1 cos
4. 磁気コンプトン散乱実験結果
測定に用いた試料はYTiO3である。測定した試料の方向は、[100], [001]方向の3つの方向 である。つまり、a 軸、c 軸方向である。a軸の場合では、[100]方向を散乱ベクトルの方向 に平行にして測定する。c軸の場合でも同様に、散乱ベクトルの方向に, [001]方向を平行に して測定を行う。その様子を図Ⅲ-8に示す。
図Ⅲ-8 測定方向と散乱ベクトルの関係(測定する試料方向と散乱ベクトルは平行)
4-1. 実験結果
図Ⅲ-9がa軸配置で測定された生のデータである。250〜300チャンネル付近にあるピー クはYの蛍光Xである。800チャンネル付近の幅の広いピークがコンプトンピークである。
ドップラーシフトを受けているために、幅の広いピークになっている様子がわかる。970チ ャンネル付近のピークが弾性散乱ピークである。実際には、図Ⅲ-9はI+の測定結果である。
磁気コンプトンプロファイルを得るためには、I+からI−を引く必要があるので、I−の測定結 果を図Ⅲ-10に示す。図Ⅲ-9と図Ⅲ-10を比べてもほとんど差がないことがわかる。3-2章で は触れなかったが、I+からI−を引く時には弾性散乱ピークによる規格化を行う。つまり弾性 散乱ピーク強度を同じにするのである。その理由は、測定する上でどうしても入射 X 線の 強度が変化してしまうために、I+とI−での弾性散乱ピークが一致しないという問題があるた めである。
図Ⅲ-9 a軸でのI+の測定結果
図Ⅲ-10 a軸でのI−の測定結果
0 200 400 600 800 1000
0 1 10
7] 2
Channel
C o u n ts
Compton
Elastic
Yk α Yk β I+
0 200 400 600 800 1000
0 1 10
7] 2
Channel
C o u n ts
Compton
Elastic
Yk α Yk β
I-規格化や 3-2 章で示した④番までの補正を行った磁気コンプトンプロファイルを図Ⅲ-9 に示す。図Ⅲ-11は素子1つにおける磁気コンプトンプロファイルである。ここでは解析手 順を模式的に示すために素子1つの場合を示した。実際には、13素子あるので13素子を足 し合わせた磁気コンプトンプロファイルを図Ⅲ-12に示す。
図Ⅲ-11 素子1つにおける磁気コンプトンプロファイル
図Ⅲ-12 13素子を足し合わせた磁気コンプトンプロファイル
-10 0 10
0 2 4 [ 10
6] 6
p
zC o u n ts
[a.u.]
-10 0 0 10
2 4 [ 10
7] 6
p
zC o u n ts
[a.u.]
図Ⅲ-11と図Ⅲ-12 を比較すると図Ⅲ-12 の方が格段に滑らかになっていることがわかる。
これは統計精度が上がった結果である。さらに統計精度を上げるために
p
z0
[a.u.]で折り 返し、飽和磁化の値で規格化したものを図Ⅲ-13に示す。同様のデータ処理を行って得られ た、c軸での磁気コンプトンプロファイルをそれぞれ図Ⅲ-14に示す。この2つを比べると c軸方向での磁気コンプトンプロファイルが、a軸でのプロファイルと異なっていることが わ か る 。図Ⅲ-13 a軸での磁気コンプトンプロファイル
図Ⅲ-14 c軸での磁気コンプトンプロファイル
0 1 2 3 4 5 6
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6
p
zJ
mag( p
z) [
B/a .u .]
[a.u.]
0 1 2 3 4 5 6
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5
p
zJ
mag( p
z) [
B/a .u .]
[a.u.]
