第 6 章 放射性セシウムによる食品の汚染 109
6.3 セシウムの平衡量とカリウムの量の比較
放射性セシウムによる内部被曝については別の視点から考えることもでき る。自然界にずっと昔からあるカリウム 40 による内部被曝と比較するという やり方だ。
人の体内では、カリウムとセシウムは(安定な元素か放射性同位元素かには 関係なく)大ざっぱには同じように分布すると考えられている*6。また、放射 性カリウムの出す放射線と放射性セシウムの出す放射線はかなりよく似てい
*6ブラジルのゴイアニアというところで何人かの人が放射性セシウムを大量に摂取してしま う事故があったとき、事故にあった人たちの体内での放射性セシウムの(大まかな)動きが 調べられた。また、チェルノブイリの事故の際に放射性セシウムを摂ったトナカイのかいぼう解 剖 なども行なわれている。これらの(あるいは他の動物実験などの)データは、セシウムの体 内での動きは大ざっぱにはカリウムの動きに似ていることを示している。ただし、54 ペー ジの脚注*14で述べたように、体内での放射性セシウムのふるまいが完璧に理解されてい るというわけではない。
6.3 セシウムの平衡量とカリウムの量の比較 115 る*7。そこで、体内にある放射性カリウムと放射性セシウムの量を比較するこ とで、セシウムによる余分な被曝が「どれくらい大きいか」の目安にできる。
「セシウムがカリウムの△倍程度だから平気だろう」とか「セシウムをカリウ ムの○倍以内には抑えたいから食生活を工夫しよう」という風に考えようとい うわけだ*8。
ただし、どうやって比較すればいいかは当たり前ではないので、順を追って 説明する。
■放射性カリウムについて カリウム(元素記号は K)は原子番号 19 の原子 で、安定な原子核はカリウムげんしかく 39 とカリウム 41 の2種類。自然界にあるカリ ウムのほとんどはこの2つの安定な核種で、そこに 1 万分の 1 くらい、不安 定なカリウム 40 が混ざっている。カリウム 40 は不安定といっても、半減期はんげんき はなんと 12 億 5千万年もある。ほとんどほうかい崩壊しないということだ。
カリウムはわれわれ生き物が生きていくために絶対に必要な元素だ。しんけい神経の
じょうほうでんたつ
情 報 伝 達など、いろいろなところでカリウムイオンがかつやく活躍している。われわ れの体の中には、体重のおおよそ 0.2パーセントのカリウムがあるとされる。
そして、このカリウムの量はだいたい一定になるように調整されている。
体内のカリウムの量がほぼ一定で、自然界のカリウムのうちの約 1 万分の1 が放射性のカリウム 40 だということは、ぼくたちの体の中にはいつでもほぼ 一定の量のカリウム 40 があるということを意味する。実際、人の体内には体
重1 kg あたり約 60 Bqのカリウム 40 があるとされている。そして、ぼくら
は、カリウム 40 が体の中で出す放射線を受けて、つねに内部被曝しているの だ(58 ページの表 4.3を見よ)。これは、生命がこの地球に誕生して以来ずっ と続いていることなのである。
*7
くわ詳 しくは、ぼくの解説「食品中のセシウムによる内部被ばくについて考えるために」をご 覧ください。
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/housha/details/CsInBody.html
*8また、この視点に立てば実効線量係数を使う必要がない。ICRPの実効線量の計算法に疑 問を感じている人も、この考え方なら安心して使えるのではないだろうか?
116 第6章 放射性セシウムによる食品の汚染
1年 2年 3年 経過時間
図6.2 成人が放射性セシウムを一定のペースで摂り続けたときの体内の放 射性セシウムの量の変化。当初、濃度はどんどん増えていくが、2年ほどで 摂る量とはいせつ排 泄される量がバランスし体内の放射性セシウムの量は「平衡量」
に落ち着く。
■体に入ったセシウムはどうなるか セシウム(Cs)とカリウム(K)の化学 的な性質はよく似ている*9。ただし、カリウムと違ってセシウムは生命活動に 使われないので、普通は体内にはほとんどない。食べ物や飲み物といっしょに セシウムを摂ると、胃腸でほとんど吸収され、血液に溶けて全身にくまなく運 ばれるとされている*10。それから少し時間をかけて尿といっしょに体外に排 出される。これは、放射性のセシウムについても、安定なセシウムについても 同じだ。
カリウムは体内にたっぷりと存在し、濃度はほぼ一定だということを上で 説明した。セシウムの場合、濃度はきわめて低いし、一定しているわけでもな い。体内にあるセシウムの量は、どれくらいセシウムを摂取するかに大きく左 右されるのだ(図 6.1の「キノコ好きおじさん」のデータが好例)。
もともと体内に放射性セシウムがまったくなかった(あるいは、ほとんどな かった)人が、毎日ほぼ一定の割合で放射性セシウムを摂取することを考えよ
*9理系読者向けの注意: 周期表を「縦に」覚えている人は、水素H の下に、H, Li, Na, K,
Rb, Cs, Frと続いていることを思い出そう。周期表で縦に並んでいる元素の化学的性質は
似ているのだ。
*10理系読者向けの注意:5.1 節の脚注 *1(90 ページ)でも述べたように、セシウムは1価 のイオンになって水によく溶ける。
