雨期と乾期が明瞭に分かれるミャンマーでは、デルタ地域から中央乾燥地域 や丘陵山岳地域まで、年間をつうじて様々な環境下でイネの栽培が行われてい る。現在ミャンマーにおけるコメ生産はデルタ地域のエイヤーワディ、ヤンゴン およびバゴー地域で全国生産の約 45%、およびバガン王朝時代から灌漑農業が 行われていたマンダレー、ザガイン地域等の中央乾燥地域で約 20%が生産され ている。これらコメ品種の約60%は高収量品種 (High Yielding Variety: HYV) で、1970 から 1980 年代にミャンマーが国家事業として実施した、全郡特別高 収量米生産計画 (Whole Township Special High Yielding Paddy Production
Program: SHYP) により、灌漑・排水が整備された立地の良い地域から優先的
に、それぞれの地域に適応した品種が選定され、全国レベルで普及が行われた。
その結果、収量は1975年の1.8 t/haから1985年の3.1 t/haに増加した(Khin, 1991)。しかし、その後は2017年まで単収は約3.9 t/haに留まっている。
生産性低迷の原因は先に述べた他に、当時中央乾燥地帯の灌漑水田に導入さ れたManawthukhaやSinthukha等、非感光性のHYV短稈・中生品種が、現 在はデルタ地域の雨期に天水田栽培されているが、深水で施肥量が少ないため、
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多収性品種の特性が発揮されていない。他方、デルタ地域の天水田に普及した
Ayeyarmin や Pawsanyin 等の長稈・中晩生品種が中央乾燥地の灌漑水田で栽
培されるようになったが、灌漑水田の多肥栽培で過繁茂となり、収穫前の倒伏に より生産性が低下する事例が多発している。これらは、異なる環境における農業 形質の変異や品種特性の評価を行わずに、特定地域での収量や、食味のみに着目 し、他地域へ品種を普及した結果引き起こされたと考えられる。
出穂期、稈長、収量などの農業形質は、作付け時期や場所によって影響を 受けることが知られており、これら重要な農業形質に関する日長と気温の影響 について多くの研究が行われている。Sipaseuthら (2009) は、乾期の収量に 対する非感光性品種の遺伝子型の変動は、雨期のそれよりも大きいとしてい る。岡(1954)は、非感光性品種の生育期間は温度によって異なるが、感光性 品種の日長に対する反応とは異なり、生育期間は最適温度で極端に短縮されな いと報告している。一方、農業形質の発現の程度は、品種の遺伝子型 (G )、環 境 (E )、および品種と環境の交互作用 (G×E ) の結果であるとされる。品種と 環境の交互作用は、2つの遺伝子型の反応が異なる環境において一致しない場 合に統計的に検出される(Allard and Bradshaw, 1964)。イネでは、品種と環 境の交互作用が出穂期、稈長、収量、および食味で、異なる場所、年次、作期 において報告されている (大里ら, 1996; 今林ら, 1997a; 今林ら, 1997b;
Cooper et al., 1999; Sengxua et al., 2017)。しかし、年間をつうじてコメ生産 が行われているミャンマーでは、主要イネ品種の農業形質の変異や地域適応性 に関して、作期や場所ごとに十分な研究が行われていない。二期作または多毛 作地域では、作目の組み合わせや収穫時期を考慮した品種の選択、あるいは穂 肥の時期を決定する際に出穂期を把握することは重要である。また、稈長は天 水田地域において収量と米の品質に影響する倒伏と密接に関係しており、穂長 と穂数も収量に直接関係している。
品種の栽培指針の策定、奨励品種の決定試験の効率性を改善し、作付け体系 を決定するには、作期や場所等異なる環境条件下で出穂期、稈長、穂長、穂数お よび収量等の農業形質の変異、および品種と環境の交互作用について評価して
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おくことが重要である。以上より、筆者は系統栽培法によりBS増殖を行い、遺 伝的に安定したミャンマーの主要水稲 8 品種を対象に、雨期と乾期の品種特性 を異なる場所で評価した。
