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歴史教育における絵画史料の活用に関する研究

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(1)研究題目. 歴史教育における. 絵画史料の活用に関する研究. 兵庫教育大学大学院  学校教育研究科. 教科・領域教育専攻  社会系コース. M93516G 佐藤 廣    1994年12月20日.

(2) 目. 次. 序一研究の目的と方法一. 1. 第1章 歴史教育における絵画史料活用の意義. 5.  第1節 絵画史料の概念と特性. 6. 1. 絵画史料の概念. 6. 2. 絵画史料の特性. 10. 3      歴史教育における絵画史料活用の意義 …一…一一一…一一. 15. 第2節 絵画史料活用に関する先行研究の成果と課題 …・一…一・. 22.    1 歴史学者の絵画史料読解過程から           授業構成のあり方を探る研究 …………一 22.    2 「見る」活動の特質から社会科            授業構成のあり方を探る研究 …一……… 28.    3 絵画史料を活用した授業における            歴史理解のあり方を探る研:究 …・…一一一… 34.    4 先行研究の成果と課題                40. 第2章 歴史教育における絵画史料活用の現状 一1・……一一一…一一. 47.  第1節 歴史教科書における絵画史料の扱われ方の分析 ……一一一. 48.     1 各種資料中における絵画資料の比重 …一・……一一・一一…. 48.     2 絵画史料の内容と扱い 一一一……一一一一…・・一…一一…一一…一. 52.  第2節 絵画史料を活用した歴史授業実践の分析 …一一一一………一一. 76. 1       授業実践の分析の視点. 76. 2. 分析の結果と考察. 81.

(3) 第3章 絵画史料を活用した歴史授業モデル …一一一一…一一一一一一一一一一一一123.  第1節 歴史学における絵画史料読解方法論の抽出 …一一一一……124     1 絵画読解の一般的方法論 一……一……一一一…一一……一・……124.     2 歴史学者・美術史学者による読解事例の分析 一…一127     3 読解事例からの具体的方法論の抽出 ………一一…一一一一…134.  第2節 絵画史料を活用した歴史授業の構成原理 ……一一一一一一…144     1 目標設定と史料選択の原理 一一一…一一…一…一一………一一一一一一一一144.     2 授業過程の構成原理 …一一一……一一一…一一…………一………一…一145 第3節 絵画史料を活用した歴史授業モデル 一一一一一一一一一一一一一一一一一一…148.     1 時間の多層性をとらえさせる.               ことをねらう授業モデル …一一一148     2 虚構性を含む史料から事実を         とらえさせることをねらう授業モデルー一一……174. 結 一研究の成果と今後の課題一. 203.

(4) 序一研究の目的と方法一 1 研究の目的.  1980年代以降に歴史教育界で注目を集めた実践のうちのいくっかは, 絵画史料をその実践での主要な資料として用いたものである。例えば, 有田和正氏の「長篠合戦図屏風」を用いた授業、,安井俊夫氏の徳川家康 の肖像画を用いた授業、,加藤公明氏の足利義満の肖像画を用いた授業や 「一遍上人絵伝」を用いた授業3などがこれに該当しよう。そして,これ. らの他にも,上記の実践から示唆を受けて行われたものかどうかは別と して,数多くの絵画史料を用いた実践がなされてきており,さらには, 絵画史料を用いた授業に焦点を当てた実践事例集4も,出版されている。. 絵画史料の利用が,近年の歴史教育における一つのブームとなっている といってよい状況を呈しているのである。.  しかし,個々の実践における絵画史料の用いられ方の間には,非常に 大きな落差がある。一部の優れた実践を除く,ほとんどの実践は,絵画 史料を非常に安易に用いているように思われる。例えば,絵画史料活用 の意義を充分検討しないまま,絵画史料を単に事実的知識を読み取らせ るための資料として用いるに留まっていたり,絵画史料さえ使えば子ど もの学習意欲を喚起できるという単純な発想から,絵画史料のある一面 を利用したりしているにすぎないような事例があるからである。.  一方,実践の増加に伴って,教科教育の研究者の問でも,絵画史料を 利用した授業をめぐる研究が進められるようになり,絵画史料を用いた 授業の構成のあり方を考えていく上での重要な指摘がいくつかなされて きている、。しかし,それらの先行研究においても,絵画史料活用の意義 1.

(5) の多角的な検討は充分なされているとはいえず,また,ごく少数の実践 事例についての分析が行われている例はあるものの,多くの事例分析に もとづいて,実証的に絵画史料の用いられ方に見られる傾向や問題点を 分析した研究はないようである。.  そこで,本論文では,以上に述べたような,絵画史料を用いた歴史の 授業をめぐる現状を踏まえて,歴史教育における絵画史料活用の意義の 多角的な解明や,先行授業実践での絵画史料の利用方法に見られる傾向 と問題点の実証的把握などを行った上で,問題点を克服し得る授業の構 成原理と具体的な授業モデルを提示することを目的として,研究に取り 組むことにした。. 2 研究の方法. 前記の目的を達成するために,以下のような手順で研究を進めること にした。.  ω 絵画史料の概念規定と,その特性・意義の解明.    本研究で対象とする絵画史料の概念規定を行った上で,絵画史料   の持つ特性について整理して,現代の子どもたちの実態への対応,.   従来の歴史教育に見られた問題点への対応,近年の歴史学界の動向   への対応という3っの観点から,歴史教育における絵画史料活用の   意義を明らかにする。.  (2》先行研究の残した成果と課題の整理.    絵画史料を用いた授業構成のあり方についての先行研究の分析を   行って,継承すべき成果と未解明の課題とを明らかにする。. 2.

(6) ③ 歴史教科書および授業実践事例の分析と考察   歴史の教科書における絵画史料の扱われ方にはどんな特色がある  のか,先行授業実践事例は歴史教育における絵画史料活用の意義や  先行研究の継承すべき成果を踏まえたものになっているのか,など  の点についての分析を行い,教科書や実践事例における絵画史料の  扱われ方の特色や問題点を明らかにした上で,問題点克服のあり方  を考察する。. (4}絵画史料を活用した歴史授業の構成原理と授業モデルの構築   上記のω∼(3》の段階での研究の成果を踏まえ,さらに,歴史学に.  おける絵画史料の読解方法論のうちの有用な部分をも取り入れて,  絵画史料を効果的に活用する歴史授業の構成原理を構築した上で,  具体的な授業モデルを提示する。. 〈註〉. 1 有田和正「子どもが熱中する教材開発法」(『教育科学社会科教育善 276号,明治図書,1985年,57∼63頁) 2 安井俊夫「家康はすごいやつか」(『学びあう歴史の授業』青木書店,  1985年,62∼76頁). 3 加藤公明「義満の肖像画で教科書の中世史像を塗りかえる」および  「一遍上人絵伝に中世の息吹を発見する」 (『わくわく論争1考える  日本史授業』地歴社,1991年,U7∼125・126∼140頁). 4 千葉県歴史教育者協議会日本史部会編『絵画史料を読む日本史の 授業』国土社,1993年,佐藤仁「絵巻物でする歴史発見学習』明治 図書,1994年など.                3.

