第 2 章 .資源の依存性を決定する要因にもとづく解釈.
10. 創業家による私物化
コンプライアンス関連も含まれ,審査担当者が講師を務めていたが,実際には「研修を実 施した」という体裁を整えればよいという形式主義に堕していた。その背景について,第 三者委員会報告書は,「故岡野副社長は,「社員教育は時間の無駄,その時間があれば営業 させろ,現場で経験を積む中で教育はできる」が持論だったという。これでは銀行員とし ての基礎知識,モラル等が熟成される時間もなかったと思われる」(同 316 頁)と指摘した。
創業家本位の組織文化により岡野(弟)氏の営業偏重の意向に迎合した結果,コンプライ アンス研修が形骸化していたと認められる。
下,「岡野(次弟)氏」)が代表を務めていた(29)。それ以外のファミリー企業は岡野(弟)
氏が実質的に管理していたが,B1 社・B2 社・B3 社以外は,実業を持たない資産管理会 社が多かった。ちなみに,ファミリー企業の株式の多くは,ファミリー企業同士で持ち合 う形となっており,岡野(兄)氏と岡野(弟)氏はファミリー企業の株式をまったく保有 していなかった。
岡野(弟)氏は,スルガ銀行の OB を役員や従業員として,ファミリー企業の事務に当 たらせていた。その中でも番頭格の 3 人の OB が,それぞれ数社のファミリー企業を担当 し,岡野(弟)氏の指示に基づき資金繰りなどを行っていた。ちなみに,2016 年 7 月に 岡野(弟)氏が死去した後は,番頭格 3 人と岡野(弟)氏の子によってファミリー企業が 運営されていた。
岡野(次弟)氏が経営する A1 社・A2 社・A3 社はスルガ銀行の大株主であり,その所 有株式の比率は,2018 年 3 月末時点でそれぞれ 5.48%,2.91%,4.74% であった(30)。また,
岡野(弟)氏管理下の B1 社と B2 社もかつて株主であったが,後述(10.4 参照)のとお り 2015 年 11 月にスルガ銀行に株式を売却した。A1 社・A2 社・A3 社と B1 社・B3 社が 保有するビルには,スルガ銀行の支店・出張所や子会社が入居しており,スルガ銀行から の家賃が相当な収入源になっていたと推察される(31)。
創業家は,ファミリー企業を通じて静岡県長泉町に高級住宅地「スルガ平」を開発し,
同地には「クレマチスの丘」と呼ばれる複合文化施設や,スルガ銀行の研修施設などが建 設された(32)。クレマチスの丘の中核となっていたのが,一般財団法人のベルナール・ビュ フェ美術館(F1 美術館)である。同美術館は 1973 年に岡野喜一郎氏が創設し,2012 年 以降は岡野(兄)氏が代表理事,岡野(弟)氏と岡野(次弟)氏が評議員を務めていた。
F1 美術館の不動産は A2 社が保有し,所蔵する美術品も A2 社が購入して同美術館に寄 付したものが多い。クレマチスの丘には,その他にも 2 つの美術館(ヴァンジ彫刻庭園美 術館(F2 美術館)及び IZUPHOTOMUSEUM(F3 美術館))と 3 軒の飲食店が設けられ,
B1 社・B2 社・B3 社がこれらを運営していた。
10.2 ファミリー企業に対する巨額融資
2002 年 3 月末の時点で,ファミリー企業 12 社に対し,スルガ銀行は総額 1,208 億円を 融資していた。巨額の融資が行われた事情は,「1990 年代後半から 2000 年代前半頃にか けての不良債権問題等により金融機関の業績が悪かった時期において,スルガ銀行は,益 出し目的で,自行が所有していた支店や行員寮の土地建物及び美術品等をファミリー企業 へ売却していた。その際に,スルガ銀行が当該土地建物又は美術品の購入費用をファミリー 企業に融資し,又は所有していた支店の土地の購入費用を融資するとともに新たな支店の
(29)岡野(次弟)氏は,スルガ銀行に勤務した経験はない。
(30)これに岡野(兄)氏が代表を務めていたスルガ奨学財団の保有株式(2.33%)を加えると,合計で 15.46% に 達していた。
