• 検索結果がありません。

総合考察

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 98-112)

ミャンマーのコメ生産と品種

ミャンマーでは1960年代初頭から国を挙げてコメ増産を推進し、高収量品種

(High Yielding Variety: HYV)の普及、限界地への農地拡大、ポンプ灌漑によ る乾期作の拡大、多様な立地環境に適応する品種の育成等様々な施策を実施し てきた。その結果、1975年頃まで約1.8 t/haであった単収が、HYVの導入によ り増加し、1985年には3.1t/haとなった。しかし、2000年代に入り作付面積は 約7,210 千ha, 生産量は約28,000千t、単収は約3.9t/ha と生産性が低迷して いる(図2-2)。ミャンマーのイネ作付け品種数は約225種であるが、雨期作と 乾期作の合計作付面積のうち、84.9%を占める雨期作の作付け品種は、2017/18 年ではHYVが67.7%、地方品種(Local Variety:LV)が31.8%、およびF1

0.5%であり、これらの比率は2004/05年から大きな変化はない。2017/18年で

は全国作付面積の上位 10 品種が 65.3%を占め、これらのうち HYV は 5 品種

(41.5%)であるが、1990年以降にリリースされたHYVはSinthukhaの1品 種(12.0%)に留まっている(表2-4)。

93

これらの技術的および社会的な原因として第 2 章では、①脆弱な種子増殖・

普及体制により、適切な増殖方法および品質管理が行われていないことから種 子が劣化し、本来の品種特性を備えた種子が増殖・普及していない。②Certified Seed(CS)に関する情報不足と種子市場が未発達であることから、多くの農家 が自家採種種子を使用している。③普及に際して、品種特性に関する情報が不充 分であることから、適正品種が適地に栽培されていない。④Department of Agricultural Research(DAR)とDepartment of Agriculture(DOA)の間で 情報共有が行われず、新たに導入・育成された品種がDOAを通じて農家へ普及 していない。⑤これらが原因で、HYV導入によるコメ増産の効果が充分に発揮 されていないこと、等が明らかになった。

ミャンマー農業畜産灌漑省(MOALI)は、1980年代に世界銀行(WB)と国 連開発計画(UNDP)の支援を得て、優良種子を農家に供給するため、Breeder Seed(BS)からFoundation Seed(FS)、Register Seed(RS)およびCSを段 階的に増殖する種子増殖システムを構築した。しかし、技術・人材の不足から種 子増殖工程において適切な品質管理が行われていなかったことから、BS から CSまで全てのクラスの種子で遺伝的純度が低下し、出穂期、稈長、穂長、穂数 等重要な農業形質の均一性が失われ、異種が多く混入していた。出穂が不揃いで あると登熟が一斉に進まず、ミャンマーでは収穫を登熟が遅い穂に合わせるこ とから、過熟米の割合が多く、立毛胴割れや脱粒等が生じて収量および品質の低 下を招いていたと考えられる。

伊藤および川口(1983)、松永(1992)は品種劣化の原因として、①人為的ミ スによる機会的混種、②遺伝的に固定していない品種の分離、③家系の混合、④ 他品種との自然交雑、⑤自然突然変異、⑥遺伝的浮動等を挙げている。

種子増殖工程の不適切な品質管理による品種劣化は、ラオス、マダガスカル、

ベナン等他の開発途上国でも報告され、生産性や品質低下の要因となっている

(Ikeda et al., 2007; 片山・清治, 2012; Arai et al., 2015; 2017)。Ikedaら(2007)

および池田(2012)はベナンにおいて7品種(NERICA 1~NERICA 7)を対象 に、バルク採種法により増殖されたBSと、系統栽培法により増殖されたBSを

94

使用してFSを増殖し、異株の混入率を比較した。その結果、前者よりも後者の 方が異株の混入率が低かったことから、家系を混ぜずに系統選抜と個体選抜を 繰返してBS系統を維持・増殖する系統栽培法が、BS増殖方法として適当であ ると報告している。

また、Araiら (2015; 2017) はマダガスカルにおいて、バルク採種法により劣 化した4品種(内1品種はIRRI系統)を対象に、系統栽培法によるBS増殖を 3年にわたって実施した結果、すべての品種で異株の出現率が著しく低減したと 報告している。これらの地域では、優良個体から系統を育成し、系譜情報を維持 したBS増殖方法ではなく、常に優良な集団(バルク)を育成する方法でBS増 殖を行っている。

ミャンマーにおいてもDAR-YezinのBS増殖工程で、バルクにした穂に由来 する穂系統法により、前述の品種劣化の原因として列挙した③のとおり種子増 殖過程で家系が混ざっていたことから系譜情報が喪失し、異型率の高い種子の 増殖が継続して行われ、品種劣化の原因となっていた。さらに、Sinthukha は