(7) 5 たとえば,江間史明「絵画資料分析と歴史教育一研究ノートー」  (東京大学教育学部教育申容研究室『教育内容研=究』第6集,1988年, 49∼61頁). 4.

(8) 第■章 歴史教育における.        絵画史料活用の意義.

(9) 第1節 絵画史料の概念と特性.  絵画史料とは,字義通り解釈すれば,絵画という形態をとった史料 ということになるが,具体的にどんな資料をその範疇に含めるかという ことになると,解釈には微妙なばらつきが出るのではないだろうか。そ こで,本節では,本研究で対象とする絵画史料の概念規定を行うととも に,絵画史料の有する資料としての特性を整理し,絵画史料を歴史教育 において利用することの意義を明らかにしていく。. 1 絵画史料の概念.  歴史教育には実にさまざまな種類の資料が用いられているが,これら の資料の類型化を試みた研究に吉川幸男氏のものがある。吉川氏は歴史 教育に用いられる資料を,「その資料のさまざまな部分の意味を,学習 者自ら創造的に読解できる資料かどうか」,および「生の原史料に対す る現代人の加工や創作の手がより少ないか,より多く入っているか」の 2つの指標によって,次のように大きく4っに類型化している、。. 意味固定的. 原. 創. 典. 作. 意味流動的.   6.

(10)  意味固定的な資料とは多様な解釈の余地の少ない資料で,典型事例は 文字資料である。これに対して,意味流動的な資料とは多様な解釈ので きる余地の多い資料で,具体的には図像資料がこれに該当する。また,. 原典資料とは,端的に表現すれば歴史学で研究の材料とされるような資 料であり,創作資料とは,歴史学の研究の成果を踏まえて生み出された. 資料である。A∼Dの各類型について,吉川氏は,以下のような具体例 を挙げている。. A(意味固定的な原典資料)……. 古文書など. B(意味固定的な創作資料)……. 現代の作家による歴史物語など. C(意味流動的な原典資料)……. 絵巻物など. D(意味流動的な創作資料)……. 想像画など.  本研究で絵画史料という場合,AやBの資料を含まないことはもちろ んである。問題はDに該当する想像画を典型例とする資料群であるが, ここでは,これらも絵画史料とは区別して扱うことにする。想像画など は表現の形態として絵画という形をとってはいるが,そこに示された図 像は現代人の想像にもとつくものであり,その図像から読み取れること がらも,あくまでも「現代人はこう解釈している」といったレベルのも のである。絵巻物などの原典資料としての絵画から読み取られる情報が その絵画が作成された当時の社会の状況や人々の心性などを反映したも のであるのと比べ,その情報の質に明らかに相違があるからである。.  ただし,ここで注意しなければならないのは,C類型としてまとめら れている資料群にも,さまざまな性質のものが含まれているということ である。.                7.

(11)  黒田日出男氏は絵画を活用した歴史学研究の第一人者として知られて. いるが,その黒田氏によって,歴史学の立場から,AおよびCに該当す る資料群,すなわち,歴史学でいうところの史料の細かい類型化が行わ れている、。そこでは,吉川氏のいう意味流動的な原典資料が「アナロ. グ史料」と表現され,さらに15の類型に区分されている。また,絵巻 物などの,画像と言語とを併用した史料を対象とする「アナログ・デジ タル史料」という区分も設けられている。黒田氏の示している諸類型の うち,「アナログ史料」「アナログ・デジタル史料」に関係する部分の みを示すと,次のようになる。. アナログ史料(画像史料).  a 壁画(高松塚古墳・法隆寺など).  b 模様・紋様  c 織物の紋様・柄・絵  d 陶磁器の形・絵柄など  e その他の家具・調度品の絵柄など  f 仏画(曼陀羅などを含む)・垂 画(神像などを含む)・写経   絵など.  g 肖像画・頂相など  h 山水画・花鳥風月画など  i 初期風俗画(洛中洛外図屏風・南蛮図屏風などを含む)など  j 風景画・静物画・写生画・細密画など  k 写真(さまざまな写真)・無声映画など  1 絵図・絵地図(境内図などを含む)など  m 建築指図・設計図・想像図など.              8.

(12)  n 案内図・道中図・観光図など  o 地形図・日本図・世界図・天文図など アナログ・デジタル史料(画像・文字列史料).  a 絵巻物(縁起絵巻・物語絵巻・御伽草子・職人歌合絵巻・年中   行事絵巻など).  b 絵解きの行なわれた絵画(参詣曼陀羅・十界図・地獄極楽図そ   の他).  c 小説の挿絵・図版など  d 映画・漫画・劇画など.  e 広告など.  黒田氏のいうアナログ史料の概念は本研究で用いる絵画史料の概念に. 近いが,b∼eの紋様・絵柄など,およびkの写真・無声映画などは, 他の史料と多少性質が異なるように思われる。紋様・絵柄などは,絵画 というよりもデザイン的な要素が強く,また,写真・無声映画は光学的 な画像であり,絵画の画像とは,社会の状況やそれを写した人物の心性 を反映する程度が異なると考えられるからである。これに対して,黒田 氏の区分ではアナログ・デジタル史料とされているものでも,映画以外 は,文字と分離して扱うのであれば絵画史料に含めて扱っても問題はな いように思われる。.  以上のことから,ここでは,黒田氏のいうアナログ史料の諸類型の中. から,b∼eの紋様・絵柄などとkの写真・無声映画などを除き,アナ ログ・デジタル史料から文字を除去したものを加えたものを,絵画史料 として扱っていくことにしたい。. 9.

(13) 2 絵画史料の特性.  前項で述べたことがらにも関連するが,絵画史料の資料としての特性 は,簡単にいえば文字資料と対極をなす意味流動的な資料であり,かっ 原典資料であるということである。ここでは,この意味流動的な原典資 料という基本的特性から派生する絵画史料の諸特性について整理してお くことにしたい。.  ところで,絵画史料の特性については,既に何人かの先行研究者がそ の論考の中で言及している。最初に,それらの先行研究者が,絵画史料 の特性について,どのような指摘をしているのかを概観していくことに する。.  まず,文字資料,および創作資料との対比から,絵画史料の特性につ いて述べた論考である,吉川幸男氏のものから見ていこう。吉川氏は,一 文字資料との比較を通し,.  図像資料が文字資料と決定的に異なる点は, 「記号」と「意味」の. 関係の流動性にある。日本語古語の語彙と文法を知っていれば古文書 の読解はなんとかできよう。知らない語が出てきたときにも古語辞典 などを引くであろう。ことばという記号と意味との対応関係はきわめ て明確である。ところが図像資料の場合,(中略)画像のどの部分の 図像が記号に相当し,それぞれ何を意味しているかを読み取るための 「図像辞典」 「イメージ辞典」などはなく,読解者が自らの経験から. 積み上げてきた,頭の中のイメージの辞書にたよらざるを得ない,(中. 略)いわば文字資料を読む際の語彙と文法に相当するものを自分でっ くってゆかなければならない。3. 10.

