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智.一『..骨》

年中行事絵巻 巻二より

年中行事絵巻 巻五より

《資料10》家康の神格化

 1616年4月,病の床にあった家康は,「私が死んだら研光に神として 祭ってくれ。そうすれば,江戸や幕府の領地を守ってやろう。」という 遺言を残して亡くなった。

 同年6月,幕府は京都に使者を送り,天皇から家康を神とするための 正式な許しを得ようとした。ところが,過去には征夷大将軍を神として 祭った例がなかったため,この要求は,朝廷に拒否されてしまった。

 7月になると,幕府は再び,朝廷に使者を送り,家康の神格化を許可 するよう,もう一度強く迫った。そこで,結局,天皇も家康を神として 祭ることを承認し,家康に「東照大権現」という神号が与えられること

になった。

〈各資料の出典,または参考文献〉

1 瀬底正博編r南の王国 琉球』日本放送出版協会,1992年,78〜79  頁(原資料は,鎌倉静江覆蔵)

2 黒田日出男「近世の天皇と将軍の肖像画」(r王の身体王の肖像』

 平凡社,1993年),284・297頁(原資料は,泉涌寺および徳川恒孝氏蔵)

3 豊見山和行「冊封の様相」(琉球新報国界『新琉球史』近世編(上),

 1989年),79〜83頁,田名真之「近世久米村の成立と展開」(琉球新報  社編 前掲書),218〜221頁,高良倉吉『琉球王国』岩波書店,1993  年,44〜47頁の記述を参考に作成

4 苗田聯盟『中興歴史旧説十』世新出版社,1984年置112・119・120東,

 劉家駒編r中國歴史暴説十一』無位出版社,1984年,33・43・61頁 5 瀬底正博編 前掲書 78〜79頁(原資料は,鎌倉静江氏蔵)

6 黒田日出男 前掲書 279〜299頁(原資料は,泉涌寺および徳川恒孝

 氏蔵)

7 藤田覚「国政に対する朝廷の存在」(辻達也編『日本の近世2天皇  と将軍:』中央公論社,1991年),330〜331頁掲載の史料を参考に作成

8 辻達也「幕藩体制の変質と煙幕関係」(辻達也編 前掲書),213頁,

 藤田覚r幕末の天皇』講談社,1994年,36頁掲載の史料を参考に作成 9 小松茂美編rコンパクト版日本の絵巻8 年中行事絵巻』中央公論  社,1994年,11・25頁(原資料は,田中氏蔵)

10 今谷明『武家と天皇』岩波書店,1993年,150〜159頁の史料と記述を  参考に作成

2 虚構性を含む史料から事実をとらえさせることをねらう授業モデル

(1》小単元名 「明治天皇のr御真影』」

② 小単元の趣旨と構成原理

  本小単元は,同一の主題を描いた複数の絵画の比較を通して,

 それらを虚構性の強いものとそうでないものとに峻別させ,特定  の絵画だけに虚構が加えられていることの意味を追究させていく  という方法により,歴史的事実をとらえさせることをねらうもの  である。ここでも,事実的な知識の獲得と合わせ,絵画読解の方  法の習得をねらったので,先に示した授業モデル同様に,読解の  の方法を習得させる段階とその応用を試みさせる段階の二段階で  単元を構成することにした。

  絵画読解の方法習得の段階では,明治天皇を描いた肖像画群の  読解を中心的な学習活動として位置づけた。それらの肖像画群の  中には,実際の明治天皇の容姿をできるだけ忠実に描写しようと  していると思われるものと,実際よりも容姿を理想化して描いて  いると思われるものとがあり,後者が含んでいる虚構性には,明  治政府が,大日本帝国憲法や教育勅語の制定などを柱として進め  ていく新しい国家体制の建設に向け,国民の間に協力的態度を形  成していくためのシンボルを必要としていたことや,条約改正と  いう大きな課題の解決に向けて,天皇に欧米の元首たちに劣らな  い威厳を備えることを期待していたことなどが反映していると解  釈できるからである。

 また,絵画読解方法の応用の段階では,徳川家康の肖像画群を 中心的な資料として,授業モデルを構成した。家康の肖像画に は,彼が生前に自ら命じて描かせたと伝えられていて画像からも 全く理想化が加えられていないと判断できるもの,彼を直接知る 人物によって作成されたことがわかっている俗人として描かれた もの,彼の死後に大量に作成されている東堅砦権現としての神像 形式のものなど多様な形式のものが見られるが,これらのうち,

神像形式の肖像画が含んでいる虚構性には,家康の生前における 幕藩体制の創始という実績,死後の体制の安泰や子孫の繁栄への 願い,後継の将軍や幕閣たちの家康の権威に対する依頼心などを 反映したものと解釈することができるからである。

