第 2 章
4.3. 結果と考察
Fig. 4-2. Na-FMCの各種放電レートにおけるサイクル特性.
充放電サイクル特性
1C(0.44 mA / cm2)の電流率での 100サイクルの放電曲線をFig. 4-3に示す.サ イクル中の充放電容量,及び,充放電効率をFig. 4-4に示す.100サイクルにおけ る放電容量は 63.9 mAh/gと初期比容量の 95.0%,充放電効率は 100%と優れたサ イクル特性を示した.
Fig. 4-3. Na-FMCの1C (0.44 mA / cm2)充放電サイクル試験における放電曲線.
Fig. 4-4. Na-FMCの1C (0.44mA/cm2)における充放電サイクル特性.
サイクル試験における内部抵抗
Na(Fe1/3Mn1/3Co1/3)O2(Na-FMC)正 極に つい て 反応抵 抗を 調査 する た め,サ イ クル前後において,フルセルから取り出した正極を,ナトリウム金属を対極とし たハーフセルに組みなおし,電気化学インピーダンス測定(EIS)を実施した.
EIS測定は,振幅 10 mVの電圧振幅を与えた交流信号を,1 MHzから1 mHzま で周波数を変調させ,電流の周波数応答を取得することで測定した.サイクル前 後においてそれぞれ充電状態:SOC(State of charge)を 30%,50%,および70% としてEIS測定を実施した結果を Fig.4-5に示す.リチウムイオン二次電池の正極 材料Li(Ni1/3Mn1/3Co1/3)O2と同様に,高周波数域の反応は主に電極合材における電 子に関わる抵抗,低周波数域は,活物質と電解液界面の電荷移動抵抗を示すと考 えられる.サイクル試験の前後にて顕著な抵抗の増加は認められず,Na-FMC は 安定性が高いことを示した.
Fig. 4-5. 異なる充電状態での交流インピーダンス波形(ハーフセル).
サイクル試験における結晶構造変化
Na(Fe1/3Mn1/3Co1/3)O2表面の結晶構造を明らかにするために,球面収差補正走査 型透過電子顕微鏡(Cs-STEM)により断面観察を実施した.試料はクライオ FIB 加工により薄片化を行った後,Gaイオンによるダメージ層を除去するため Arイ オンミリングにて仕上げ加工を行った.初期及び100サイクル後のSTEM-HAADF 像をFig.4-6.(a), Fig.4-6.(b)に示す.Na-FMCは層状岩塩構造であるが,初期 においても表面層の2 nmでは立方晶が確認された.一方,100サイクル後におい ては表面の2 nmの立方晶の下において 5 nmのスピネル相が確認された.結晶内 部の観察結果を Fig.4-7に示す.100サイクル後においてもカチオンミキシングは 確認されず、Na-FMC は高い結晶安定性を有していた.
Fig. 4-6 (a). Na-FMCの初期における STEM HAADF像.
Fig. 4-6 (b). Na-FMC の100サイクル後におけるSTEM HAADF像.
Fig. 4-7. Na-FMCの 100サイクル後における結晶内部の STEM HAADF像.
Na-FMCの表面について,電子エネルギー損失分光法(EELS)にて化学結合状 態を調査した.測定ポイントを Fig. 4-8.に示す.
Fig. 4-8. EELSラインプロファイルの測定ポイント.
Mn-L,Fe-L,および Co-Lエッジの EELSスペクトルを,Fig. 4-9.および Fig. 4-10.
に示す.放電状態では,遷移金属は高スピンFe3 +,高スピン Mn4 +,および低ス ピンCo3 +として存在する.最表層では,Mnのスペクトルで約3 eV の低エネルギ ー側へのシフトが確認された.これはMn2 +の存在を示している.同様に,最表 層のCoスペクトルにおいても,約 1.5 eV の低エネルギー側へのシフトが確認さ れた.したがって,Co2 +は最表層に存在する.一方,Feのスペクトルでは低エネ ルギー側へのシフトは確認されなかた.したがって,MnとCo は,最表層のスピ ネル相と立方晶への結晶構造変化に関与し,Feは関与していない.充放電サイク
ル後のNa-FMC 表面の結晶構造変化はわずかであり,結晶構造の変化はリチウム
イオン電池の正極材料NCM111の変化と比較して小さい.よって,Na-FMCの結 晶構造は高い安定性を有していることが明らかとなった.
Fig. 4-9. Na-FMCのEELSスペクトル(初期).
Fig. 4-10. Na-FMC のEELSスペクトル(100サイクル後).
