これまでの磁気スラストチャンバの模擬実験における磁場計測は、磁気プローブを用い て磁場の時間変化を計測した。その結果、コイル磁場がプラズマの磁場によって減少し、磁
気空洞(magnetic cavity)が形成されることを示した[1]。この計測手法の特徴は、磁気プロー
ブは導線を巻いただけという単純な構造をしているという点である[2]。磁気プローブは、
導線で囲った面積を貫く磁束密度の時間変化によって、導線の両端に下の式で表す誘電起 電力Vが生じる。
𝑉 = −𝑁𝐴𝜕𝐵
𝜕𝑡 (4.1)
ここで、Nは導線の巻き数、Aは導線によって囲われた面積、𝜕𝐵 𝜕𝑡⁄ は磁束密度の時間変化 を示す。その誘電起電力を計測することで、磁場の時間変化を求めることができる。これま での研究では、局所的な磁場しか計測してこなかった。数値解析の妥当性検証のためには、
磁場の全体的な構造での比較が好ましい。そのためには、磁気プローブによる多点計測が考 えられるが、磁気プローブを磁気スラストチャンバ内に多数配置すると、磁気プローブとレ ーザープラズマが物理的に接触してしまいプラズマを乱してしまう。そのためプラズマを 乱さない、非接触計測が求められる。
そこで本実験では、プロトンバックライト法[3]を用いて磁気スラストチャンバの磁場を 計測する手法を確立する。プロトンバックライト法は、短パルス(数ps)高強度レーザーを金 属箔に照射することでプロトンを生成し、生成したプロトンを測定対象に照射する(Fig.4.1)。 電荷 q のプロトンが速度𝒗⃗⃗⃗で測定対象に侵入すると、測定対象の電場𝑬⃗⃗⃗や磁場𝑩⃗⃗⃗からローレ ンツ力𝑭⃗⃗⃗=q(𝑬⃗⃗⃗ + 𝒗⃗⃗⃗ × 𝑩⃗⃗⃗)を受けプロトンの軌道が曲げられる。下流にてプロトンのイメージを 計測することで、測定対象の電磁場を明らかにする計測である。
実験で得られたプロトンイメージから、次の様な計算フロー[Fig.4.2(a)]で、磁気スラスト チャンバの磁場構造を見積もる。
[1] 適当な磁場構造を生成する。
[2] 生成した磁場構造を基に、プロトンビームの軌道を計測器の位置まで計算する。
[3] 計算で求めた計測器位置でのプロトンビームのイメージと実験で得たプロトンイメー ジを比較する。
[4] 計算と実験のプロトンイメージが同じなら、入力した磁場構造を出力する。違った場合 は、新しい磁場構造を生成し[2]~[4]を繰り返す。
プロトンビームの軌道計算のおおまかな流れ[Fig.4.2(b)]を以下に示す。
92 [一] プロトン粒子の初期速度・初期位置の設定を行う。
[二] プロトン粒子位置での磁場の値を求める。
[三] 粒子位置での磁場から、プロトン粒子にかかるローレンツ力を計算し、プロトン粒子 の速度・位置を更新する。
[四] [二]~[三]をプロトンが計測器に至るまで繰り返し、計測器上でのプロトンイメージを求 める。
しかし上記での磁場構造の見積もりには、磁場の変数が多く計算コストが高いという問 題点がある。例えば、計算メッシュの数が(100 × 100 × 100)個で区切られている計算領域で、
各格子点上の磁場のx成分、y成分、z成分を求める場合、求める磁場の変数の数は3 × 106 個と膨大な数になる。それらの変数を、しらみつぶしに探索したり、ランダムに探索してい くと計算コストが高くなってしまう。そこで求める解を効率的に探索するために、遺伝的ア ルゴリズム(Genetic Algorithms: GA)[4-5]を利用した探索手法を取り入れる。このアルゴリズ ムは生物進化のメカニズムをまねた確率的探査法の一手法である。GA では、「適応度」と いう新しい指標を考慮している。本研究の場合は、プロトンの軌道計算から求めたプロトン イメージが、実験で得られたプロトンイメージとどれだけ近いかを示す指標を適応度とす る。そして、実験結果に近い(適応度が高い)プロトンイメージを作る磁場構造の周辺に求め る解が存在するという考えのもと、適応度の高い磁場構造に似た磁場構造を重点的に探索 して、効率的に解を探索する手法である。GAのおおまかな手順(Fig.4.3)を以下に示す。
(1) 初期母集団の生成
複数個の解候補(磁場構造)を生成し、その集団を母集団とする。
(2) 複製生成
母集団の中からランダムに2つの解候補(親)を選択する。
(3) 子の生成
選択された2つの親を基にして、複数個の新しい解候補(子)を生成する。
(4) 生存選択
選択された親と生成された全ての子を合わせた集団から適応度が高い 2 個体を選択す る。
(5) 解の交換
ステップ4で選択した2個体を、母集団中の親と置き換える。ある終了条件が満たされ るまで、ステップ2からステップ5までを繰り返す。
上記の手順を行うことで、探索する磁場構造を効率的に選択し、計算コストを抑えながら実 験で得られたプロトンイメージから磁場構造を見積もる。
本論文では、実験によるプロトンイメージの取得とプロトンビームの軌道計算[Fig.4.2(b)]
に主眼を置き、磁場構造の見積もり[Fig.4.2(a)]は今後の課題とする。一般的にプロトンバッ クライト法は、数psのレーザーを用いて数MeVのプロトンを生成し、数kT程度の磁場計
93 測に利用されてきた[6-7]。しかし我々が対象としている磁場の強度は最大4 T程度であり、
短パルスレーザーで生成した高エネルギーのプロトンは適さない。そのため長パルス(100 ps)のレーザーを用いて低エネルギーのプロトンを生成し、数Tの弱磁場を計測する方法を 提案する。本論文では、長パルス(100 ps)レーザーを用いてプロトンを生成し、プロトンビ ームがNd 永久磁石が作る~0.1 T の弱磁場によって、その軌道が変化するかの検証を行う。
94
Fig.4.1プロトンバックライト法の概略図
Fig.4.2(a)プロトンイメージから磁場構造を見積もるアルゴリズムの計算フローと(b)プロト
ンビームの軌道計算の計算フロー。
Fig.4.3 GAの計算の流れ。●は解候補(磁場構造)を示す。
95