(14) と述べている。ここでは,絵画史料と文字資料では,読解のされ方に違 いがあって,絵画史料の読解には,文字資料読解の場合のような一定の 基準がないことが指摘されている。 また,吉川氏は同じ論文の中で,.  画像の中に描かれたり作られたりする図像は,そのような図像が何 者かによって描かれたという事実のみを示し,内容的に何らかの歴史 的事実をただ写実的に写し取ったものではない。 (中略)画像から引. き出されるべきことは,実際にこのようなことがあったという歴史的 事実の情報ではなく,鉄砲が登場した頃の合戦の様子とか平安時代の 貴族の生活とか幕政改革に対する民衆の反発など,もっと象徴的な意 味であろう。このような象徴的な意味を読解するためには,画像をい くつかの部分に分節し,それぞれの意味を創造的に,つまりこの部分. をなぜこのように描いたの回ろうという視点から読み取ってゆかな ければならない。文字資料のように事実を確定した後に解釈が行わ れるのではなく,最初から読解者による主観的な解釈が入り込むので ある。4. とも述べている。この部分では,絵画史料と文字資料では,伝達する情 報の質,すなわち伝達内容に違いがあり,絵画史料からは,文字資料で なら読解可能であるような具体的な歴史的事実の読み取りは難しく,読 解者自身の努力によって,その絵画が象徴的に示しているものを読み取 っていく必要のあることが指摘されている。このことは,絵画が写真な どの光学的な画像とは異なる,人間の手になる画像であることに由来す る特性である。. 11.

(15) さらに,吉川氏は,.  われわれは原典資料に向かうとき,歴史研究者となり,資料の意味 するところを読み取り,解釈をして自らの歴史理解を構築していく。,. と述べ,絵画史料の持つ原典資料としての側面から生ずる特性について も目を向けている。.  次に,高等学校における日本史教育の実践家である加藤公明氏の論考 に目を通すことにする。加藤氏は,絵画史料の持つ特性について,次の ように述べている。.  絵画史料の教材としての特性を考えると,まず第一は事実確認の容 易さである。 (中略)そこに何が描かれているかは高校生でも視覚に. よって比較的容易に認知することができる。複雑な手続きや一定の技 術なしに直接史料を読みとることができるわけで,生徒の興味と関心 を引きやすいことはいうまでもない。.  第二は,そこからどんな歴史的事実をつかみ出してくるかだが,絵 画史料の無定型とも言える自由さは重要である。文献史料であれば,. それは文字をもって何らかの情報が記されており,その情報の解釈が 事実のすべてである。しかし,絵画史料の場合はけっして史料自身が 雄弁に自己を主張することはない。むしろ読み手がいかなる視点や関 心をもって史料のどこに着目するかが問題であり,,その差異によって. 同一の史料からいくつもの違った事実をつかみ取ることができるので ある。6. 12.

(16)  加藤氏の第一の指摘は,絵画史料においては,画像,すなわち何が描 かれているのかということの把握が容易であるということである。この ことは,絵画史料から読み手に直接伝達される情報の内容が人物の様子 や器物の形態などといった非常に具体的なものであること,および,読 み手が情報を受け取る過程で,基本的に,特殊な前提,例えば,古語の 習得というようなものが必要でないということに由来しているといって よいだろう。.  加藤氏の第二の指摘は,絵画史料の提供する情報は,読み手の独創的 な解釈を許す余地に富んだものであるということである。このことは,. 絵画史料が,例えばそこに登場する人物の履歴や現に行っている行為の 目的などといった無形の事実についての情報を伝えることに適していな いこと,および,読み取りの進め方に,文字資料の場合のような特定の ルールが存在していないということに由来するものである。.  以上,吉川幸男氏と加藤公明氏の指摘する絵画史料の特性を見てきた が,ここで気づくことは,それらの特性が,読み手に伝達される情報の 質や内容に関するもの,情報の読み取りの方法に関するもの,非光学的 な画像資料であることに由来するもの,原典資料であることに由来する もの,の4類型に大きく分類できるのではないかということである。  このような観点に立つと,絵画史料の持つ特性は,次のように整理で きるだろう。. (D 伝達される情報の質・内容に関する特性.  ・人物や器物,あるいはそれらの集合体として描かれた社会事象の   ある場面の視覚的特徴については,非常に具体的な情報を提供す   る(特性a>。.              13.

(17)  ・描かれた人物や事象の外見からだけでは読み取れない属性につい   ての情報は,直接的には伝達することができない(特性b)。 (2》情報の読み取りの方法に関する特性.  ・言語の習得が読解の前提とはならず,他国で作成されたものから   でも,古い時代のものからでも,ある程度の基本的な情報の読み   取りが可能である(特性。)。.  ・読み取りの進め方などに,文章の読解の場合のような特定の手順   がなく,読み手の独自の関心や思考法などに応じた工夫を取り入   れる余地が多い(特性d)。. ③ 非光学的な画像資料であることに由来する特性  ・描かれているものは必ずしも歴史的な事実ではなく,事実の象徴   である(特性e)。 (4》原典資料であることに由来する特性.  ・他人の行った解釈の理解ではなく,読み手自身による解釈を可能   にする(特性f)。.  これらのうち,特性a・cは,子どもたちに絵画史料を親しみやすく 取り組みやすい資料だと感じさせ,学習への参加を促す効果を持つもの. と思われる。また,特性b・d・e・fは,互いに相侯って,歴史学習 を,単に歴史学者や教師の歴史観を伝達する場ではなく,子どもたちが 自分なりの歴史観を主体的に構築していく場とする効果を生み出すもの と思われる。.  歴史授業では,ここに示したような絵画史料の諸特性を踏まえ,その 活用を図っていく必要があるだろう。. 14.

(18) 3 歴史教育における絵画史料活用の意義.  本項では,歴史学習に絵画史料読解を導入する意義について,現代の 子どもたちの実態への対応,従来の歴史教育の問題点の克服,歴史学界 における研究対象についての認識の変化への対応という3つの観点から 論じていくことにする。.  平野昇氏は,現代の子どもたちの実態について,.  子どもたちの変化ですけれども,活字離れと言うか,とにかく文字. はきらいです。国語的な学力が低下していますので,15年くらい前 の子どもたちには読み取れたプリントを,そのままうちの組に出した としたら,とても読めないと思うんですね。7. と述べて,子どもたちに,文字資料に対する抵抗感が強まっていること を指摘している。.  また,藤井千之助氏も,.  中学校,高等学校での授業においては,全般的に多量の板書やプリ ントがみられる。 (中略)しかし,多量の板書やプリントが生徒の歴. 史内容理解,さらには,生徒の歴史認識を発展させることに直ちにつ ながっているとは言えない。むしろ生徒の歴史学習に対する意欲の減 退を招くことさえある。8. と述べ,一般的には文字資料主体であるプリントの多量配布が,子ども の学習意欲をそぐ危険性を指摘している。. 15.

