次世代の極超音速輸送機やスペースプレーンの極超音速飛行時の推進機関として有望視 されるスクラムジェットエンジンでは,超音速流中で燃料と空気を迅速に混合する超音速 混合促進がエンジン開発の技術的な鍵となっている.しかし,超音速流中では撹乱の移流 マッハ数の増加に伴い圧縮性の影響が顕著に表れ,混合減少を支配する撹乱の成長や乱流 渦の生成が極めて低く抑えられてしまう.そのため圧縮性が緩和される,流れ方向に回転 軸を持つ縦渦の利用が注目されている.超音速混合における縦渦の役割は以下の2つに大 別できる.まず,大規模な縦渦を超音速流中に導入し,その中に燃料を噴射することで,
縦渦の強い連行作用(Entrainment)により,2次元超音速混合層に比べて,主流空気と燃料 を縦渦内に多く取り込むことができる.そして,その縦渦がエネルギーカスケード過程で 小スケールの渦へと次々に崩壊して,燃料と空気との接触面積を飛躍的に増加させること で燃焼に適した混合を達成する.
本研究は縦渦が導入された超音速混合場の基本的な流れ場を捉え,縦渦の生成から崩壊 に至る過程や燃料と空気の混合過程を明らかにし,さらに混合領域の拡大や縦渦の崩壊を 支配するパラメータを特定することで,混合に効果的な乱流渦を見出し,それを人為的に 生成する指針を得ることを目的に筆者が行った一連の研究をまとめたものである.得られ た結果を以下に総括する.
第1章では,研究の背景と目的を述べ,各章の主題を要約した.
第2章では,本研究で使用した実験設備や実験装置について述べた.
迅速な混合を実現するため,様々な燃料噴射形態が提案されてきたが,その性能改善には 混合状態を知る必要がある.しかし,現在の空気と燃料の混合評価方法は時間平均的な評 価が主である.燃焼は空気と燃料とが直接触れあわなければ生じない現象であるため,平 均的な評価よりも時系列の,それも瞬間的な混合状態を定量的に評価できる混合評価手法 が望ましい.
そこで第3章では,2線式平行熱線流速計を応用して最大500 kHzの濃度・質量流束変動 を時系列定量計測できる混合評価手法を提案し,2次元超音速混合層の計測を通じて本計 測手法の妥当性を示した.濃度の時系列定量計測に関して,数百 kHz のオーダーでの計測 手法は筆者の知る限り世界的にも本手法のみであり,超音速流などの非常に速い流れでは 従来観測できなかった混合場の小スケールの流体構造まで計測できるため,画期的な計測 手法であるといえる.
第4章では,壁近傍に導入した縦渦に擬似燃料としてヘリウムを縦渦対の間から噴射した
壊に至る過程を調べると共に,第3章で提案した2線式熱線流速計による混合評価手法を 用いて縦渦による混合促進機構を実験的に調べた.縦渦対中央部には圧縮ランプによる速 度欠損と縦渦の低速流体の吹き上げにより形成される低速の領域があり,主流と低速領域 の剪断によって縦渦を取り巻くように渦輪状構造が形成される.また,そのスケールは噴 射なしの場合に大きく,流下に伴って波長が大きくなることを示した.縦渦の断面におい ては,噴射なしの場合にはほぼ円形の縦渦が2つ形成されるが,噴射により楕円形の2つ の縦渦が噴射なしに比べてスパン方向に離れて形成される.しかし,この縦渦断面形状や 縦渦のスパン方向の距離の違いは,流下に伴い差異がなくなる.すなわち噴射は縦渦の初 期形成に強く影響を及ぼすといえる.
一方,混合評価結果より,ヘリウムは縦渦や渦輪状構造に取り込まれ,渦が主流流体を巻 き込むことで流下に伴いヘリウムが次第に拡散していく様子を捉えた.そのため,縦渦や 渦輪状構造が小スケールの乱流渦に崩壊すれば混合が飛躍的に進むと考えられる.循環の 計測値の流れ方向推移と熱線出力のスペクトル分布から縦渦の崩壊を調べた結果,噴射に よって縦渦は下流まで比較的安定して存在することを示した.また,縦渦と渦輪状構造の
境界ではKolmogorovの-5/3乗則に一致することから縦渦は渦輪状構造との干渉により崩壊
することを示した.
