第 2 章 放射性物質と放射線 9
2.2 原子核と放射線
■原子核の構造 炎が燃え上がっても「ビクともしない」原子核にも、実は
「中身」がある。原子核は、なかみ 陽子、ようし ちゅうせいし中性子と呼ばれる粒子が*12、核力という強 い力で結びつけられてできた小さなかたまり塊 なのだ(図 2.3)。
原子核を作っている陽子と中性子の個数がわかれば、その原子核の種類がわ かる。陽子と中性子の個数の合計を質量数と呼ぶ。陽子の個数が(その原子核 を含む原子の)原子番号である*13。そして、原子核の種類(「核種」と言うこ
*11とは言っても、ぼくらの日常生活のエネルギーの源になっている太陽は、原子核が変化する
かくゆうごうはんのう
核 融 合 反 応 によって光を出している。原子核が変化しなければ太陽は光らないのだ。そ れ以前に、原子核が変化しない宇宙では、様々な原子核が合成されることもないので、ぼく たちが見ているような世界は絶対にできない。
*12理系読者向けの注意:陽子も中性子も、大きさは10−15 m程度で、質量もほぼ等しくて約 1.7×10−27 kgである。ただし、陽子は+eの電荷を持ち、中性子は(名前のとおり)電 荷をもたず中性である。陽子も中性子も素粒子ではなく、クォークと呼ばれる素粒子が3 つ集まってできた粒子だということがわかっている。
*13理系読者向けの注意:一般に、質量数をAと書き、原子番号をZと書く。陽子の持つ正の 電荷と電子の持つ負の電荷は、正負が異なるだけで、大きさは完全に等しい。電子と陽子の 個数が等しいと、原子全体はちょうど電気的に中性になる。
2.2 原子核と放射線 15 ともある)を表わすときには、
質量数
137
Cs
55
元素記号 原子番号
という風に、元素記号(この場合はセシウムのCs)の左上に質量数を書き、左 下に原子番号を書く。ただし、元素記号がわかれば原子番号は一つに決まるの で、137Csのように、質量数だけを書くことも多い。また名前で呼ぶときには、
「セシウム 137 」とか「ヨウ素 131」のように、原子(元素)の名前のあとに 質量数をつける。
■原子核の崩壊 好き勝手な個数の陽子と中性子を集めてやれば、それで原子 核ができるというわけではない。陽子と中性子のあいだに働く力がうまくつり 合って、ちゃんと原子核ができるためには、陽子と中性子の個数がじょうず上手にバラ ンスしていなくてはいけないのだ。
たとえば、陽子 55 個と中性子 78 個からできているセシウム 133(13355Cs) という原子核では、陽子と中性子の個数がちょうどよくバランスしている。そ のため、セシウム133はしっかりとしたあんてい安定な原子核である。
同じセシウムの原子核でも、安定なセシウム133に比べると中性子の個数が ずれてしまった原子核もある。すぐ上に登場したセシウム 137(13755Cs)の原 子核は、陽子55 個と中性子 82 個からできている。セシウムだから陽子は55 個と決まっているのだが*14、セシウム133に比べて中性子が4個多い。実は、
この原子核は原子力発電のふくさんぶつ副産物として作られる。
このように(バランスした状態に比べて)中性子が多すぎる原子核は「不安定」ふあんてい である。どういうことかと言うと、セシウム 137 も、しばらくは自分の姿を 保っていられるのだが、ある程度の時間が経つと、やはり自分はバランスが崩た れていることを自覚してしまう。けっきょくは「ダメだぁ〜」という感じであ きらめて、バリウム 137(13756Ba)という安定な原子核に姿を変えてしまうの だ(図2.4)。
*14元素の名前が決まれば、原子番号が決まる。そして、陽子の個数は原子番号に等しい。
16 第2章 放射性物質と放射線 137
55
Cs
13756Ba
ベータ線 ガンマ線
図2.4 不安定なセシウム 137の原子核は崩壊して(短命な中間状態を経 て)安定なバリウム137の原子核に姿を変える。この際に、高いエネルギー の光子(ガンマ線)と電子(ベータ線)が外に飛び出てくる。
