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第1章  年長自閉性障害児の表情理解・表出に関する研究(研究1)

第4節  考察

等の表情理解能力を持つためにはMAで3歳程度の差が必要であることが推定 される。

一方、知的能力にはそれ程影響されず、より自閉症に特徴的と考えられる 結果も得られた。一つは、テスト1写真条件で怒りの誤反応パターンに群差 が認められ、1ブロック中怒りのみを誤った"怒り単独エラー"で比較すると、

自閉症児群にこのエラー及びその中でも怒りを喜びに分類するエラーがより 多く生起したことである。 Tableトト2より明らかなように、この"怒り‑喜 び"ェラーはマッチング群と高MA群で異なるとは言えず、エラーを生じた人 数も両群4名ずつであった。さらに因子分析の結果より、自閉症的行動特徴

が多い群には写真条件のみならずイラスト条件でも"怒り‑喜び"ェラーが 多く生起していることが示された。このような結果が生じた理由としては、

写真、イラスト条件共、怒りの目標刺激は口を閉じているのに対し、分類刺 激は口を開けたものが多く、この点に関しては怒りよりも喜びの目標刺激に より類似しているためであることが推測される。 Langdell (1978)は年長の 自閉症児では上下逆の顔の認知は対照群よりも成績が高いことを示したが、

この結果は宮下(1988)も述べているように、自閉症児は顔の各要素を主に 見ているためであると解釈されよう。また、 Langdellは年少児は顔の下半分 を手がかりとしてよく用いていることも報告しており、これらの知見から、

本研究においても怒りの表情を理解し、それに従って分類するのではなく、

開いた口を基準に分類しているのではないかと考えられる。ただ、全体的な 表情の理解ができないから部分的要素的な弁別によらざるを得ないのか、特 定の要素にとらわれてしまうために全体としての表情が理解できないのかは 現時点では不明であるが、 "刺激の過剰選択(Lovaas, Koegel, &Schreibman, 1979;園山・小林, 1986)の観点からは、後者の方がより妥当であると考え られるであろう。また、口の形態によって分類していたとしても、表情写真 の口の部分も喜び、怒りに特徴的な外観、即ち喜びでは唇の両端が上がって

いるが、怒りでは緊張し両端が下がった形、を示しており、結果的にはその 特徴を理解していないことになる。これが、 Hobson (1986a)が示唆している ように、自閉症児は微妙な知覚的弁別ができないことによるのか、或いはそ れは可能でも、顔面特徴から情緒的意味を抽出できないことによるのかどう かに関しては、より詳細な検討を行う必要があろう。

さて、第2の特徴的な結果は、テスト1の結果3)に示したように、ダウ ン症児群と異なり、イラスト条件での悲しみの正答率が喜び、怒りの正答率 よりも有意に低く、悲しみを中性に分類するエラーが多かったことと、テス ト2で線画条件における悲しみの正答率の低下が自閉症児群全体に認められ たことである。この結果は前述した"泣き顔"の判断の好成績とは対照的で、

テスト1イラスト条件の分類刺激は1つを除いて悲しい顔であり、テスト2 線画条件の目標刺激も同様に悲しい顔であったためであると考えられる。テ スト1からは、自閉症児群は悲しい顔の知覚的特徴を弁別していないのか、

弁別していてもそれから悲しみという情緒的意味を見出し得ないのか、或い は悲しいという理解は成立していても、それと目標刺激の"泣き顔"が同じ 感情カテゴリーに属すると考えていないのか、という前述の問題と類似した 疑問が指摘されよう。一方、テスト2の結果、特に高MA群の命名の結果から は、この知覚的弁別の障害の可能性は除外できるように思われる。というの は、高MA群11名中8名が線画条件の喜びと怒りの目標刺激を正しく命名し ており、彼らは顔面構成要素の特徴を弁別し、そこから情緒的意味を抽出し ているからである。ところが悲しみでは4名が"泣く"と答えたのみであっ た。即ち、高MA群の多くは悲しみの目標刺激を見て、それが喜びや怒りの表 情ではないことを弁別し得ても、それから悲しいという意味を抽出できない、

或いは抽出したとしても、それと"泣く"の意味的関連性を理解しておらず、

よく知っている"泣く"という言葉で表現できないのではないかと推測され る。これに対して、ダウン症児群ではテスト1、 2共に自閉症児群に見られた

ような結果は認められず、他表情と同じレベルで悲しみの表情の意味を理解 し、悲しい顔を見て容易に"泣く"をイメージしており、同一感情カテゴリ ーに属するものとして両者の関係をとらえていると考えられる。以上のよう に本研究における自閉症児群は、悲しみの表情の理解や"悲しみ"と"泣く"