(31)スルガ銀行東京支店が入居するスルガビル(日本橋所在)は,A1 社が保有していた。
(32)「70 年代,喜一郎氏(岡野兄弟の父)が収集したフランス人画家ベルナール・ビュフェの作品を飾る美術館,
地元出身の作家・井上靖の文学館などがつくられた。地銀初とされた情報集計所,研修所などの銀行施設も 続々と建った」(朝日新聞 2019 年 3 月 15 日朝刊記事「スルガファミリー中 華美な迎賓館,消えた異論」)。
樋口晴彦:スルガ銀行不正融資事件の事例研究(Ⅱ)
建設費用を融資したことなどが要因の一つとなって,スルガ銀行のファミリー企業への融 資残高が積み重なっていった」(ファミリー企業報告書① 18 頁)とされる(33)。
融資総額のうち 478 億円は,スルガ銀行の支店等が入居する不動産を保有する A1 社・
A2 社・A3 社・B1 社に融資されており,これらのファミリー企業がスルガ銀行から土地 建物等を購入したことは事実であろう。その一方で,融資対象の 12 社から他のファミリー 企業に対し,計 350 億円もの転貸が認められる。不動産事業を営んでいたファミリー企業 はバブル崩壊後に経営が悪化し,その救済のために資金が融通された可能性が高い。この 転貸額相当部分については,スルガ銀行の融資判断が適切であったかどうか疑問が残る(34)。 スルガ銀行は,融資先のファミリー企業が保有する不動産やスルガ銀行株式を担保とし ていた。しかし,「かかる担保により,ファミリー企業に対する貸付債権の保全が十分で あることは少なく,多くのケースにおいては,担保物を時価評価して保全額を算出した場 合,貸付債権の一部をカバーするにとどまっていた」(ファミリー企業報告書① 30 頁)と され,債権保全が十分ではなかった。
2002 年以降,スルガ銀行では,融資先のファミリー企業を「特定管理先」と定義した 上で,審査第一部が担当となって回収を進めた。その背景として,金融庁からファミリー 企業向け融資を減額するように指導を受けたとされる(35)。2018 年 3 月末時点における融 資額は 488 億円に減少したが,この時点でも 159 億円が他のファミリー企業に転貸され,
さらに創業家個人に対しても約 69 億円の貸付が行われていた。その内訳は,岡野(弟)
氏(その相続人)に約 61 億 4 千万円,岡野(兄)氏に約 7 億 5 千万円,岡野(次弟)氏 に約 3 千万円であった。
10.3 与信管理における特別の配慮
特定管理先を担当していた営業店は本店営業部と東京支店であったが,実際の与信管理 を経営企画部で実施しており,新規貸出についても資金使途や回収可能性のチェックを経 営企画部で行っていた。特定管理先からの回収が課題となった 2002 年以降も,信用リス ク所管部署の審査部ではなく,経営企画部が引き続き担当していた。
その理由について,「経営企画部は,特定管理先の窓口部署として各社から情報が得られ やすく,資金の流れや関連性の面で踏み込んだ管理が可能であったため,ある程度の整理
(33)この説明によれば,スルガ銀行が保有していた資産の益出しが目的とされるが,外部でなく創業家のファミ リー企業に売却するという不透明な手法を用いたことは不可解である。バブル期と比較して不動産や美術品 が大きく値下がりしていた状況を考えると,不良資産をファミリー企業に飛ばしたのではないかという疑い も排除できない。
(34)スルガ銀行では,債務者を「正常先」「要注意先」「破綻懸念先」「実質破綻先」「破綻先」の 5 段階に区分し ているが,B1 社・B2 社・B3 社は,遅くとも 2007 年には債務者区分が「要注意先」又は「破綻懸念先」と されていた。
(35)「岡野家の関連企業(ファミリー企業)は 20 社以上あり,スルガ銀行はこのうち 10 社と融資・取引関係が ある。ファミリー企業への融資は,一時は 1,200 億円を超えていた。金融庁の検査で,「取引の適正化」を指 摘され,融資残高を減らしてきた。それでも 2018 年 3 月末時点で融資残高は 500 億円弱に上る。スルガ銀 行の融資残高(約 3.2 兆円)の 1.56% に当たる」(ビジネスジャーナル 2018 年 9 月 12 日記事「スルガ銀行,
