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東京 ロータリークラブ

東京 。丸の内ビルディング9階 908区 TEL(3201)3888 凸版印刷株式会社

World Understanding Month RIHUUIOO]H+FilAfrlIA#A

Rotary's

Centennial Celebration Meeting

& Family Party

February 23,2005

18:00

Fuji

Room

族会 手 子

NQ235*Apri1      2005(ゴ季劇風)

ご来賓の方々 と記念撮影

RI創 立100周年記念家族会風景 水野会長 よ り岡崎 由雄君ヘ 東京 ロー タリー クリアラ ン ド事業 の 目録贈呈

バレンタイン

0チ

ョコレート

江頭

 

啓輔

自動車部品輸入

この文 が 活 字 に な る頃 はす で に時期 外 れ だ が、今 年 もまたバ レンタイ ンチ ョコ レー トの売 場 が一段 と賑 や か にな ってい る。新 聞 を読 んで い た ら、 2月に なる と義理チ ョコに頭 を痛 めて 女子社員の顔色が憂鬱そ うになる、 と書 いてあ

るのを見て思わず笑 って しまった。

今年 の調査 で は、義理 チ ョコの数 は平均 で

5。9個、費用 は1個平均676円だそ うだ。因みに 昨年 は9。5個で平均869円 とあるか ら、職場の義 理チ ョコにも多少見直 しムー ドが出て きている のだろうか。

そ もそ もバ レンタインデーに女性か ら男性 に チ ョコレー トを贈 るとい う習慣 は、一体いつ頃 か ら日本 に出来た ものだろうか、一度誰かに教 えて欲 しい と願 っている。義理チ ョコとい うの は、 日本伝来のご挨拶 とい う文化の産物であろ うが、世界中でバ レンタインデーに女性か ら男 性へ とい うルールがある国は、私の知 る限 り日 本以外 に無い。 ましてそのお返 しのためのホワ イ トデーな どは、全 く聞いたことがない。

バ レンタイ ンデーの起源 は1700年 前 に湖 る。

3世

紀の昔、 ローマの司教バ レンタイ ンは、当 時司教の結婚 は違法 とされたため結局処刑 され る が 、 死 の 直 前 愛 す る 人 に from your Valentine"と記 した カー ドを贈 った。 これが 2月 14日 を不滅 のバ レンタイ ンデー に したい われである。

以前 ロン ドンに駐在 していた頃、娘が通って いた小学校 にバ レンタイ ンデー。ボ ックスが置 かれ、女で も男で も好 きな人宛てに匿名でカー

ドを書いてもよいという習慣があることを知っ て、驚いたことがあったのを覚えている。

日本で もそろそろ2月 14日 は女性か ら男性 へ というようなルールを止めて、男女を問わず お互いに義理のない、好 きな贈 り物をするとい う風に変えた方が、もっと楽 しくなるのではな かろうか。バ レンタインデーがあまり商業主義 に冒されるのは、バ レンタイン司教 の望む とこ ろではない筈 だ。

真夜 中の単騎待 ち

畠山  

国際貿易振興 団体

毎 週水 曜 日の定 例 昼食 会 の今 期 (2005年

1‑3月

)の

私 の テー ブ ル は21番で あ る。

そのテーブルの皆様のご趣味をテーブル表で拝 見す ると、 さすがに麻雀 を趣味 として挙 げた方 はお られない。私 を除いては、の話だが。

私が麻雀 を始めたのは戦後 間 もない小学校4 年生位の頃だった。両親 とも麻雀好 きで1つ の弟 と

4人

で時折家庭麻雀 をした ものだ。我 々 兄弟が中学、高校の頃はさすがに両親 も教育の ことを考 えてか、誘わな くなった。 したがって 私が再開 したのは大学入学後である。その最初 の麻雀の 日に私 は国士無双 を振 り込んだ。私が 当た リパ イを振 った途端 に彼 は「一寸待 って!」

と叫び、確認のため雀荘の壁 に張 り出 してあっ た大 きな手の一覧表 を見 にす っ飛 んで行 った。

卒業後私 は通産省へ入 ったのだが、石井 さん と い う人がいてある時十三不塔(シイサ ンプ トウ)

