第 2 章 資産価格変動のコピュラとポートフォリオの信用リスク 39
2.3 正規コピュラと t コピュラ
2.3.2 t コピュラ
(1) 定義
分布の裾での変量間の依存関係が強い場合に,その依存関係を正規分布よりもうまく表現し うるコピュラとして,「tコピュラ」を考える.tコピュラは,正規分布よりも厚い裾を持つ分 布であるt分布を基にしたコピュラである.具体的には,自由度ν,相関行列Σのn変量t分 布の分布関数26をtν,Σ(·),自由度νの1変量t分布の分布関数をtν(·)として,(2.5)式のよう に定義される.ただし,自由度ν は3以上である.tコピュラの密度関数は,(2.3)式により,
ω⊤ = (ω1, . . . , ωn) = (t−ν1(u1), . . . , t−ν1(un))として,次式のように表せる.ここで,Γ(·)はガ ンマ関数である27.
c(u1, . . . un) = Γ(ν+n
2
) [Γ(ν
2
)]n(
1 +1νω⊤Σ−1ω)−ν+n2
√|Σ|Γ(ν
2
) [Γ(ν+1
2
)]n∏n i=1
(1 +ων2i)−ν+12 (2.35)
25ρ= 1では漸近従属となる.
26
具体的な関数は脚注3を参照.
27
ガンマ関数の定義は脚注3を参照.
(2) tコピュラの裾の依存
分布の裾でのtコピュラの依存関係を考察するため,tコピュラの裾依存係数を計算する.自 由度ν,相関ρを持つ2変量t分布に従う確率変数(X1, X2)を考える.X2 =xのとき,X1は,
自由度ν+ 1のt分布になり,その平均,分散はそれぞれE[X1|X2 =x] =ρx,var[X1|X2 = x] =(
ν+x2 ν+1
)(1−ρ2)である.これらの関係を用いれば,上側裾依存係数は,自由度ν+ 1のt 分布の分布関数をtv+1(·)として,(2.12)式より次式で計算される.
λU = 2 lim
x→∞Pr(X1 > x|X2 =x)
= 2 lim
x→∞
(
1−tν+1
(
x(1−ρ)
√
(ν+ 1) (1−ρ2)(ν+x2)
))
= 2 (
1−tν+1
(√(1−ρ)(ν+ 1) (1 +ρ)
))
(2.36)
同様に,下側裾依存係数は,(2.13)式より,
λL= 2 lim
x→−∞
( tν+1
(
x(1−ρ)
√
(ν+ 1) (1−ρ2)(ν+x2)
))
= 2tν+1 (
−
√(1−ρ)(ν+ 1) (1 +ρ)
) (2.37)
となる.上側下側裾依存係数は,−1< ρ <1のとき,0にならない.つまり,tコピュラでは,
2つの変量が上側でも下側でも漸近従属する28.したがって,リスクファクターの分布の裾で の依存関係が強いときには,依存関係の表現には,上側,下側とも漸近独立となる正規コピュ ラよりも,tコピュラを用いる方が適当である.
(3) tコピュラに従う乱数の発生方法
tコピュラの各変量間の依存関係は,多変量t分布の依存関係と等しい.また,多変量t分布 は,周辺分布が1変量t分布であり,かつその依存関係が多変量tコピュラで表現される分布 であるとみなせる.したがって,多変量t分布に従う各周辺分布を,それぞれ[0,1]の一様分布 に変換したものがtコピュラに従う変量となる.
多変量t分布に従う乱数は,多変量正規分布に従う乱数と,自由度νのχ2分布に従う乱数を 用いることで発生させることができる29.自由度ν,相関行列Σを持つtコピュラに従う乱数 は,次のアルゴリズムによって得られる.
アルゴリズム(tコピュラに従う乱数発生)
1. 相関行列Σを持つ多変量正規分布に従う乱数Y1, . . . , Ynを発生させる.
2. Yiとは独立に,自由度νのχ2分布に従う乱数Zを発生させる.
28
正規コピュラと同様に,ρ= 1では漸近従属である.
29
独立に1変量標準正規分布に従うν個の乱数X1, . . . , Xνを用いれば,Z =∑ν
k=1Xk2が自由度νのχ2分布 に従う乱数となる.
3. Xi = √√ν
ZYiを求める(X1, . . . , Xnは自由度ν,相関行列Σを持つt分布に従う). 4. ui =tν(Xi)を計算する.
