第 2 章 .資源の依存性を決定する要因にもとづく解釈.
9. リスク管理部門の機能不全
9.5 経営企画部
経営企画部では,コンプライアンスの統括,コンプライアンスに関する基本方針の企画・
指導,内部通報制度に関する業務などを担当していた。同部には,2013 年以降に書類偽 装に関する情報が 37 件届いていたが,本格的な調査は実施されず,取締役会や経営会議,
執行会議に報告することもなかった。内部告発の処理も前述のとおり皮相的な対応に終始 しており,第三者委員会報告書は,「不審な点が多数あるにもかかわらず,(経営企画部が)
(23)こうした情報の管理についても,「2017 年 10 月までは一元的に管理されておらず,リスト化もされていなかっ た」(第三者委員会報告書 46 頁)とのことである。
(24)営業本部管掌の岡崎取締役は,「お客さま相談センターに寄せられた情報の取扱いに関するルールが設けら れていないことにより,適切に経営会議に報告する体制が構築されていなかったことも認識していた」(取 締役等責任報告書 105 頁)とされる。
樋口晴彦:スルガ銀行不正融資事件の事例研究(Ⅱ)
このような対応しかしないのは,むしろ問題を大きくしたくないという意図,あるいは営 業本部への遠慮が働いているのではないかと勘ぐられてもしようがない」(同 313 頁)と 批判している。以下では,その他の経営企画部の業務として,内部通報制度,新商品のリー ガルチェック,行員のメールチェック,行員に対する研修の状況について解説する。
9.5.1 内部通報制度
経営企画部は「ヘルプライン」と呼称される内部通報制度を所管しており,通報内容と その調査結果を経営企画部管掌取締役とコンプライアンス委員会に報告していた。しかし 通報件数は毎年 10 件前後と少なかった上に,そのほとんどはパワハラ案件であり,本事 件に関しては一件の通報もなされていない。この内部通報制度に関して,第三者委員会が 行員を対象に実施したアンケート調査の結果は,以下のとおりである(第三者委員会報告 書 292 頁)。
・「内部通報制度の存在を知っていた」との回答が全体の 90.5%
・「通報者の保護が十分でない」との回答が同 72.1%
・「内部通報制度を利用したが,適切な対処が行われなかった」との回答が同 1.6%
・「利用しようと思い立ったものの通報しなかった経験がある」との回答が同 5.5%(通 報しなかった理由は,「もみ消される」「報復される」「言うだけ無駄」「誰が通報した か知られる」など)
ジーエス・ユアサ循環取引事件を分析した樋口(2011a)は,内部通報制度を機能させ るための留意点として,①通報者の保護に関する規定を明文化していること,②法律事務 所など社外の信頼できる機関に通報窓口を設置していること,③匿名での通報を認めるな ど通報者の秘密保持に努めていること,④協力会社,取引先など広い範囲からの通報を受 理すること,⑤通報者にとって使い勝手のよい制度に設計すること,⑥制度の広報に努め ることの計 6 点を指摘した。
スルガ銀行の場合,「通報者の保護が十分でない」との回答が全体の 72.1%に達してい る点が注目される。同行の「コンプライアンス体制の再構築に係るこれまでの取組みにつ いて」(2019 年 5 月 15 日)には,「ヘルプラインの実効性を高めるために,事前の所属長4 4 4 4 4 4 等への相談を不要とするコンプライアンス規程の改訂を行ないました4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4」(同 8 頁。傍点筆者)
とあり,かつては所属長に事前相談することが内部通報の要件とされていた。こうした運 用では,誰が内部通報をしたのか上司が推測するのは容易であり,通報者の秘密保持の面 での配慮に欠けていたと言わざるを得ない(25)。
比率は決して高くないが,「内部通報制度を利用したが,適切な対処が行われなかった」
との回答にも注意すべきである。スルガ銀行では,内部通報について調査を開始した場合,
20 日以内に通報者にその旨を連絡し,調査結果についてもコンプライアンス担当役員か
