第 2 章 江⼾後期〜明治初期における桐⽣の⽔⼒利⽤の実態と 都市形成との関わり
2.2 課題設定と研究⽅法
2.3.4 織物業種の分業・集積化と⽔利⽤の関係について
撚⽷業全般(賃撚⽷を含む下撚り業、揚撚り業)の結果は、⽔路網が張り巡らされている⾚岩⽤
⽔系、⼤堰⽤⽔系に集中している。この結果は、これらの撚⽷業が⽔⾞を⽤いていたことを⽰すものと
⾔え、また撚⽷業が⽔⾞を設置できるところを選定して操業した結果と⾒て取ることができる。
また、揚撚りが今泉村と下久⽅村に集積していた点も重視すべき結果である。地理的な位置関係 から、両村は隣接していることから、下久⽅村から今泉村にかけて連続的に揚撚り業の集積地域があ った可能性が考えられる。下撚りの撚⽷業が、⾚岩⽤⽔系と⼤堰⽤⽔系(主要部)全体に分布する のに対し、縮緬を⽤いる⾼級織物製品にのみ必要な揚撚り業の集積は、今泉村と下久⽅村固有の 産業集積の特徴といえる。
⾚岩⽤⽔系、⼤堰⽤⽔系(主要部)の各村の中で、唯⼀桐⽣新町のみ撚⽷業の⼾数が著しく低 く、代わりに染⾊業が多い。染⾊業は、⻄陣から技術者を招聘し技術レベルを上げた⼯程であり、先 染めを⽤いる⾼級織物の⽣産を可能にしたコア技術の⼀つといえる。
桐⽣新町の次に多いのは下久⽅村であるが、両村は隣接していることを考えると、染⾊業者が下 久⽅村から桐⽣新町にかけて集積する地区があったと考えられる。その他の村には、染⾊業者はほと んど存在していない。染⾊業の集積が桐⽣の中⼼地とその近傍に限られることは、⾼級織物⽣産にお
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いて染⾊の技術がそれだけ重視されていたということではないかと考えられる。
以上、織物関係業種から明治初年における桐⽣の⽔利⽤の状況を分析した。その結果から桐⽣
の⽔利⽤は、決して⾚岩⽤⽔周辺だけでなく、⼤堰⽤⽔を含めた⽤⽔路の全域におよぶものであった ことが分かる。もう⼀つ重要な点として、染⾊業と揚撚り業という、お召しの製作にも関わる縮緬⽣産 の重要⼯程が特定のエリア(桐⽣新町、下久⽅村、今泉村)に集積していたことも挙げられる。これも 既往の研究では、指摘されていない点である。
桐⽣の織物関係業者が、桐⽣伝統織物業の歴史を語る際、必ず登場するのが「お召し」である。
お召しは略礼装の和服で、⽤いられる素材は最⾼級の部類である。より精度の⾼い調査を必要とす るものの、⾼級織物であるお召しの⽣産が、桐⽣織物業のゾーニングと⽔の利⽤⽅法に影響を与えた 可能性は⾼い。
各種織物⽣産量から⾒る明治初期の桐⽣織物業の⽣産体制
ここまでの考察で、⼤堰⽤⽔主要部の染⾊業と揚撚り業の集積は、この地域がお召しや縮緬など の⾼級織物⽣産に特化した産業集積をしていた可能性を指摘した。3〜6 年ほど年代の開きがある ものの、この推測を裏付ける史料がある。
表 2-3-2 は明治 8 年時点の、各村の品種別織物⽣産⾼である21)。明治 2 年の家業改請印 帳と 6 年ほどの開きがあることを考慮する必要はあるが、桐⽣新町・下久⽅村・安楽⼟村(明治 6 年 に今泉村・堤村・村松村・元宿村が合併した)に縮緬の⽣産が集中しており、上記推測と合致する内 容といえる。安楽⼟村は合併した 4 ヶ村のデータとなってしまうが、表 2-3-1 で⽰した傾向が明治 8 年にも⼤きく変化していないのであれば、⽣産品⽬のほとんどは旧今泉村由来のものと推測できる。
「品⽬詳細」と題した列の内訳は多種にわたり、「織都」と⾔われた桐⽣の織物技術の⾼さがうかが える。そのなかで、特に縮緬類と帯地類を抽出し、その他品種と区別して集計した。縮緬類は⼤堰⽤
⽔系主要部への集積が予想される品種である。帯地類を特に抽出したのは、縮緬の⽣地を使⽤せ ず、お召しに関わる部位としてまず考えられる品種のためである。これは、⾚岩⽤⽔系の⽣産拠点が 揚撚りを必要としない品種として、帯地類を主⼒としたのではないかと予想するものである。
集計結果が⽰す通り、強撚⽷が必要である縮緬は、桐⽣新町・下久⽅村・安楽⼟村がすべてを 占め、他の地域での⽣産は⾒られなかった。上述のように、安楽⼟村を概ね今泉村の数値と捉えるな ら、お召しを含めた縮緬の⽣産はほぼ⼤堰⽤⽔系で⾏われていると⾔える。
⾚岩⽤⽔系の 2 村を⾒ると、その他織物を多様に⽣産している⼀⽅で、帯地が主⼒を占めている ことが分かる。特に境野村ではその傾向が強く、単位の違いはあるものの全体数量の約 4 分の 3 を帯 地が占めている。これらの織物は縮緬⽣地を使⽤しないため、揚撚りの⼯程は必要ない。この結果も 上記の推測を⽀持するものといえる。
このように明治 8 年の各村の品⽬別織物⽣産量からは、⼤堰⽤⽔系と⾚岩⽤⽔系の各村の織 物関係業種の集積状況から推測した⼤堰⽤⽔系 3 ヶ村の縮緬⽣産への特化、という桐⽣織物の⽣
産体制とほぼ合致することが確認できた。
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表 2-3-2 明治 8 年における桐⽣各村の品種別織物⽣産⾼
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