第 2 章 資産価格変動のコピュラとポートフォリオの信用リスク 39
2.8 結論
本章では,金融実務で近年注目されている,周辺分布と周辺分布間の依存構造を扱う場合の 1つのツールであるコピュラの活用方法を解説した.具体的には,正規,t,クレイトン,ガン ベルおよびフランクコピュラを対象に,各コピュラが表現する依存構造の違いを説明するとと もに,各コピュラのパラメータの推定方法と各コピュラの下での乱数の発生方法を説明した.
このように,コピュラは,金融実務において金融商品の価格付けやリスク評価を行う際に,非 常に有効なツールの1つとなりうる.
実証分析としては,貸出ポートフォリオの信用リスクを分析し,5変量の株式ポートフォリ オの株価変動リスクをパラメータ推定も含めて分析した後,日米欧の株価指数の動きを分析し た.株価指数に代表される資産価格変動の裾依存性は,平時に比べ金融危機時に強まることを 確認したうえで,BIC規準でみた適合度は,自由度の小さいtコピュラや反転ガンベルコピュ ラが高く,主要国の株価指数変動の間には強い下側裾依存性が存在することが示された.
こうした資産変動の下側裾依存性を踏まえて,コピュラを用いたCDO評価における問題点 を検討した.具体的には,資産価格変動の間の全体的な依存性を示す順位相関を固定して,コ ピュラの種類だけを変えた場合のCDOスプレッドの評価結果の違いについて分析した.その 結果,標準的に用いられる正規コピュラではCDOの上位トランシェの損失率を過小に見積もっ てしまう傾向があることが示された.再証券化商品であるCDOスクエアードについても同様 の結果を得たほか,末端参照債務の重複度の影響も考慮すると相関ρの変化に対するスプレッ ドの感応度は正規コピュラの方が下側裾依存性の強いコピュラよりも大きく,正規コピュラに
基づく評価モデルが相対的に脆弱である可能性が示された.すなわち,CDO評価においても,
金融危機のような下側裾依存性が強くなる状況を勘案するには,下側漸近従属のコピュラを用 いた評価が必要になることが示唆された.
研究面での今後の課題としては,CDO評価等に用いるうえで適切なコピュラの特定が挙げ
られる.2.5.3節の分析では,株価収益率に適合するコピュラの種類について幾つかの候補を示
したが,適合度の高低は観測時期に強く依存しており,実用的なコピュラの種類を特定するに は至らなかった.また,CDOの分析では本来,企業等の資産価値の変動に関する相互依存関係 を評価すべきであり,それは2.5.3節で扱った株価収益率とは異なる.このため,資産価値の変 動特性を直接コピュラで分析することも課題である.このほか,本研究の拡張の方向性として は,(1)適用するデータの工夫,(2)適用する期間の工夫が挙げられる.(1)に関しては,例え ば,価格変動そのものではなく,それをシステマティックな変動要因と個別変動要因に分解した うえで後者に対してコピュラを適用して分析することが考えられる.(2)に関しては,Okimoto
[2008]などでも考察されているように,分析期間を平時と金融危機時の2つのレジームに分け
て,それぞれ異なる種類のコピュラを適用するようなモデル化も考えられる.
本章で得られた結果を踏まえつつ,2007〜2008年の金融危機を振り返って実務上の含意を考 察すると以下のように整理できる.CDOの市場価格は,それにフィットする正規コピュラの相 関ρを算出した指標で表現されることが多い.これは,インプライドコリレーションと呼ばれ,
オプション価格がブラック・ショールズモデルに基づきインプライドボラティリティで表現さ れるのと同様である.このように,正規コピュラの相関は信用デリバティブ市場でいわば「共 通言語」となっている面もあり,そのインプライドコリレーションがトランシェごとに異なる というコリレーションスマイルは,金融危機以前から観察されていた.このことは,市場参加 者は必ずしも正規コピュラに全面的に依拠してCDOを評価していたのではなかったことを示 唆している.一方,CDOを組成したり,その格付けを付与したりする際には,正規コピュラを 用いて評価がなされていたことも多かったといわれている.そうした市場慣習と前述のような 市場参加者の認識のギャップを埋めるためにも,本章で扱ったようにコピュラを利用した分析 の幅を広げていくことは有益であろう.
