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パーソナル・バンクへの依存

第 2 章 .資源の依存性を決定する要因にもとづく解釈.

8.  営業の暴走と創業家の関与

8.1  パーソナル・バンクへの依存

スルガ銀行不正融資事件の事例研究(Ⅱ)

樋 口 晴 彦

 キーワード:組織不祥事,リスク管理,コンプライアンス,組織文化,創業家  目 次

  はじめに   1.事件の概要   2.スルガ銀行の組織   3.融資の概要   4.チャネルの関与   5.融資関係資料の偽装   6.その他の問題行為   7.銀行の対応状況

   (以上,第 58 巻第 2 号に掲載)

値を配賦し,さらに営業店内で各行員に割り当てた。

 このプロセスの問題は,営業企画部が現場から意見聴取をせずに目標数値を一方的に立 案するだけで,その達成状況についてモニタリングを行っていなかったことである。現場 の営業担当者は,「何を基にノルマの数字が決められているのか分からない。ノルマの問 題は,その地域における住宅着工事例や 1 か月の売買実績等の市況だとか,潜在的な市場 がどのくらいある商品なのかといったことを全く考えず,単に数字だけ押しつけられる」

(第三者委員会報告書 164 頁)と受け止めていた。

 収益不動産ローン関係の営業推進項目の達成率は,表 9 のとおりである。2011 年度か ら 2015 年度まで,首都圏を担当するパーソナル・バンクへの依存度は 9 割を超えている。

その理由として,収益不動産ローンの顧客や投資対象となる物件の所在地が,首都圏方面 に集中していることが挙げられる(1)

 営業推進項目の達成に当たって,銀行全体がパーソナル・バンクに強く依存していたた め,他の部署にはパーソナル・バンクに対する遠慮が生じた。そのことが,麻生氏以下の 営業関係者の慢心と,後述(9. 参照)するリスク管理部門の機能不全につながった。この 点について第三者委員会報告書は,「かかる依存構造は,別項で述べる人事等における越 権行為に対して本部や他のバンクとしても黙認せざるを得ないという結果につながり,ま た,パーソナル・バンクも自身が銀行の収益を支えているとの自負心からそれを正当化し ていたものと推察され,パーソナル・バンクの聖域化の一因となった」(同 166-167 頁)

と分析している(2)8.2 数字第一主義

 第三者委員会報告書は,「融資の実行残高さえ積み上げれば良い,数字だけしか見ない」

表 9 収益不動産ローンの達成率推移

2011 年度 2012 年度 2013 年度 2014 年度 2015 年度 2016 年度 2017 年度 全体の達成率 114.8% 90.6% 83.1% 91.3% 94.8% 48.8% 25.3%

パーソナル・バンクの達成率 127.3% 101.5% 92.3% 101.4% 94.6% 55.8% 25.8%

パーソナル・バンクへの依存度 92.3% 93.9% 98.3% 100.0% 94.5% 89.3% 71.4%

(第三者委員会報告書別紙 2 から抜粋)

(1)「不動産投資をする個人や投資物件は,おおむね首都圏に集中するものであり,パーソナル・バンクの主戦 場となった。他方,静岡及び神奈川のコミュニティ・バンクは,地域に密着した支店網であり,これらのエ リアでは,そのような個人投資家も少なく,投資物件もない状況であって,貸付残高は減少傾向にあった」(第 三者委員会報告書 228 頁)。

(2) 事業部門の聖域化のリスクについては,「ビジネスを取り巻く環境が変化すれば,当然にリスク管理に関す る判断も適時に見直していかなければならない。そうした見直しが正当な理由なく怠られる場合があり,そ れが赤字部門の不合理な放置,聖域化した事業領域の発生など,企業の不健全性を生む原因となり得る。なお,

聖域化する事業領域の中には,赤字・債務超過部門の放置のような事例だけでなく,高い収益を上げている 事業部門(いわゆる「勝てば官軍」的な領域)や,企業の絶対的な最重要・コアの事業部門(他所が遠慮せ ざるを得ない領域)の場合もある」(武井(2007),69 頁)と指摘されている。

千葉商大論叢 第 58 巻 第 3 号(2021 年 3 月)

という「数字第一主義」と呼ぶべき企業風土が存在したとする(同 162 頁)。この数字第 一主義が会社全体に定着していたとまでは言い難いが,少なくとも営業本部内では,組織 文化に近い状況であったと認められる。その原因として,以下の諸点が挙げられる。

8.2.1 目標達成の圧力とパワハラの常態化

 麻生氏などパーソナル・バンクの幹部は,「パーソナル・バンクの実績が低迷すること は銀行全体の低迷につながってしまう」(第三者委員会報告書 170 頁)との危機感のもとに,

割り当てられた目標値をさらに積み増しして営業店に課していた。このパーソナル・バン ク独自の目標値は「ストレッチ目標」と呼称された(3)

 この過大なストレッチ目標を達成するため,パーソナル・バンクでは,センター長会議 や定期報告などの場で強い圧力をかけ,成績不振の所属長は厳しく叱責された。その様子 について第三者委員会報告書は,「行員アンケートにおいても,所属長経験者から,センター 長会議において本部から「そんな数字では(報告は)受け取れない」「無理やりでも数字 を作れ」「目標達成できないのであれば(所属長が)存在する必要がない」といった反応 をされるほか,「会議に出る時間があれば営業をしてこい」などといわれて所属長が退席 させられることや,会議への出席を認められずにコールセンターで若手の行員と一緒にテ レマーケティングをさせられるといったことも行われていた旨の回答が寄せられている。

