第 2 章 .資源の依存性を決定する要因にもとづく解釈.
9. リスク管理部門の機能不全
9.1 審査部
金融機関にとって最大の課題である信用リスクの管理を担当する審査部は,審査第一
(15)「強圧的な上位者に対して下位者が迎合的になるために,上位者の不適切な指示に対する組織内の抵抗が希 薄となり,あるいは上位者に追従した報告が行われることにより,組織不祥事が誘発されるリスク」(樋口
(2017),120 頁)。
(16)「不正行為を自己正当化する事情が存在するために,心理的抵抗が軽減されて不正行為の実行が容易になる リスク」(樋口(2017),122 頁)。
千葉商大論叢 第 58 巻 第 3 号(2021 年 3 月)
部・審査第二部・審査第三部・融資管理部・審査業務センターから構成され,本事件に主 に関係したのは,個人ローンを審査する審査第二部と,延滞債権を管理する融資管理部で あった。
スルガ銀行の信用リスク管理規程は,「審査部において,営業推進部門との独立性を確 保し,牽制機能を発揮させる態勢を整備」と審査部の独立性を明記している。さらに,「審 査部において,営業推進部門に対し定期的な研修を行なう等,信用リスクに係わる内部規 程・業務細則を周知させ,遵守させる態勢を整備させる」として,審査部が営業部門に対 してリスク管理研修等を行うこととされていた。しかし審査部は,麻生氏の圧力や人事介 入などにより独立性を喪失し,機能不全に陥っていた。
9.1.1 問題点の認識
前述(7.1.2)のとおり 2011 年時点で収益不動産ローンの不良債権が表面化しており,
審査部でも,チャネルによる不適切な勧誘,安易に融資を申し込む顧客,レントロールの 偽装,チャネルと銀行側の馴れ合いなどの問題を認識していたと考えられる。2013 年 11 月には審査部長通達により融資事務手続が改正され,チャネルに対する信用調査が義務付 けられた。この件に関して第三者委員会報告書は,「(手続改正の経緯に鑑みると,)チャ ネルのなかには不正行為等への関与などの面で問題を抱える業者が多数存在しており,そ うした不良チャネルを排除すべき必要性を審査部において認識していたことが窺われる」
(同 126 頁)と認定している。
シェアハウスは,新しい賃貸形態であって市場予測が困難である上に,物件の構造が非 常に特殊で処分価値が大きく下落するおそれもあるなど,他の収益不動産ローンには見ら れないリスクが存在した(17)。そのため,「審査担当者のなかには,シェアハウスローンの 稟議申請がなされるようになった当初の時点から,そのビジネスモデルの合理性を疑って いた者が複数いた」(第三者委員会報告書 154 頁)とのことである。また,「特定の不動産 チャネルが特定の営業店との間での取扱件数を急激に伸ばしていることも,審査担当者は 異常値として注視しており,なかには不正行為を厭わない不良チャネルも存在することが 審査担当者にはなかば常識であったようである」(第三者委員会報告書 156 頁)とされる。
2015 年 2 月にはスマートライフに対する内部告発が行われ,同 4 月から審査部がシェ アハウスの物件調査を開始した。その結果,入居状況の確認が困難であること及び入居率 がかなり低いと推定されること(18)などの問題点が認識された。前述(7.4 参照)のとおり 2015 年 5 月に審査第二部長がシェアハウスローンの稟議に異議を唱え,シェアハウス会 議の開催に至ったのも,こうした認識を踏まえての行動と思量される。
ちなみに,内部告発を受けてスマートライフやそのダミー会社が取引禁止とされたが,
(17)大地(2016)の 79 頁の図解によれば,スマートライフのシェアハウスは 2 階建で,各階に個室 7 室(各 4.4 畳)
