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ような印象を受けた。自閉症児・者の他人の表情や感情の理解の困難性は、

序論でも述べたように明らかであると言えるが、研究1は改めてそれを実証 したものと位置づけられるであろう。ただし、前述のような異なる知能検査 の使用などの問題点は残されているので、今後のさらなる検討も必要である

と考えられる。

また、 2)に関しては、序論第7章の表情理解に関する研究のレビューでも 触れているように、多くの研究で示唆されている自閉症児・者の顔の部分‑

の注目傾向に関連するものである。この間題については、第2部の動画を用 いた研究で取り扱うので、ここでは詳しく述べないことにする。

続いて、 3)に示される、泣き顔と比べての悲しみの表情の理解の難しさの 結果からは、悲しみに限らず、微妙な表情を理解することの困難性が示唆さ れる。このことは、序論第4章で引用した高機能広汎性発達障害者の手記に

も記されており、また、 Attwood(1998)も、アスベルガー症候群の子どもたち に人の気持ちを分からせるには、ボディランゲージや声の調子、顔の表情な どを、大げさに芝居がかって表現することが必要だと、親たちが語っている と記している。これらのことから、表情理解の学習では、感情が明瞭に表わ れている、いわゆる感情強度の強い表情から学習を開始して、次第に感情強 度が弱い表情でも理解できるように、 1つの感情ごとに、感情強度が異なる複 数の表情を用意することも必要となってくると考えられる。そうすると、こ のような感情強度の弱い表情を揃えやすいのは、どのような素材であるのか、

具体的には、静止画と動画のどちらがより適しているのかという問題が出て くるが、このことに関しては第3部で検討を行う。

結果の4)については、本研究では直接扱わない問題であるが、手記にも散 見されたように、自閉症児・者にとって困難な問題の1つである感情の表現 に関連している。このことに関しても、第3部の総合考察などで触れること にする。また、 5)は、表情理解・表出能力と言語能力及び社会生活能力の間

に因果関係があることを示すものではないが、 LD、 ADHDの子どもが対象であ るとは言え、小貫・名越・三和(2004)は、表情から感情が読み取れるように なると人との関係がスムースになると述べている。一方で、彼らは、社会性 とは細かなソーシャルスキルの総体であるとも記しており、また、望月・向 後(2003)も、表情識別訓練プログラムによって獲得されたスキルは、効果的

な対人スキルを獲得するための基礎的なスキルであり、対人スキルの向上を 目指す場合には、さらなるプログラムが必要となることもあるだろうと指摘 している。このように、この結果は序章の本研究の目的でも触れた、表情理 解学習の効果の日常場面‑の般化の問題と関連するものであるが、現時点で は十分な検討がなされているとは言えない。この問題についても第3部で取 り扱っているので、詳細は後述することにする。

次に、研究2は、短いストーリーを実際に演じたビデオを用いて、自閉性 障害児・者の他者感情の理解能力と、ビデオを見ている対象者の表情に表出 される情緒的な反応性を同一場面で測定し、対象者の日常生活場面での愛他 行動(他者‑の心配、慰め、援助等)との関連性を検討したものであり、そ の結果を要約すると次のようになる。 1)自閉症群は対照群である言語能力を マッチングした非自閉症的発達障害群と比べて他者感情の理解能力が全般的 に低いとは言えなかったが、悲しみ一恐れの感情に関しては状況からの地者 感情の自発的推測がより困難であった。 2)愛他的な悲しみの感情の理解は特 に難しく、また、対照群よりも幾分成績が低かった。 3)感情理解において視 覚的手がかりに対する依存度がより大きい。さらに、 4)情緒的反応性につい ては、明らかな群差は認められなかった。 5)従来の共感研究の知見と一致し た、愛他行動と情緒的反応性の対応関係が示された。 6)情緒的反応性は愛他 的感情の理解の必要条件であることが示唆された。

これらの結果の中で、 1)と3)は関連しており、どちらも自閉症群は表情 を見る方が、状況だけから推測するよりも他者の感情理解の成績が高くなっ

ていたことを示している。このことは、自閉症児・者の表情理解の困難さが 指摘されてはいるものの、表情の手がかりがある方が、他者感情の推測がよ り行いやすくなるということであり、やはり表情を適切に理解する学習の重 要性を示していると考えられる。また、 5)と6)の結果に関しては、引き続 き検討を加える必要はあるが、これらは、愛他行動も含めた自閉症児・者の 対人行動を改善するためには、悲しみや嫌悪等の不快感情を喚起するような 場面における情緒的な反応性を伸ばしていくような取り組みが望まれること を示唆している。このような、言わば情緒面の豊かさを育むための教育方法 には、これといった定番がある訳ではなく、むしろ日常の生活の中で、自閉 症児・者との信頼関係を作り、いろいろな実際の経験を積む中での本人の気 持ちを適切に汲み取り、そのことを本人に伝えていくことや、感情を喚起す るような出来事や言動などに対する、こちらの気持ちを説明したり伝えてい ったりすることなどを、根気よく丁寧に続けていく営みが重要ではないかと 思われる。そして、そのような取り組みとともに、序論で紹介したような表 情の理解学習やssTなども、基礎的段階の学習として欠かせないものである

