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創業家本位の組織文化

第 2 章 .資源の依存性を決定する要因にもとづく解釈.

8.  営業の暴走と創業家の関与

8.5  創業家本位の組織文化

 樋口(2012)は,環境適合性や社会倫理の面で特段の問題がない組織文化であっても,

組織不祥事を誘発するおそれがあると指摘し,そのメカニズムを以下の 2 点に整理した。

 ・コンプライアンス軽視のリスク 組織文化が法令や内部規則を超越する上位規範とし て作用することにより,コンプライアンスが相対的に軽視されるリスク

 ・リスク管理弱体化のリスク 組織文化の影響により,リスク管理対策を徹底せず,あ るいはリスク管理体制に所要の資源を配分しないために,組織不祥事に対するリスク 管理が弱体化するリスク

 さらに,いずれも組織文化が過剰に強い場合に発現する点に着目して,これらを包括的 にとらえて「組織文化の過剰性のリスク」と整理し,「組織文化が過剰に強いために,コ ンプライアンスが相対的に軽視され,さらにリスク管理体制の機能も低下することにより,

(7) 第三者委員会報告書の発表時点で 4 人全員が退職していた。

樋口晴彦:スルガ銀行不正融資事件の事例研究(Ⅱ)

組織不祥事が誘発されるリスク」と定義した。

 本事件と類似するケースとして,大王製紙の特別背任事件が挙げられる。同事件を分析 した樋口(2013a)は,創業家出身の会長からの不正貸付の指示に連結子会社側が盲従し,

さらに内部統制部署である本社経理部もそれを放置していた背景として,創業家出身の経 営者に社員が無条件に服従する「経営者絶対型の組織文化」を指摘した。スルガ銀行の場 合にも,それと同様に創業家出身の経営者に迎合する組織文化が醸成されていたと認めら れる。2018 年 11 月にスルガ銀行が金融庁に提出した業務改善計画では,「創業家本位の 企業風土」と分析していることを踏まえ,本稿でも「創業家本位の組織文化」と呼称する(8)。  この組織文化が形成された事情として,創業家が大株主であることや,歴代の経営トッ プが創業家出身であったことがまず挙げられる。さらに岡野兄弟の父の岡野喜一郎氏(1964 年~1981 年に頭取在任)は,そのワンマン経営や貴族のような暮らしぶりを従業員組合 から批判された際に,経営寄りの労働組合を新たに立ち上げるとともに,従業員組合の委 員長を懲戒解雇するなどして行内の批判の芽を摘んだ(9)

 1985 年に社長に就任した岡野(兄)氏は,創業家の威光を背負っていたことに加え,

岡野(弟)氏とともに長年にわたり経営を掌握し,特に個人向けローンに注力する経営方 針を立てて業績を大きく伸ばしたことで,社内で絶大な権威を有していた。その結果,行 員の間には,創業家に迎合することが当然とされ,いかなる手段を用いても創業家の求め る結果を出さなければいけないとする考え方が深く浸透した。麻生氏は,この創業家本位 の組織文化を体現した人物であった(10)。少し視点を変えると,前述した数字第一主義は,

創業家本位の組織文化によって生み出された「症状」と位置付けられる。

 COO は取締役会が任命する役職であるが,執行会議の議長という以外に組織規程上の 記述はなく,その権限も明らかでない。COO が強大な権力を揮うことができたのは,創 業家出身の岡野(弟)氏がその地位に就いていたからである。麻生氏の役職の Co-COO もやはり権限が不明確であるが,「COO の代理」というイメージがある上に,麻生氏が Co-COO に任命されたのは岡野(弟)氏の意向であった。

 その結果,周囲が岡野(弟)氏に忖度するあまり,麻生氏に対しても遠慮するようにな り,「麻生氏の暴走とも言うべき行動・言動についても,その背後に絶対的権力者である 喜之助氏による承認があったことから,麻生氏を監視監督すべき営業管掌取締役を含め,

麻生氏に対し,誰も異を唱えないという状況に陥った」(取締役等責任報告書 15 頁)とさ れる。創業家の権威の下に岡野(弟)氏が組織規程上の根拠なしに業務執行を差配してい たため,同氏を後ろ盾に持つ麻生氏も不当な強権を行使できたのである。

 「麻生氏に対しては,故岡野副社長がしばしば数字を上げるよう厳しく要求していた」(第 三者委員会報告書 230 頁)とされる。また,審査部人事への麻生氏の介入(9.1.2 参照)

(8) 筆者は,樋口(2013a)の執筆当時には経営者の権力の強さに着目していたが,本事件と照合した結果,そ の強大な権力の源泉となった「創業家」の位置付けが非常に重要であると再認識し,「創業家本位の組織文化」

