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第 13 章

ドキュメント内 ヴァリス VALIS (ページ 167-173)

運転しつつケヴィンは言った。「疲れたよ、ぐったりだ。まったくこの渋滞はどうなっ てんだ! なんでみんな55号線を走ってるんだ! どっから来やがった! どこへ行く 気だ!」

ぼくは自分でも思った。ぼくたち三人はどこに行くんだろう、と。

救済者に出会い、そして八年にわたる狂気のあげく、ぼくは癒やされた。

うん、これをすべて週末一回で実現したってのは大したもんだ……加えて、この世で最 もイカレまくった人物三人から無事に逃げおおせたんだし。

自分自身が信じているナンセンスをだれか他の人が口走ると、それがナンセンスだとす ぐにわかるというのは驚くべきことだ。フォルクスワーゲンラビットの中で、リンダとエ リックが別の惑星からきた三つ目人の話をわめきたてるのを聞きつつ、ぼくはそいつらが イカレてるのがわかった。するとぼくもイカレてることになる。そう認識するとぼくは怯 えた。あいつらと自分自身についての認識だ。

飛行機で北部にいったときは狂っていたのに、戻ってきたときには正気だったが、それ でもぼくは自分が救済者に会ったと信じていた……それも黒髪と厳しい黒い目をした少女 の形を取り、これまで会ったどんな大人よりも知恵をもってぼくたちと対話した。そして 立ち去ろうとする試みを妨害されたとき、少女――またはヴァリス――が介入した。

デヴィッドが言った。「ぼくたちには使命がある。進んで――」

「それで?」とケヴィン。

「道々、あの子が教えてくれるよ」とデヴィッド。

「そんなことがあればブタが口笛吹くぜ」とケヴィン。

デヴィッドは強硬な口調となった。「いいか、フィルはよくなったじゃないか、それも 会って以来――」そこで口ごもった。

「ぼくと知り合って以来初めて」とぼくは文章を終えた。

デヴィッドは言った。「あの子はフィルを治した。治す力はメシアの物質的存在を示す 絶対確実な徴なんだ。君だってそれは知ってるだろう、ケヴィン」

「だったらセントジョセフ病院がここらで最高の教会ってことだな」とケヴィン。

ぼくはケヴィンに言った。「それでソフィアに死んだネコの話はできたのかよ?」ぼく はこれを、嫌みのつもりで言ったのだった。だがケヴィンは驚いたことにこちらを向い て、まじめな顔でこう言った。

「うん」

「それで何だって?」とぼく。

ケヴィンは深く息を吸い、ハンドルを強く握りしめた。「おれの死んだネコは……」そ こで口を止め、それから声を張り上げた。「おれの死んだネコはバカだったとさ」

笑わずにはいられなかった。デヴィッドもそうだ。だれもケヴィンにそう答えようとは 思いつかなかった。ネコは車を見てそこに飛び込んだのであって、逆ではなかった。ボー リングのボールのように、車の右前輪の前にまっすぐ走って行ったのだ。

「宇宙にはとても厳しい規則があるんだとさ。だから・ あ・

ん・

な種類のネコ、走っている車 の前に頭から駆け込むような種類は、長生きできないんだと」

「うん、現実的に言えばまさにその通りだなあ」とぼく。

ソフィアの説明と、故シェリーの説明とを対比させるとおもしろい。シェリーは敬虔に もケヴィンに対し、紙様はあのネコをあまりに愛していた――本気で――ので、ケヴィン のネコがケヴィンと共にあるのではなく紙様たる自分と共にあるように、奪い去るのが正 当だと考えたのだ、と告げたのだった。これは29歳の男にする説明じゃない。ガキをご まかすときの説明だ。それもかなり小さいガキに。そして小さいガキですら、そんなのが デタラメなのはすぐにわかる。

ケヴィンは続けた。「でもおれは言ったんだよ。『なぜ紙様はおれのネコを賢くしてくれ なかったんだ』って」

「お前、まさか本気でそんな会話をしたってのか?」とぼく。

諦めた様子でデヴィッドは言った。「たぶんそのまさかだよ」

「おれのネコがバカだったのは、紙様がバカに作ったからだろう。だからそれは紙様 の落ち度であって、おれのネコの落ち度じゃない」

「いまのを彼女に言ったわけか」とぼく。

「うん」とケヴィン。

ぼくは怒りを覚えた。「この嫌みなクソッタレめが――救済者に会ったってのに、くら だんネコのことをわめきたてるしかできないときた。お前のネコなんか死んでよかった よ。・