と言えよう。

さて、前述のように、この研究は、ストーリーのある実写ビデオを用いて いることが特色である。鈴木(2001)は、文脈を扱った表情研究はきわめて少 ないと述べており、より現実の場面に近い状況での、自閉症児・者の他者感 情の理解能力や情緒的な反応性などを評価するためには、この研究で用いた ようなビデオ課題は適していると考えられる。知的障害児・者などとの比較 を行えば、自閉症児・者の特徴的な反応がより明確化されるであろう。しか しながら、登場人物の会話や話の流れを理解するためには、ある程度の言語 理解能力が必要であり、利用可能な対象児・者が限定されてくると考えられ

る。また、 1回の試行に時間がかかったり、間違った場合の再試行などにも手 間を要したりすることから、集中力に乏しい低年齢の対象児にも不向きであ

ろう。さらに、写真やビデオは実人物が演じるために、表情の変化量の操作 が難しく(山田, 1996)、先述したように、自閉症児・者が特に学習する必要 があると考えられる、感情強度の弱い微妙な表情を作りにくいという欠点が ある。このような理由から、ビデオ課題は、児童期以降の高機能児・者を対 象とした他者感情の推測能力などの評価・学習用としては利用可能であろう が、より広範囲の対象児・者を想定した、表情の理解それ自体を目的とした 学習には適していないのではないかと判断される。

以上のように、第1部で採り上げた2つの研究は、各々写真とビデオを用 いて自閉症児・者の表情理解や表情表出、共感的な能力などの特徴を明らか にしようと試みた基礎的段階の研究であったが、得られた結果、特に研究1 の結果の中には、後の表情理解学習に発展していく要素が数多く含まれてい たことが示された。

第2部 動画を用いた自閉性障害者の表情理解に関する研究

第1章 自閉性障害者の表情理解に関する基礎的研究I (研究3)

第1節 目的

自閉性障害児・者の社会性障害の一つである表情の理解能力に関する研究 は、その多くが1980年代後半から1990年前後にかけて行われている(Hobson,

1986a, 1986b; Weeks & Hobson, 1987; Ozonoff, Pennington, & Rogers, 1990;

Fein, Lucci, Braverman, & Waterhouse, 1992など)。これらの先行研究の結 果、言語性IQでマッチングした場合には、自閉性障害群と知的障害等の対照 群との間で表情理解における差は見られず、上下逆転した顔の表情の場合に は自閉性障害群がむしろ優れているが、動作性IQでマッチングした場合には、

自閉性障害群の成績の方が低いことなどが示されている。最近では、 Celani, Battacchi, and Arcidiacono(1999)が、目標顔の提示時間を短くし、表情手

がかりを部分的分析的に知覚する方略を阻止することで、言語性IQでマッチ ングした自閉性障害児群の成績がダウン症児群よりも低くなったことを戟告 している。

しかしながら、これらの諸研究は、知的障害群などと異なり、自閉性障害 群は顔面表情を全体としてではなく、部分的に処理していることや、表情の 同定には言語能力が関連していることなどを示唆するに留まっており、個々 の自閉性障害児・者を対象とした、感情の種類や表出度との関係、視覚情報 処理の様式や社会的行動、情緒的な反応性等との関連、表情理解の際の手が かり部位の検討など、彼ら‑の教育的かかわりや社会適応能力の向上に寄与 する可能性を持つような研究はあまり行われていないのが現状である。そこ で、本研究では、群としての比較よりも、事例的な検討に主眼を置きながら、

上述の諸点のいくつかに関する基礎的なデータを得ることを目的とする。

また、自閉性障害児・者の表情理解に関する先行研究の大部分は、感情の 研究者によって作成された標準化された表情写真を刺激として使用している。

しかしながら、本研究では、パーソナルコンピュータで作成した、感情表出 度を変化させた動画を用いることで、より現実の対人場面に近い条件での詳 細な検討が可能になると考えられる。なお、従来の方法との比較を目的とし

て、動画からプリントアウトした表情画像を用いた課題も同時に実施した。