と呼称することが適切と考えるに至った。

(9) この解雇は,後に不当労働行為と認定された。

(10)「「創業家にはこびを売り,部下には厳しく当たって追い込む人が偉くなる。そんな社風は 90 年代から助長 された」。複数の OB はそう口をそろえる」(朝日新聞 2019 年 3 月 16 日朝刊記事「スルガファミリー下 「夢 前案内人」,現実は」)。

千葉商大論叢 第 58 巻 第 3 号(2021 年 3 月)

や不正融資を助長する制度変更(6.1 参照)は,岡野(弟)氏の承認の下に行われていた。

その意味では,麻生氏率いる営業部門の暴走は,岡野(弟)氏の意向に沿った行動であっ たと言えよう。

 第三者委員会報告書も,「故岡野副社長は営業の増長と審査の弱体化を知りつつ放任し ていたといわざるを得ないし,むしろそれを推進していたのではないかと疑わざるを得な い。(中略)業績向上のために執行の現場は強力に営業推進する者をトップにして自由に やらせるが,それは経営層が自ら手を汚すのではなく,少々営業部門が逸脱あるいはやり 過ぎることにも目をつぶる(経営層にはそういう情報は入らない),という態勢を採って きたといわれてもしようがない」(同 231 頁)と分析している。

 岡野(弟)氏は,出口ミーティングの開催にみられるように,融資の問題点の把握にも 努めており,営業の行き過ぎにブレーキをかける役割も果たしていた(11)。しかし,ブレー キをかけると業績を維持できないというジレンマに陥り,次第に営業部門を放任するよう に変化していった(12)。岡野(弟)氏が 2016 年 7 月に死去すると,代わりに岡野(兄)氏 が後ろ盾となり,その後も麻生氏は強権を行使し続けることができた。執行会議の議長も 引き続き麻生氏が務めた(13)。その一方で,岡野(兄)氏は業務執行に関与しなかったため,

ブレーキ役が不在となり,麻生氏の行動がエスカレートしたと推察される(14)8.6 小括

 東芝不正会計事件を分析した樋口(2017)は,当期の業績目標の達成を至上課題とする

「当期利益至上主義」が組織文化のレベルにまで浸透・定着していたため,経営幹部以下 が揃ってコンプライアンスを軽視し,部下に過度の圧力をかけ,社員は自発的に不正会計 を発案・実行していたと指摘した。その上で,成果主義に基づく厳しい業績評価が続けら れた結果,不正な指示であっても上位者に迎合することが下位者にとっての処世術となっ

(11)「喜之助氏は,営業に対してアクセルをかけるとともに,営業に対するブレーキも意識していた。当委員会 のヒアリングにおいても,複数の元取締役が喜之助氏は審査の話を聞いており,ストッパーの役目も果たし ていたと述べている」(取締役等責任報告書 61 頁)。

(12)「元取締役の供述によれば,2016 年 3 月,融資していた医師が自己破産した際,最後は無担保で貸付をして いたため,喜之助氏に対し,「こういうやり方はまずい。」と伝えたところ,喜之助氏もまずいと思っている と述べたものの,「もう麻生には言わないよ。」と述べたとのことである。これは,2015 年 2 月に喜之助氏が スマートライフとの取引を禁止した際,融資の実行額が下がり,喜之助氏は麻生氏から「ストップをかけた からこうなった。」と言われたため,もう喜之助氏から麻生氏にブレーキをかけるようなことを言わないと の趣旨の発言とのことであった。このやりとりからすれば,以後,喜之助氏は,営業の問題点や重大なリス クを認識した際も,融資残高を維持するために,営業にストップをかけることをしなかったものと推測され る。そのため,これ以後,喜之助氏の営業に対するブレーキの役割は弱まっており,シェアハウスローンの リスク分析手法が機能しないままの状態が放置されたものと考えられる」(取締役等責任報告書 99-100 頁)。

(13)「米山氏は「2017 年 4 月に自分が COO になって,会長(光喜氏)に「執行会議の議長は僕がやります。」と言っ たら,会長から「お前はやらなくていい。麻生がやるから一番後ろで聞いていろ。」と言われ,麻生を大事 にしているのだなと思った。」と述べるなど,喜之助氏の死去後も光喜氏は麻生氏を重用していた」(取締役 等責任委員会報告書 68 頁)。

(14)「喜之助氏は,光喜氏を除けば,麻生氏に対してブレーキを掛けることができる唯一の存在であったことから,

喜之助氏の死去後には,麻生氏を止められる者がいなくなり,結果として,本件一連の問題が極めて重大化 するに至っている」(取締役等責任報告書 15 頁)。

樋口晴彦:スルガ銀行不正融資事件の事例研究(Ⅱ)