第 7 章 さいごに 125
7.2 これからどう考えていけばいいのか
事故の何ヶ月か後、まだまだ世間がひどく混乱していた時期に、ある福島の お医者さんが語った「こうなった以上、福島が日本一の健康で長寿の県にな るとうれしい。いや、絶対に、そうしてみせる!」という言葉を、ぼくは忘れ ない。
7.2 これからどう考えていけばいいのか
放射性物質による汚染について、放射線被曝による健康への影響について、
日本で暮らすぼくたちは、これからどう考えていけばいいのだろうか?
■簡単な答えはない まず、誰もが認める「正解」などはないと思う。
もちろん、何もかもがわからないわけではない。何度も強調してきたよう に、低線量被曝の影響についても一定の「目安」はある。それでも、日本に暮めやす らす人たちが最終的に何らかの悪影響を受けることがあるのか、ないのかは、
完全にはわからないと思う。
本やインターネットで人の書いた物を読んでいると(と言っても、ぼくは、
人が書いた「まとめ」のたぐい類 はあまり読まないのだが)、確信をもって「絶対に 安全です。心配はいらない」と書いている人がいると思うと、同じくらい堂々 と「絶対に危険だ。逃げろ」と叫んでいる人もいる。みんな何故こんなに確信なぜ をもって物が言えるのだろうと、ぼくなんかは不思議に思ってしまう。
ぼくも、ちゃんと理解したい、自分でも判断できるようになりたいと思っ て、2011年3月以来、ずいぶん随分とたくさんのぶんけん文献やしりょう資料や論文を読んで「勉強」し てきた。その結果、放射線の影響について、かなりはっきりと理解できている 部分があることがよくわかった。それと同時に、低線量のデリケートな部分に なると、いろいろと不確実なことがあることも知った。今の日本が、絶望した り騒ぎ立てたりするような悲惨な状況ではないということはなっとく納得したが、かと いって、「絶対に安全です!」と太鼓判を押せるほどに様々なことが解明されたいこばん ているわけでもないという感触もあった。要するに、いつまで経っても、ぼく は確信をもって何かを言えるようにはならなかったということだ。
130 第7章 さいごに web上の解説も、そして、この本も、そういう「確信をもって物を言えない 状態」のままで書いた。
だから、これまでの研究・調査の結果、ほぼ確実にわかっていると思えるこ とがらについては「わかっている」とちゃんと書き、そうでないことがらにつ いては、「わからない」と正直に書いた。けっきょく、ぼくに書けるのはそう いう本だけだと思うし、ひょっとすると、そういう本があるとうれしいと思っ てくれる人も少しはいるかもしれない*9。
考えてみれば、人類の歴史にせよ、個人の人生にせよ、すべてが「完全にわ かって」から決断して行動するなんていうことは決してない。いつでも何かし ら「わからない」ことは残る。それでも、最後は自分なりに考えた道を選んで 進んでいくものだ*10。「放射線や放射性物質が日常の一部になってしまった日 本でどう考えて生きて行くのか」というのは、ずいぶん随分とじゅうこう重 厚 なテーマかもしれ ないけれど、本質は変わらないとぼくは思う。やっぱり、何が「わかって」い て、何が「わかっていない」かを知った上で、最後は自分なりに方針を決めて 進んで行くしかない。この本が、ほんの少しでも、そのお手伝いになれば、ぼ くとしてはものすごくうれしいです。
■今は普通の時ではない 忘れてはいけないのは、ともかく、2011年3月に ものすごいことがおきて、その余波はまだまだずっと続いているということ だ。ぼくは、これは日本にとって戦争以来の最大の難関だと思っている。
だからといって、やたらパニックになったり大騒ぎしたりする必要はない。
でも、逆に、すべてについてれいせい冷静でちんちゃく沈 着 に普段通りにやろうとしなくてもいふだんどお いんだとも思う。こんな時期なんだから、日本にいる人が皆、同じ反応をして 同じように考える必要なんて、絶対にない。みんなが、それぞれに「自分らし い」反応をすればいいんだと思う。
やたら冷静でいつも通りの人もいれば、いろいろと気にして普段とは違う対
*9webページに書いた解説を好きだと言って、ぼくを応援してくださった方が予想外に多 かったので、そう思うようになりました。ありがとうございます。
*10就職を決める話とか、志望校を決める話とか、好きな人に告白する話とか、お夕飯を何にす るか決める話とか、ご自分の好きなネタでいくらでも話をふくらませてください。