こうやって不安定な原子核が別の原子核に変わってしまうことをほうかい崩壊と言 う。不安定な原子核が崩壊すると、最終的には、安定な原子核へと変化する。
すぐ後で説明するが、原子核の崩壊の際には放射線が外に飛び出てくる。つま り、原子の中心でずっしりと構えていた「ビクともしない」原子核も、実は、
変化することがあるということだ。これは、20世紀前半の実に驚くべき発見 の一つだった。
■放射線 セシウム137がバリウム137に姿を変えるとき、外に、光子(光 の粒)と電子が一つずつ飛び出してくる(図 2.4)。これら光子と電子は、高い エネルギー(正確には、運動エネルギー)を持っている*15。前に登場したeV
(エレクトロン・ボルト、電子ボルト)の単位で測ると、光子のエネルギーは約 60万eV、電子のエネルギーは平均で約20万eVだ*16。水素分子2個と酸素 分子1個が反応するときに出てくるエネルギーが5 eV だったことを思い出そ う。なんと10万倍以上のエネルギーが放出されることになる。
これは、今の例にかぎったことではない。一般に、原子核の崩壊にともな伴うエ ネルギーは、化学反応に伴うエネルギーに比べると、けたちが桁違いに大きいのだ。こ のようなエネルギーの大きさの違いは、放射線を理解していく上できわめて重
*15エネルギーについては、付録A.1を見よ。
*16理系読者向けの注意: セシウム137からのガンマ線(光子)のエネルギーは(ほぼ)定まっ ているが、ベータ線(電子)のエネルギーは広い分布を持っている。ここにはベータ線のエ ネルギーの平均値を引用した。
2.2 原子核と放射線 17 要になってくる*17。この点については、2.5 節でじっくりと議論する。
言うまでもないだろうが、このような高いエネルギーを持った光子や電子の 流れが(この本の主要なテーマの)放射線だ。光子の流れをガンマ線、電子の 流れをベータ線と呼ぶ。
■放射性同位元素 普通のセシウムの原子は、(安定な)セシウム133の原子 核と、そのしゅうい周囲をまわる55個の電子からできている。これにそっくりな「変 なセシウム原子」が何種類かある。やはり電子は55個あって、まわり方も「普 通のセシウム原子」の場合とほぼ完璧に同じなのだけれど、真ん中にいるの が、たとえば、セシウム137の原子核なのだ。つまり、普通の原子の真ん中に いる安定な原子核を、同じ種類の不安定な原子核に置き換えてしまったという ことだ。
このような、セシウム137が真ん中にいる原子も、原子核がほんの少しだけ 重いことを別にすれば、普通のセシウム原子とそっくりだ。化学反応や化学結 合の仕方も、普通のセシウム原子とほとんど区別がつかないしかた *18。化学の分野 では、このような不安定な原子核が中心にいる原子*19のことを放射性同位元 素と呼んでいる。もとの元素(この場合はセシウム)と同じ化学的性質を持つ から「同位元素」であり、放射線を出すから「放射性」というわけだ。
単に「セシウム137」というときには、原子核の種類(核種)を表わすこと もあれば、放射性同位元素(つまり、物質の種類)を表わすこともある。この 本でも両方の意味で使っているが、混乱は生じないと思う。
さて、これでだいたい役者はそろった。新しい節に移って、放射性物質や放 射線についてしっかりとまとめよう。
*17もちろん、何十万eVと言っても、日常的なスケールから言えば、まだまだとても小さなエ ネルギーに過ぎない。しかし、放射線を作っている個々の粒子のエネルギーがきわめて高 いために、放射線は独特の性質(特に生体への影響)を持つことになる。これは、4.3 節の 重要なテーマになる。
*18化学反応や化学結合でしゅやく主 役 をえん演 じるのは電子だったことを思い出そう。
*19「元素」だから、正確には「原子の種類」。脚注*2を見よ。
18 第2章 放射性物質と放射線