ホースラヴァー・ファットが第五の救済者を見つけるのは、中国ではなかったし、そ れを言うならインドでもタスマニアでもなかった。『ヴァリス』がどこを探せばいいか教 えてくれた。通過するタクシーにひきつぶされたビールの缶。それが情報と救いの源な んだ。
それが実は、マザー・グースの選んだ用語を使うなら、ヴァリス、つまり巨大活性諜報 生命体システムだ。
ぼくたちはまさにファットに大金を節約させてやったわけだ。さらに時間と努力の無駄 も節約できた。ワクチン接種とパスポート取得の手間もそこに含まれる*。
数日後、ぼくたち三人はタスティン通りに車ででかけ、もう一度『ヴァリス』を吸収し た。慎重に見つつ、表面的にはこの映画がまるで筋が通らないことに気がついた。サブリ ミナルで周縁的なヒントを選り分け、すべて寄せ集めないと、何一つ得られない。だがそ うしたヒントは、それを意識的に検討して意味を考えようとしたかどうかにかかわらず、
こちらの頭に放射される。こちらには選択の余地はなかった。観客は映画『ヴァリス』に 対し、ファットがシマウマと称するものに対して持っていたのと同じ関係におかれてい た。トランスジューサーで知覚者で、完全に受け身の存在だ。
今回も、観客のほとんどはティーンエージャーで構成されていた。みんな、観たものを 楽しんでいるようだ。ぼくたちのように、この映画の不可解な謎を考えつつ映画館を後に した人がどれだけいるだろうか、とぼくは疑問に思った。もしかすると、一人もいないか も。でも、それで何一つ変わるわけではないという気がした。
ファットの紙様との遭遇と称するものは、グロリアの死が原因だとすることもできるけ れど、それが映画『ヴァリス』の原因だと考えることはできない。ケヴィンは、最初に映 画を観てすぐにこれに気がついた。説明はどうでもいい。いまや確立されたのは、ファッ トの1974年3月の体験が本当だったということだ。
オッケー。説明は、どうでもよくはない。でも少なくとも一つ証明されたことがある。
ファットは臨床的なキチガイかもしれないが、でも現実に封じ込められていた̶̶それは 何らかの現実ではあるが、まちがいなく通常の現実ではない。
古代ローマ̶̶使徒の時代で初期キリスト教徒の時代̶̶が現代社会に侵入してくる。
しかも目的をもって侵入してくる。フェリス・F・フレマウント、つまりリチャード・ニ クソンを失脚させるために。
連中はその目的を達成して、家に戻った。
帝国は結局のところ、・ 本・
当・
に終わったのかもしれない。
いまや自分がいささか説得されてしまったケヴィンは、聖書の黙示録的な書を二つ精読 してヒントを探すようになった。そしてダニエル書で、ニクソンを描いたと思える部分に
さしかかった。
四つの国の終わりに、その罪悪の極みとして 高慢で狡猾な一人の王が起こる。
自力によらずにクオウダイになり
驚くべき破壊を行い、ほしいままにふるまい 力ある者、聖なる民を滅ぼす。
才知にたけ
その手にかかればどんな悪だくみも成功し 驕り高ぶり、平然として多くの人を滅ぼす。
ついに最も大いなる君に敵対し 人の手によらずに滅ぼされる。
いまやケヴィンは聖書学者になってしまい、ファットは大いにおもしろがっていた。特 定の目的があるとはいえ、皮肉屋が敬虔になったわけだ。
だがもっと根本的な水準で、ファットは事態の展開に恐れを感じていた。ひょっとする と、1974年3月の紙様との出会いは単なる狂気の産物だと考えることでファットはずっ と安心していたのかもしれない。そういう見方をすれば、必ずしもそれを本気で受け入れ ずにすむからだ。いまや、それを本気にするしかない。みんなそうするしかない。説明の つかないことがファットに起こり、物理世界自体の溶解と、それを定義づける存在論的な カテゴリー、つまり時間と空間の溶解を示すような体験が起こってしまったのだから。
その夜、ファットはぼくに言った。「ちくしょう、もしこの世が存在しなかったらどう する、フィル? それが存在しないなら、何が存在するってんだ?」
「知らないよ」とぼくはいい、それから引用を付け加えた。「君が権威だからね」
ファットはぼくをにらみつけた。「ふざけんなよ。何やらの力か存在かが、すべてはホ ログラムだったとでもいうようにオレのまわりの現実を溶かしちまったんだぜ! オレた ちのホログラムに介入したんだぜ!」
「でもお前のトラクタテで、まさに現実ってのはそういうものだと主張してるじゃない か。二源ホログラムだって」とぼく。