(19) 一方,加藤公明氏は,.  生まれたときからカラーテレビ・ビデオやグラビア雑誌,まんが本 といったビジュアル文化の中で成長してきた生徒たちである。彼らの 絵画を見る目,色彩や構図にたいする感覚は旧世代の教師や研究者以 上のものがあるはずであり,そこから彼らが豊かで鋭い歴史認識を創 造してゆく可能性は大きい。g. と述べ,現代の子どもたちが視覚資料に対する優れた読解力を秘めてい る可能性のあることをも指摘している。.  以上の各指摘の内容をまとめると,現代の子どもたちには,文字を媒 体とした学習への抵抗感が強いという傾向が見られるものの,視覚的な 資料に対しては,優れた読解力を秘めている可能性があるということに なる。.  子どもたちのこのような実態を踏まえると,絵画史料は,彼らにも比 較的受け入れられやすく,また,彼らの学習意欲を高揚させる可能性を 持つ資料として,意義深いものといえるだろう。.  次に,従来の歴史教育の問題点の克服にどう関与できるのかという観 点から,絵画史料の持つ意義をみていくことにしよう。  伊東亮三氏は,従来の社会科教育の問題点について,.  (従来の一般的な:引用者)授業で子どもに与えられる学力とはど んなものであろうか。それには多くの説明を要しないであろう。 (中. 略)羅列的知識の暗記,事典的知識の記憶,これが,一般に社会科で 養われている学力である。(中略)このような授業から,みずから考. 16.

(20) える子どもや社会的判断力が育つわけはない。、。. と述べ,個別的知識の習得に力点が置かれ,思考力・判断力などの育成 が疎かにされるような状態が続いてきたことを問題としている。  また,平野三二は,.  10年くらい前までは文章の資料を中心にしていました。それでは だめだという考えにだんだんなってきたんですけども,一つには,文 章の資料で出しますと,どうしても教師の読み取り方を子どもに強制 しがちになることに気づいたからです。たとえば,阿丞河荘の農民た ちが作った片仮名の文章なんかを扱いますと,領主はこんなに酷かっ たんだ,農民たちは必死で覚えた文字でこうやって手紙を書いたんだ と結論づけてしまいがちです。教師の読み方で一つの歴史観を教えこ. んでしまう傾向になりやすいわけです。u. と述べ,文字資料中心であった従来の歴史学習では,形の上では資料の 読解という活動をさせている場合でも,実質的には,それが教師によっ て用意された一定の歴史観を子どもに把握させるための活動になりがち なことを指摘している。.  絵画史料は,前項で指摘したように,読解の手順が特に定まってはお らず,各自の関心にもとづいて読解の視点を設定し,解釈の結果にも独 自性を出すことのできる余地が多いことを特色としている。また,解釈 を行わせた後に,その解釈の妥当性について吟味させる活動を取り入れ れば,その過程で,子どもたちに二二の知識を活用させる場面を設定す ることも可能になってくるだろう。従って,歴史学習に絵画史料読解と. 17.

(21) いう活動を導入することは,従来の歴史教育で思考力などの育成とそれ に伴う知識の活用が疎かにされてきたことや,特定の歴史観の注入がな されがちであったという問題点を克服するための一つの有力な方策とな り得るという点においても,有意義であるといえよう。.  最後に,歴史学界の近年の動向との関連から見た場合に,歴史学習で 絵画史料の活用を進めていくことが,どんな意義を有するのかを見てい こう。.  近年,歴史学においても,絵画が史料として重視されるようになって きているが,このような傾向は,フランスのアナール派の学者たちの活 動に代表される「新しい歴史学」の動きに刺激を受けて生じたものだと いわれている。.  「新しい歴史学」の特色について,金子邦秀氏は,次のように整理し ている。.  「新しい歴史学」の「新しさ」は,第一に,長期的枠組み,あるい は緩やかに変化していく歴史二構造の重視,−社会=歴史における時間. の多層性や空間の多層性の重視等にそれが表れている。つまり,従来 の歴史学が変化を第一義的に問題にしたのに対して,噺しい歴史学」. にあっては,社会のより基底にあって人々を規定している枠組みを重 視している。 (中略)第二に,「新しい歴史学」の「新しさ」は,多. 種多様な資料に基づいた歴史学の可能性を示したところにある。ル篇 ゴフやル=ロワ=ラデュリらによれば,資料は歴史のある一方向が産 み出したものであるが,その資料は「虚偽」のものであってもよいと される。 「虚偽」の資料も,それを産み出した時代に生きた人々の産. み出した「真」の資料であって,時には「現実」を偽りながら「現. 18.

(22) 実」を語っているのである,とされる。、2.  すなわち, 「新しい歴史学」とは,政治史を主要な研究対象とし,そ. の結果,政治体制の顕著な変革の契機を作った特定の個人や特定の事件 に目を奪われがちになる傾向のあった従来の歴史学の偏向性を克服し,. 社会・生活・文化・精神などといった,劇的な変化は示さないけれども 重要なものに目を向けていこうとする歴史学なのであり,研究方法の面 でも,虚構性を含む史料のような,従来はあまり顧みられてこなかった 種類の史料にも意義を見い出そうとするものなのである。  注意しなければならないのは, 「新しい歴史学」は決して政治史など. を軽視しているわけではないということである。福井憲彦氏が指摘して いるように,最終的に問題なのは, 「長期的時間枠のみが歴史認識にお. いて本質的に重要だ,ということでは」なく,「歴史における多層的な 時間の諸層が,ある社会のある時点において,どのような相互連関性を もって全体を成り立たせているのかを,明らかにすること」、3だとされ ている。.  ところで,ここで問題となるのは,回しい歴史学」によって問題と されている従来の歴史学が持っていた偏向性に,これまでの歴史教育も ;覆われてきていたということである。.  金子氏は,この問題に関して,.  「新しい歴史学」はシミアンによれば,「歴史家という部族がいだ く三つの偶像」,すなわち「政治の偶像」「個人の偶像」「年代の偶 像」を打ち壊したところにその意義がある,とされる。そして,この 3つの偶像が,実は旧来の歴史教育にも存在しているものであること. 19.

(23) に思い至るとき,われわれは自ら,この偶像を打ち破ることが必要な のである。、4. と述べている。歴史教育においても,政治史偏重の傾向を反省すべきで あるとしているのである。.  このような動向を踏まえ,従来の歴史教育の内容や方法の改善を図ろ うとする時,ここでも,絵画史料の読解活動を授業に取り入れることが 意義を持ってくる。絵画史料の読解という活動は,もともと社会や生活 などといった従来の歴史学においては重視されてこなかった要素の歴史 をも浮かび上がらせて,多層的な歴史の全体像を解明することを目的と し,虚構性を含む史料の中からさえ,事実を読み取っていこうとする方 法論に立脚して,「新しい歴史学」を推進する人々によって始あられた ものだからである。.  以上で述べてきたように,歴史教育に絵画史料の読解という活動を導 入することには,さまざまな点で意義を認めることができる。従って,. 今後,大切になってくるのは,それらの意義を充分に理解し,それに照 らして意味のある用い方で絵画史料の活用を図っていくことであろう。. 〈註〉. 1 吉川幸男「歴史学習における図像資料の活用」 (『現代社会科教育. 実践講座10』ニチブン,1991年)62∼63頁 2 黒田日出男「史料学と絵画史料」 (『週刊朝日百科 日本の歴史・. 別冊1』朝日新聞社,1988年)4∼6頁 3 吉川幸男 前掲論文 64頁.               20.