と,共用部分として炊事室 1 箇所・トイレ 1 箇所・シャワー室 2 箇所が設置されている。このように間取り が非常に特殊であるため,シェアハウス事業が成功しなかった場合,建物を他の用途に転用することは困難 である。
(18)2015 年 4 月に 72 件の入居状況を調査した結果,「明らかに満室」が 3 件,「明らかに未入居」が 8 件,「問題 あり先」が 1 件,その他は「目視では入居率 50% 程が妥当と思える」とのことである(第三者委員会報告書 155 頁)。
樋口晴彦:スルガ銀行不正融資事件の事例研究(Ⅱ)
その後も審査担当者は,「現況確認をしたところ,カボチャの馬車の表示があり,スマー トライフとの取引が実質的に継続されているのではないかとの疑い」(第三者委員会報告 書 156 頁)を抱いていた。2016 年 12 月の審査部の「物件調査ミーティング」では,取扱 業者としてスマートライフの名前が挙げられ,同社との取引が継続されていること及び取 扱件数の約 6 割がスマートライフ関連であることを審査部は把握していた。
9.1.2 独立性の喪失
上記のとおり審査部では収益不動産ローン等の問題点を認識していた。しかし,個々の 融資案件の稟議では,「審査担当者が営業担当者に対し,偽装の疑義などについて指摘し たとしても,すぐに反論され,再度疑義を指摘すると,所属長が登場して威圧的に反論が なされ,最終的には麻生氏が審査第二部長や審査部長に対し,直接かけあって,稟議を押 し通していた」(第三者委員会報告書 156-157 頁)とされる。その背景として,審査部が 独立性を喪失していたことが挙げられる。
9.1.2.1 麻生氏の圧力
麻生氏は,執行役員専務・営業本部長という立場にありながら,個々の融資案件につい て審査担当者に直談判して圧力をかけていた。この点について取締役等責任報告書は,「個 別の融資案件について,執行専務兼 Co-COO として業務執行におけるトップの地位にあ る麻生氏が自ら出て行って直に談判すること自体ありえないことである。そのような絶大 な権力を持っていた麻生氏に詰め寄られれば,審査担当者が恫喝以外の何物でもないと感 じるのは当然であり,麻生氏の行動は正常な審査の機能を阻害していたことは明らかであ る」(同 115 頁)と批判した。その具体例として,審査担当者は以下のとおり証言してい る(第三者委員会報告書 157-159 頁)。
・「自己資金についておかしいときママ考えたときは現場と話をして,資料を確認しようと することもあった。しかし,麻生氏から,「なぜ現場の所属長を信じられないのか」「何 をこそこそやっているんだよ」と怒られたりした」
・「審査第二部長が麻生氏の部屋で厳しく叱責されていた場面は何度か目撃した。自分 が麻生氏から呼ばれることもあったが,麻生氏から審査第二部長や審査副部長と相談 したのかと言われ,相談した結果難しいと判断したと伝えると,審査第二部長や審査 副部長が麻生氏に呼ばれていた」
・「麻生氏は審査部にほぼ毎日来ていた。冗談っぽく,全部承認しろと言っていた。プレッ シャーは感じた。麻生氏が怒鳴ることもあった」
・「麻生氏などは怒っていると怒鳴っていく。月に一度や決算の前月などはよく怒って いた。例えば,「この野郎ふざけるな」と審査部の個人名を名指しで言うこともある。
また,営業担当者に電話で審査結果を伝えると,別の日に麻生氏が来ることもあった。
実際,私も,一度否決にしたところ,麻生氏が反論してきて,承認せざるを得ないこ ともあった」
融資額 1 億円以上の案件について営業側と審査側が意見交換をする SSP 会議にも麻生 氏は毎回出席し,「SSP 会議ではパワハラで恫喝が当たり前」(第三者委員会報告書 174 頁)
という振る舞いで,審査担当者に圧力をかける場に変質させていた(19)。さらに営業担当 千葉商大論叢 第 58 巻 第 3 号(2021 年 3 月)