「でも知的に考えるのと、それが本当に事実だと知るのとでは話がちがうだろ!」と ファット。
「ぼくに当たり散らしたってしょうがないだろ」とぼく。
カトリックの友人デヴィッドと、そのティーンかそこらの未成年ガールフレンドのジャ ンはぼくたちの薦めにしたがって『ヴァリス』を観てきた。デヴィッドは見終えてかなり 喜んでいた。紙の手が世界をオレンジのように絞っているのを見たからだ。
「そうとも、まあオレたちもそのジュースの中にいたんだがな」とファット。
「でも、それこそあるべき姿じゃないか」とデヴィッド。
「するとお前、この世すべてが現実のものだというのを捨ててしまって平気なのかよ」
とファット。
「紙様が信じているものはすべて現実なんだよ」とデヴィッド。
ケヴィンはこれに怖気をふるってこう言った。「何も存在しないなどと信じてしまえる ほどだまされやすい人物を紙様は創れるのかよ? だって、存在が無なのであれば『無』
というのは何を意味してるんだ? 存在している『無』は存在しない『無』と比べてどう
定義されるんだ?」
ぼくたちはいつも通り、デヴィッドとケヴィンの交戦の間で板挟みになっていたが、今 度の状況はちがっていた。
「存在するのは、紙様と紙様の
ウ ィ ル
ご意志だ」とデヴィッド。
「おれも紙様の
ウ ィ ル
遺言に入ってるといいんだがな。一ドル以上は遺してほしいもんだぜ」
とケヴィン。
「あらゆる生き物は紙様の
ウ ィ ル
遺言/意志に入っているんだよ」とデヴィッドはいささかもひ るまずに言った。決してケヴィンにやりこめられたりしなかった。
ぼくたちの小集団には、いまやだんだん懸念が広がってきた。いまのぼくたちは、精神 錯乱を起こした一員を慰め元気づける友人たちじゃなかった。ぼくたちは集合的にかなり 困った事態に入り込んでいたのだ。まさに完全な逆転が生じていた。ファットをばかにす るどころか、いまやみんなファットの助言をあおがねばならなかった。ファットこそは、
あのヴァリスだかシマウマだかという存在との接点だったのだ。その存在は、もしあのマ ザー・グースの映画を信じるのであれば、ぼくたちすべてに力を及ぼしているようなのだ。
「情報をおれたちに放射するだけでなく、その気になればおれたちをコントロールでき る。おれたちをオーバーライドできるんだ」
これが状況を完璧に伝えている。いつ何時、ピンクの光線がぼくたちに当たり、目をつ ぶし、そして視覚が戻ったら(戻るかもわからないが)すべてを知ったり何もわからなく なったりして、四千年前のブラジルにいたりする。時間と空間はヴァリスにとって何の意 味もないのだ。
ぼくたちみんなを結び合わせていた共通の心配があった。それはぼくたちが、知りすぎ たんじゃないか、あるいは解明しすぎたんじゃないか、という恐れだ。ぼくたちは、使徒 の時代のキリスト教徒たちが、驚異的なほど高度な技術を使い、時空間の障壁を突破して この世に侵入したのを知っている。そして巨大情報処理装置を使って、要するに人類史を 曲げてしまったのを知っている。こんな知識にぶち当たってしまうような生物種は、長命 表の上であまりよい成績を示さないかもしれないのだ*。
最も恐ろしいこととして、キリストを直接知っていた使徒時代のキリスト教徒たち、
ローマ人たちが教えを消し去る前に、直接口承で教えを受け取れる頃に生きていた人々 は、不死だったことをぼくたちは知っている̶̶またはそう推測している。ファットがト ラクタテで論じたプラスマテを通じて不死を獲得したのだ。元々の使徒時代のキリスト教 徒たちは殺されたが、プラスマテはナグ・ハマディで隠れ、そしていまや再びこの世に解 き放たれ、下品な表現で恐縮だけど、クソッタレなほどに*1怒り狂ってるのだ。復讐に飢 えてる。そしてどうやらそれは、その復讐を、帝国の現代版の表現形態である帝政アメリ カ合衆国の大統領に対して向け始めているのだ。
プラスマテが、ぼくたちを友人だと思ってくれることを願った。タレコミ屋と思わない でほしかった。
「何でも知っていて、世界を化体で覆い尽くそうとしてる不死のプラスマテがこっちを 探してたら、どこに隠れりゃいいんだ?」とケヴィン。
「シェリーが生きててこういった話を聞かなかったのはありがたい」とファットが言っ たのでみんなびっくりした。「だって、そしたら彼女の信仰が揺らぐじゃないか」
*1訳注:大瀧訳では「母親を冒す息子のように」。マザーファッカーをここまで直訳する例は初めて見た。