(24) 4. 吉川幸男 前掲論文 64∼65頁. 5. 吉川幸男 前掲論文 66頁. 6. 加藤公明『わくわく論争!考える日本史授業』地歴社,1991年,126頁. 7. 稲垣忠彦ほかrr蒙古襲来』の授業を批評する」 (稲垣忠彦ほか 『シリーズ授業4 社会』岩波書店,1992年)63頁. 8. 藤井千之助『歴史意識の理論的・実証的研究』風間書房,1985年,.  30頁. 9 加藤公明 前掲書 126頁 10伊東亮三「到達目標の明確化と社会科授業の改造」 (伊東亮三編  『達成目標を明確にした社会科授業改造入門遅明治図書,1982年)  10∼11頁. ll稲垣忠彦ほか 前掲批評会記録 63頁 12金子邦秀「歴史教育をめぐる思潮」 (金子邦秀編『新中学校社会科  授業方略の理論と実践 歴史編』清水書院,1992年)12∼13頁. 13福井憲彦r「新しい歴史学」とは何か』日本エディタースクール出  版部,1987年,10∼11頁. 14金子邦秀 前掲論文 13頁. 21.

(25) 第2節 絵画史料活用に関する先行研究の成果と課題.  歴史教育における絵画史料活用に関する先行研究には,現状では歴史 学者による絵画史料読解の過程に着目して授業構成のあり方を探ろうと. するもの,画像を見るという活動に固有な特質を踏まえて授業構成の あり方を探ろうとするもの,絵画資料を活用した授業における子どもの 歴史理解のあり方を明らかにしょうとするもの,という3つの類型が見 受けられる。本節では,以上の各類型の画像資料活用に関する研究につ いて,整理・検討を行い,それぞれの成果と課題とを明らかにしていき たい。. 1 歴史学者の絵画史料読解過程から授業構成のあり方を探る研究.  ここで検討の対象とするのは,歴史学者による絵画史料読解過程の分 析を行い,そこで明らかにされることから歴史教育が学ぶべきことを考 察しようとした研究であり,具体的には江間史明氏による研究,および 原田智仁氏による研究がある。.  まず,江間氏による研究、の概要を見ていこう。江間氏は,歴史学者 による絵画史料読解過程の事例として,黒田日出男氏による「東郷荘絵 図」の読解,および「一遍上人絵詞伝」の読解を取り上げて,それぞれ の読解過程とそこでの読解内容の概要を具体的に紹介・分析した上で, その結論として,.  図像の意味を探索する時,歴史家は,当該の図像を,描き手が描力、 ねぼなら嶽からたものとしてとらえる必要がある。. 22.

(26)  このように図像をとらえることによって,歴史家は, 「どうしてこ. んな図像を描いたのか?」という「問い」をたてることができるので ある。この「問い」は,描き手を制約している文化的・政治的な文脈 に歴史家が目を向けることを意味する。               (中略).  結局,歴史家は,個々の図像の意味を探索するためには,何らかの 文脈を推定し,補わなければならないのである。               (中略).  その際,個々の図像に即した妥当な解釈がなされた場合には,絵画 資料分析は,新たな歴史像を提起できるのである。、. という指摘をしている。.  江間氏がここでいう「文脈」の推定・補足とは,具体的には黒田氏が 「東郷荘絵図」に描かれた2人の人物が乗った船の図像は,湖上の境界 を示す「動く中分線」として描かれたものではないかとする解釈を導き 出す際に, 「東郷荘絵図は,地頭と領家の下地中分を示す絵図である。. 両者の境界の設定に何ら曖昧な点はないはずだ」という推定を行ってい ると考えられることなどを指している。.  以上のような指摘をした上で,江間氏は黒田氏の「東郷荘絵図」読解 の過程を参考にして作成した授業案を提示している。授業の流れの概要 を示すと,次のようになる。. 第1段階:「東郷荘絵図」を生徒に配布し,東郷荘の領域を予想させ      る。. 第2段階:1258年に下地中分が行われたことを知らせ,その際の地頭. 23.

(27)      分と領家分の境界を予想させる。. 第3段階:東郷湖も分割されたのだろうかという問題を投げ掛けた上      で,湖とその周囲の図像から気づくことを指摘させ,それ      ぞれの図像の意味することについて考えさせる。. 第4段階:2人の人物が乗った船の図像についての黒田氏の解釈を紹      介し,その解釈が妥当だと思うか否かについて考えさせる,. 第5段階:「東郷荘絵図」に描かれたものは全て地頭と領家の間で分      配の対象とされたものであるとの黒田氏の解釈を紹介した      上で,絵図の中から両者が分配したと思われるものを見っ      けさせる。.  以上が,江間氏の研究の概要である。では,この研究がどんな意義を 持ち,どんな課題を有しているのかを次に検討してみることにしたい。.  まず,江間氏の研究は,次のような指摘をしているという点で,意義 深いといえるだろう。すなわち,歴史学における絵画史料の読解とは, 「どうしてこんな図像を描いたのか?」という問いを念頭に置いて絵画. に三時し,その絵画史料を作成した絵師が生きた時代の社会の状況など を追究していくことであるという指摘である。.  この指摘は,歴史教育において,絵画史料を資料として用いる場合に も,同じように,絵画をもとに,その絵画が描かれた時代の社会の状況 などを追究させていくことが大切になることを示唆してもいよう。.  ところが,せっかくこのような意義深い指摘をしているにもかかわら ず,江間氏自身は,その指摘を授業案作成にあまり生かしてはいない。. 江間氏の授業案には,「東郷荘絵図」を使用した図像の読み取り・吟味 などの学習活動が随所に取り入れられており,受け身的な学習場面の割. 24.

(28) 合が少ないという意味においては,絵画史料を使用した効果が現われて いるといえるが,この授業の結果,多くの生徒が獲得する知識は,おそ らく,中世の荘園では下地中分が行われた,そして,黒田氏は絵図の申 の船などの図像についても中分の状況を示したものと解釈している,と いった類のものになるのではなかろうか。.  先述した江間氏の指摘から得られる示唆を生かして授業を構成すると すれば,「東郷荘絵図」を見た児童や生徒に,当時の人々はなぜこれほ ど境界線を強調した絵図を描かねばならなからたみか,という疑問を持 たせ,その原因となった社会状況を追究させていくという授業過程を組 むべきであったろう。そうすれば,当時の社会では武家勢力の公家勢力 や寺社勢力に対する蚕食が進みつつあり,公家・寺社はその蚕食に対す る対応に迫られつつも,有効な対策を見いだし難い状況になっていた,. という時代像を踏まえた理解にまで到達させることができたのではない だろうか。.  では,次に,原田氏による研究,の概要を見ることにしよう。原田氏 の研究は,社会史研究の成果を生かした歴史授業の構成の研究の一環と して取り組まれたものであり,近藤和彦氏のシャリヴンリに関する研究 成果に依拠しつつ,シャリヴンリの様子を描いた絵画史料(ホゥガース の版画)を主な資料として,近世ヨーロッパにおける政治文化の実像に 迫らせるための授業を構成しようとしたものである。.  原田氏は,まず,近藤氏の研究成果について分析を行って,その理論 を以下に示したような命題の形に整理し,それを参考にして,教育内容 の設定と教材(資料)の選択・構成,および授業過程の構成を行おうと している。. 25.

