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絵画史料を活用した

      歴史授業モデル

第1節 歴史学における絵画読解方法論の抽出

 近年,歴史学の分野においても絵画を史料として活用しようとする試 みがさかんになりっつある。もちろん,歴史学の分野でこのような動き が生じた背景には,文献史料偏重に対する反省などといった歴史学独自 の事情があり、,歴史教育とは絵画史料活用のねらいは異なるのである が,絵画読解の方法論については,本研究で参考にできる点を有してい ると思われる。そこで,本節では,わが国での絵画史料を用いた歴史研 究の中心的存在である黒田日出男氏らの研究をもとに,歴史学における 絵画読解の理論の抽出を行い,授業構成に際して参考にすべき点を明ら かにしていきたい。

1 絵画読解の一般的方法論

 黒田氏は,絵画史料を用いた歴史研究を進めるかたわら,いくつかの 著作で,絵画史料読解の方法論についても言及している。それらは,個 々の作品の読解のレベルでの方法論と複数の作品を利用しての読解のレ ベルでの方法論とに大別することができよう。

 個々の作品の読解のレベルでは,黒田氏は,3っの段階を経て絵画史 料の読解を行っている、。その3段階とは,次のようなものである。

第一段階 ……

第二段階 ……

第三段階 ……

事実認識

幾何学的構図分析,諸事物の意味論的諸関係の検討 総合的把握

 黒田氏によれば,第一段階の事実認識では, 「画像の一つひとつが一 体何なのかを確認する作業」が行われる。つづいて,第二段階では「画 面の構図上の把握」と「人と人,事物と事物がどのような(中略)諸関 係として描かれているか」の分析という2つの作業がそれぞれ区別して 行われる。そして,第三段階では,「第二段階における二つの作業の重 ね合わせによる総合的把握」が行われるとされる。

 また,黒田氏は,絵巻物の読解法について論じた別の論文の中では,

読解のプロセスを次のようにまとめている3。

第一段階 第二段階 第三段階 第四段階 第五段階

 着眼点(疑問点や作品の核心となる箇所)の発見

・・ e着眼点についての分析・読解

・・ S体構造の把握  検証・反証

 記述・叙述(論拠の最終的な点検)

黒田氏は,第一段階で早い出し得る着眼点の例として,

α}登場人物のコードは何か。

② 描かれている事物にはどのようなものがあり,どのような機能が  あり,何と呼ばれていたのか(名付け)。

(3}登場人物の相互関係をどのように描こうとしているのか。

(4》作品の筋はどのように絵画化されているのか。

㈲ 作品はどのように制作されたのか。

(6》注文主(観賞者)・・詞書制作者・絵師はだれなのか。

(7}原状と伝来過程はどのようなものであったのか。

⑧ どのようなモチーフの引用・創造がなされているのか。

⑨ テクストの核心を突く表現にはどのようなものがあるのか。

などを挙げ,作品に対していかに多くの着眼点を見い出すことができる かが,その作品に対する読み取りの成否に決定的に重要な意味を持つと 指摘している。以下,第二段階では,はじめに見い出した個々の着眼点 についての分析が行われ,第三段階では,それらの分析結果の総合的な 把握がなされる。そして,第四・第五の段階で,分析結果に問題点がな いかを批判的に点検していくのである。

 以上で紹介した黒田氏の2っの方法論を比較してみると,前者が分析 の対象を特に限定していないのに対し,後者は分析対象を絵巻物と限定 しているために,後者で例示された分析の着眼点の中には絵巻物以外の 絵画史料を分析する場合には必要のないものも含まれている。しかし,

このように対象の性質が異なれば分析視点も異なるという点に配慮しさ えずれば,後者の方法論も,絵画史料の読解方法論として一般化して何

ら問題はないといってよかろう。そして,両者は,一見異なるプロセス を表しているもののように見えるかもしれないが,実際には,同じ過程 を別々の側面,すなわち画像そのものの把握という側面と問いなどの把 握・解明という側面とに着目して表現したものだということができる。

 また,黒田氏は,複数の作品を利用した読解の方法論についても,い くつかの著作の中で論じている。たとえば,複数の絵巻物を利用して読 解を行う場合や複数の肖像画を利用して読解を行う場合の方法論につい