ただし,コピュラを実際に扱うに当たっては,本章で指摘したような,主としてコピュラに 特有のさまざまな留意点がある.このほか,コピュラには,一般的なこととして予め認識して おくべき点もある.例えば,コピュラのパラメータをヒストリカルデータを用いて推定する場 合には,データの観測期間の長さや期間内のデータ分布の形状に推定値が依存することになる ため,目的に応じて,適当な観測期間を定める必要がある.ここで指摘した例と同様のことは,
コピュラに限らず,価格付けやリスク評価に用いられる他の前提や道具立てにもいえることで ある.したがって,コピュラを実際に活用しようとする場合には,コピュラについてのみなら ず,用いることが適当であると考えられる前提や道具立ての内容を包括的に検討する必要があ ると考えられる.
本章で考察したように,リスクファクターの依存関係がCDO評価を決めるトランシェの期 待損失やVaRなどの損失の振れに及ぼす影響は大きい.本章ではリスクファクターとして資 産価格変動あるいはCDO評価においてはデフォルト確率についてその依存関係を考察したが,
他にも依存関係を考慮すべきリスクファクターがある.次章では,信用リスクを定めるもう2 つの要素であるエクスポージャーや回収率との依存関係について考察を進める.
2.A 2 変量コピュラの順位相関とパラメータの関係
いくつかの2変量コピュラでは,そのパラメータとケンドールのタウの解析的関係を導くこ とができる.
2.A.1 2変量アルキメディアンコピュラ
2変量のアルキメディアンコピュラは
ϕ(C(u1, u2)) =ϕ(u1) +ϕ(u2) (2.98) と表せるので,(2.98)式の両辺をu1で偏微分すると,以下を得る.
ϕ′(C(u1, u2))∂C(u1, u2)
∂u1 =ϕ′(u1) (2.99)
さらに,(2.99)式の両辺をu2で偏微分すると,次式を得る.
ϕ′′(C(u1, u2))∂C(u1, u2)
∂u1
∂C(u1, u2)
∂u2 +ϕ′(C(u1, u2))∂2C(u1, u2)
∂u1∂u2 = 0 (2.100) (2.100)式で,
∂C(u1, u2)
∂u1 =ϕ−1′(ϕ(u1) +ϕ(u2))ϕ′(u1) (2.101) となるが,y ≡ϕ−1(x)と置いて,ϕ−1′(x)を計算すると,
ϕ−1′(x) = dy dx =
(dx dy
)−1
=
(dϕ(y) dy
)−1
= 1
ϕ′(y) = 1
ϕ′(ϕ−1(x)) (2.102) となることから,
∂C(u1, u2)
∂u1
= ϕ′(u1)
ϕ′(ϕ−1(ϕ(u1) +ϕ(u2))) = ϕ′(u1)
ϕ′(C(u1, u2)) (2.103) となる.同様に,
∂C(u1, u2)
∂u2 = ϕ′(u2)
ϕ′(C(u1, u2)) (2.104)
となる.よって,(2.100)式より,以下の関係を得る.
∂2C(u1, u2)
∂u1∂u2 =−ϕ′′(C(u1, u2))ϕ′(u1)ϕ′(u2)
{ϕ′(C(u1, u2))}3 (2.105)
(2.105)式を用いて,(2.22)式で表されるケンドールのタウを計算する.
∫ 1
0
∫ 1
0
C(u1, u2)dC(u1, u2) =
∫ 1
0
∫ 1
0
C(u1, u2)∂C(u1, u2)
∂u1∂u2 du1du2
=−
∫ 1
0
∫ 1
0
C(u1, u2)ϕ′′(C(u1, u2))ϕ′(u1)ϕ′(u2)
{ϕ′(C(u1, u2))}3 du1du2
(2.106)
となるが,v≡u1,w≡C(u1, u2)と変数変換すると,積分範囲は0≤w ≤v ≤1となり,ヤ コビアンは,(2.103),(2.104)式等を用いて,
∂(v, w)
∂(u1, u2) =
1 0
φ′(u1) φ′(w)
φ′(u2) φ′(w)
= ϕ′(u2)
ϕ′(w) (2.107)
となるから,以下の関係が得られる61.