Manawthukha への戻し交雑の回数が不充分であったことから、②の遺伝的分

離が考えられる。また、Manawthukha、Kyawzeya、Shwewartun、Ayeyarmin、

PawsanyinおよびHnangarは導入後30年以上経過していることから、③に加

えて、①、④、⑤および⑥が品種劣化の原因であると考えられた。

系統栽培法の導入によるBSの遺伝的純化の効果

第3章では、JICA プロジェクトが2012年から 2016年までミャンマーの主

要水稲9品種(表3-1)を対象に、遺伝的純度の向上と維持を図るため、BS増

殖に導入した系統および個体選抜による選抜対象の系譜情報を保持した系統栽 培法の効果について評価を行った。評価の方法は、Ikedaら(2007)およびArai ら(2015; 2017)が評価対象とした異株の出現率ではなく、出穂期、稈長、穂長 および穂数の標準偏差を品種ごとに系統栽培法導入初年度と当該年度で経年比 較すること、各農業形質の品種の分散比(分散比;広義の遺伝率)と系統の分散 比を経年比較すること、および、SSR マーカーによる DNA 多型解析により遺

95

伝的純度の評価を行った。

その結果、一部を除き、全ての品種で2015年から2016年の農業形質の標準 偏差が初年度と比較して有意に低くなった(表 3-4)。特に、出穂期の標準偏差 は2016年にはすべての品種で1.0以下となり、稈長の標準偏差は選抜2年目の 2014年で9品種中7品種が有意に減少した。また、全品種の系統間で、出穂始 期から穂揃い期までに要した平均日数は、2013年の8.3日から2016年には5.3 日と3 日間短縮した(図 3-2)。これらの結果から、全ての品種の農業形質は固 定度が高く遺伝的に安定し、均一性が高くなったと考えられる。

一方、品種の分散比、すなわち広義の遺伝率の評価結果は、試験期間最後の 2016年に全ての農業形質で遺伝率が最も高い値を示した。中でも出穂期(穂揃 い期)と稈長はともに99.6%と農業形質のなかで最も高く、次いで穂長が96.5%、

穂数は 92.8%であった。また、系統の分散比は稈長、穂長および穂数がいずれ

も2016年に最も低く、稈長では0.3%であった(表3-5)。

自家受粉作物のイネは、純系品種の遺伝的特性が遺伝的浮動の影響を受けな いことから、品種の分散比増加の要因は、系統栽培法により異株の混入や自然受 粉による遺伝的分離集団が排除されたため、系統の分散比が低下したことであ ると考えられる。したがって、分散比の評価結果からも、全ての品種で農業形質 の均一性が改善されたと判断することができる。

これらの分析結果は、出穂期の遺伝率が最も高く、次いで稈長、穂長および穂 数の順に低くなり、系統育種法では出穂期が系統選抜において初期の選抜効果 が大きいとする他の研究結果と類似の傾向を示している(明峰・熊谷, 1958; 伊 藤・橋爪, 1958; 赤藤ら,1958)。特に、出穂期はいくつかの主働遺伝子によって 制御され、遺伝率が高い形質であることが知られている(山本・鳥山, 1971; 奥 本ら, 1991; 1992; Sato et al., 1994, Yano et al., 2000; Doi et al., 2004; 西田, 2005; Kumar et al., 2012; Bacha et al., 2015)。したがって、系統栽培法による BS増殖では、出穂期が自然交雑や異品種の混入により遺伝的純度が低下した系 統を判別するのに最も適した形質であると考えられる。

他方、近年DNAマーカーを利用したイネの品種識別が、我が国の試験研究機

96

関でも一般的に行われるようになった(黒柳ら, 2006; 江嶋ら, 2007; 林ら,

2010)。本研究でも種子の遺伝的純度を評価する方法として、SinthukhaのBS

を対象に2014年はSSRマーカーを96種(表3-3-1, 表3-3-2)、2013年、2015 年および2016 年はSSRマーカーを4種による DNA多型解析を行った。その 結果、2014 年および2016 年のBS にはDNA多型が検出されなかった(表 3-6)。他の8品種についてもSinthukhaと同様に系統栽培法によるBS増殖を行 ってきたことから、DNA多型の検出率は同様の結果になると推察される。これ ら一連の試験結果から、系統栽培法により2016年には9品種全ての遺伝的純度 が向上し、イネの重要な農業形質である出穂期、稈長、穂長および穂数がいずれ も遺伝的に安定したと考えられる。

水稲種子の遺伝的純度の維持・管理について、富山県はSSRマーカーを利用 して、大量の種子を短時間で解析するとともに、自然交雑個体の識別も可能とな るよう品種判別技術を開発した(表野ら, 2006; 富山県, 2006)。この技術はJA 全農とやまでCSの農産物検査における異品種混入の判別に使われており、今後 種子の品質の維持・向上の観点から他の地域でも活用が拡大するものと思われ る(JA全農とやま, 2014)。

農業立地環境と品種の選定

遺伝的純度が高い種子を活用して、効率的、かつ効果的にコメの生産性と品質 向上を図るためには、品種本来の特性を活かした 2 期作や多毛作等の作付け体 系を確立する必要がある。そのためには、第4章で行った栽培試験をつうじて、

異なる環境における品種特性を把握し、立地条件に適応した品種選定を行うこ とが重要である。

第2 章のミャンマーにおける農業立地区分別の品種分布の調査結果(表 2-2)

および、農林業省(Ministry of Agriculture and Forests:当時)資料(1988)

から、当初は中央乾燥地等の灌漑水田に導入された短稈・中生のManawthukha が、現在はデルタ地帯でも雨期に天水田で栽培されているが、洪水で冠水したり、

多肥栽培ができずに本来の品種特性である多収性が活かされていない。また、

ドキュメント内 九州大学学術情報リポジトリ (ページ 98-112)