分業が行われるケースは皆無ではない。例えば原語を理解する人材が限 られる作品の場合、最初に当該言語の専門家が日本語に全訳(素訳)し、その翻訳 に基づいて字幕翻訳者が日本語字幕を作成することがある(膳所,2011,p. 141)。

しかし、そうした方式は「大作映画」に関して行われる場合が多く(膳所,ibid.)、

それ以外は最初から字幕翻訳者が訳出するというのが日本における一般的なやり方 とされる1。このことからわかるように、ディアス=シンタス・リマエル(ibid.)が 述べる翻訳者と翻案者(字幕翻訳者)による分業という方式は、すべての作品に当 てはまるわけではない。また字幕制作プロセスは、制作会社や地域によっても異な る場合がある(ibid. p. 29)。さらに同じ制作会社でも、字幕用素材(映像や台本)

の遅れなどによって制作スケジュールが短縮されると、通常のプロセスが変更され ることもある(篠原,2011,p. 55)。このように、字幕翻訳の参与者および制作プ ロセスは地域、組織、作品、スケジュールなど様々な要因で異なるため、すべての ケースを網羅する制作プロセスを提示することは困難である。したがって、以下で 述べる字幕制作プロセスは、日本で行われている外国映画の日本語字幕制作という コンテクストにおけるものであり、異なる地域や日本語以外の言語での字幕制作に は適用できない場合があることを付言しておく。また、本論文が考察の対象とする 英語字幕の制作プロセスに関しては、日本語字幕の制作プロセスとの差異も含めて 後述することとし、ここでは日本語字幕の制作プロセスに焦点を当てて解説する。

表5.1は、映画の日本語字幕制作プロセスとその参与者をまとめたものである。前 述したように、日本語字幕においても、その制作プロセスと各段階における参与者 は固定的ではなく、メディアの種類(劇場、DVD、TVなど)、納期、制作スケジュ ールなどによって変化し得る。したがって、表5.1はあくまでも標準的な制作プロセ スと、それに関わる参与者を提示したものである。なお、表5.1およびそれに続く説 明での「クライアント」は、翻訳するためのテクストを決定する発起者を指す。

1 これには例外もあるだろう。例えば、筆者が翻訳に携わったイラン映画『運動靴と赤い金

魚(Bacheha-ye Aseman)』(1997)は、巨額の制作費をかけて観客の大動員を図るような、い

わゆる「大作」ではなかったが、ペルシャ語に精通した関係者が素訳を行い、それを基にし て日本語字幕が訳出された。制作プロセスが固定的ではなく、起点言語の種類、人材の確保 などによって変わることを示す事例と言える。

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字幕制作プロセス 参与者

①作品の選定、字幕制作の発注、翻訳指示 クライアント [配給会社、TV局など]

②受注、翻訳者へ発注、翻訳指示 字幕制作会社、翻訳会社

③素材受領、訳出前作業 [スクリプト確 認、ハコ書き、スポッティング]

翻訳者

④訳出、情報探索、見直し、翻訳送付 翻訳者

⑤仮ミックスの制作 制作会社

⑥修正 制作担当者、(翻訳者)

⑦クライアントによるチェック クライアント、制作担当者、(翻訳者)

⑧字幕テクストの完成

表5.1 日本語字幕の制作プロセスとその参与者((佐藤・岩本ほか,2003;長澤,1998)に 基づいて筆者が作成)

上記のように日本語字幕翻訳の一般的な制作プロセスは 8 段階から成り、各段階に は表に示したそれぞれの参与者が関わっている。ただし、各プロセスへの参与者の 関わりは制作日程や制作会社の方針などにより可変的であることから、関与が流動 的と考えられる参与者については( )付きで示した。表 5.1に沿って字幕制作の 流れを以下に説明する。

①字幕制作プロセスは、発起者であるクライアント(配給会社、テレビ局など)が 翻訳のためのテクストを選定し、制作会社や翻訳会社などに字幕制作を発注すると ころから開始される。クライアントからの発注を受けて、制作会社や翻訳会社は、

登録されている字幕翻訳者の中から適切と思われる人材を選定し、その翻訳者に翻 訳を依頼することになる。ただし、配給会社の中には制作会社などを介さずに、直 接、字幕翻訳者に翻訳を依頼するところもある。

②字幕制作を受注した制作会社や翻訳会社から、字幕翻訳者に対して翻訳依頼がな される。翻訳者が受諾した場合には、通常、依頼主から納期や翻訳料が伝えられ、

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その内容によっては交渉が行われることがある。また、翻訳者に対して翻訳指示

(brief)が出ることもある。翻訳指示は翻訳の目的(Skopos)を明示化し、それを訳

出に反映させるためのものであることから、翻訳者はそれを順守することが期待さ れる。指示は映画の内容やクライアントが考える販売戦略によって異なる。例えば シリーズ作品における訳語の指示、漢字の使い方など表記上の指示、テレビ向けの 翻訳では放送コードの順守が指示される場合がある。こうした表記上の指示は拘束 力を伴うものであるため、翻訳者は指示に沿って訳出を行う(篠原,2011)。具体的 にどのような指示が出されるのかを、以下の例で示す。

・1行横字幕:MAX13文字、縦字幕:11文字。

・下ルビ、下傍点はつけられません。

・中黒「・」以外の記号は全角でお願いします。

・本、映画、歌のタイトルなどはすべて“ ”。

・差別用語、身体的な特徴(チビ、デブ、ハゲ等)、病気、職業等をバカに するような表現は避けてください。

・カップルを表す場合のふたりは「二人」(ロマンティックな意味合いを持 つ場合)、それ以外は「2人」、歌詞に出てくるものは「ふたり」。

・歌詞字幕は 2行になる場合、2文字ずらしの“ちどり”にしてください。

(篠原,2011,p. 43)

これは、子供向けのある外国映画の日本語字幕翻訳に筆者が携わった際に、制作担 当者から伝えられた翻訳指示である。この中には、表記に関するものだけでなく、

差別用語の忌避のように訳語の選択に影響する指示も含まれている。仮に起点テク ストそのものが「職業をバカにするような表現」であった場合、この翻訳指示に従 えば起点テクストと目標テクスト間における形式レベルでの「等価」は達成されず、

起点テクストに字義的に「忠実」な字幕にもならない。字幕翻訳者が起点テクスト に対する等価性や忠実性を重視したいと考えて訳出したとしても、翻訳原稿が担当 者やクライアントに渡った段階で翻訳指示に沿って修正されるからである。また、

差別的な表現として避けるべきとされる言葉(例えば「片手落ち」、「酋長」、「未亡 人」、「孤児」など)をどのような表現に言い換えるかということも、字数制限のあ

ドキュメント内 日本映画の英語字幕における標準化 (ページ 101-117)

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