てである。

 複数の肖像画を利用する読解の方法として,黒田氏は次の5っの場合 を挙げている4。

(1》ある特定の人物の肖像画群の共通点・相違点の検討

② 互いに血縁関係を持つ人物の肖像画群の類似性の検討

③  「天子摂関御影」などの似絵図巻における肖像の配列・構成など  の検討

(4)ある特定の身分や地位の人物の肖像画群の時代的な変化の検討

(5}ある特定の時代の肖像画群の時代的な特徴の検討

 以上で紹介したような,個々の作品の読解レベルでの方法論と複数の 作品を利用しての読解レベルでの方法論とを適宜組み合わせることによ って,黒田氏は絵画の読解を進めているものと思われる。ただし,その 組み合わせ方は,絵画の読解によって何を解明しようとしているのか,

また,読解の対象とする絵画史料がどのような性格を持つものであるの か,などといった要素に応じて様々に変化する性質のものである。そこ で,次項では黒田氏らによる絵画史料読解の具体的事例についての分析 を行い,それらの中から,本研究で授業構成原理に援用できるような研 究方法を用いている事例を抽出していくことにしたい。

2 歴史学者・美術史学者による読解事例の分析

 絵画史料を用いた歴史研究の事例は,近年,次第に増加しっっあり,

前記の黒田日出男皮の他,歴史学者の五味文彦氏や,美術史学者の多木 浩二氏などによって,既に多くの研究成果があげられている。

 ただし,当然のことながら,個々の研究はその目的や用いる史料を異 にしているため,絵画史料の用いられ方にもかなりの相違が見られる。

 たとえば,ある特定の絵画史料を眺めていて湧いてきた問いについて の追究をしているような事例では,絵画史料は問題把握のための史料と して利用されているわけであり,ある器物がいっ頃から使用されていた のかを探るために,たくさんの絵画史料を古いものから新しいものへと 辿りながら見ていくような場合には,絵画史料は問題解決のために利用 されているわけである。そして,このような利用目的の相違に伴って,

同じ絵画史料を用いた研究であっても,その研究の中に占める絵画史料 の役割や重要性には格差が生じてくるのである。

 上に掲げた例のうち,後者のような事例からは,授業構成への応用が 可能な方法論を抽出することは困難であろう。当初から目的を限定して 絵画史料を用いているため,子どもたちに自由な読解をさせることが不 可能である上に,膨大な情報処理の過程を含んでおり,授業の中に取り 入れにくいからである。

 また,前者のような事例であっても,問題解決の過程がほとんど文献 史料に依拠した研究になっているような場合には,やはり有効な方法論 の抽出は不可能である。黒田氏らの研究の中には,絵画史料を援用して はいるものの,実質的には文献史料に依拠した研究になっているものも 含まれていることに注意すべきであろう。

 以上のことから,黒田氏らの絵画読解事例の分析に際しては,まず,

その研究の中で,絵画史料がどのように用いらているのかについて見て いくことが必要だといえるだろう。

 一方,既に見てきたように,従来の授業実践では,絵画をもとに複数 の問いを把握させることが重要であるのにもかかわらず,複数の問いを 持たせている事例が少なく,さらに,社会的意味の把握の段階で複数の

時間の層の存在を認識させ,それらの相互関係をとらえさせている実践 例や,虚構性を含む史料から事実を読み取らせようとしている実践例は 皆無に近いことがわかっている。このような実態を克服するために有効 な方法論を黒田氏らの読解事例から抽出するには,事例の分析に際し,

研究者がいくつの着眼点を設定して絵画史料の読解を進めているのか,

また,研究の成果は複数の時間の層の相互関係をとらえることのできる ものとなっているのか,虚構性を含む史料から事実を読み取ろうとして いる側面は見られるのか,といった点についても見ていくことが必要だ といえよう。

 上記の諸点を踏まえ,本項では,黒田氏らの絵画史料を用いた研究の うち,主なものに対して,次のような観点から分析を行うことにした。

1 絵画史料は,どのような目的で利用されているか。 (問題の把握  か,問題の解決か,結果についての例証か。)

II絵画史料に対して,いくつの着眼点が持たれているか。 (単一の  着眼点か,複数の着眼点か。)

皿 絵画史料は, 「新しい歴史学」の精神を生かす形で用いられてい  るか。 (研究の成果は時間の多層性をとらえることのできるものと  なっているのか,虚構性を含んだ史料から事実を読み取ろうとして  いる側面は見られるのか,或いはどちらの面も見られないのか。)

 以上の観点から行った分析の結果を示したものが,表一22である。

なお,表の中で使用した略号は,上に示した各類型を頭文字(下線部)

で表している。

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