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理論的枠組みと鍵概念

ドキュメント内 日本映画の英語字幕における標準化 (ページ 55-80)

本論文では日本映画における英語字幕の訳出について考察するにあたり、翻訳プ ロセスの検討に有用と考えられるローカリゼーション・モデル(ピム, 2010)を採用 する。本章ではこのローカリゼーション・モデルの理論と、事例分析の鍵概念であ る標準化(standardization)(Toury, 2012[1995])とパトロネージ(patronage)(Lefevere,

1992a)について論じる。具体的には、まず理論的枠組みの選択に深く関わる日本映

画の英語字幕制作プロセスの特性について述べ、次に、この議論を踏まえてローカ リゼーション・モデルが本論文の理論の枠組みとして有用であることを、多元シス テム理論(Even-Zohar, 2004[1978])、規範(Toury, 2012[1995])、スコポス理論(Vermeer,

2004[1989])などとの比較を通して明らかにする。さらに、標準化とパトロネージと

いう観点が鍵概念になることを述べ、それらの概念の本論文における運用について 考察する。

3.1 字幕翻訳における社会文化的アプローチ

字幕翻訳の訳出について考察する場合、第2章の先行文献レビューを踏まえると、

その枠組みとして大きく分けて 3 つのアプローチが考えられる。まず、起点テクス トと目標テクストの言語的要素に着目しそのシフトを見る対照分析的アプローチ

(Hatim & Mason, 2000[1997]; Gartzonika & Serban, 2009)、次に字幕翻訳という行為を 社会文化的に捉えて、テクスト以外の要素をも考察の対象とする社会文化的アプロ ーチ(Díaz-Cintas, 2010; O’Hagan, 2003; O’Hagan & Mangiron, 2013)、そして翻訳物の 受容に関する認知的システムを実験的な手法で探ろうとする認知的アプローチ

(Caffrey, 2009)である。本論文は、これらのうちの社会文化的アプローチによって

考察を行うものである。

一般的に翻訳は、何らかの目的を持って読者や視聴者に向けて行われるコミュニ ケーションを仲介するという意味で社会的営為であり、また、翻訳者と他の参与者 による協働作業という意味でも社会的営為である。そのため、目標テクストが産出 される過程において翻訳者は様々なコンテクスト的要因の影響を受ける。翻訳学に おいて「社会的」かつ「文化的」アプローチが進展しつつあるとされる(武田,2008,

pp. 180-182)のは、こうした翻訳者や通訳者の翻訳行為に作用する様々な要因を考察

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することの重要性が認識されていることの表れであり、字幕翻訳を扱う本論文もそ の認識に基づくものである。実務的な観点から見ると、字幕翻訳は映画製作という 大きなプロジェクトの一部であり、翻訳者以外にも配給会社や制作担当者など何人 もの参与者が関わっている。また、日本映画に付けられる英語字幕の制作過程では、

映画の企画立案関係者(例えば監督やプロデューサーなど)のような、日本語字幕 制作の場合とは異なる参与者が加わることがある。さらに、英語字幕は受容地域が 世界各地に及ぶことから、その視聴者の社会文化的背景は日本語字幕の視聴者より も多様性に富むと考えられる。日本映画の多言語展開を視野に入れた場合、英語以 外の言語への訳出に際しては、英語字幕を基に重訳(indirect translation)が行われる 作品もある。英語字幕が制作されるこうした状況を勘案すると、英語字幕翻訳の訳 出について考察するには、目標テクストについて検討するだけでなく、それが生成 される過程、すなわち字幕制作プロセスや、翻訳者を含めた参与者間の相互作用な どについて探ることが有効と考えられる。本論文が英語字幕の訳出の特徴を探るた めに社会文化的アプローチを選択したのは、こうした理由からである。本論文はこ の研究目的を達成するための理論的枠組みとして、デジタル情報の世界的な展開の 諸相について考察するための理論であるローカリゼーション・モデル(ピム, 2010) を採用する。ローカリゼーション(localization)とは「外国市場とロケール(locale) の要求に見合うべく、デジタルコンテンツを言語的文化的に適応させること、およ びデジタル情報の世界的な供給において多言語展開を管理するサービスと技術を提 供すること」とされる(Schäler, 2009, p. 157)。ローカリゼーション・モデルはこう した行為を、起点テクストから国際化というプロセスを経由し、目標テクストの産 出へと至る一連の流れとして提示する(ピム,2010,pp. 206-207)。本論文では英語 字幕のプロセス上の特性を踏まえて、同理論の概念を枠組みとし、英語字幕の訳出 について考察を行う。次項では、ローカリゼーション・モデルを理論的枠組みとす る上で前提となる英語字幕のプロセス上の特性について述べる。

