第 5 章 メタルール講習会の設計
5.2 メタルール講習会の全体像
5.2.1
メタルール講習会の教育目的と手段のあり方
この講習会の目的は、まずメタルールとは何かを受講者に知ってもらい、そして医療安全
に対する意識を変えることをしてもらうことである。つまり、講習会で、単にメタルールを学ぶ
ことではなく、メタルールを知った上で、医療者それぞれが自発的に医療現場でのルールの
学びと運用について工夫することを動機づけることにある。
5.2.2
目的に対する手段のあり方
このような動機づけを行うにあたり、講習会でメタルールという知識を人の認知特性の知識 についての一般論として教えることは不充分と考える。その理由は、第四章で述べたように、
メタルール自体が安全を守るわけではないからである。メタルールが安全ルールの記憶の 定着性を高める効果があると考えられることは、第四章で説明したとおりであるが、この効果 とは医療者の医療安全についてある意味で当事者であること、つまりルールの学びと運用 について責任があることを自覚した上で、ルールの学びと運用について自発的な工夫によ ってもたらされる。
このような効果を得るためには、まずメタルールは具体的なインシデント事例やそこにかか わるルールとを関連でづけて教える必要があると考える。これは、メタルールとは何かを具体 的なイメージを伴う形で提供することで、メタルールを理解しやすい形で提供するだけでなく、
メタルールを意識することの必要性に共感をもたせるためである。共感を持っていないまま、
メタルール講習会が終われば、習ったメタルールを遅かれ早かれ忘れってしまう可能性があ る。その結果、ルールの記憶を強化する作用なども効かない。
まとめると、メタルールの教育は、ルールの教育(従うべきルールがどのようなものかという、
純粋にルールの内容の教育)と並行することで、そのルール学び・運用についての受講者 が主体的な工夫を促すことにある。この主体的な工夫が増えることが、受講者の安全意識の 変化である。
メタルールの学習では、メタルールへの共感が重要な役割をはたすことは、さきほど述べ たとおりであるが、そのためには何をすればよいか?そのための方法として、受講者が自ら の信念・価値観を振り返ってみて、それをメタルールを要請する契機となった他者の信念・
価値観と対比することで、自らの信念・価値観を相対的に位置づけることが有効であると考 える。つまり、受講者は自らが、現場の医療者よりの考えなのか、それとも医療安全管理者 が持っているような問題意識を持っていたかを内省すること、その上でメタルールが要請さ れた理由としての信念・価値観の対立を把握することが、メタルールの学習への共感性を高 めると考える。
5.2.3
メタルール講習会の全体像
本研究の講習会は、上述の2つの制約「メタルールを具体例を伴う形で提供する:これは
メタルールの理解容易性を高める」「メタルール教育が要請される背景としての信念・価値観
の対立を示す:メタルール教育への共感性を高める」を充たすように設計した。それぞれを 充たすために、メタルール講習会は以下の二つのパート(パート
A、パート
B)で構成する。
パート
Aでは、メタルールを、身近な例(飲酒運転)で、ルールに対する違う理解の論述を 通して、人のルールに対する特性を強調し、メタルールを導入する。次に、メタルールの重 要性を説明するために、メタルールが医療安全ルールの記憶への有効性を説明する。詳細 は、
5.3節で論じる。
パート
Bでは、受講者にメタルールが要請された背景としての、医療現場と医療安全管理 者の信念・価値観の対立を示し、それぞれの価値観について自問させ、その後グループワ ークによる意見交換、考えの整理を通じて、受講者に自らの信念・価値観を相対化させる。
詳細は、
5.4節で論じる。
さらに、受講者のメタルール理解の程度と、医療安全意識の変容を捉えるために、パート
Aの前、AB の間、B の後にアンケートを設けている。その設計については、5.5 節で論じる。
設計した教材は、付録
Aに掲載している。
5.2.4
医学生を対象とすることの意義と制約
本研究の最終的なゴールは、現場の医療者の医療安全意識を高めることにある。そのた めには、現場の医療者向けに講習会をデザインするのが自然であるが、今回は医学生を対 象とした。その理由は、本研究を通じて得られたメタルール教育というアイデアに相当するも のが、実は医学科や看護学科のカリキュラムには存在しないこと、一方でこのような教育は 現場で働く前に行っておくことが有益であるとの意見が、医療者から得られたためである。
そこで、本研究では医学部の医療安全教育の1コマとしてメタルール教育の講習をデザイ ンした。対象者は以下である。
・ 対象者:宮崎大学医学部1年生109名
・ 講義時間:90分(講義の一部として実施)
・ 予備知識:医療安全の基礎知識について90分1コマを受講済み。
医学部の教育は膨大な医学知識を教授することが、目的の中心となっており、医療安全
教育については、初年次と、現場での実習前に、基本的な知識が数コマ提供されているの
が現状である。そのため、90分1コマで講習をデザインすることが求められた。また、この講
習の受講条件として、医療安全の基礎知識についてすでに、1コマ90分の授業を受けてい
ることとした。
ドキュメント内
JAIST Repository: 医療安全意識を涵養する教育プログラムの構成
(ページ 54-57)