急性心筋梗塞の治療は、心筋壊死の進行を阻止し梗塞範囲を最小限に抑える再潅流療 法に大きな期待が寄せられている。再潅流療法を適用するには早期診断が必須条件であ るとして、臨床検査分野にも心筋梗塞に特異的で迅速測定が可能な検査が要求されるよ うになってきた。急性心筋梗塞において、障害部位心筋から血中に流出する物質の測定 は、早期診断と治療に際して極めて重要な情報を提供する。臨床的に現在最も利用され ている血中のCK測定による診断は、高い感度を有し心筋障害の程度を定量的に推定で きるとされている。しかし一方では、臓器特異性がないことや、再潅流療法により組織 細胞からCKの洗い流し現象が生じ、見かけ上CK値が上昇して梗塞量を反映しないな どの問題点が指摘されてきた。このような背景から心筋特異性が高く測定が簡便な新し い生化学的指標の出現が期待されるようになった。
最近になって、心筋特異性の高いモノクローナル抗体を用いた微量蛋白や酵素アイソ ザイムの測定による診断が注目されつつあり、HVMLC-I,CK-MMアイソフオーム、
トロポニンTなどがその例である。しかしながら、これらの測定法は使用血清量が多 く、操作が煩雑で長時間を要するなどの問題が多い。さらに、心筋梗塞の診断と治療に は、迅速測定と多数検体処理が可能なことが要求される。
本研究では、急性心筋梗塞における診断、治療および予防を目的として、HVMLC-I の迅速測定法、MDHアイソザイム分析法、ミトコンドリア由来AST(GODの直接測 定法、HDLコレステロールの直接測定法を開発し、さらにこれらの臨床的有用性を評 価し、所期の目的を達成することができた。以下に得られた知見を以下に総括する。
1)ミオシン迅速測定法の開発と急性心筋梗塞における臨床的評価
HVMLC-Iは、心筋特異性が高く再潅流療法による洗い流し現象の影響を受けにくい 蛋白として急性心筋梗塞の臨床的有用性は高く、従来、RIAにより広く測定されてき た。本研究では、モノクローナル抗体を用いたEIAを基本原理とした酵素反応検出系 に化学発光法を導入することによって高感度検出を可能にした。その結果、測定時間が 大幅に短縮され、多数検体を45分で測定できる完全自動化システムを構築した。本法
は、化学発光の利用で測定範囲が広くなり、従来法の5倍濃度まで検体を希釈すること
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なく測定ができる。また、測定精度や正確性に優れた方法であり、心筋以外の筋細胞由 来のミオシンとの交叉反応は10%以下と心筋特異性に優れ、急性心筋梗塞の診断に有 用性が高いと考えられる。ミオグロビンは心筋梗塞の胸痛発作から6時間以内の早期診 断に有効と考えられているが、筋肉注射や運動でも上昇し心筋特異性がない。一方 HVMI-C-Iは6時間以降から上昇し始め、2週間の長期間高値を持続するので、CKや
ミオグロビンの上昇がなくとも、心筋梗塞の発症から長期間にわたって診断が可能であ る。再潅流療法が成功すると、HVMLC-Iは急速に低下するため心筋梗塞の再潅流療法
の成否判定にも有用であり、冠動脈の梗塞部位の推定も可能なことが確かめられた。
2)MDHアイソザイム分別定量法の開発と心筋梗塞における評価
MDHは本来、肝疾患の診断のための検査項目であるが、測定が煩雑なためにあまり 測定されていない。しかし、そのアイソザイムの測定は細胞壊死の状態を把握できるこ
とから臨床的に重要である。本研究では、グアニジン塩酸を用いてcytosol由来のc-
MDH活性を選択的に阻害し、残存するミトコンドリア由来のm-MDH活性を特異的に 測定できる方法を開発した。本法は、内因性LDHの影響を回避するためLDH活性阻 害剤であるオキザミン酸を用いることでMDH活性を10分の短時間で測定可能な利点 を有する。また、精度、正確性に優れており、自動分析システムによる多数検体の処理 が可能である。MDH活性は心疾患の中でも特に急性心筋梗塞に特異的であり、ミトコ
ンドリア由来MDH活性に対するcytosol由来のMDH活性の比率が15%を越えると