4-2. スピンモーメントの算出
39-42)原子の磁気モーメントは、一般に電子スピンモーメントSと軌道磁気モーメントLの合 成L+2Sに比例するが、磁気コンプトン散乱にはそのうちSしか関与しないという特徴があ る 41)。よって磁気コンプトン散乱実験によりスピンモーメントを算出することが可能であ る。スピンモーメントの算出方法を以下に示す。
磁気効果Rは以下のような(4-5)式で定義される。
J J
J
R J
(4-5)J
とJ
は、磁場を散乱ベクトルに平行(+)、反平行(−)に印加したときでの、コンプ トン散乱スペクトルの積分強度である。その積分範囲の例を以下の図Ⅲ-15で示す。赤い線 で示した約650チャンネルから約920チャンネルの範囲で積分しJ
としている。図Ⅲ-15 積分範囲の例(YTIO3の場合を用いている)
また(4-5)式で定義される磁気効果は以下のような(4-6)式で表すことができる。
) ( N A
R
spin (4-6)spinはスピンモーメント、Nは単位胞あたりの電子数である。Aは実験環境によって決ま る定数である。(4-6)式より磁気効果Rが解ればスピンモーメントが得られることが分かる。
しかしここで問題になるのが、Aの値である。Nは物質を考えれば分かり、Rは磁気コン プトン散乱実験をすれば分かる値であるが、Aの値は分からない。この問題を解決するた めに、標準試料であるFeを用いた磁気コンプトン散乱実験を行った。Feを用いる理由とし
ては、Feのスピンモーメントは様々な実験方法によって測定されている。つまりFeの実験 をすることによりAの値を調べるわけである。Fe の実験をすることにより磁気効果
10
218 . 1
R
が得られた。また Feのスピンモーメント spin2 . 083
43)、原子番号 26 を 用いることに(4-6)式より、A0 . 146
を得た。このようにして得られたAを用いることに、YTiO3のスピンモーメントを得た。
磁気コンプトン散乱実験よりa軸、c軸の磁気効果はそれぞれ、
10
3) 01 . 0 45 . 1 (
R
,R ( 1 . 46 0 . 01 ) 10
3であることがわかった。これにより、a 軸、c 軸のスピンモーメントはそれぞれ 0.84 0.03 B、0.85 0.03 Bを得た。また得られた ス ピ ン モ ー メ ン ト は 、SQUID で の 磁 化 測 定 よ り 得 ら れ た 飽 和 磁 気 モ ー メ ン ト の 値0.84 0.02 Bとよく一致している。
磁気モーメントは軌道磁気モーメントとスピン磁気モーメントの和(L+2S)で表される 物理量であるため、磁気コンプトン散乱より得られたスピン磁気モーメントが、磁化測定 より得られた磁気モーメントとよく一致していることは、軌道磁気モーメントが 0 である ことを意味している。つまり、YTiO3において軌道磁気モーメントの凍結が起きていること を決定的に裏付けている。
4-3 結晶方位異方性
結晶方位により異方性があるか調べるために、異方性のプロファイル Jmagを次式で定義 する。
) ( )
( )
(
z mag_A z mag_B zmag
p J p J p
J
(4-1)A と Bは測定した結晶方位を表している。(4-1)式はある磁気コンプトンプロファイルから 別のある磁気コンプトンプロファイルを引いたものである。つまり異方性を表すプロファ イルになる。ここで、次式で表される異方性のプロファイルについて考える。
) ( )
( )
(
_
a c z mag_a axis z mag_c axis zmag
p J p J p
J
(4-2)(4-2)式で表される異方性のプロファイルをそれぞれ図Ⅲ-16に示す。
図Ⅲ-16 b軸からa軸の磁気コンプトンプロファイルを引いた異方性プロファイル
0 2 4 6
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5
p
z⊿ J
mag( p
z)[
B/a .u .]
[a.u.]
図Ⅲ-16を見てみると、
p
zが0 a.u.から2 a.u.の範囲でゼロになっていないことがわかる。つまりa軸、c軸方向には異方性があることを表している。
a軸、c軸方向に異方性があるということは、電子雲の形状に異方性があることを表して いる。磁気コンプトンプロファイルは磁性を担う電子のみに依存したプロファイルである ため、YTiO3の1つの3d-t2g電子の波動関数に異方性があることを示している