第5章では,主流マッハ数(M∞ = 1.8, 2.4),縦渦導入デバイスランプ角( = 7°, 10°, 14°, 22°, 30°),縦渦導入デバイスに流入する境界層(層流境界層,乱流境界層),燃料噴射の 条件(噴射なし,空気噴射,ヘリウム噴射)をパラメータとして,シュリーレン法および ステレオ PIV により超音速縦渦による混合場を計測した.その結果,混合領域の拡大や縦 渦の崩壊を支配するパラメータを特定するとともに,各パラメータが流れ場に及ぼす影響 を明らかにした.混合領域が拡大すれば縦渦や渦輪状構造は大量の主流流体を混合領域に 取り込むことができ,混合促進の観点で非常に重要である.そこで,シュリーレン画像か ら変動領域の高さ方向の拡大率を調べ,条件により拡大率が変化することを示した.また,
ステレオ PIV より得られた速度場から,縦渦対中央での吹き上げ速度と変動領域の流れ方 向速度の比を算出し拡大率と比較することで,変動領域は2つの縦渦が互いに誘起する上 向きの誘起速度により拡大することを示した.すなわち,拡大率は縦渦の循環に比例し,
縦渦同士の間隔と変動領域の流れ方向速度に反比例することを明らかにした.一方,縦渦 が小スケールの乱流渦に崩壊することで飛躍的に燃料と空気の接触面積が増加するため,
縦渦の崩壊も混合促進の点で非常に重要である.そこで,縦渦の循環の計測値の流れ方向 推移から縦渦を崩壊に導くパラメータを特定した.第4章で得られた結果と同様,縦渦の 崩壊はそれを取り巻く渦輪状構造と密接に関係し,渦輪状構造が強い場合には循環の計測 値の減少量が大きく,縦渦の崩壊が早まることを示した.また,Dimotakis56)の Mixing
transitionの考えが超音速縦渦においても適用でき,縦渦は渦レイノルズ数Re > 104で崩壊
することを示した.
各パラメータが流れ場に与える影響を以下にまとめる.
・ 膨張ランプ角が流れ場に及ぼす影響を調べた.その結果,縦渦の循環値が最大となる ランプ角が存在し,それは = 14°付近であることを示した.また,縦渦対中央部に形 成される低速領域の速度はランプ角の増加とともに減少し,変動領域の流れ方向速度 が小さくなることを示した.
縦渦を取り巻く渦輪状構造は縦渦対内部の低速流と主流との剪断により形成され ると考えられる.剪断応力は粘性係数と速度勾配の積で表されるため,PIV計測によ り得られた速度分布から,渦輪状構造を生成すると考えられる速度勾配が各実験条件 でどのように変化するかについても調べた.速度勾配∂u/∂z の比較から,ランプ角が 大きくなるにつれて速度勾配の極大値が大きくなることを示し,ランプ角の増加に伴 って剪断応力が増加し,強い渦輪状構造が導入されることを示した.
・ バックステップから導入した噴流が流れ場に及ぼす影響を調べた.その結果,噴射に より縦渦の循環が大きくなることを示した.また,噴射により縦渦同士の間隔は広が るが,流下に伴い噴射なしの場合との違いは小さくなることを示した.空気やヘリウ ムは音速で噴射されるが,空気噴流は主流よりも流速が遅く,ヘリウム噴流は主流よ りも流速が速い.そのため,空気噴射の場合は低速領域が噴射なしに比べて広範囲に 拡大し,ヘリウム噴射の場合は低速領域の速度が主流値に近くなることを示した.
・ 主流マッハ数が流れ場に及ぼす影響を調べた.その結果,本研究で使用した主流マッ ハ数の範囲では主流マッハ数が増加すると縦渦の循環値が減少することを示した.さ らに変動領域の流れ方向速度もマッハ数の増加により大きくなることで大幅に拡大 率が低下することを示した.また,マッハ数の増加により渦輪状構造が弱くなること を示した.これは主流マッハ数の増加により速度勾配∂u/∂z が減少し,また粘性係数 が小さくなることにより渦輪状構造を発生させる剪断が小さくなったことが原因で あると考えられる.
・ 流入する境界層の違いが流れ場に及ぼす影響を調べた.壁面粗度を導入し,縦渦デバ イスに乱流境界層を流入させた場合,縦渦が低速流体を吹き上げやすくなり縦渦対中 央部での速度が低下することを示した.また,これにより速度勾配が若干大きくなる が,渦輪状構造の強さには大きな違いはなかった.一方,デバイスに流入する境界層 の違いでは循環値に大きな変化は見られなかった.
以上,本研究では超音速流中に導入された縦渦を対象に実験を行い,混合促進に関する 知見を得た.縦渦による超音速混合場では,縦渦とそれを取り巻くように形成される渦輪