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本研究の目的は,建築研究所において観測した強震記録を分析し,建物の振動特性に寄与するパラ メータを適正に評価し,耐震設計に寄与する知見を得ることにある。このため,建物の動力学的パラ メータの同定手法として,最急降下法と進化戦略を採用し,進化戦略についてはその適用性を詳細に 検討した。次に,これらの手法を用いて,高密度に加速度計が配置された建築研究所新館建物の地震 時の振動特性を詳細に議論し,加えて25棟の一般的な建物の振動特性の地震時の変動や統計的な性質 を検討した。更に,大地震を経験した免震建物の非線形挙動を,等価剛性と等価減衰の推定を通じて 議論した。以下に本研究で得られた知見をまとめる。

(1) 研究の背景

第1章では,本研究の背景として,日本の強震観測を振り返り,建物の振動特性に関する研究の現状 を概観した。日本における強震観測は,1950年代の強震計の独自開発から始まり,建物は常に強震観 測の主要な対象であった。この半世紀の間にいくつもの大きな地震を経験し,観測記録が蓄積される とともに,計測技術や観測技術も着実に進歩してきた。また建物の振動特性に関する研究も大いに進 展し,近年では先進的な解析手法の導入も進みつつある。しかしながら,建物の観測事例はまだ十分 とは言えず,建物の振動特性の研究にも更に発展の余地がある。

(2) 動力学的パラメータの同定手法

第2章では,本論文で用いられた地震動の特性を検討するための基本的解析手法を紹介し,建物の動 力学的パラメータの同定手法として,最急降下法と進化戦略を説明した。更に,特性モデルの物理的 なパラメータの同定に用いた進化戦略の性質と適用性を詳細に検討した。進化戦略は,近年注目を集 めている進化的計算法のひとつであり,生物の進化過程を模擬することにより最適解を求める多点探 索のアルゴリズムである。実数を直接扱える,適用に制約が少ないとの特色があり,工学分野の広い 事例に応用できる可能性を秘めている。

多極値を持つ関数やスウェイ-ロッキングモデルを用いた数値解析の結果,進化戦略は優れた探索性 能を有することが確認された。特に探索の対象の変数の適合度を表す関数が,比較的明瞭な極を有す る場合,極めて高い探索性能を発揮し,変数の数が6程度と多くても問題はない。適合度を表す関数が 複雑な形を示す場合でも,変数の数や1世代の個体数を調整することで,十分な探索性能を維持するこ とができた。

(3) 建築研究所の強震観測

第3章では,本研究で扱った強震記録の全てを収集した,建築研究所の強震観測の経緯と観測体制を 紹介し,最近得られた主な観測記録の特徴を述べた。建築研究所の強震観測は50年近い歴史を有し,

ジタル化や観測網の拡充が進められ,1993年釧路沖地震,1994年三陸はるか沖地震,2003年十勝沖地 震など,近年被害をもたらした地震でも,着実に強震記録を得て,地震工学及び耐震工学の分野に有 益な知見を提供してきた。

(4) 建築研究所新館建物の振動特性

第4章では,高密度に加速度計が設置された建築研究所新館建物の強震記録を用いて,相互作用効果 を考慮した振動特性の変動に関して詳細な解析を行った。まず,158地震の強震記録から建物の1次固 有振動数と減衰定数を推定した結果,経年による明瞭な1次固有振動数の低下が認められた。新館建物 の1次固有振動数は竣工後の7年間で約0.7倍に低下している。次に,建物の基礎中心位置に回転と水平 の自由度を付加した多質点系スウェイ-ロッキング(SR)モデルを用いて,各部の剛性と減衰定数を進化 戦略により同定した。SRモデルを前提として,振動特性の変動要因は建物の剛性低下であることを示 した。

中小規模の地震によっても剛性の低下を引き起こし,1次固有振動数が変動するということは興味深 い事実である。建物の耐震性能を議論する場合,基本的な振動特性は重要な意味を持つため,十分に 注意を払う必要があることを指摘した。

(5) 建物の振動特性の一般的傾向

第5章では,建築研究所で行っている全国規模の建物の強震観測の記録を用い,25の建物について1 次固有振動数と減衰定数を最急降下法によって推定し,その特徴を分析した。その結果,すべての建 物に応答振幅の増加に伴い固有振動数が低下する振幅依存性が確認された。その固有振動数の低下率 の定量的評価を行い,中低層のコンクリート系建物の低下率は0.03から0.14と,高層の鉄骨系建物の低 下率(0.02から0.05)より大きいことを示した。各建物で得られた平均的な1次固有振動数と建物高さの関 係は,既往の実験式と概ね調和的であったが,低層の建物では0.5倍から2倍程度のばらつきが存在する。

