これまで述べてきた Pd/h系を利用した原子移動型カルボニル化反応の反応機 構を考察するにあたり、まず反応の開始段階におけるパラジウム触媒の役割につい て検討を行った。すなわち、炭素―ヨウ素結合への酸化的付加によるアルキルパラ ジウム種の形成を経ているのか、またはパラジウムからの1電子移動を経たアルキ ルラジカルの発生を経ているかについて明らかにすることとした。そこで6-ヨード オクテン(12)を用いたラジカル条件下とPd/h条件でのジアステレオ選択性比較 実験を行った(Scheme 1-8)。一般的なラジカル開始条件であるEt3Bを用い反応 を行ったところ、目的とした環化生成物13がNMR収率47%、cis/trans比73/27 で得られた。一方、Pd/h条件による環化反応も同様の生成物を単離収率 43%、
cis/trans比73/27で与えた。また、Pd触媒非添加条件(光照射のみ)では全く環
化生成物13 は生成しなかった。一酸化炭素、エタノール共存におけるカルボニル 化反応も良好に進行し、シクロペンタン骨格を有するエチルエステル14を62%で 与え、cis/trans 比も同様の結果(74/26)を与えた。以上の結果から、Pd/h条件 における開始段階は、炭素―ヨウ素への酸化的付加を経由した反応ではなくラジカ ル機構で進行しており、更にPd触媒はラジカル開始段階に寄与していることが示 唆された。また、本実験により得られたcis/trans比は、既知の1-メチル-5-ヘキセ ニルラジカルの5-exo環化速度と一致していることも本反応のラジカル機構介在を 支持している14)。
Scheme1-8
次に一酸化炭素の捕捉段階について考察を行った。一酸化炭素を捕捉する経路と しては、①パラジウム触媒からアルキルヨウ化物への1電子移動により生じたアル キルラジカルが一酸化炭素を捕捉することでアシルラジカルが形成される機構
(Path A)、②アルキルラジカルがパラジウムを捕捉することで形成されるアルキ
ルパラジウム種が一酸化炭素を捕捉する機構(Path B)の 2 種類が考えられる
(Figure 1-1)。
Figure 1-1
そこでカルボニル化段階の機構解明のため、2-ヨード-3-メチルヘプタン(15, ジ アステレオ比 88/12)を用いた光照射カルボニル化反応におけるパラジウム触媒の 存在/非存在下での生成物の立体化学を比較した(Scheme 1-9)。Pd触媒非存在下、
光照射のみでカルボニル化反応を行ったところ、対応するメチルエステル 16 が 29%で得られ、そのanti/syn比は42/58であった15)。一方、同様の条件にPd触媒 を添加した結果、反応の加速効果が認められ単離収率61%でメチルエステル16が
得られ、anti/syn比は43/57であった。これらの結果は、Pd 触媒の存在、非存在
に関わらずカルボニル化段階における炭素―炭素結合形成はラジカル機構(Path A)で進行していることを示唆している。
Scheme 1-9
次に上記の立体化学比較実験を応用することで、渡部らにより報告されている白 金触媒と光照射 2)または白金触媒と熱条件 16)によるカルボニル化反応における反 応機構を明らかにすることが可能であると考え、その検討を行った(Scheme 1-10,11)。
Scheme 1-10
Scheme 1-11
PtCl2(PPh3)2 触媒と光照射下におけるカルボニル化反応では高圧水銀灯を用い ており、その収率は中程度(>40%)となっている。またこの報告では、non-chain ラジカル機構が提案されており、アルキルプラチナ種の形成とその後のCO挿入に よりアシルプラチナ中間体が得られていると考えられている(Figure 1-1, Path B)。 そこで同様の白金触媒存在下、アルキルヨウ化物 15 を出発原料として用いて Xe ランプ照射による反応を行った結果、上述のPd/h系と同じanti/syn比を有する生 成物16が得られた(Scheme 1-12)。