 なお,本小単元も,明治時代の通史的な学習を終えた後の課題 学習としての扱いを想定し,設計を行っている。

③ 小単元のねらい  ア 理解目標a

   明治天皇を描いた肖像画と写真との比較を通して,肖像画に   は虚構性が加えられていることを読み取らせ,そこには,明治   政府が,帝国憲法や教育勅語の制定などを柱として進める新し   い国家体制の建設に向け,国民の間に協力的態度を形成してい   くためのシンボルを必要としていたことや,条約改正という課   題の解決に向け,天皇に欧米の元首らに劣らない威厳を備える   ことを期待していたことが反映していると解釈できることをと   らえさせる。

イ 理解目標b

  徳川家康の肖像画群を相互に比較させることを通して,彼の  肖像画には多様な形式のものがあることを読み取らせ,これら  のうち,神像形式の肖像画が含んでいる虚構性には,家康の生  前における幕藩体制創始という実績や,死後の体制の安泰や子  孫の繁栄への願い,後継将軍や幕閣の家康の権威に対する依頼  心などが反映していると解釈できることをとらえさせる。

ウ 能力目標

  同一の主題を描いた複数の絵画の比較を行い,それらを虚構  性の強いものとそうでないものとに峻別して,特定の絵だけに  虚構が加えられていることの意味を追究していくことによって  歴史的事実をとらえる方法を習得させる。

 (4}理解目標の説明の構造   ア 理解目標aの説明の構造

A 明治天皇を描いた肖像画群には,実際の天皇の容姿をなるべく  忠実に描写しようとしているとものと,実際よりも容姿を理想化  して描いているものとがある。

 A−1明治天皇を描いた肖像画の中には,実際の天皇の容:姿をできる   だけ忠実に描写しようとしているものがある。

 配2明治天皇を描いた肖像画の中には,実際よりも容姿を理想化し   て描いているものがある。

  A−2一アいわゆる「御真影」の天皇は,写真に写っている天皇より     肉づきがよくなり,容貌全体のバランスも整って,気品ある     顔立ちとなっている。

  A−2一イ写真では天皇は椅子にもたれた姿勢であるが, 「御真影」

    では椅子にもたれることなく,背筋の伸びた姿勢で描かれて     いる。

B 「御真影」が描かれた1888年頃の明治政府は,内政面では憲法  の制定や国会の開設に備えての体制の整備,外交面では条約改正  という大きな課題を抱えていた。

B−11888年頃の明治政府は,内政面では憲法の制定や国会の開設に   備えての体制の整備という大きな課題を抱えていた。

B−21888年頃の明治政府は,外交面では,不平等条約の改正という   大きな課題を抱えていた。

C 「御真影」の持つ虚構性には,明治政府が,恵法の制定などを 柱とした新しい国家体制の建設に向け,国民の協力的態度を形成  していくためのシンボルを必要としていたことや,条約の改正と  いう課題の解決に向け,天皇に欧米の元首たちに劣らない威厳を

備えることを期待していたことが反映していると解釈できる。

C−l r御真影」の持つ虚構性には,明治政府が,当時の内政面での   重要な課題であった憲法の制定などを柱とした新しい国家体制の   建設に向け,国民の協力的態度を形成していくためのシンボルを   必要としていたことが反映していると解釈できる。

C−2 「御真影」の持つ虚構性には,明治政府が,当時の外交面での  重要な課題であった条約の改正という課題の解決に向け,天皇に  欧米の元首たちに劣らない威厳を備えることを期待していたこと  が反映していると解釈できる。

  イ 理解目標bの説明の構造

D 徳川家康の肖像画には,困り果て疲れ切ったような表情と姿勢  で描かれているもの,周囲に雲や狛犬などを配して神像のように  描いたもの,家康自体の姿勢や服装は前者とほぼ同じで雲などの  の装飾は施さないものなど,多様な形式のものがある。

D−1徳川家康を描いた肖像画の中には,困り果て疲れ切ったような   表情と姿勢で描かれているものがある。

D−2徳川家康を描いた肖像画の中には,肖像の周囲に雲や狛犬など   を配して,神像のように描いたものが多く見られる。

 D−3徳川家康を描いた肖像画の中には,家康の姿勢や服装は前者と   ほぼ同じで,雲などの装飾は施さないものもある。

E 関ケ原の戦いなどで勝利を収めて,幕藩体制を創始するという  実績を残した家康が,その体制の安泰やそれに伴う子孫の繁栄を  願いながらこの世を去ると,彼の後を継いだ将軍やその幕閣たち  は,生前の実績を背景として彼を神格化し,その権威を利用して

幕藩体制を維持していこうとした。

E−1家康は,関ケ原の戦いなどで勝利を収め,幕藩体制を創始する   という実績を残した。

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