(29) ①近世ヨーロッパには,民衆的,エリート的と名づけられる二つの  文化が存在したが,両者の境界は流動的で,相互浸透をともなうせ  めぎあいの関係にあった。【二つの文化ないし民衆文化の構造】. ②民衆の世界には,歴史的に伝承レた規範ないし固有の文化をまも  ろうとする共通の世界観があった。【モラル・エコノミー】. ③共同体的規範に違犯ないし敵対した者には,集団的制裁の儀礼と  して,騒然たる音響をともなう示威行為がなされた,【シャリヴァリ  の定義】. ④シャリヴァリには,刑罰的要素と祝祭的要素の二つが認められた,  【シャリウ》りの二要素】. ⑤ シャリヴァリにおける制裁は,強制・懲罰・同調の三局面からな  っていた。【シャリヴァリにおける制裁の三局面】. ⑥ホゥガースの版画はシャリヴァリの意味と構図を能弁に示してい  る。 【シャリヴシリの図像分析】、.  原田氏は,これらの命題のうち,「①や②はきわめて抽象性・一般性 の高い命題であるのに対し,③・④・⑤と次第に具体性が増し,⑥に至 っては特殊な個別事象の記述となっている」との指摘をした上で,抽象 的なものから具体的なものへと進んでいく, 「いわば(中略)『見えな. いものから見えるものへ』」と展開する論理からは,教育内容の設定と. 教材の選択・構成の方法を,また,反対に「『(前略)見えるものから 見えないものへ』」と展開していく論理からは,授業過程の構成の方法 を学ぶことができる5と述べている。そして,前者の論理に沿って,民 衆文化としてのモラル・エコノミーとシャリヴァリを教育内容に,また ホゥガースの版画を教材に選択するとともに,後者の論理に沿って,次.               26.

(30) のような問いの構造を組み込んで,絵画史料を活用した授業を設計して いるのである。.  ①この図から何がわかるか。(シャリウァリの現象的イメージを形   成する問い).   a この図にはどんなものが描かれているか。 (描かれている事実    を確定させる問い).   b この図は何(主題)を描いたものか。(シャリヴァリ的現象に    着目させる問い). ② シャリヴァリとは一体何だろうか。(シャリヴレリの意味をとら   えさせる問い).   a 人々は何のため(目的)にシャリウァリを行ったのか。 (シャ    リウァリの定義,二つの要素をとらえさせる問い)   b シャリウァリ(制裁)はどのように行われたか。 (シャリウァ    りの三つρ契機をとらえさせる問い). ③人々はなぜ(康因)シャリウ》リを行ったのか。(モラル・エコ   ノミーを導く問い). ④民衆のシャリヴyリ行為に,支配階層はどう対処したか。(二つ   の文化の構図をとらえさせる問い)6.  以上の原田氏の研究で重要なのは,歴史学者の研究方法より導き出さ れる「見えるものから見えないものへ」と展開する論理から授業過程の 構成方法を学ぶことができるという指摘である。そして,原田氏の示し た実践案は,この指摘を生かしたものとなっている。.  この原田氏の指摘を,先に見た江間氏の指摘から得られた示唆と比較.                27.

(31) してみると,両者は,非常によく似た内容であることが理解できよう。  結局,本項では,歴史授業で絵画史料を活用しようとする場合には, 「見えるもの」(絵画史料)をよく観察させて,そこに描かれたものを 把握させ, 「なぜ,このように描いたのか」という問いにもとづいて, 「見えないもの」 (絵画史料作成当時の社会の状況など)を追究させる. ことが大切である,ということが明らかになったことになろう。. 2 「見る」活動の特質から社会科授業構成のあり方を探る研究.  考察の対象を歴史教育に限定したものではないが,画像を「見る」と いう活動の特質に着目することによって社会科授業構成のあり方につい て論じようとした研究に,吉川幸男氏のもの,がある。.  吉川氏は.社会科の学習において,絵や実物.ビデオなどを「見る」. 活動の比重が大きくなりつつあることを指摘し,それらの「見る」活動 が有効な活動であるということに異論はないとした上で, 「どのような. 対象をどのように見れば,どのような意味で有効なのか,という社会科 学習の内容・方法論的な根拠づけが十分になされていない」こと,そし て,そのために「それらの画像から最低何が学習され得るのか,あるい は授業で到達させたい学習内容に対してそれらの画像がどの程度適切で あり,どのような画像がより望ましいのか,ということを判断する一般 的な基準」が明らかにできていないことや,児童・生徒が「教師が意図 した以外の内容を,授業で使用された視覚資料から学んでいる可能性」. があるのに「教師はその内容を予見し得ないし,検証も評価もなし得な い」ことを問題としている。.  そして,このような問題意識から,吉川氏はまず「見る」という活動. 28.

(32) の認知活動としての側面の先行研究,および記号解読過程としての側面 の先行研究を吟味し,その固有の特質を明らかにしょうとしている。  「見る」活動を認知活動としてとらえた先行研究での重要な指摘を,. 吉川氏は次のように3点にまとめている。.  第一点は,「見る」活動において私たちは「モノ」を見ているので はなく, 「コト」を見ているのだという指摘である。コトを見るとい. うことは,そのコトに関する理論,信念,経験のすべてが全体として 関与し,知るべきコトの問題意識や,やるべきコトの目標意識に大き く左右されるのであり,一定の視点から「見る」のではなく,視点を たえず動かすことによって対象を「コト」として知覚することなので ある。.  第二点は,「見る」活動において私たちは,「意味」を抽出しなが ら見ているのだという指摘である。 「見る」ときには,必ず特定の 「活動主体(active agen乾)1が想定され,その活動主体が次に何をし. ょうとするか,何に関心をもっかについてのある種の共感(empathy). を投入した上で,外界の出来事を統合的にながめるのである。いわば 事態の構造性を知覚するのみならず,ある活動主体を想定したときの,. その事態の機能性をも知覚するのである。  第三点は, 「見る」活動において私たちは,外界の対象を知覚して いるのみならず,自分の位置をも知覚しているのだという指摘である,. 視点を動かしながら対象を「見る」ことは,同時に「動かしている自 己」の相対的位置を知覚させ,さらにそこから今度は自己によって見 られるべき世界を構成してゆく。8. 29.

(33)  また,吉川氏はここでまとめたことを整理しなおして,次のように述 べてもいる。.  「見る」活動は決して,現る」対象がどのようである,というこ とを情報として収集する活動ではない。その対象に対して何らかのは. たらきかけをする場合の「見え」を事態(コト)として意識化してゆ く活動である。それゆえに「見る」活動には常にいくつかの「行為」 と「意味」が内在し, 「自己意識」を伴う。g. そして,以上のような認知活動としての「見る」活動の特質を踏まえ,.  「見る」とは本来そのような活動であることを前提に,「見る」活 動のこうした構造を生かした社会科学習活動が組織されなければなら ない。さもなければ「見るべきものと「見えるもの」とは,ずれたま まであり, 「見る」学習活動の有効性は十分に生かされ得ないであろ う。、o. との,重要な指摘をしている。.  次に,吉川氏はある画像に表現されている図像の意味を分析したり,. ある表現から何らかの意味が読み取られる過程を分析したりするための 枠組みを提供するものとして,エーコの一般記号論に注目し,その概要 を紹介している。このエーコの一般記号論は「コードの理論」と「記号 生産の理論」から成り立っている。.  1コードの理論によれば,ある記号媒体によって表現されているもの は,表示義(記号表現が意味する第一義的な内容),共示義(表示義か.               30.