を上が った と言 った。最初の 自摸 を行 った段 階 で、頭 となる

2枚

の うちの

1枚

を除いて13枚 が皆異 な り、手の内の どの

2枚

に手の外か ら1

枚 を加 えてみて も一面子 も出来 ない とい うのが

十三不塔で役満 なのだが、 この人は14枚目を 自摸 らずに13枚だけでシイサ ンプ トウと叫ん だのだ。爾来 1枚足 りないで十三不塔をやろう とする行為は、イシイサン (石井さん

)プ

トウ と我々の間で呼ばれることとなった。ご多間に 漏れず徹夜麻雀になることもあった。役所の仕 事で徹夜する上に麻雀でも徹夜するのだから皆 疲れていて、真夜中などにうとうとする人もい た。ある真夜中Aがチイやポンをして晒 してな いのは手の内のただ

1枚

、俗に言 う裸単騎待ち となった。これ以上単純な待ちはないと思って 安心 した

Aは

その

1枚

を場に伏せてうとうとし 始めた。すると、注意力散漫になっている対面 のCが積んであるパイと間違ってAが伏せてい たパイを自摸 り「ああこれは要 らない」 と言っ て場に捨てた。その途端にAが目を覚まし「当 たり!」 と叫んだ。私はその場にいたわけでな いから、この話の決着が どう着いたか知 らない が知人から聞いた本当に起 きた話である。

格調の高 くない話になった。そもそもテーブ ル表の私の趣味の欄に『麻雀』などと書いてあ るからこういうことになったのだ。私は今 も中 学の同級生達などと麻雀を続けているし、今後 も止めないだろうが当クラブの方々でお打ちに なる方は少ないだろうから、「手に手を繋いで」

麻雀 というわけには行かないだろう。4月のテ ーブル表の私の趣味の欄からは麻雀を除いても

らおうと思っている。

心 と心

生 田

 

正治

海上運輸 ―外航―貨物定期

昨年のク リスマスイブに、谷村新司 さんのデ イナーシ ョーを楽 しんだ。食事 もデザー トコー ス に移 る頃、聞 き慣 れた心 に響 く歌声 と共 に、

谷村 さんはステージヘ。「群青」、「いい 日旅立 ち」、そ して「昴」等約20曲 。堪 能 しま した。

谷村 さんの歌の詞は心 に染み渡 り、 リズムは心 に響 くのです。大晦 日の夜の紅 白歌合戦 を見て いて も、似た様 な顔 をした少年少女の ようなタ レン トさん達が殆 ど無意味語の様 な歌詞 を絶叫 す る (よ うに私 には聞 こえる…・

?)パ

フォー マ ンスはどうも頂けません。多分それは私の老 化であ り、時代 セ ンス とのずれだろうとは思っ てい ますが、やっぱ り私 にとっては、谷村 さん を始め、石原裕次郎、堀 内孝雄、小椋佳 …・達 の方が、ズー ッとビッタシ来 ます。

宴の途 中で谷村 さんの トークがあ りました。

一昨年のある日、谷村 さんは上海音楽学院の学 長か ら突如手紙 を受け取 ったそ うです。開けて みて驚 いた。「教授 としてお迎 え したい」 とあ る。中国で、 ましてや言葉 もわか らないのに何 故。それに日本での仕事がギ ッシリだ。で も礼 儀 として上海 を訪れ、学長に会った。

谷村

 

「何故、言葉 もわか らない未知の 日本人 の私 に?」

学長

 

「歌 は国境や言葉 を越 えて人々の心 を通 わせ ます。その中で も谷村 さんの歌 には 感動 します。人々の心 と心 をつな ぐ貴方 に こそ是非教授 になって頂 きたいので す。」

