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米国 REIT の歴史

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第 4 章 米国 REIT

第 1 節 米国 REIT の歴史

米国REITの起源は1900年代初頭にまで遡るとされている。当時ニューイングランドで 成長しつつあった不動産業に関心を持つ事業家たちが、「Massachusetts Trust」というビ ジネストラスト27を設立したのがその最初である。これらのトラストは法律で認められた

corporationではないことから、信託の収入が受益者に分配されても信託レベルでは課税がさ

れなかった。当初、出資者はごく富裕な者に限定され、市場もボストンのみであったこの 信託は、徐々に投資活動を西側の都市にまで拡大していったが、1930 年代の大恐慌により その拡大は減速することとなる。加えて、1935 年に連邦最高裁が、この信託は法人税免除 対象外との判決を出したこと(会社のように中央集権的に組織運営されている全ての受動 的投資手段は、会社として課税されることを求めた)により、REIT の概念はその後約 20 年間にわたって沈静化することとなった。

  1950年代になると不動産業界を中心にREITに対して、ミューチュアル・ファンド28と同 様の特別な免税措置29が求められることとなった。その結果、1960年に個人投資家に不動産 投資機会を与えることを目的として、アイゼンハワー大統領のもとREIT税制が制定された

30。この制度により不動産投資の税制優遇措置が復活し、REITが誕生した。

第2項  発展の経緯 

制度開始後、1年半の間にREIT産業は3億ドルの資金を得たが、1962年5月の株式市況 の急落に伴いREIT市場はしばらく低迷することとなる。

1968 年、連邦準備銀行がインフレ抑制を目的に金利引上げを行い、銀行などの金融機関 では顧客が高金利の債権ファンドなどに流出した結果、預金量が減少、貸出を縮小した。

そのため建設・不動産業界は資金をREITに求め、モーゲージREITが市場を拡大すること

27 事業信託:信託宣言の下に営利目的のため組織された団体で、日本では認められていない。

28 株式や債権に投資する、米国の会社型のオープンエンド型投資信託。

29 1935年の連邦最高裁の決定を受け、株式や債券へ投資を行う会社は、ミューチュアル・ファンドを含め た一定の投資会社を連邦税の課税対象から除外する立法措置を求め、免税となることが認められた(1936 年)

30 内国歳入法典(Section 856-858)が改正され、196111日より、所得税の特別優遇措置が新しいタ イプの投資機関に与えられることとなった。この改正により、課税年度中の規定要求を満たした不動産投 資信託については、受益者へ配分される利益が単なる導管(conduit)として扱われ、分配する課税所得に 対して課税されなくなった。

となった。しかし、これらのモーゲージREITはレバレッジを大きく効かせていたので、1973 年に連邦準備銀行が金融引締を行ったことにより資金調達コストが上昇、借手に多額のコ ストの転化ができずに損失を計上し、多くの REIT が経営破綻することとなった(当時の REITは、短期資金の借入を行い、その資金を建設・不動産業界に長期貸付するものであっ たので、借入金借換えの際に金利が上昇している場合、逆ザヤが発生するというリスクを 内包していた)。

  その後、1980 年代半ばまではリミテッド・パートナーシップが不動産市場の中心的商品 となった。米国のリミテッド・パートナーは、日本の会社法上の合資会社によく似た形態 であり、無限責任のジェネラル・パートナーと責任範囲が出資または出損した金額に限定 される有限責任のリミテッド・パートナー共同による投資事業である。1981 年の「経済復 興税法」(Economic Recovery Tax Act of 1981)により、リミテッド・パートナーシップは、

実物資産の償却期間短縮や投資家の税負担の軽減を可能にする費用控除のパス・スルーを 可能としていたが、この特典のないREIT市場はしばらく停滞することとなった。

しかし1986年の税法改正により、リミテッド・パートナーシップの損益通算できる所得 範囲が制限され、不動産市場でのリミテッド・パートナーシップの利用はその後減少する こととなったが、同時にREITはひとつの転機を迎える。この税法改正により管理運営に関 する制限が緩和され、REITがテナントに対する通常の管理その他のサービスを提供できる ようになり、物件管理を外部業者委託する必要はなくなったのである(現在、ほぼ全ての REITが内部運営の形態をとっている)。