材料および方法
1.供試品種と栽培方法
本研究は、イエジン農業研究局(DAR)で育種家種子として系統栽培法で増殖・
維持されているミャンマーの主要水稲8品種を供試した(第3章、表3-1)。種 子はホーマイ水和剤(日本曹達㈱製)で種子消毒し、催芽処理後に苗床へ播種、
苗齢3週間で本田へ移植した。試験区は乱塊法により、1区15.6 m2(366 x 427
cm)とし、2014年の乾期は2反復、それ以降はすべて3反復とした。栽植密度
は24.5 x 30.5 cmで、1株1本植えとした。播種日および移植日を表3-1に示 した。基肥は、尿素86.5 kg / ha、重過リン酸石灰98.8 kg / ha、塩化カリウム
24.7 kg / haを施肥した。苗代、本田の準備および肥培管理等は各場所の慣行法
によった。
2.試験地
試験は、雨期および乾期に(1)イエジン農業研究局:Yezin: YZN(N19°82 '、
E 96°27'; 牧草地沖積土)、(2)ミャウンミャ農業研究局支所:Myaungmya: MM
(16°59 '、E 94°88';グレー土壌) (3)農業局、ミャンマーイネ研究センター:
Hmawbi: HMB(N17°09 '、E 96°03'; 牧草地沖積土)の合計3カ所でそれぞれ 行った(図4-1)。3試験地の最高・最低温度を図4-2に示した。
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3.調査方法
農業形質の調査は作物調査基準(2013年、日本作物学会九州支部会編)に準 じて行った。出穂期は、播種日から試験区の40〜50%の株の主穂の葉鞘から穂 が抽出するまでの日数とした。稈長は、株内の最長稈を地際から穂首までの長さ を、穂長は最長稈の穂首から穂先(芒は含まない)までの長さを、穂数は遅れ穂 を除く穂の数とし、それぞれ1試験区で20個体測定してその平均値および標準 偏差値を計算した。収量は、試験区内で中庸な30株を収穫、水分を13-15%ま で乾燥して、風選後に計量し、水分含有量を14%に換算した。
4.統計処理
さまざまな環境条件(作期、場所、年)で栽培した8品種のデータを、Rの線 形モデルとパッケージ「car」を使用して分散分析タイプII(ANOVA)で分析し た(https://www.r-project .org /)。出穂期、稈長、穂長、穂数、および収量に おける品種と環境の交互作用を 2 元配置の分散分析によって分析し、総変動に 対する各成分の有意性と寄与率を計算した。また、各場所での雨期と乾期の品種 ごとの差、および作期ごとの品種間差を Tukey-Kramer 法による多重比較検定 で有意性を計算した。
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表4-1. 播種日および移植日 (2014年乾期~2016年雨期)
年次 作期 作業 場所
Yezin Hmawbi Myaungmya
2014 乾期 播種日 12.16.2014 12.16.2014 12.22.2014
移植日 01.08.2015 01.09.2015 01.13.2015
2015 雨期 播種日 07.07.2015 07.07.2015 07.04.2015
移植日 07.29.2015 07.30.2015 07.24.2015
2015 乾期 播種日 12.18.2015 12.17.2015 12.18.2015
移植日 01.15.2016 01.12.2016 01.15.2016
2016 雨期 播種日 06.28.2016 06.24.2016 06.25.2016
移植日 07.20.2016 07.15.2016 07.16.2016
70 図4-1. 3試験地の位置図および気候
YZN: Yezin, HMB: Hmawbi, MM: Myaungmya.
出典:Department of Metrology and Hydrology, Ministry of Transport in 2015.
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図4-2. 3試験地の最高温度および最低温度
YZN: Yezin, HMB: Hmawbi, MM: Myaungmya.