∫ 1
0
∫ 1
0
C(u1, u2)dC(u1, u2) =−
∫∫
0≤w≤v≤1
wϕ′′(w)ϕ′(v)
{ϕ′(w)}2 dvdw=
∫ 1
0
wϕ′′(w)ϕ(w) {ϕ′(w)}2 dw
(2.108) (2.108)式を部分積分すると,
∫ 1
0
wϕ′′(w)ϕ(w) {ϕ′(w)}2 dw=
[−wϕ(w) ϕ′(w)
]1
0
+
∫ 1
0
ϕ(w) +wϕ′(w) ϕ′(w) dw
= 0 +
∫ 1
0
ϕ(w) ϕ′(w)dw+
∫ 1
0
wdw =
∫ 1
0
ϕ(w)
ϕ′(w)dw+1 2
(2.109)
となる.したがって,(2.22)式よりケンドールのタウは,次式となる.
τ(u1, u2) = 4 {∫ 1
0
ϕ(w)
ϕ′(w)dw+ 1 2
}
−1 = 4
∫ 1
0
ϕ(w)
ϕ′(w)dw+ 1. (2.110) 代表的なアルキメディアンコピュラで,(2.110)式を用いて,ケンドールのタウを計算する.ガ ンベルコピュラでϕ(w) = (−lnw)γ,クレイトンコピュラでϕ(w) =w−α−1,フランクコピュ ラでϕ(w) =−ln(e−δw−1) + ln(e−δ−1)であることを用いる.
ガンベルコピュラでは,
∫ 1
0
ϕ(w)
ϕ′(w)dw= 1 γ
∫ 1
0
wlnwdw= 1 γ
{[w2 2 lnw
]1
0−
∫ 1
0
w2 2
1 wdw
}
= 1 γ
{ 0−1
4 }
=− 1 4γ (2.111) となるから,(2.110)式より,ケンドールのタウは,次式となる.
τK(u1, u2) = 1−1
γ (2.112)
クレイトンコピュラでは,
∫ 1
0
ϕ(w)
ϕ′(w)dw=−
∫ 1
0
w−α−1
αw−α−1dw= −1 α {
∫ 1
0
wdw−
∫ 1
0
wα+1dw}= −1
2(α+ 2) (2.113) となるから,同様にケンドールのタウとして,次の関係を得る.
τK(u1, u2) = −2
α+ 2+ 1 = α
α+ 2 (2.114)
フランクコピュラでは,
∫ 1
0
ϕ(w)
ϕ′(w)dw=−
∫ 1
0
e−δw−1 δe−δw ln
(e−δw−1 e−δ−1
)
dw= 1 δ
∫ 1
0
(eδw−1) ln
(e−δw−1 e−δ−1
) dw
= 1 δ
{
−1−1 δ
∫ δ
0
z 1−ezdz
} ,
(2.115) という関係を得る.ここで,Dk(δ)≡ δkk
∫δ 0 tk
et−1dtで定義されるデバイ(Debye)関数を用いる と,ケンドールのタウτKは,次式で表されることがわかる.
τK(u1, u2) = 1 +4
δ{D1(δ)−1} (2.116)
61(2.108)式の変形には,∫1
wφ′(v)dv=φ(1)−φ(w) =−φ(w)を用いた.
2.A.2 2変量正規コピュラとtコピュラ
まず,正規コピュラでは,線形相関ρとケンドールのタウτKの間に,τK = (2/π) arcsinρと いう関係があることを示す.
(2.20)式に基づいてケンドールのタウτKを計算する.(X1i, X2i)と(X1j, X2j)はそれぞれ期待 値0,分散1,(線形)相関ρの2変量正規分布に独立に従っているとすると,
( ¯Z1,Z¯2)≡(X1i −X1j, X2i−X2j) (2.117) も正規分布に従い,期待値は0,各変量の分散は2,相関はρとなることが確認される.ここ で,rcosθ≡ z¯1/√
2, rsinθ≡(¯z2−ρz¯1)/√
2(1−ρ2)と置き,正規分布の対称性を利用する と,1変量標準正規分布の密度関数をn(·)として,
Pr{(X1i−X1j)(X2i−X2j)>0}= Pr{Z¯1Z¯2>0}= 2 Pr{Z¯1 >0,Z¯2 >0}
= 2
√1−ρ2
∫ ∞
0
∫ ∞
0
n(¯z1/√ 2)n
( z¯2−ρ¯z1
√2(1−ρ2) )
d¯z1d¯z2
= 1 π
∫ ∞
0
exp(−r2/2)rdr
∫ π/2
−arcsinρ
dθ
= 1 2 + 1
π arcsinρ
(2.118)
となる.また,
Pr{(X1i−X1j)(X2i −X2j)<0}= 1−Pr{(X1i −X1j)(X2i−X2j)>0} (2.119) となることから,(2.109)式より,以下を得る.