者が麻生氏の名前を持ち出して稟議の承認を迫ることもあり,麻生氏の直接指揮を受けて いた横浜東口支店では,稟議書の冒頭に「パーソナル・バンク協議済み」(= 麻生氏の承 認済み)と記載して審査部に圧力をかけた(20)。一部には,営業側が審査部を軽視するあ まり,稟議の決裁前に融資契約を締結していたケースさえ見受けられた。
かくして審査部は独立性を喪失し,不正融資の追認機関と化していった。資産形成ロー ンの承認率は,2015 年度の取扱い開始から 2017 年度上期まで常に 99% を超えていた。
土地を保有していない(≒個人資産が少ない)顧客を対象としていたことを考えると,異 常な高率である(21)。金融庁行政処分も,「営業部門の本部長ミーティングで妥当とされた シェアハウス向け融資をほぼ全件(99%)承認するなど,実質的に審査が形骸化している」
と批判した。
ちなみに,一部の審査担当者は,審査部内でのみ閲覧できる特記事項として,問題案件 について審査意見を書き残していた。その趣旨は,「審査の意見を残しておくことが,デフォ ルト時に審査部の抵抗材料として役立つという判断」(第三者委員会報告書 158 頁)であり,
審査部の責任回避を目的とするものだった。審査意見の数は計 261 件に達したが,その中 でもレントロールの妥当性に関する疑義が 159 件(全体の 60.9%)と最も多かった。2016 年に審査意見の数が急増しており,同年に審査の形骸化が急速に進んだと推察される。
9.1.2.2 人事への介入
前述(8.2.3 参照)のとおり麻生氏は人事異動に不当に介入しており,審査部に対して も同様であった。第三者委員会報告書は,「個人向けの収益不動産ローンの審査を主に担 当する審査第二(東京)の人事に関しては,ほぼ,パーソナル・バンク長の麻生氏が起案 していた」(同 193-194 頁)と認定している。営業側に従順な者を審査担当者として,審 査を形骸化させる狙いだったと考えられる。
2013 年 4 月時点の審査第二部の体制は計 8 人,そのうち麻生氏の直属部下だった経歴 を有する者は 1 人,パーソナル・バンクの勤務歴を有する者は 4 人であった(重複あり。
次も同じ)。しかし 2018 年 4 月には,計 14 人のうち前者が 7 人,後者が 13 人に増加して いた。こうした経歴の人物が,営業側に対して及び腰になりがちなことは言うまでもない。
人事介入の中でも特に重大な事案が,2014 年 5 月の審査第二部長の交代である。当時,
審査第二部長は 2 人配置され,1 人はスルガ平本部(静岡県長泉町所在)に所在し,もう 1 人が東京本部でパーソナル・バンクの審査を担当していたが,この 2 人の勤務地を入れ 替えるという異例の人事が行われた。スルガ銀行の人事は 4 月と 10 月の定期異動が原則 であり,時期的にも異例であった。この人事は麻生氏が主導したもので,「当時のキャス
(19)SSP 会議で配付される資料(SSP シート)には,「シェアハウスローンに係る融資案件の申込者の年収や勤 続年数から見て異常に多額の預貯金が記載されているなどの不自然なケースが散見されていた」(取締役等 責任報告書 117 頁)とされる。
(20)審査担当者は,「麻生氏と協議済みといわれてしまうと,審査役のレベルで反論することは難しかった」「「協 議済み」の場合には,通常審査ではなく,できるだけ前向きに見て,審査を通す方向で検討しなければなら なくなっていた」と証言している(第三者委員会報告書 159-160 頁)。
(21)2008 年度から 2010 年度までは,土地を保有している(≒個人資産が多い)顧客を対象としていたにもかか わらず,承認率は 80~90% 程度であった。
樋口晴彦:スルガ銀行不正融資事件の事例研究(Ⅱ)