Department of Metrology and Hydrology, Ministry of Transport, 2015のデータから作成
15.0 20.0 25.0 30.0 35.0 40.0
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
MM YZN HMB
YZN
MM HMB
最低温度
℃ 最高温度
月 き ま し て は
72 表4-2. 2014年から2016年までのYezin, MyaungmyaおよびHmawbiの月平均最高・最低気温(℃)
場所 年次 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
最高気温
Yezin
(YZN)
2014 31.7 33.7 37.8 38.8 37.9 34.4 32.4 32.0 33.5 33.8 33.4 32.9
2015 31.8 34.7 38.7 38.9 37.7 33.9 31.3 32.7 33.3 32.8 33.4 32.2
2016 31.4 34.9 38.3 40.8 38.2 33.0 31.8 32.0 33.0 32.2 31.6
平均 31.6 34.5 38.3 39.5 37.9 33.8 31.8 32.2 33.2 32.9 32.8 32.6
Myaungmya
(MM)
2014 30.6 32.6 35.8 37.5 35.3 31.7 31.0 30.6 31.3 32.9 32.8 32.3
2015 31.0 32.8 35.7 37.5 34.5 31.3 30.8 30.9 32.0 32.8 34.5 32.7
2016 30.9 33.7 36.4 38.3 36.6 31.8 31.8 31.2 31.8 32.3 32.5 32.1
平均 30.8 33.0 36.0 37.8 35.5 31.6 31.2 30.9 31.7 32.7 33.3 32.4
Hmaubi
(HMB)
2014 31.9 34.3 37.5 37.8 34.8 30.8 29.8 30.0 31.2 33.1 30.0 32.9
2015 31.9 34.5 37.6 38.0 36.0 31.8 30.9 30.8 31.8 32.4 34.5 33.5
2016 31.8 34.7 37.1 38.8 37.2 30.8 30.6 30.4 31.9 31.9 33.1 33.1
平均 31.9 34.5 37.4 38.2 36.0 31.1 30.4 30.4 31.6 32.5 32.5 33.2
最低気温
Yezin
(YZN)
2014 14.8 16.1 19.1 23.4 23.8 23.4 23.1 23.7 23.9 22.0 20.2 15.9
2015 15.5 15.7 19.5 22.9 24.4 23.7 24.1 24.0 24.3 22.7 19.9 16.3
2016 14.2 17.6 21.0 24.5 24.6 24.5 24.5 24.4 24.4 23.9 21.0
平均 14.8 16.5 19.9 23.6 24.3 23.9 23.9 24.0 24.2 22.9 20.3 16.1
Myaungmya
(MM)
2014 15.5 16.2 19.1 22.9 23.9 23.9 23.3 23.3 23.4 23.3 21.6 17.8
2015 16.7 16.8 19.6 22.4 23.3 23.0 22.8 23.0 23.2 22.6 21.2 17.9
2016 15.0 19.1 21.4 23.2 23.0 22.8 22.8 22.3 22.6 22.0 19.7 18.8
平均 15.7 17.4 20.0 22.8 23.4 23.2 23.0 22.9 23.1 22.6 20.8 18.2
Hmaubi
(HMB)
2014 14.4 16.5 18.7 24.1 24.8 24.4 23.7 23.8 23.9 23.2 21.3 19.2
2015 17.1 16.3 19.9 23.6 25.0 24.6 24.6 24.7 24.7 24.0 21.8 18.1
2016 14.6 18.1 22.1 24.0 24.6 24.9 24.9 24.8 23.8 24.2 21.9 20.3
平均 15.4 17.0 20.2 23.9 24.8 24.6 24.4 24.4 24.1 23.8 21.7 19.2
Department of Metrology and Hydrology, Ministry of Transport所収から集計
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表4-3. 2014年から2016年までのYezin, MyaungmyaおよびHmawbi の月平均降雨量(㎜)
場所 年次 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 合計
Yezin
(YZN)
2014 0 0 0 8 71 217 148 369 160 114 45 0 1132
2015 0 0 0 16 125 132 289 85 108 83 0 7 845
2016 0 0 0 0 148 179 143 329 184 219 157 0 1359
平均 0 0 0 8 115 176 193 261 151 139 67 2 1112
Myaungmya
(MM)
2014 0 0 0 0 90 461 765 761 365 196 166 0 2804
2015 11 0 0 26 430 722 919 405 298 193 10 0 3014
2016 21 0 0 0 383 665 574 791 273 315 52 0 3074