  この改正以前は、保険会社、商業銀行、住宅専門の金融機関がREIT を設立、出資をし ていた。これらの金融機関はREITのアドバイザーとなり、資産・負債管理を含めたREIT の運営責任はアドバイザーに委託されていた。しかしこの税法改正により、不動産デベロ ッパーや個人不動産会社などが REIT の主要な出資者となることとなり、受動的であった REITは、キャッシュフローの拡大やポートフォリオの向上を目指して管理を行うよりアク ティブな投資主体となった。

  1992 年には不動産を所有するリミテッド・パートナーシップの支配権を有する形態の

UPREIT(Umbrella Partnership REIT)が開発され、今日ではREITの多くがこの形態をとっ

ている。

  翌1993年になると「包括予算調整法」(The Omnibus Budget and Reconcilation Act)により、

5/50ルールのためにREITへの投資が非常に限定的であった年金基金が、受益者数が投資 家数とみなされるようになったことで、REITへの投資が容易になった。また当時、不動産 市況が回復し始めている中、市場に値下がり物件が増加していたため、UPREITのスキーム を用いてデベロッパーや不動産会社の保有不動産が大量に REITに転換し、REIT市場が拡 大し始めた。また、この時期からホテルや工場、リージョナルモールなど得意分野に特化 したREITのIPOが増加し、多様化も進んでいった。

  1997年にはREIT簡素化法(REIT Simplification Act)により、4年未満の短期所有物件の

キャピタルゲインを総収入の 30%未満としなければならない短期転売禁止ルールが廃止さ れた。短期転売禁止ルールは、REITが投機的取引を行わないように設けられていたが、こ の規制緩和によりREITはよりキャピタルゲインを取りやすくなった。

  1997年まではREIT市場は堅調に推移していたが、1998年・99年にはITバブルにより多 くの資金がIT関連株に流れたためにREIT株は調整に見舞われることとなる。この間、1999 年にはREIT現代化法(REIT Modernization Act)が制定され、2001年に施行された。この REIT現代化法以前は、REITの業務は不動産の所有及び保有不動産の管理に限定され、「一 般的かつ習慣的」なもの以上のサービスをテナントに提供することは禁止されており、保 有不動産に設置した自動販売機から収入を得るようなことなども禁止されていた。しかし 不動産業界の発展に伴い、「一般的かつ継続的な習慣」の定義が困難になり、また規制遵守 の監視に要するコストも増加していた。不適格な不動産収入が増大することにより、REIT 資格喪失のリスクが高まることを恐れてテナントへのサービス向上をREIT自らが制限する ことは、REITの競争力向上、REIT市場発展の阻害要因であった。

このような状況下、REIT現代化法が法制化されたことにより、子会社TRS(Taxable REIT Subsidiaries)を通じて、ホテル・ヘルスケア施設の運営以外の業務を行うことが可能となっ た31。この制度の創設後、REITはTRSを用いて他社物件のマネジメント、私募ファンドの 運営、分譲マンションの開発・販売などの業務を積極的に手掛け、現在のアクティブな不 動産投資プレーヤーの位置を確立することとなっていった。

図表 27  米国REITの時価総額の推移

0 500 1,000 1,500 2,000 2,500 3,000 3,500 4,000 4,500

1971

1974年 1977年 1980

1983

1986

1989年 1992年 1995

1998年 2001年 2004年

(億ドル)

モーゲージ エクイティ ハイブリッド

(出所)NAREIT webサイトより筆者作成

31 REIT現代化法では、REITTRSの間の負債、賃料支払いなどに制限を設け、TRSと関連REIT間の取 引には100%課税し、利害関係取引を行わせないようにしている。

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