(25)第三者委員会報告書は,「回答の中に,通報すると上席者に分かってしまうと聞いたという回答が複数存在 している。支店長経由で話が来ると聞いたという回答もある。これが事実かどうかはここでは確認できない が,過去にそのような事例があったのかも知れない。パワハラやセクハラの場合には,調査の過程で必然的 に加害者と通報者(被害者)が特定されてしまう場合があり得る。そのような事例が 1 つでも生じると,非 常に大きな萎縮効果が生じることを示している」(同 297 頁)と分析している。
千葉商大論叢 第 58 巻 第 3 号(2021 年 3 月)
ら通報者に回答するとしていたが,過去の対応に何らかの問題があって行員が不信感を抱 いていたことがうかがえる。また,前述(8.5 参照)のとおり営業本部の暴走は創業家の 了解の下に行われ,他の役員もそれを放置していたことに鑑みると,「もみ消される」「言 うだけ無駄」という諦観に陥っていたとしても無理はない(26)。
9.5.2 新商品のリーガルチェック
スルガ銀行では,コンプライアンス規程に基づいて新しい融資商品に対するリーガル チェックを実施しており,毎年 10~20 件程度がその対象となっていた。具体的には,「商 品・業務の新設および改定に関するチェックリスト」の検討項目ごとに関係部署が評価す るという方式であり,そのチェック状況について経営企画部のコンプライアンス室がコン プライアンス委員会に報告していた。
シェアハウスローンについては,シェアハウスの市場予測が困難である上に,その構造 が特殊であって処分価値が大きく下落するおそれがあることや,外観から入居状況を把握 するのが困難なことなど,他の収益不動産ローンには見られないリスクが存在する。それ にもかかわらず,新商品ではなくアパートローンの 1 類型と整理されたため,リーガル チェックは実施されなかった。
その背景について第三者委員会報告書は,「新商品とした場合,営業企画,審査企画,
コンプライアンスなどの各部署による商品設計の評価が行われ,試験的な融資実行額の総 枠が設定されるなど,厳しいチェックがなされるという事情があり,そうした検証を避け る目的で,既存の商品の事務取扱要領が適用されたのではないかと推察される」(同 154 頁)
と分析した。営業側では,リーガルチェックで厳しく審査されると融資額の拡大が難しく なるため,敢えてアパートローンの 1 類型と整理したと考えられる。
9.5.3 行員のメールチェック
コンプライアンス室では,業務用 PC のメールをチェックできるシステムを整備してい たが,「行員は,不適切な連絡のためには会社の PC を使わず,個人のスマホなどを使用 してチャネルなどと連絡を取るようになってしまった」(第三者委員会報告書 315 頁)と される。その原因として,個人の端末で業務上の送受信をすることが禁止されていなかっ たことが挙げられる。
一部の行員については,業務用 PCの受信メールの数に比べて,送信メールの数が異常 に少ないという不審点も見受けられたが,それに対する調査は行われていない。また,フォ レンジック調査によって,業務用 PC に残されたメールの中に偽装行為を疑わせる内容の ものが多々発見されたことを考え合わせると,そもそもメールチェックが励行されていな かったと考えられる。
9.5.4 行員に対する研修
経営企画部内の人事部が,行員に対する教育・研修を所管していた。その研修項目には
(26)「(本事件について内部通報がなされなかったのは,)「通報すれば改善されるのではないか」という期待が従 業員には全くなかったことを意味していると思われる」(第三者委員会報告書 215 頁)。
樋口晴彦:スルガ銀行不正融資事件の事例研究(Ⅱ)
コンプライアンス関連も含まれ,審査担当者が講師を務めていたが,実際には「研修を実 施した」という体裁を整えればよいという形式主義に堕していた。その背景について,第 三者委員会報告書は,「故岡野副社長は,「社員教育は時間の無駄,その時間があれば営業 させろ,現場で経験を積む中で教育はできる」が持論だったという。これでは銀行員とし ての基礎知識,モラル等が熟成される時間もなかったと思われる」(同 316 頁)と指摘した。
創業家本位の組織文化により岡野(弟)氏の営業偏重の意向に迎合した結果,コンプライ アンス研修が形骸化していたと認められる。