平均 11 0 0 9 301 616 753 652 312 235 76 0 2964
Hmaubi
(HMB)
2014 0 0 0 0 182 390 760 547 249 82 180 0 2390
2015 0 0 0 29 256 358 828 315 264 197 25 0 2272
2016 38 1 23 0 387 310 617 509 332 207 6 0 2430
平均 13 0 8 10 275 353 735 457 282 162 70 0 2364
Department of Metrology and Hydrology, Ministry of Transport所収から集計
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結果
1.遺伝子型、作期、場所による表現型の違い
雨期と乾期におけるミャンマーの主要水稲 8 品種の変異と品種間差を明らか にするため、2014年と2015年の乾期および2015年と2016年の雨期にそれぞ れミャンマー国内3カ所に試験区を設け、出穂期、稈長、穂長、穂数および収量 を評価した(図4-3、表4-4-1~4-4-5)。
その結果、YZNでは、中・晩生品種群のKyawzeya、Shwewartun、Ayeyarmin、
および Pawsanyin は平均 12.7 日、および中生品種群の Manawthukha、
SinthukhaおよびSinthwelattは平均21.9日、それぞれ雨期の方が乾期よりも 早く出穂し、全ての品種で雨期と乾期の出穂期の差が有意であった(表4-4-1お よび図4-3 A)。
MM でも、YZN と同様に中・晩生品種群の Kyawzeya、Shwewartun、 Ayeyarmin、 お よ び Pawsanyin は 平 均 8.1 日 、 お よ び 中 生 品 種 群 の Manawthukha、SinthukhaおよびSinthwelattは平均15.2日、それぞれ雨期 の方が乾期よりも早く出穂し、Theedatyin と Ayeyarmin を除き両作期の出穂 期に有意差が検出された(表4-4-1および図4-3 B)。
YZNおよびMMとは対照的にHMBでは、8品種の平均で雨期と乾期の出穂 期の差は0.4日で、ManawthukhaおよびShwewartunを除き、いずれの品種 も雨期と乾期の出穂期に有意差はなかった(表 4-4-1 および図 4-3 C)。一方、
いずれの場所でも、雨期および乾期ともに、中生品種群の Manawthukha、
SinthukhaおよびSinthwelattの出穂期の品種間差に有意差はなかった。また、
これら中生品種群と比較し、中・晩生品種群の Kyawzeya、Shwewartun、
Ayeyarmin および Pawsanyin の出穂期はいずれの場所でも雨期および乾期と
もに品種間で有意差が検出されたが、全品種間では両作期とも早晩性が入れ替 わる等の変化はなかった(表4-4-1)。
稈長は、表4-4-2および図4-3 D-Fより、全8品種ともすべての場所で、雨
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期の方が乾期より長く、その差は、YZN は 21.6 cm で 8 品種すべて、MM は 13.5 cmでPawsanyin、およびHMBは21.7 cmでSinthwelatt、Kyawzeya、
Shwewartun、Ayeyarmin、Pawsanyin で、それぞれ両作期の間に有意差が検
出された。また、中・長稈品種群の Sinthwelatt、Kyawzeya、Shwewartun、
Ayeyarmin、Pawsanyinの3カ所の平均稈長は、雨期が乾期より約24 cm長く、
短稈品種群のTheedatyin、Manawthukha、Sinthukhaの3カ所の平均稈長は、
雨期が乾期より約11 cm長かった。また、雨期はいずれの場所も、Theedatyin を除く短稈品種と中稈品種の間に有意差が検出されたが、乾期は MM で TheedatyinとAyeyarminを除き、全ての品種間で有意差がなく、YZNとHMB でも両品種群の稈長の差は有意でない場合が多かった。
穂長は、表4-4-3および図 4-3 G-Iから、MMのTheedatyinと Kyawzeya を除き、全ての品種でいずれの場所でも乾期と雨期の差が有意ではなかった。ま た 、雨 期 お よ び 乾 期と も に 全 て の 場 所 で 、 短 稈 品 種 群 の Theedatyin、
ManawthukhaおよびSinthukhaの穂長の平均値が他の品種よりも短く、中稈
品種群の Sinthwelatt、Kyawzeya および Shwewartun の穂長の平均値が他の 品種よりも長かった。
表4-4-4および図 4-3 J-Lから、全ての品種の穂数はいずれの場所でも乾期 と雨期の差が有意ではなかった。また、YZNでは乾期のManawthukha、また MMでは雨期のAyeyarminを除き、全ての品種間で有意差は無かった。
収量に関して表4-4-5および図4-3 M-Oから、YZNとMMでは雨期と乾期 の間で早生および中生品種群と中晩生品種群の収量が逆転する傾向があり、早 生および中生品種群の収量は乾期の方が雨期より高かった。反対に HMB では これら品種群の収量は雨期が乾期よりも高かった。YZN では早生および中生品 種群のTheedatyin、Manawthukha、Sinthukhaが、MMではこれら3品種に
加えて Sinthwelatt の乾期の収量が雨期よりも高かった。しかし、中晩生品種
Kyawzeya、Shwewartun、Ayeyarmin、Pawsanyinの乾期の収量は早生および