の意味的関連性の理解などに問題を有することが示唆された。さらに言えば、

他者が悲しんだり、泣いたりすることの意味をどのように理解しているのか という疑問も生じるが、この問題は自閉症の共感性の障害(Rutter, 1983) とも関連してくることが予想されよう。

さて、最後に本研究におけるいくつかの問題点について述べる。一つは、

表情刺激の中に評定一致率の低いものが見られたことである。これらの大部 分は第2位の感情として、評定選択肢に含めた嫌悪や恐れと評定されており、

本研究で用いた他の感情との情動の混清がないと判断し、本研究においては 使用したが、各感情や条件間の比較のためには、より一致率を揃えることが 必要であろう。また、作成上の困難さから、イラスト、線画条件のブロック 数が写真条件よりも1つ少なくなったことや、特に口の形態を初めとして顔 面構成要素を各感情、条件間で統制することなども、さらに明確な結果を得 るために今後改善検討すべき課題であると考えられる。

2.表情表出について

表情の理解と同様、表情の意図的な表出能力についても、自閉症児群はCA、

MAをマッチングしたダウン症児群よりも成績が低いことが示された。また、

自閉症児群では言語条件で喜びが他よりも巧みに表出されると同時に、喜び のみに条件差が認められ、言語及び写真+言語条件での表出は写真条件より も巧みであった。このように喜びの表情は自閉症児においても最も表出が容 易であり、 Ekman and Oster (1979)が示しているような一般的な表情表出の 結果と一致していると言えよう。また、ダウン症児群では条件差は有意では

なく、悲しみ、怒り、喜びの順に成績が高くなっており、この結果も十亀・

久保(1980)の知的障害群の結果とよく一致していた。一方、自閉症児につ いては、十亀らの結果には本研究で見られたような条件差や喜びの優位性は 認められず、これは動作模倣と表情写真の模倣という課題条件の違いや表情 評定方法の差異、対象児の平均IQが十亀らの方が高いことなどによると考え

られる。ただし、本研究の表情評定は指導者の即時判断によるものであり、

より信頼性の高い方法を用いて他研究との比較等を行っていくことが今後の 課題であろう。

さて、本研究で自閉症児群に特徴的な結果として認められたのが、写真条 件のみで表出が不可能な群の存在である。ダウン症児群の場合には、写真条 件で表出が不可能な対象児は他条件での表出もできず、全般的な指示理解の 困難性が推測されるのに対し、上記の自閉症児群は言語指示を含む他条件で の表出はある程度可能で、これはCA3‑5歳児では言語指示による表情模倣は 表情写真による模倣よりも難しいというField and Walden (1982)の結果と 対照的であった。また、彼らは全員マッチング群に属しており、同群内の比 較でも表情理解・表出に関して成績が低いことが示された。このことから、

視覚的手がかりによる表情模倣の困難性は自閉症児群に特徴的な結果であり、

これは自閉症児の身体模倣能力の障害(DeMyer, Alpern, Barton, DeMyer, Churchill, Hingtgen, Bryson, Pontius, & Kimberlin, 1972)と関連してい

ると考えられるが、自閉症児群内では発達レベルとの対応関係を有している ことが示された。

3.言語能力、 SA、 MAとの関係について

表情理解・表出能力と言語能力、 SA、 MA等の諸変数間の関係について検討 したところ、因子分析の結果1)、 4)に示したように、言語能力に関しては 評定値及びW工SCVIQにおいて表情理解・表出能力との対応関係が認められた

が、 WISC PIQとテスト成績との相関は有意ではなかった。この結果より、表 情理解・表出能力は動作性よりもむしろ言語性の能力と関連しており、表情 の弁別や分類の際には各表情の言語的意味理解が必要であることが推測され る。一方、実施課題や使用した知能検査に違いはあるものの、 Hobson (1986a) は自閉症児の感情理解の成績と言語性、動作性MAとの間に有意な相関が見ら れたことを報告している。

また、自閉症児群ではダウン症児群と異なり、 MAよりもSAが表情理解・表 出能力によく対応していることが因子分析の結果2)より示された。ところ が、前述のHobson (1986a)では感情理解の成績と、非言語的コミュニケーシ ョン、社会的反応性、言語の3領域からなる社会的能力との相関は有意とは 言えず、 weeks and Hobson (1987)も、帽子よりも表情を優先して分類した 自閉症児は他の自閉症児と比べて社会的能力に差は見られないと述べている。

さらにDawson and Fernald (1987)も主人公の感情を推測する課題の成績と 社会的行動およびVineland Social Maturity Scaleの得点間に有意な相関を 見出していない。このように、本研究の結果は表情理解や感情理解の課題成 績と社会的能力間に有意な相関が認められないとする従来の研究とは異なる

ものであった。