6.3 セシウムの平衡量とカリウムの量の比較 117
100 200 300 400 500 600 700 50
100 150 200 250 300
0 日 Bq
図6.3 5歳児が、100日目から600日目のあいだ(ピンクの領域)1日に 10 Bqの放射性セシウムを摂取し続けたと想定し、ICRPの動態モデルを用 いて体内のセシウムの総量を計算した。
う(図 6.2)。体内のセシウムの量は徐々に増えていくが、いくらでも増え続け るということはない。セシウムは口から入ってくるだけでなく、尿などからも
はいせつ排泄されるので、そのうち、入る量と出る量がバランスするようになる。そう なると、体内の放射性セシウムの量はほぼ一定値に落ち着く。この「バランス した一定値」のことを、この本では放射性セシウムのへいこうりょう平 衡 量と呼ぶことにし よう。
このことをよりくわ詳しく見るため、図6.3に、5 歳児の体内の放射性セシウム の総量の時間変化を示した。実測ではなく、ICRPの使っているモデルによっ て計算した理論的なグラフである。ここでは、この子供が 100 日目から 600 日目のあいだ(グラフではピンクで示した領域)、1日に 10 Bqずつの放射性 セシウムをずっと摂り続け、その後、放射性セシウムの摂取をやめたというこ とを想定している。
体内の放射性セシウムの量は、当初はどんどんと増加するが、一定値(この
場合は約300 Bq)に達したところで変化しなくなる。この一定値が、この場
合の平衡量だ。また、セシウムの摂取をやめると、体内のセシウムの量はどん どんと減りゼロに近づいていく。
118 第6章 放射性セシウムによる食品の汚染
成人 15 歳
10 歳 5 歳
1 歳 3ヶ月
0 100 200 300 400 500 600
20 40 60 80 100 120 140
日 Bq
図6.4 成人、15歳、10歳、5歳、1 歳、3ヶ月の人が、一日に1 Bqずつ の放射性セシウムを摂取し続けた場合の体内の放射性セシウムの量の時間変 化。ICRPの動態モデルを用いて計算した。
1日の摂取量が異なるときには、縦軸の目盛りを読み替えてやればいい。た とえば、1日に20 Bq摂取するなら、(横軸はそのままで)縦軸の目盛りを 20倍する。
体内の放射性セシウムの量の変化の仕方にはもちろん個人差があり、体重や 年齢・性別によって異なる。図 6.4は、様々な年齢の人が1日に1 Bqずつ放 射性セシウムを摂取し続けた場合の体内の放射性セシウムの量を表わしてい る。実際には年齢によって摂取量も大きく異なるから、セシウムの量そのもの を比較することに大した意味はない。子供の場合は 2、3 ヶ月ですばやく平衡 量に達し、大人の場合は何年かかかってゆっくりと平衡量に達することに注意 しよう。
1日の摂取量が異なるときには、図 6.4のグラフの縦軸の目盛りを(摂取量めも に比例させて)読み替えてやればいい。たとえば、1日に20 Bq摂取するな ら、縦軸の目盛りを20倍する。横軸の目盛りはそのままなので、1日の摂取 量が異なっても、体内の放射性セシウムの量が平衡量に達するまでの時間は変 わらないことになる。
■セシウムの平衡量 十分に長い期間にわたって(子供なら、2, 3ヶ月のあい だ)日常的に放射性セシウムをせっしゅ摂取し続けている場合には、内部被曝の大きさ
6.3 セシウムの平衡量とカリウムの量の比較 119 年齢 3ヶ月 1歳 5歳 10歳 15歳 成人
平衡量(Bq) 23 19 30 53 117 143
表6.3 毎日1Bqの放射性セシウムを摂取し続けた際の体内の放射性セシ ウムの平衡量。ICRPの動態モデルに基づいて計算した。
を決めているのはセシウムの平衡量だと考えていい。そして、放射性カリウム と放射性セシウムを比較するには、体内に存在する量(つまり、一定のカリウ ムの量と、セシウムの平衡量)を比べるのが見通しがよい。たとえば摂取量を 比較しても、2つの物質の動態(吸収から排出への流れ)が異なっているので、
単純な対比ができないからだ。さらに、放射線による影響を知りたいのだか ら、(2.3節で説明したように)放射性カリウムと放射性セシウムの量はベクレ ルで表わして比較する*11。
表 6.3は、放射性セシウムを一日に平均1 Bqずつ摂り続けたときの、体内と での放射性セシウムの平衡量を年齢別にまとめたものである。ここでもICRP が用いているモデルを使って計算した。このような計算はモデルの取り方にか なり依存するので、細かい数値を気にする必要はない。あくまで、大ざっぱな 目安と思ってほしい。
また、平衡量は、1日あたりに摂取する放射性セシウムの量に比例する。た とえば、5歳児が1日に10 Bqずつ摂取するなら、平衡量は(表の値を10倍 し)30 Bq×10 = 300 Bqとなる。図 6.3での平衡量が300 Bqだったのと話 があっている。
これで、「体内のセシウムとカリウムの量を比較する」準備が整った。最初 に考えた基準ギリギリの食品を食べている人の例で計算しよう。
例(セシウム):成人が 1日に200ベクレルの放射性セシウムをずっと摂り
*11もちろん、カリウムとセシウムの、ベクレルで表わした量が等しくても、影響がまったく同 じというわけではない。ただ、放射性カリウムからの放射線と放射性セシウムからの放射 線はかなり似ているので、大ざっぱには同程度の影響を与えると考えていい。