τK = 2 (1
2+ 1
πarcsinρ )
−1 = 2
πarcsinρ (2.120)
(2.120)式の関係は,正規コピュラ,tコピュラを含む楕円コピュラと呼ばれるクラスに属する
コピュラで成立し,tコピュラでも自由度に関係なく成立することが知られている(Lindskog, McNeil and Schmock [2003]).
2.B t コピュラと double-t コピュラの違い
tコピュラを構成するn変量の多変量t分布の確率変数(X1, . . . , Xn)は,独立に標準正規分 布に従う確率変数Y,Ziと自由度νのカイ2乗分布に従う確率変数W を用いて
Xi = ν(√ρY +√
1−ρZi)
√W (2.121)
と表現される.この表現からρ= 0であってもX1, . . . , Xnは独立にならないことがわかる.し かしながら,n=2としてX1,X2の共分散を計算すると,x1=rcosθ,x2 =rsinθという変数 変換を行うことで,
cov(X1, X2) =E[X1X2]−E[X1]E[X2] =E[X1X2]
= Γ((ν+ 2)/2) (νπ)Γ(ν/2)
∫ ∞
−∞
∫ ∞
−∞
x1x2 (
1 +x21+x22 ν
)−ν+22
dx1dx2
= 1 2π
∫ 2π
0
sinθcosθ dθ
∫ ∞
0
r2 (
1 +r2 ν
)−ν+22
rdr= 0
(2.122)
となり,X1,X2が無相関になっていることがわかる.
一方,double-tコピュラは,独立に自由度νUのt分布に従う確率変数U と自由度νV のt分 布に従う確率変数Viを用いて,多変量確率変数(X1, . . . , Xn)を
Xi =
√νU −2 νU
√ρU +
√νV −2 νV
√1−ρVi (2.123)
として構成するコピュラであり,Hull and White [2004]でCDO評価に用いられたコピュラで ある.(2.123)式の表現よりρ= 0ではV1, . . . , Vnの独立性からX1, . . . , Xnが独立になること を確認できる.double-tコピュラの特殊ケースとしてνU =νV =νの場合を考え,そのコピュ ラをt(ν)−t(ν)コピュラと表記することとする.t(ν)−t(ν)コピュラでは(2.123)式のファク ター表現は
Xi =√
ν(ν−2) {√ρY
√W0 +
√1−ρZi
√Wi }
(2.124) と整理される.ただし,Y,Ziは独立に標準正規分布に従う確率変数,W0,Wiは独立に自由度 νのカイ2乗分布に従う確率変数である.
(2.121)式のtコピュラのファクター表現と(2.124)式のdouble-tコピュラ(t(ν)−t(ν))の ファクター表現を比較すると,カイ2乗分布に従う確率変数W を共通ファクターと個別ファク ターで共通化しているか否かの点が違っている.なお,係数νと√
ν(ν−2)の違いは周辺分布 に吸収され,コピュラについての差にはならない.
2.C アルキメディアンコピュラに従う乱数発生プログラム
本補論では,本章で対象としたコピュラのうち,ガンベル,反転ガンベル,クレイトン,フ ランクの4つのコピュラに従うn変量の乱数の発生方法について,具体的なRのプログラム例 を示す62.
# 安定指数α ,歪みパラメータ1の正値安定分布に従う乱数
# Kanter [1975]の方法
rposStable<-function(simNum,alpha){
v<-runif(simNum,min=0,max=pi);w<-rexp(simNum,rate=1);
xx<-sin(alpha*v)/(sin(v)^(1/alpha))*((sin((1-alpha)*v)/w)^(1/alpha-1));
return(xx) }
# パラメータβ の対数級数分布に従う乱数
# Kemp [1981]のLB法
rlogrithmic<-function(simNum,beta){
h<-log(1-beta);
u1<-runif(simNum); u2<-runif(simNum);
xx<-trunc(1+log(u2)/log(1-exp(u1*h)));
return(xx) }
# メインプログラム
# [0,1] 一様乱数 simNum× ndim
62
ここでは,n=ndimとしsimNum回のシミュレーションを行うことを念頭にsimNum行ndim列の形式で各 コピュラに従う乱数を発生させている.