(34) ら派生する意味内容),状況,コンテクストなどの諸要素として示すこ とが可能であるという。.  また, 「記号生産理論」によれば,表現から意味が認識されていく過 程には, 「模像」 (記号媒体が繰り返し現われることによって,記号. 単位を形成していくこと),「認知」(ある事物が,その原因との関係 によって,他の何かを表現するものとして理解されること),「提示」 (ある事物から,その事物の属しているもの全体が読み取られること) などの諸様式が見られるという。.  後でも触れるように,吉川氏はこれらの枠組みを利用して有田和正氏 の「長篠の戦い」の授業の分析を行っている。その際の吉川氏の分析の 結果に沿って,上記の各用語がそれぞれ具体的にどのような概念と対応 するものかを例示すると,次のようになる。. 〔コンテクスト〕…… 1575年5月21日,長篠の戦い,武田対織田. 〔表現〕. 〔表示義〕. (状況〕. 〔二二義〕. 〔二二義〕. 鉄砲の絵→鉄砲の大量使用→(仮説)⇒信長の経済政策→新型の支配者.     ↑         ↑         ↑    《模像》       《認知》       《提示》. 以上が,吉川氏による「見る」活動の特質に関する先行研究の整理で ある。この整理の結果を踏まえ,吉川氏は,. 「見る」活動に内在する固有の論理構造を生かした学習活動を組織.             31.

(35) するために解決しなければならない問題は,学習者側が「行為」と1意. 味」を伴わせて「見て」いる視点に,教授者側がどのようにはたらき かけ,どのように(学習への入り口となり得る視点へ:引用者)移動 させるかという問題である。、、. と指摘し,「見る」活動を取り入れた授業のあり方を考えていく上での 重要な観点を示している。そして,「図像解釈」的な学習過程がとられ ている授業実践事例として,有田和正氏の「長篠の戦い」の授業を取り. 上げ,学習活動の中での子どもの視点の移動と,それに伴う「行為」や 「意味」成立の過程を解明しようとしている。.  吉川氏は,先述したエーコの「コードの理論」 「記号生産の理論」を 枠組みとして有田氏の実践を分析し,その結論として,.  この授業で状況(circ)を求めるように子どもたちを方向づけてい るのは,画面の表現面の単位の分節(中略)である。つまり子どもた ちが画像の中に記号媒体だとみなしたもの(旗が多く立っている,鉄 砲が多い,裸の武将がいる,など)が,状況(circ)を求めるように 仕向けている。視点の移動はここで起こっている。これ以降において 画像を「見る」子どもたちの視点は,画像の中の武将を活動主体にし た視点へ移動し,武将を活動主体とした「行為」と「意味」を事態(コ ト)として「見る」ようになるのである,視点の移動を起こす契機は,. 教師のはたらきかけではなく,子どもたちの画像を「見る」という 活動自体の中にあって,子どもたちと画像との緊張関係の中から生ま れてくると考えられる.(中略)旗や鉄砲の多さや裸の武将などの「見. え」は,子どもたちの視点との問に緊張関係を生じさせたために記号. 32.

(36) 媒体とみなされ,視点の移動を引き起こしたのであろう。12. と述べている。そして, 「見る」活動の組織化をはかるために,.  望ましいのは(中略)学習者の視点の移動を引き起こすような画像. である。B. としているのである。.  以上の吉川氏の研究には,画像資料を用いた授業のあり方について考 える際に無視することのできない論点がいくつも含まれている。冒頭で 紹介した「見る」活動に対する問題意識は今後も継承されていく必要が あろうし,われわれが見ているものは「モノ」ではなく「コト」である という指摘も重要である。が,中でも特に重要なのは,学習者の視点の 移動を引き起こす契機の問題であろう。吉川氏の研究は社会科教育全般. を対象としたものであるが,歴史教育に当てはめて考えるならばこの 視点の移動とは,単に絵画史料に描かれている事物・事態を読み取って いる状態から,そのような事物・事態が描かれるに至った時代背景を追 究しようとする状態への移行と考えることができる。このように考える ならば,学習者に視点の移動を起こさせられるか否かという点が,絵画 史料を用いた歴史学習を深まりのあるものにするかどうかの鍵を握って いることになるのである。吉川氏も述べているように,学習者の視点の 効果的な移動を誘うような資料は,よい画像資料であるということがで きるだろう。.  ただし,学習者の視点の移動を引き起こす契機は,どんな場合にも, 「見る」という活動自体の中に存すると考えてよいのだろうか。この点.               33.

(37) については,まだ,検討の余地があるように思われる。教師の指示や資 料提示の方法の工夫などが,視点の移動を起こさせることに重要な役割 を果たしている場合も存在する可能性があるからである。このような点 について,できるだけ多くの実践事例をもとに検討していくことが必要 になるだろう。. 3 絵画資料を活用した授業における歴史理解のあり方を探る研究.  歴史授業構成のあり方の解明を直接の目的としたものではないが,子 どもの歴史理解のあり方を探る研究の一貫として絵画史料にもとつく歴 史理解の過程について考察した研究に,池野範男氏のもの、、がある。.  池野氏は, 「教室には過去の歴史事象も出来事も存在しない」のに子. どもたちが「現在生起したごとく,歴史事象や出来事を理解する」のは なぜか,ということを問題として,「それは,現存するもの,現前する ものを手がかりにして,子どもたちが過去の歴史事象や出来事を構成し. ているからではないだろうか」との仮説を設定している。そして,この ような「能動的構成論の立場」に立ち, 「歴史授業における歴史理解は. 子どもたちがっくるものである」との主張をするためのひとつの根拠を 示すことをねらいとして,以下のような考察を展開している。.  はじめに,池野氏は,その主張に根拠を提供する実践事例として,北 俊夫氏および山本典人氏による,絵画史料を用いた自由民権運動の授業 実践の概要を紹介している。両氏の実践は,ともに, 『絵入自由新聞』. 明治21年3月14日号掲載の挿絵を原典とする,演説する弁士とその演説 を制止しようとする警察官とを描いた絵画を資料として利用したもので ある。いずれの授業でも,この絵の解釈をめぐって,弁士の演説内容は. 34.