3.2 英語字幕のプロセス上の特性

英語字幕のプロセス上の特性として挙げられるのは、起点主導であること、世界 各地で映画が公開されることによる字幕視聴者の多様性、映画産業における英語の 優位性の 3 点であると考える。本項ではこれらの事柄について議論し、これらが理

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論的枠組みとしてローカリゼーション・モデルを選択する要因となっていることを 明らかにする。その後に、分析の鍵概念として標準化(standardization)とパトロネ

ージ(patronage)を採用した理由について、英語字幕の制作プロセスおよび訳出の

特徴と関連づけて述べる。

1)起点主導の英語字幕制作プロセス

日本映画に付けられた英語字幕が日本国内の映画館などで視聴される機会は少な いが、一方の日本語字幕は日本で公開される外国映画の主たる翻訳形態になってい る。このことは、日本における外国映画事業の調査・研究・資料収集などを行って いる外国映画輸入配給協会1が毎年公表する資料(上映外国映画作品一覧)から裏付 けられる。例えば、平成27年(2015年)上映外国映画作品一覧では、総作品数536 本中、字幕版が498本(92.9%)、吹き替え版有(字幕と吹き替え)が28本(5.2%)、

吹き替え版が10本(1.8%)となっており、字幕版が外国映画上映の大勢を占めてい ることがわかる。一方、海外に展開する日本映画の増加に伴って英語字幕の制作も 増加しており、日本映画の 9 割には英語字幕が付いているとする字幕翻訳者もいる

(膳所,2011,p. 78)。ここでは日本語字幕と英語字幕の制作プロセスをマクロ的な

視点から比較することによって、英語字幕の制作プロセスの特性を明らかにしたい。

まずは日本語字幕の制作プロセスを簡略化した図を以下に示す。

1 一般社団法人外国映画輸入配給協会は、1962年3月13日通産省(現経済産業省)の指導 のもと、日本国内の外国映画輸入配給会社の団体として創立された。(外国映画輸入配給協会 ホームページよりhttp://www.gaihai.jp/about.htm)

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(起点文化)

(目標文化)

図3.1 日本語字幕の制作プロセス(佐藤・岩本ほか(2003, p. 15)に基づいて筆者が作成)

図3.1が示すのは、①配給会社:外国映画を輸入、字幕制作の発注、②制作会社:翻 訳者に翻訳を依頼、③字幕翻訳者:翻訳作業と納品、④翻訳者と他の参与者による 字幕テクストの修正、⑤字幕完成、⑥字幕付き外国映画の公開/放映、という工程 である。このように、翻訳されるテクストの選定をはじめとして字幕制作プロセス がすべて目標文化内で行われることから、日本語字幕の制作プロセスは目標主導で あり、目標文化の影響を受けると考えられる。

一方、日本映画に付けられる英語字幕の制作プロセスは以下のようになっている。

外国映画(起点テクスト)

⑥映画の公開/放映

①配給会社

②字幕制作会社 ⑤日本語字幕

④修正 字幕テクスト

③翻訳者

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(目標文化)

(起点文化)

図3.2 英語字幕の制作プロセス(佐藤・岩本ほか(2003, p. 15)に基づいて筆者が作成)

図3.2が示すように、制作プロセスの流れ自体は日本語字幕の場合と違わないものの、

英語字幕においては公開/放映以外のプロセスがすべて起点文化内で行われる点に 特徴がある。すなわち、日本映画に付けられる英語字幕は、起点文化(日本映画の 制作関係者)によって翻訳が提起され、起点文化内(日本国内)で訳出や修正が行 われたのちに、起点文化内で目標テクストが制作されるのである。このことから、

日本映画に付けられる英語字幕は、起点文化で行われる制作プロセスの影響を受け る字幕、すなわち起点主導のプロセスによる訳出と考えられる。そのため、英語字 幕の訳出に関して考察する本論文では、起点文化における制作プロセスについての 議論を可能にする理論が必要となるのである。なお、本論文では起点主導、目標主 導という語を制作プロセスが発生する場所を表すものとして用いるのであり、最終 的な訳出の特徴(起点志向、目標志向)を意味するものではないことを付け加えて おく。

2)視聴者の多様性

英語字幕と日本語字幕の制作プロセスがそれぞれ起点主導、目標主導と異なって いるように、2つの字幕における視聴者層も大きく異なっている。まず、外国映画に 付けられる日本語字幕は、主に日本国内で受容されることを想定して制作されてい

海外公開/放映

映画会社

字幕制作会社 翻訳者 日本映画(起点テクスト)

字幕テクスト 修正

英語字幕

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