またPtCl2(PPh3)2触媒と熱条件においても同 様のカルボニル化反応が進行することを報告しており、この反応においても Pt(0) 触媒の酸化的付加によるアルキルプラチナ種形成を経て反応が進行していると考 えられている。そこでこの Pt/熱条件におけるカルボニル化反応についても同様の 方法による検討を行った結果、この条件においても同じ anti/syn 比を有する生成 物を得ることができた。以上の結果より、白金触媒を用いた光条件および熱条件に おけるカルボニル化反応は、アルキルラジカルの発生とカルボニル化段階までのラ ジカル機構の介在を経て進行していることが示唆された。
Scheme 1-12
一方、著者の研究室ではPd/h条件下、アルキルヨウ化物、一酸化炭素、アミン の 3 成分反応においてケトアミド誘導体が主生成物として得られることを報告し
ている(Scheme 1-13)4)。またこの反応においてMn触媒を用いた場合、アミド
誘導体が主生成物として得られ、ケトアミドは全く生成しない。
Scheme 1-13
類似のPd触媒によるダブルカルボニル化を経るケトアミド形成反応はすでに多 数の報告例があり17)、その生成機構については山本らによって下記の経路が提唱さ れている(Figure 1-2)18)。
Figure 1-2
一般的にラジカル反応においてアシルラジカルへの更なるカルボニル化は困難 であるため19)、Pd/h条件下におけるアルキルヨウ化物を用いたケトアミド形成反 応もこの生成機構に従ってアシルパラジウム中間体を経て進行していることが考 えられる。すなわち、Pd/h条件における Pd 触媒の機能として、アルキルヨウ化 物からのアルキルラジカル発生とアシルラジカルからのアシルパラジウム形成に 寄与していることが既述の実験結果より考えられる。
これまでの考察を基にした Pd/h系におけるカルボニル化反応の反応機構につ いてヨード酢酸エチルと1-オクテン、一酸化炭素、エタノールの4成分連結反応を 例に示した(Scheme 1-14)。反応の開始段階としてPd(0)からの1電子移動により アルキルヨウ化物のアニオンラジカルを経由してアルキルラジカルが発生する。こ のアルキルラジカルは求電子性を有するため、1-オクテンへの付加がスムーズに進 行する。この付加により生成したアルキルラジカルが一酸化炭素を捕捉することで アシルラジカルとなり、Pd(I)とのカップリングによりアシルパラジウム中間体を 与え、続くアルコリシスによりジエステルが生成し、同時にPd(0)が再生される。
Pd(0)を始めとする低原子価遷移金属触媒からアルキルヨウ化物への 1 電子移動を
経たアルキルラジカルの発生はすでに提唱されており20)、パーフルオロアルキルヨ ウ化物とオレフィンの反応においてカスケード反応の生起や e.s.r.スペクトルによ りラジカルの生成が実証されている21)。またこの電子移動により生成するPd(I)は そのダイマーとの平衡反応が存在し、Pdダイマーへの光照射によってPd(I)が発生 することがすでに報告されている 22)。更に本反応において Pd(I)は persistent
radical としての役割を果たしていると考えられる23)。
Scheme 1-14
EtO
O O
Pd(II)I Pd(I)I
Pd(0)
EtOH (Pd(I)I)2
h h
1a
EtO O
SET
EtO
O O
CO EtO
O 2a
EtO O
OEt O
4a EtO
O
I + + CO+ EtOH
Pd(0) / h
1a 2a 3a
4a
以上、第4節ではPd/h系における反応機構について検討を行った。本反応では 光照射条件下、Pd触媒からの電子移動を経たアルキルラジカルの存在が考えられ、
一酸化炭素によるカルボニル段階までラジカル機構で進行していることが示唆さ れた。またPd触媒は開始段階だけではなくアシルパラジウム中間体を形成する段 階においても重要な役割を果たしていると考えられる。
第5節