略算的に建物の固有振動数や減衰定数を評価する場合は,このようなばらつきの幅に留意する必要が あることを指摘した。

また,いくつかの建物で,大きな地震を経験した前後の建物の振動特性の変化を観察することがで きた。建物の上下のみの加速度計の記録から振動特性の変化の原因を特定することは難しいが,長期 的な観測記録の分析を通じて,振動特性の状況を常時把握しておくことの重要性を指摘した。

(6) 大きな地震動を経験した免震建物の振動特性

第6章では,大きな地震動を経験した免震建物の強震記録を詳細に分析した。設計で想定された振動 モデルを用いて,大きな地震動を受けたときの応答を数値解析した結果,観測記録とよい対応を示し,

免震建物は期待通りの挙動を示したことを確認した。

次に,進化戦略を適用し,89地震の記録から免震層の等価剛性と等価減衰定数の推定を行い,免震 層の非線形効果を検討した。免震層の振幅の大きな地震の免震層の応答は,最大応答変位とそのとき の層せん断力から評価した等価剛性と,ダンパーの履歴吸収エネルギーから評価した等価減衰定数か ら推定した値とよい対応を示した。ただし免震層の変形が微小な領域では,線形モデルでは説明でき

ない減衰効果が見られた。このような現象は,既往の研究成果でも指摘されており,設計では弾性と して扱う小振幅領域であっても,履歴減衰が存在する可能性を提示した。

初期の強震観測は,大地震時の建物の挙動を知ることを目的としていた。しかし現在では観測機器 の高性能化が進み,観測記録の品質も飛躍的に向上し,また解析技術の進展も目覚しく,小さな地震 の記録からも,様々な事象を抽出することができる。例えば本研究でも,中小規模の地震を受けての 建物の剛性低下や,免震建物の微小振幅時の大きな減衰特性など,通常想定していない現象を確認す ることができた。

一方で,大きな地震動を受ける建物の挙動についても,まだ十分に知見が蓄積されているとは言い 難い。今回検討した釧路合同庁舎の例では,免震装置が想定した性能を発揮したが,このような観測 成果が積み重ねられ,建物の耐震安全性への信頼が向上するものと期待される。

このように,実現象の把握と理論の検証を積み重ねて耐震工学は発展してゆくものであり,その意 味で強震観測の果たす役割は大きく,今後とも発展させてゆく必要がある。

筆者は,建築研究所で20年以上に渡り強震観測及び関連する研究に携わってきた。本研究で用いた 強震記録は全て,筆者が管理を担当している観測地点で得られたものである。長年の記録と経験の蓄 積に,新しい視点と最新の解析技術を加えて,精度の高い情報と新規な知見が得られた。今後ともこ の分野で,研鑽を積む所存である。

謝辞

1978年に建築研究所へ入所し,第3研究部構造研究室に配属となった。入所2年目で建築研究所がつ くばへ移転し,それと同時に構造研究室長になられたのが北川良和教授であった。それ以来,振動台 実験,地震観測,及び波形解析を一から教えて頂き,また研究者の心得を伝えていただいた。北川先 生と出会わなければ今の自分はなかったと思う。この研究に着手してからも,日夜を問わず熱心にご 指導頂いた。長年のご指導とご鞭撻に心から感謝の意を伝えたい。

建築研究所の強震観測を長年担当してきたが,もちろん一人でできるものではない。建築研究所に 在籍中の北川先生はもとより,建築研究所の大川出博士,国土技術政策総合研究所の飯場正紀博士,

建築研究所の小山信博士をはじめとする職場の先輩や同僚の諸氏や,私の所属する国際地震工学セン ターの福田俊文センター長をはじめとするスタッフの方々の,指導,協力,議論があって成し遂げら れたことは多い。ここに記して謝意を表したい。

強震観測を続けるには,観測対象建物の管理者の深い理解と協力が必要である。建築研究所の強震 観測の対象は殆どが国の庁舎であり,特に,国土交通省官庁営繕部や各地方整備局の営繕部,北海道 開発局の営繕部の方々には,建物の選定や強震計の設置,また関係資料の提供など多大なご協力を頂 いた。関係者の方々に心からお礼を申し上げたい。

また,日本建築学会や日本地震工学会などの強震観測に関連するいくつかの研究委員会に長く参加 させて頂き,委員各位から提供された情報,委員会の場での熱心な議論が,私の研究の糧となってい る。関係する諸氏に謝意を表したい。

最後になってしまったが,これまで自分を支えてくれた家族の思いやりと愛情に感謝の気持ちを捧 げる。

2006年2月 鹿嶋俊英