死亡率が高く、これは再潅流療法が不成功の例に多くみられた。このことから、ミトコ ンドリア由来MDH活性の測定は心筋障害の程度や予後の推定に有用性が高いものと考 えられる。
3)m-AST活性測定法の開発と心筋梗塞における臨床的評価
AST活性は肝疾患を診断する項目として日常の検査で広く測定されている。また、
細胞障害の程度が診断できるASTアイソザイムの測定には、電気泳動法が一般的であ
るが、操作の煩雑性のため通常は測定されない。-82-
そこで本研究では、StrEptomycesWojaceochmmogenesから精製したセリンプロ
テアーゼに属するプロテアーゼ401を用いて、cytosol由来のc-ASI、活性を選択的に
阻害させ、残存するミトコンドリア由来のm-ASI、活性を特異的に測定する画期的な方
法を開発した。本法は自動化が容易なため10分でASTアイソザイムの分別定量が可能 であり、精度は再現性としてCV2~10%、免疫学的測定法は)との相関もr=0.992,
y=1.05x-1.68と優れていた。m-AST活性は細胞壊死を反映することが古くから知
られていたが、本法の開発によって容易に分析結果の情報が得られるようになり、臨床 的ニーズが高まって、現在臨床使用されている。また、c-AST,m-ASrにはそれぞれ
アポ型(不活性型)とホロ型(活性型)が存在するが、アポASTをPALPで活性化して測
定するための至適条件を検索し、急性心筋梗塞における臨床的有用性について評価し た。急性心筋梗塞において、アポm-ASr/ホロm-ASr活性の比率が20%以下でホロ
型m-AST活性が高値の場合は予後不良の比率が高く、m-ASrr活性さらにはアポm-ASr活性を測定することは、心筋梗塞の壊死の程度、重症度や予後の推定に大きく貢 献するものと考えられる。
4)HDLコレステロールの直接測定法の開発
血清リポ蛋白は超遠心法により、HDL,LDL,IDL,chylomicronに分離される。
HDECは、心筋梗塞の原因となる動脈硬化症の予防や治療の目的で、病院や集団検診 において日常広く測定されている。現在、HDECを直接測定する方法はなく、最も一 般的な測定法としてポリアニオンと金属イオンによる沈殿法があるが、遠心分離が必要 など操作が煩雑である。
本研究では、コレステロールの測定系に用いる酵素のアミノ基をPEGで修飾すると
LDLCに対する酵素の反応性が著しく低下すること、a-CyDsulとVLDL、chylo-micronとの相互作用により、VLDL,chylomicron中のコレステロールに対する酵素
反応が阻止されることを見出した。これらの現象を利用して、コレステロールの測定系 にPEG修飾酵素とa-CyDsulを組み込み、HDECを直接測定可能な画期的な測定法
を開発した。本法は、従来法と比較して遠心分離操作が不要で、自動分析装置により短
時間に多数の検体を処理できるなど多くの利点を有し、現在臨床使用されている。さらにシクロデキストリンとリポ蛋白画分との相互作用は多様であり、これらを利用して心
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筋梗塞のriskfactorであるLDLCの直接測定法の開発も可能なことが示唆された。
血液生化学的指標による急性心筋梗塞の診断の利点は、(1)感度が高く早期診断が可 能、(2)再潅流の成否の早期判定が可能、(3)心筋壊死の推定がある程度可能、(4)患者への
リスクが少ないことである。HVMLC-I,MDH,m-AST、HDECはいずれも、これ
らの利点を有しながら測定法が煩雑なために臨床検査の分野で敬遠されてきた。本研究 で開発した迅速測定法は、急‘性心筋梗塞の診断と治療に関して短時間に多くの'情報を提 供し、ベッドサイドにおける迅速診断にも大きく貢献できるものと考えられる。
従来より生化学的指標は、心筋特異性が低いために急性心筋梗塞の診断の補助的手段 として位置づけられてきた。しかし、今後は心筋特異性が高いモノクローナル抗体を利 用した測定法の開発と自動分析装置の改良により、迅速で確実な診断が可能になるもの
と考えられる。
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