(中略)フォレンジック調査においても,営業本部から所属長に対して,月曜日の午前中 に本部から予算達成率 40% 以下の支店の所属長に「週末手を打ったのか?土日の活動結 果を報告せよ」といったメールや,「獲得できないままで終わるな」「各店とも実行ゼロは 不可」といった檄を飛ばすメールが検出された」(同 60 頁)と認定している(4)

 個々の営業担当者にも同様に厳しい目標が課せられ,それを達成させようと圧力をかけ るあまり,以下に示すようなパワハラが常態化していた(第三者委員会報告書 173-176 頁。

一部について誤字や句読点の位置などを修正)。

 ・「月末近くになってノルマが出来ていないと,応接室に呼び出されて「バカヤロー」

と机を蹴ったり,テーブルを叩いたり,1 時間,2 時間と永遠に続く。「給料返せ」な どと,怒鳴られる。こういう本部長や支店長,センター長は 1 人 2 人ではない。知っ ている限りでは全体の半分ぐらいそうだ。数字で怒鳴ったりしない支店長は珍しく,

社員の中で噂が流れるほどだ。ノルマが出来ないと夜の 10 時過ぎても帰れない。残 業代など支払われるはずがない」

 ・「営業会議の場で案件がないことを理由に「今から営業してこい」と追い出された」

 ・「数字ができないなら,ビルから飛び降りろといわれた」

 ・「センター長より営業成績が上がらないことに対し,「銀行の収益の足を引っ張る社

(3) 例えば,2016年度の営業推進項目では,パーソナル・バンクの収益不動産ローンの目標値は 89,310 百万円 であったが,ストレッチ目標は 150,800 百万円(約 69% の積み増し)と設定された。

(4) 営業店の所属長経験者は,「毎月,中間,(月末の)前日,月末と,ストレッチ目標に対する達成度合いを管 理され,数字が足りないとセンター長会議の場や,電話で叱責された」「センター長会議では,麻生氏のみ ではなく,パーソナル・バンクの本部の部長,副部長も怒っていた。「パーソナル・バンクが(中略)こけ たら,銀行なんてどうすんだよ」等とよく言われた。毎週,行くのが嫌だった」と証言している(第三者委 員会報告書 169-170 頁)。

樋口晴彦:スルガ銀行不正融資事件の事例研究(Ⅱ)

員」,「去れ」,「お前に給与を支払うのが勿体無い」,「大した営業成績も上げずに時間 外ばかりつけやがって」など厳しく叱責されました」

 ・「上司に呼ばれ個室で 2 人になり叱責を受けた。他の社員の前でも叱責を受けた。「な ぜできないのか?」「それで?それで?だから?」「銀行員なんてやめちまえ」「でき ないくせに偉そう」等パワハラだと感じていた」

 ・「チームの目標数字に対し進捗が不調であったとき,チーム全体を前に立たせ,でき ない理由を言わされた。時間は 2 時間以上にのぼり,支店の社員の前で給与額を言わ れそれに見合っていない旨の指摘を受け,週末に自身の進退(退職)を考え報告を求 められた」

 ・「毎日 2~3 時間立たされて詰められる,怒鳴り散らされる,椅子を蹴られる,天然パー マを怒られる,1ヶ月間無視され続ける等々」

 ・「上司の机の前に起立し,恫喝される。机を殴る,蹴る。持っていった稟議書を破ら れて投げつけられる」

 ・「毎日,毎日,怒鳴り続けられ,昼食も 2 週間ぐらい全然行かせてもらえず,夜も 11 時過ぎまで仕事をさせられ体調が悪くなり,夜,眠れなくなってうつ病になり,銀行 を 1 年 8ヶ月休職した」

 ・「融資実績が上がらない人は口なし(意見をしてはいけない雰囲気)。目標に対して達 成率が低いとどうするんだと椅子を蹴られ,机を叩かれ,恫喝されながら育った。当 時は数字があがらないならば休日はなしという雰囲気。数字があがらないならば,時 間外請求するな。融資実績があがらないならば,会社に給与返せ。いつまで会社から 定額自動送金してもらっているんだというモラルの欠片もない会社だった」

 ・「毎日ローンのノンストップ運動をやっており,途切れたり,数字ができなかった場 合に,ものを投げつけられ,パソコンにパンチされ,お前の家族皆殺しにしてやると いわれた。上司の目の前で土下座させて謝罪させた。いすの背面をキックされた」

 ・「会議中にはターゲットになる者を特定され,多人数の前で罵声を浴びせる。結果そ の被害者が精神的に追い詰められて休職や退職に至ったら,それを反省するどころか,

営業推進を一生懸命に行った結果だと肯定し,その数や追い詰め方を自慢し競い,賞 賛されるような状況にあった。まさしく恫喝,強要でパワハラ以外の何でもないこと が各地で行われていることを知っていながら,誰も止められなかった,本気で止めよ うとしなかった」

 このように営業店や担当者に対して目標達成を求める強い圧力がかけられ,パワハラが 繰り返された結果,営業本部内に数字を出すことが何よりも優先される数字第一主義が蔓 延したと認められる。

8.2.2 成果主義の業績評価

 スルガ銀行では,BSC(バランス・スコア・カード)制度に基づく業績評価を実施して いた。具体的には,「ビジョン・ミッション」「営業」などの評価視点毎に比重を設定し,

それぞれの達成度に基づいて決定された評価ポイントを総合するというやり方である。

 各行員に割り当てられた営業推進目標の達成度は,評価視点「営業」の評価ポイントと なる。総合評価に占める評価視点「営業」の比重は,2015 年度に所属長が 35%(固定),

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