(4) tコピュラのパラメータ推定方法
tコピュラに従う乱数を発生させる際には,そのパラメータであるνとΣを指定する必要が ある.以下では,正規コピュラのケースと同様に,ヒストリカルデータから,最尤法によりパ ラメータ推定を行う方法を検討する.
tコピュラは,自由度νと相関行列Σをパラメータとして持つ.それらを同時に推定するこ とは容易でないので,ここでは,自由度νに複数の値を外生的に与えたうえで,それぞれの行 列Σの推定量Σˆνを求める.こうして得られたνとΣˆν の組合せのうち,対数尤度が最大にな る組合せを最尤推定量とする.
自由度νが所与のときの対数尤度関数は,データ数をNとすると,(2.35)式により次式で表 せる.
l(Σ, ν) =N [
ln Γ
(ν+n 2
)
−ln Γ(ν 2
)]+nN [
ln Γ(ν 2
)−ln Γ
(ν+ 1 2
)]
−N
2 ln|Σ| − ν+n 2
∑N
j=1
ln (
1 +ωj⊤Σ−1ωj ν
)
+ν+ 1 2
∑N
j=1
∑n
i=1
ln (
1 +(ωj)2i ν
) (2.38)
ここで,(ωj)i=t−ν1((uj)i)である.これを逆行列Σ−1で微分すると,
∂l(Σ, ν)
∂Σ−1 = N
2Σ−ν+n 2
∑N
j=1
ωjωj⊤
ν+ωj⊤Σ−1ωj (2.39) となることから,
Σˆν = ν+n N
∑N
j=1
ωjωj⊤
ν+ωj⊤Σˆ−ν1ωj (2.40) となるΣˆνが自由度νが所与のときの最尤推定量となる.ただし,このΣˆνは,(2.40)式の右辺 にΣˆνを含み,解析的に求められないので,数値的な反復計算で求める.
以上から,tコピュラのパラメータは次の手順で求められる.
1. νに外生的に値を与えて,(2.40)式を満たすΣˆνを求め,(2.38)式により,対数尤度l( ˆΣν, ν) を求める.
2. 1.をさまざまなνで行い,対数尤度l( ˆΣν, ν)を最大化するν,Σˆν をtコピュラのパラ メータの推定量とする.
上記概略の1.で(2.40)式を満たすΣˆνは解析的には求められないことから,それを数値計 算により求めるとすると,具体的なアルゴリズムは次のようになる.
アルゴリズム(tコピュラのパラメータ推定法)
1. 原データ(x:n×1行列)を,仮定した周辺分布関数を用いて[0,1]の一様分布uに変換 する(u=F(x)).
2. 正規分布に従うデータに変換する(w= Φ−1(u)).
3. 変換後のデータwを用いて相関行列を計算しΣ(0)ˆ とする.
4. ω=t−ν1(u)によりデータを自由度νのt分布に従う確率変数に変換する.
5. 以下の漸化式によりΣ(mˆ + 1)を計算し,3.と同様に相関行列に変換する.
Σ(mˆ + 1) = ν+n N
∑N
j=1
ωjωj⊤ ν+ωj⊤Σ(m)ˆ −1ωj 6. 5.を収束するまで反復し,収束値をΣˆνとする.
7. 4.から6.までを,ν= 3,4,· · · で計算し,対数尤度を最大化するνと対応するΣˆνをν, Σの推定量とする.
(5) tコピュラのパラメータ推定の数値例
ここでは,上述したtコピュラのパラメータ推定方法の数値例を示す.上記アルゴリズムの 1.で,データを一様分布に変換するための分布を「経験分布」とし,パラメータ推定を行う.
4変量tコピュラでパラメータ推定を試みる.自由度をν = 6,相関行列を(2.41)式とする4 変量tコピュラに従う乱数を2,000個発生させる.
Σ =
1.0 −0.6 0.8 0.3
−0.6 1.0 −0.2 0.4 0.8 −0.2 1.0 0.4 0.3 0.4 0.4 1.0
(2.41)
以下では,この乱数データがパラメータが未知の4変量tコピュラに従うとの前提で,このデー タからパラメータを推定する.自由度ν = 3,4,· · · で,Σˆνと対数尤度を求める.自由度νに対 して対数尤度が大きくなる自由度を求めると,自由度νは6と推定される.
また,自由度ν = 6で推定された相関行列Σˆνは,(2.42)式のようになった30.Σˆνは,(2.41) 式で仮定した相関行列とほぼ等しいことが確認される.これは,ここで示したアルゴリズムが 有効であることを示唆している.
Σˆν =
1.0000000 −0.5940476 0.7853495 0.3217245
−0.5940476 1.0000000 −0.1849204 0.3891923 0.7853495 −0.1849204 1.0000000 0.4020530 0.3217245 0.3891923 0.4020530 1.0000000
(2.42)
30
脚注24と同様に,推定相関行列の対角要素が1となるような操作を施している(tコピュラのパラメータ推定 法の5.を参照).