谷本すさんは「心 と心」 と言 う言葉 にビビッと 来たそ うです。コロリと参 って、即お受け した。

「靖 国」や「尖 閣諸島」の様 な現象 も日中関係

ですが、谷村流の庶民 レベルの心の架け橋 こそ が大切、本当の友好親善、そ して平和の礎 とな る筈です。

そ こでふ と思いました。 これ こそが ロー タリ ー ク ラブ精 神 で は なか ろ うか と。 166ケ 国、

120万人の方 々が参加 し、定期的に集い、 また お互いに訪問 し合 いなが ら 奉仕 と国際親善/ 平和

"と

い うロータリーの理念 を共有 し、活動 することのすば らしさ。

今世界 は真 に地球 レベルのグローバ リズム と 市場化 の中で、民族、宗教問題等根 の深 い混乱、

そ して新秩序へのプロセスを辿 ってい ます。 こ うい う時代 にこそ世界のロータリアンが更に輪 を広め、世界の人々の心 と心 をつな ぐ役割 を果 たす ことが期待 されます。

手 に手つ ないで

 

つ くる友の輪 輪 に輪つないで

 

つ くる友垣 手 に手

 

輪 に輪

ひろがれ

 

まわれ

 

一つ心 に

お ゝロー タリアン

 

お ゝロー タリアン

真冬 に真夏のお話

伊藤

 

公―

外科医

小生、 1月生 まれでござい ます。 よって寄稿 の頃は必ず真冬 に当た ります。例年であれば、

夏の気温や景色 などすっか り忘れて しまうはず ですが、なんだか今年は違います。昨年の猛暑 があま りにも長かったので、寒 さが新鮮 にす ら 感 じる今 日この頃です。そこで、季節 はずれの 話題 を綴 ってみることといた します。

8月 の晴天 日、東京駅の階段 を駆 け登 りなが ら乗車 した昼間の東海道新幹線、が らが らの車 輌内、 なぜか小生以外の乗客 は浴衣姿の「お相 撲 さん」団体。瞬間、熱気が伝 わって くるよう な感があった ものの、なぜか車内は涼 しげ。 自

分だけが全 身にほ とば しる汗 をハ ンカチで拭い なが ら、 ひたす らに扇子でクー リングを してお りました。一方、相撲取 りの方 々は誰 もが実に きちん と鎮座。だ らしないのは小生だけ と気付 き、 プロの姿 に感服!

厳 しい残暑が続 く東京の 9月 夕刻、派手なパ ーテイにお呼ばれ しました。 フランス料理の着 席 に、無論 ダークスーツを着込んで参上 しまし たが、なん と会場 は流行の屋外 レス トラン。準 備段 階で熱帯夜 は予測 出来なかった と主催者 は 恐縮す るものの、 また もや汗 だ くで着席。 とこ ろが驚 くことに同席の ご婦人 らは、皆 さん「和 服 で礼装」。著名 なデザイナー と、そのお仲 間 たちで したが、前述のお相撲 さん同様 に誰 もが 涼 しげで、暑いな どとは一言 もおっ しゃらず に 談笑。 だ らしな さそ うなのは小生 だけであ り、

また もやプロの姿 に感服 !

そ ういえば、東京 ロータリーで御縁がで きた 川上 さんや野 口 さん、 同年代 の「和 のお友達」

の礼装姿、いつ も凛 としていますね。

内面、外面 ともに粋の修行 に励 もうと思わせ た昨年の猛暑で した。

ロシア語の難 しさ

小林

 

正夫

印刷用紙製造

先 日「ひ と 。ビジネス」 とい う日経の夕刊欄 に人間文化研究機構長の石井米雄 さんの大変興 味ある話 しが5回に分けて連載 されていた。石 井 さんはタイ研究の専 門家であるが、氏 は語学 の天才で タイ語 をは じめフランス語、イタリア 語、 ラテ ン語、 ビルマ語 な ど数多 くの言語 を習 得 されている。 タイの 日本大使館 での勤務経験 や梅樟忠夫 さんのイン ドシナ調査 に同行 した時 の話 など非常 に面 白いが、特 に私の注意 を引い たのは、その中でさ りげな く「ロシア語 は三度 手 を出 しなが ら敗退 した。」 と語 ってお られた

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