7.2 これからどう考えていけばいいのか 131 策をとる人もいる。ぼくはそれでいいと思う。こんな時なんだから、お互いの やり方を邪魔しないで、みんなそれぞれにバラエティーに富んだ生き方をすれじゃま ばいい。放射線との付き合いはこれからずっと続く長期戦だから、しばらくす れば、徐々に新しいバランスが見えてくるはずだ。気長にやろう。
放射線のことがわからず、怖くて仕方がなくて心配している人はたくさんい ると思う。ぼくは、それは当然だと思うし、仕方がないと思う。誰も経験した ことのない事態だし、わけ訳のわからないものを怖いと思うのは自然な心理だ。
「あなたの怖がり方は正しくない。正しく怖がりなさい」などと言われて も、どうしようもない。「怖い」というのは人間の素直な感情なのだから、「正 しい」とか「正しくない」とかいう物ではないはずだ*11。そもそも「正しく怖 がれ」と言われてきょうふかん恐怖感が消えるようだったら、そんな楽な話はない。
■「気にする自由」と「気にしない自由」 ぼくは、「気になる人」たちには「気 にする自由」があると信じている。恥ずかしがらず、堂々と、「気になる、心配 だ」と言うべきだし、まわりの人も「気にする自由」を認めるべきだ。なにし ろ、歴史に残るとんでもないことが日本でおきて、それから、ほんの少ししか 時間が経ってないのだから。
いろいろな人の体験談を聞いてみると、「気になる」と思っているのに、
それを人に言えず、特に何もできないままもんもん悶々としているのは、ものすごく
せいしんえいせい
精神衛生に悪いという*12。それよりも、「気になる」ならば、たとえば、自分 の周辺の地域のくうかんせんりょうりつ
空間線量 率を(インターネットなどで)調べ、この本に書いた いくつかの「目安」と比較して自分なりに検討してみるといいと思う。あるい は、「例」の計算を自分でやってみるのもいい。自分なりに考えていれば、だ んだんと物の見え方や心持ちも変わってくるんじゃないだろうか(別に「気に する」のをやめる必要はないですよ)。さらに、同じように「気になる」と思っ ている人と知り合って、いっしょに色々と調べたり考えたりできるようになれ ば、なおよいと思う。
*11だいたい、お化け屋敷やホラー映画が「怖い」のは、「正しい怖がり方」なのだろうか?
*12そこでインターネットをやって、「危ない危ない」と言っている人のブログやTwitterを読 むと、さらに精神衛生に悪い。
132 第7章 さいごに
「気にする自由」があるのと同じように、「気にしない自由」があるという ことも言っておきたい。
人生は(おそらく)1回きりだし、人には、悩むべきこと、考えるべきこと、
がんばるべきことが色々とある。日本が大変なのはわかっているが、自分が気 にしたからといってものごと物事が急にかいぜん改善するわけでもない。むしろ、自分が、人生 の今の時期にやるべきことを全力でやろう — というのは、尊敬すべき立派な 態度だと思う。
いや、別にそんなかっこよくなくても、単に「気にならないから、気にしな い」というのだって、ありだと思う。ご存知のように、そういう人はかなり 多い。
なんかたまむしいろ玉虫色ではあるけれど、「気にする自由」と「気にしない自由」をお互
いに認め合うのが大切だと思う。
自分が放射線のことを「気にしない」で生きているからといって、周囲の人 にも同じ生き方を要求してしまうのはよくない。今の日本では、「気にする自 由」はすごく大事なのだから。
同じように、自分が「気にして」いて不安を感じているからといって、周囲 の人にもいっしょに不安を感じ、同じ対策をとってほしいと思ってはいけない だろう。「気にしない自由」も大切にしてあげなくてはいけない。
もちろん、「気にする人」と「気にしない人」が同じ社会で暮らしていれば、
意見の不一致や不便なことは出てくるに違いない。それは仕方がないことだ。
なにしろ、日本は戦争以来の最大の危機にきき 見舞われたのだから、みま 不都合が出てふつごう くるのも無理はない。どちらか一方が(あるいは、両方が)ある程度の我慢をがまん してゆず譲らなくてはならないだろうが、そこは理性的に話し合って決めていくし かない。
ぼくなんかが偉そうなことを言うのは恥ずかしいけれど、この困難な時期に 何よりも大切なのは、「気にする自由」と「気にしない自由」をお互いに尊重 し合いながら、最良の未来を目指していくことだと信じている。