(38) 聴衆(国民)の側に立ったものなのか,それとも警官(政府)側に立っ たものなのか,という点が子どもたちの間で問題となり,教師の説明や 教科書の記述から得た情報によって,演説内容は聴衆(国民)の側に立. ったものであることが確認される,という展開となっている。この2つ の実践事例の分析結果を,池野氏は,.  北氏の授業においても山本氏の授業においても,子どもたちは挿絵 をみて,挿絵に示されているひとやものを理解している。しかし,示 されたものだけを理解しているのではない。ひとの感情,ひとの行動 内容,関係を推測し,理解している。その理解は,子どもたち自身が 行っている能動的なものである。また,子どもたちは授業において, 教師より提示された挿絵を理解することを通して,歴史のある場面, ここで言えば自由民権運動における演説会の場面をも理解している。.  歴史授業における子どもの歴史理解というものは,子どもたちの保 持する枠組にしたがって挿絵に示されている人物の特徴と行動を理解 することから派生して,この絵を歴史的状況において理解することで あるといえよう。、5. とまとめている。.  次に,池野氏は,以上の分析結果を受けて,「なぜこのような能動的 な歴史理解がこの絵画資料を用いると可能なのだろうか」ということを 問題とし,この問いに答えるために絵画資料理解の構造の解明に取り組 んでいる。ここで,池野氏は,佐伯絆氏の理解論とファウストの記号論 的認知方略論とを組み合わせて,自身の分析方法を構築している。  佐伯氏の理解論によると,資料を理解するには少なくとも,.               35.

(39) (1》前提 (制作者にとっては否定され得ない前提となる特定の事実) (2》主題 (制作者が問題としょうとする特定の事実の特定の側面) (3》焦点 (制作者によって選択された主題に関する情報) (4》視 点.  ①視座(主題や焦点を見ている制作者の眼の位置) ②注視点(制作者によって注目されている点). という4っの要素の理解が必要であるという。  また,ファウストの認知方略論によると,絵画資料理解には,. [1」. 第一段階. 画像の認知と把握. [2】. 第二段階. 記号としてのひと・もの・事柄の解読. [3]. 第三段階. 描写内容の歴史的状況への関連づけ. [4]. 下四段階. 制作者の意図の解読. という4つの段階が想定されるという。.  池野氏は,ファウストの認知方略の第三段階に,佐伯氏の指摘する4 要素を上に示したものとは逆の順序で組み込んで,絵画資料理解の構造 分析の枠組みとして,次のようなものを提示している。. [1] 第一段階. 画像の認知と把握. [2】 第二段階. 記号としてのひと・もの・事柄の解読. [3] 第三段階. 描写内容の歴史的状況への関連づけ. 36.

(40) (4}視点の確定.  ①視座の発見  ②注視点の発見 (3》焦点の解読. ② 主題の解読 (1》前提の解読. 【4] 第四段階.  制作者の意図の解読.  つついて,池野氏は,上記の枠組みを用いて,北氏や山本氏の授業で 使用された『絵入自由新聞』の挿絵の理解がどのように行われているの かを分析している。その分析結果の概要を示すと,以下のようになる。. [1] 第一段階  画像の認知と把握.  髭を生やした和服の男,帽子をかぶった3人の洋服の男,低いと ころにいる多くの人々などが,画像として認知される。. 【2] 第二段階  記号としてのひと・もの・事柄の解読.  髭の男は弁士,洋服の男は警官,多くの人々は聴衆であると解読 される。このうち警官については,弁士の演説を制止しているとい う解釈,聴衆に演説を静かに聞くよう注意しているという解釈,な どの複数の解釈が成り立ち得る。. 【3] 第三段階  描写内容の歴史的状況への関連づけ.  (4》視点の確定.   ①視座の発見  絵の制作者は,演台の左後方の,弁士と聴衆が見える位置に視座 を置いていることが認知される。.              37.

(41)   ②注視点の発見  絵の制作者は,演説の場において弁士と聴衆との間に警官が割り 込むという異常な事態に注目しているということが認知される。.  ㈲ 焦点の解読  警官は弁士の演説を中止させようとしていると解釈される。そし て,絵の制作者はそれが異常な事態だということを主張しようとし ている,と解釈される。.  (2}主題の解読.  挿絵の出典や人々の服装から,この絵が自由民権運動の一場面を 描いたものであることが理解される。そして,絵の制作者は,警官 が民権運動家とその運動に共鳴する人々の間に割り込む事態を異常 なこととして示そうとしている,と解釈される。.  (1》前提の解読  絵の制作者は,運動が正当なものだということを前提にしていた, と解釈される。. [4] 第四段階  制作者の意図の解読.  制作者の意図は,政府の弾圧を批判することであった,と解釈さ れる。. この分析結果をもとに,池野氏は,.  この挿絵を解読する過程で重要なことは,警官の行動をどのような 立場でどのようなものとして見るのか,である。この点に,この挿絵 の制作者の視点が隠されている。.              (中略).              38.

(42)  『絵入自由新聞』のこの挿絵は,人物の行動理解を通して,自由民権. 運動どいう歴史事象や出来事はどのようなものかを問うことへの「視 点」を準備するものなのである。歴史学習でこの挿絵を使用するとき には,この視点を子どもたちに発見することができるように,教師は 指導する必要がある。その指導によって,挿絵に内在する視点を子ど もたちが発見したとき,子どもたちはこの視点に立って自由民権運動 を理解することができるのである。、6. との指摘をしている。そして,.  画像認知と意味理解との二重構造をひとつのものにしているのが, 視点である。.               (中略).  絵画資料による歴史理解とは,絵の中にある視点をわれわれが見い だし,この視点にもとづいて絵全体の意味を理解することである,と いうことができる。この意味理解が歴史理解なのである。、7. とまとめている。.  以上の研究の中でなされている池野氏の指摘のうち,子どもたちは挿 絵に描かれた人物の行動内容や関係などを推測・理解しているという指 摘は,吉川幸男氏の,われわれは絵画に描かれたものを「コト」として 見ている,という指摘と相通ずるものであろう。また絵の制作者の視点 を旧い出すことによって画像認知と意味理解とが結び付けられるという 指摘についても,吉川氏による「視点の移動」の意義の指摘と同様の意 味を持つものといえる。これらの点は,今後の絵画史料活用の研究にあ. 39.

(43) たって,先行研究の成果として踏まえていかなければならないものだろ う。.  しかし,池野氏の研究は,残念ながら,課題とすべき点においても, 吉川氏の研究と同じ側面を持つものになってしまっている。池野氏は,. 絵画に内在する視点にもとづいてその絵画の意味を理解することが歴史 理解であるとしているが,歴史学習では,絵画の制作者の意図や視点と は関わりのない問題をめぐって,絵画が資料として用いられる場合も想 定し得るからである。たとえば,制作された時代の異なる複数の絵画史 料を用いて,人々の服装などの変化を探るような場合には,個々の絵画 の制作者の意図や視点とは別の次元で歴史理解が行われるのではないだ ろうか。したがって,絵画史料を用いた歴史学習での子どもたちの歴史 理解が,はたして絵画の制作者の視点にもとづいたものであるのか否か という点について,多くの実践例に即して見極めていくことが今後の課 題となるだろう。. 4 先行研究の成果と課題.  以上のように,本節では,3項にわたって先行研究の検討を行ってき たが,その結果,明らかになった特に重要な成果と今後の課題とをここ でもう一度整理しておこう。.  まず,成果のうち,特に重要なものは,歴史教育において絵画史料を 資料として用いる場合には,その絵画が描かれた時代の歴史学を追究さ. せていくことが大切であり,したがって,絵画史料を用いた歴史学習を 構成しようとする際には,児童・生徒に,なぜこのような絵が描かれね ばならなかったのか,という問いを持たせ,その絵が描かれる原因とな. 40.

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