第一原理計算によるカチオンミキシングにおける活性化エネルギー評価
リチウムイオン二次電池においては,充電状態,つまりリチウムイオンの欠損 状態では,遷移金属がリチウムイオンサイトに置き換わるカチオンミキシングが 起こることが知られている.Na-FMCにおける,遷移金属の安定性について,カ チオンミキシングにおける活性化エネルギー評価を第一原理計算により行った.
充電状態のNa-FMC の層状岩塩構造の計算モデルを Fig. 4-11に示す.遷移金属サ イトからナトリウムイオンの空孔サイトへの拡散経路の計算結果をFig. 4-12に示 す.Mnは八面体の中心を通過し,Feと Coは酸素原子の中点を通過しており経 路が異なっていた.
Fig. 4-11. 計算に用いたNa(Fe1/3Mn1/3Co1/3)O2の充電状態モデル.
Fig. 4-12. 遷移金属サイトからナトリウムイオンの空孔サイトへの拡散経路の 計算結果.
遷移金属サイトからナトリウムイオンの空孔サイトへの活性化エネルギーの計
算結果を Fig. 4-13に示す.Mn の活性化エネルギーは最も低く,TEM-EELSの結
合状態の変化と良い一致を示した.遷移金属と酸素の電気陰性度(ポーリング尺 度)と活性化エネルギーの関係を Fig 4-14に示す.良い相関がみられており,弱 い共有結合であるMn-Oにより,Mnの活性化エネルギーは小さく,カチオンミ キシングが起こりやすいと考えられる.一方,Fe はFe-Oの結合が強いため活性 化エネルギーが高く,カチオンミキシングが起こりにくい,つまり安定な結晶で あることを示している.
Fig. 4-13. 遷移金属サイトからナトリウムイオンの空孔サイトへの 活性化エネルギーの計算結果.
Fig. 4-14. 遷移金属と酸素の電気陰性度(ポーリング尺度)と
活性化エネルギーの関係.
Li(Ni1/3Mn1/3Co1/3)O2 と Na(Fe1/3Mn1/3Co1/3)O2の比較
第2章で示したリチウムイオン二次電池の正極材料O3-Li(Ni1/3Mn1/3Co1/3)O2と,
新規材料である O3-Na(Fe1/3Mn1/3Co1/3)O2との劣化の比較を行った.
Fig. 4-14 に1C 充放電サイクル試験における放電容量の比較を示す.
O3-Na(Fe1/3Mn1/3Co1/3)O2はO3-Li(Ni1/3Mn1/3Co1/3)O2と比較して,優れたサイクル 特性を示した.Fig. 4-15 に 1C充放電サイクル試験後の断面 TEM観察による結晶 構造の比較を示す.O3-Li(Ni1/3Mn1/3Co1/3)O2では結晶内部にカチオンミキシング がみられるが,O3-Na(Fe1/3Mn1/3Co1/3)O2では結晶内部にカチオンミキシングは確 認されなかった.また,最表面ではO3-Li(Ni1/3Mn1/3Co1/3)O2では厚さ 10nm程度 の立方晶への構造転移が確認された.一方,O3-Na(Fe1/3Mn1/3Co1/3)O2では初期に 見られた厚さ 2nm程度の立方晶は,サイクル後も成長していなかった.第一原理 計算によるカチオンミキシングにおける活性化エネルギーの比較をFig. 4-16に示 す.O3-Na(Fe1/3Mn1/3Co1/3)O2中のFe,Coの活性化エネルギーは
O3-Li(Ni1/3Mn1/3Co1/3)O2よりも低く,カチオンミキシングが起こりにくいことを 支持している.Mnについては活性化エネルギーが低い結果となっているが,4価 でイオン半径の小さいMn は,TEMの結果より4面体位置に移動しスピネルを形 成していると考えられ,ナトリウムイオンサイトへのカチオンミキシングは起こ っていないと考えられる.
Fig. 4-14. 1C充放電サイクル試験における放電容量の比較
Fig. 4-15. 1C 充放電サイクル試験後の断面TEM観察による結晶構造変化の比較
Fig. 4-16. 第一原理計算によるカチオンミキシングにおける 活性化エネルギーの比較.
以上より,O3-Li(Ni1/3Mn1/3Co1/3)O2と比較してO3-Na(Fe1/3Mn1/3Co1/3)O2ではカ チオンミキシングが抑制されており,これが優れた電池特性を示した要因である と考えられる.仮説であったナトリウムをインターカレーションゲストとした O3-層 状岩塩 構造酸 化物 はカチオ ンミ キシン グ が起こり にく いこと が 実証され た.