み・ ん・

なお前のネコが死んでよかったと思ってる。だから黙ってろってんだ」怒りのあ まり、身震いしたほどだった。

「落ち着けよ。いろいろあったんだから」とデヴィッドがつぶやいた。

ケヴィンはぼくに言った。「あの子は救済者じゃない。おれたちみんな、お前と同じく らい狂ってるぞ、フィル。連中は北で狂ってる。おれたちはここで狂ってる」

デヴィッドが言った。「だったら二歳の女の子がどうしてあんな――」

ケヴィンは叫んだ。「あの子の頭に・ 電・

線・

をつないであるんだよ。その反対側にはマイク がついてる。しゃべってるのはだれか他のやつだ」

「一杯やらずにはいられない。ソンブレロストリートに寄ろうぜ」とぼく。

ケヴィンは叫んだ。「おまえ、ホースラヴァー・ファットだと思い込んでいたときのほ うが好感が持てたよ。あいつは好きだったね。おまえときたら、おれのネコ並のバカだ。

バカは死ぬってんなら、なんでお前が死んでないんだよ?」

「おまえ、それを手配してくれるつもり?」とぼく。

「明らかにバカは生存に有利な性質らしいな」とケヴィンは言ったが、そこで声は沈み、

いまやほとんど聞こえないくらいになった。「もうわからんよ。『救済者』。なぜこんなこ とが? おれのせいだ。おれが『ヴァリス』を観に連れ出した。マザー・グースなんかと 関わりを持たせちまった。マザー・グースが救済者を生むなんてあり得ると思うか? こ のすべて、少しでもあり得るようなことか?」

「ソンブレロストリートに寄ろう」とデヴィッド。

「リピドン協会は酒場で会合を持つ。それがわしらの使命でござい。酒場にすわって飲

む。そうすりゃ世界が救われるのもまちがいないな。だいたい、そもそも何で救わにゃな らんのだよ」とケヴィン。

その後だれも口をきかず運転を続けたが、それでも結局ソンブレロストリートには行き 着いた。リピドン協会の多数派がそれに賛成したからだ。

*  

自分と意見を同じくする人々が、コウモリのクソにも勝るポンコツだというのは、どう 考えても悪い報せだ。ソフィア自身が(そしてこれは重要な点だ)エリックとリンダ・ラ ンプトンは病気だと言った。それに加え、ソフィアまたはヴァリスは、ランプトン夫妻に 包囲され囲い込まれかけていたときに、脱出のためのことばを与えてくれた――ことばを 与えた上、その後見事に時間を操作した。

ぼくはあの美しい子供と醜いランプトン夫妻とを区別できる。ぼくはこの両者をいっ しょくたにしなかった。重要な点として二歳児は叡智らしきものを持ってしゃべった……

メキシコビールのボトルを手に酒場にすわって、ぼくは自問した。叡智があるかどうかを 判断するための、理性の基準とは何だろう? 叡智は、まさにその性質そのものからして 理性的でなければならない。それは現実なるものに固定されるものの最終段階だ。賢いも のと存在するものとの間には密接な関係があるが、その関係は微妙なものかもしれない。

あの少女は何を語ってくれたっけ? 人間はいまや、人類自身以外のあらゆる紙性の崇拝 を放棄すべきだと語った。これはぼくには非理性的に見えない。それを言ったのが子供だ ろうと『ブリタニカ百科事典』からきたのだろうと、ぼくにはしっかりした主張に聞こ える。

しばらく前からぼくはシマウマ――1974年3月に目の前に顕現した存在をぼくはそう 呼んでいる――は実は、線形の時間軸に沿ったぼく自身の自己を融合させた総体なのでは ないか、という見解を持っていた。シマウマ――またはヴァリス――はその人間の超時間 的な表現なのであり、紙様じゃない……もちろん「紙様」という用語が本当に意味してお り、みんなが「紙様」を拝んでいるときに知らず知らず拝んでいるのが、まさにその人間 の超時間的な表現ではない限り。

どうでもいいや、とぼくは疲れて思った。もう諦めた。

ケヴィンが車で家まで送ってくれた。ぼくはすぐにベッドに入り、ボロボロに疲れて漠 然とした形で意気消沈していた。たぶんこの状況で何に意気消沈させられていたかといえ ば、ソフィアから受け取った使命がはっきりしないことだったと思う。任務があったけれ ど、何のためのもの? もっと重要な点として、ソフィアは成熟するにつれて何をするつ もりなんだろう? ランプトン夫妻とそのまま暮らす? 逃げ出して、名前を変え、日本 に引っ越して新しい人生を送る?

どこに姿を現すだろう? 今後長年、どこで彼女への言及を目にするだろう? 大人に なるまで待たなきゃだめだろうか? そうなると18年かかりかねない。18年あればフェ リス・F・フレマウント(映画からの名前を使うなら)は世界を制圧できてしまう――再 び。いますぐ助けが必要なのに。

でも、とぼくは思った。救済者はいつも今すぐ必要だ。後でというのは常に遅すぎる。

その場眠りに落ちると、夢を見た。その夢でぼくはケヴィンのホンダ車に乗っていた

ドキュメント内 ヴァリス VALIS (ページ 167-173)

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