狂った経営が白日の下に…恫喝営業,創業家ファミリー企業に巨額融資」<https://biz-journal.jp/2018/09/
post_24736_2.html>)。
千葉商大論叢 第 58 巻 第 3 号(2021 年 3 月)
統合ができるまでは経営企画部で一元管理を行うことが処理スキームを早期に進展させる ために最も実効性のある管理手法である」(ファミリー企業報告書① 33-34 頁)と説明して いる。しかし,経営企画部が与信管理や回収を担当するのは,明らかに業務範囲から逸脱 している。経営企画部は業務内容的に経営幹部との関係が密接である上に,同部の管掌取 締役は岡野(弟)氏の側近の白井氏(11.2.4 参照)であったことから,特定管理先に対する 与信管理や回収を岡野(弟)氏が恣意的にコントロールするのが狙いだったと考えられる。
ちなみに,この当時から審査部も審査に忖度を加えていた模様であり,「審査部及び審 査部管掌取締役は,特定管理先の管理は経営企画部で行われており,処理スキームについ ても経営企画部で検証された結果であるという認識から,十分な議論を行ってこなかった」
(ファミリー企業報告書① 34 頁)とされる。創業家に対する遠慮のため,経営企画部だ けで融資手続きが実質的に完結していたのである。ファミリー企業への融資状況を秘匿す るために,手続きに関与する行員をなるべく少なくしたという側面もあるように思われる。
2004 年 4 月に特定管理先の管理は審査部に移管されたが,その際には経営企画部で特 定管理先を担当していた者が審査第一部長に就任するという人事が行われた。2011 年に 同人が異動すると,その後任はやはり経営企画部から送り込まれた。
スルガ銀行における法人融資の決裁手続きは,営業店における稟議書の作成→本店の審 査役による審査→審査第一部長による審査→審査部長による審査という流れである。しか し特定管理先の稟議書は,審査第一部長に直接送付され,審査役による審査が省略されて いた。上司の審査部長や審査部管掌取締役も,特定管理先に関しては詳細を聞かずに稟議 書を承認していた。その理由については,「当時審査部内においては,喜之助氏の意向に より特定管理先を含むファミリー企業に関することは全て審査第一部長に任されていると いう認識があり,また,光喜氏や喜之助氏から明確な圧力があったわけではないものの,
人によっては,創業家と密接な関係がある融資先であることを忖度して特定管理先に関す る稟議については口出しをすべきではないという意識もあった」(ファミリー企業報告書
① 35 頁)とのことである。
特定管理先からの回収については,担保不動産の担保を解除した上で売却処分させて,
その売却代金を回収することが度々行われた(36)。その一方で,担当の審査第一部長は,
岡野(弟)氏の指示を受けながら回収作業を進めており,その過程でファミリー企業に対 する特別な配慮が働いたケースが見受けられる。その中でも特に悪質なものが,銀行株式 の担保解除問題である。
10.4 銀行株式の担保解除問題
2015 年 10 月時点で,B1 社(当時の債務者区分は「要注意先」)に対するスルガ銀行の 融資残高は約 88 億 3 千万円であった。同社の 2015 年度前半期の売上高は 2 億 7 千万円,
営業利益は約 2,400 万円にすぎず,事業収益によって債務を返済する見込みは非常に小さ かった。スルガ銀行では,B1 社の保有する不動産とスルガ銀行株式(171 万株)を担保 としていたが,その処分見込み額は,前者が約 10 億 6 千万円,後者が約 26 億 5 千万円(当
(36)ファミリー企業が所有していた「ヴィラ・ジーアール」は,宮殿風の豪邸で創業家の迎賓館として利用され ていたが,2011 年に所有権がスルガ銀行に移された。
樋口晴彦:スルガ銀行不正融資事件の事例研究(Ⅱ)