本章においては、継続企業の前提(GC:Going Concern)の問題に関する先行研究につ いて、海外と国内、制度、理論及び実証研究の別に、研究のテーマ毎に区分してその内容 や成果について整理する。研究テーマ毎にサンプルやモデル、制度の相違等を踏まえて結 果について整理し、その課題を明らかにする1。
3.1 海外における先行研究
海外の研究では、米国において GC 問題への制度対応が先行してなされたことにより、
米国企業を対象とした研究が多い。
3.1.1 理論研究
当セクションでは、GC問題を理論的に考察した海外の主要な先行研究を、時系列に従っ てレビューする。なお、米国における先行研究が多いため、米国監査基準書(SAS:Statement on Auditing Standards)第34号(AICPA [1981])の公表とSAS第59号(AICPA [1988b]) の公表を境に、研究時期を3つに区分している。
(1) SAS第34号公表前
未確定事項の監査問題の中で GC 問題を最初に識別した研究として、Carmichael[1972]
が存在する。Carmichael[1972]はGC問題を波及的未確定事項(pervasive uncertainties)
として識別し考察している点で重要な研究成果の一つである。Carmichael[1972]は、当時 の米国の監査基準及びその実務指針の規定に存在する問題点、すなわち①限定意見と意見 差控との区別及び限定意見と不適正意見の区別、②意見差控と不適正意見の区別、③条件 付限定意見の適切な使用の3つの論点それぞれについて GC 問題を考察し、条件付限定意 見の廃止を主張するなど将来のあるべき方向性を示した。
Accountants International Study Group[1975]は、米国、英国及びカナダの3カ国の監 査実務におけるGC問題への対応状況が比較・検討されている。結論はCarmichael[1972]
の研究成果とともにその後の GC 問題に関する監査基準のモデルを示したものと評価でき る2。
米国公認会計士協会(AICPA:American Institute of Certified Public Accountants)が 監査の期待ギャップ問題を包括的に調査・研究して財務諸表監査制度全体を改革するため に設置した監査人の責任委員会によるコーエン委員会報告書(Commission on Auditor’s Responsibilities[1978])は、未確定事項ないし GC 問題について、当時の会計及び監査基 準を監査人の役割及び責任区分の立場から批判し、未確定事項が存在する場合に条件付限 定意見(subject to opinion)を表明することは経営者の財務諸表の作成の一環に関与する という懸念が想定されるとして、条件付限定意見の廃止と財務会計基準書(SFAS:
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Statement on Financial Accounting Standards)第5号(FASB[1975])に規定されてい る偶発事象を、会計方針の開示と同じように単一箇所で注記開示すべきことを勧告してい る。また、GC問題にかかわる未確定事項は、監査報告書よりも財務諸表での開示、あるい は財務諸表の修正によって効果的に達成できること、及び未確定事項が財務諸表に適切に 開示されていれば、監査意見で未確定事項に言及すべきではないことを主張している。コ ーエン委員会の条件付限定意見の廃止勧告は、その後の GC 問題の議論に大きく影響して いる3。
同時期に、カナダでは「監査人の役割に関する特別検討委員会」の報告書、いわゆるア ダムス委員会報告書(Special Committee to Examine the Role of Auditor [1978])が公表 され、コーエン委員会報告書と同様に、企業存続能力に関するものを含むリスク・不確実 性情報の単一の注記開示と条件付限定意見の廃止を勧告した。この勧告に基づき、カナダ では1980年に条件付限定意見が廃止されている。
(2) SAS第34号公表後
直接的に GC問題を取り扱ったものではないが、Thornton[1983]では、偶発事象と不確 実性に関する会計及び監査上の取り扱いを理論的・実証的に検討している。また、アメリ カとカナダの実務及び理論の比較研究を目的として、条件付限定意見廃止の理論的根拠を 示し、アメリカとカナダの条件付限定意見の廃止の扱いに差が生じたのは、アメリカより もカナダの方が会計基準設定における会計職業専門家の権限が強いため、リスク・不確実 性に関する責任を経営者に転嫁できることを指摘している。さらに偶発事象について改善 勧告を行っている。
AICPA・リスク及び不確実性に関する作業部会報告書(The Task Force on Risks and Uncertainties [1987])は、重要なリスク及び不確実性の財務諸表での開示を勧告している。
GC問題について直接勧告を行っているわけではないが、開示すべき不確実性の影響がGC を脅かす場合もあると説明されており、GC問題を視野に入れた報告書であった。この報告 書の勧告を受けて公開された見解表明書(SOP:Statement of Position) 94-6の公開草案
(AcSEC [1991])がGC問題について報告書よりも踏み込んだ規定を設けた。公開草案の 審議の過程でGC問題に関する規定はSOP94-6から削除されたが、本報告書は未確定事項 問題について会計規定としての対応を図ったSOP94-6の出発点となり、その意義は大きい とされている4。
69 (3) SAS第59号公表後
カナダ勅許会計士協会(CICA:Canadian Institute of Chartered Accountants)・社会 の人々の監査に対する期待研究委員会報告書(マクドナルド委員会報告書:Commission to Study the Public’s Expectation of Audits [1988])では、GC問題に関する基本的な立場と して、GCの開示はまず会計基準の側の問題であるとした。GCに関する会計基準が存在し、
それに基づく開示が行われていれば、監査報告書で限定意見が表明されることが非論理的 である。しかし社会の期待に鑑み、本報告書は GC の開示を基本的な立場のらち外におい て、監査人は経営者によって開示された GC 問題を特記事項として監査報告書に記載すべ きことを勧告した。
Boritz[1991]は、期待ギャップ問題を検討したマクドナルド委員会の勧告事項を受けて、
CICAの調査研究として行われたものであり、制度改定に向けての勧告までが示されている。
すなわち、GC問題の程度に応じた会計及び監査上の対応を求めており、さらに問題の程度 が一定以上の場合には、監査上もいわゆる二重責任の枠組を逸脱しても監査報告書におい て注意を喚起する、ないしは警告を発する情報を提供するように求めている。さらに GC の前提が妥当でない場合には、それを離脱した代替的な会計基準による財務報告を可能と するよう代替的な会計基準を整備することを求めている。
AICPA・ジェンキンス委員会報告書(Special Committee on Financial Reporting [1994])
は、直接GC問題を取り扱ったものではないが、その包括的事業報告モデルにおいてはGC 問題が情報利用者のニーズに応じて経営者によって開示され、監査人がそれに対する信頼 性を付与することが想定されている。
イ ギ リ ス の キ ャ ド ベ リ ー 委 員 会 報 告 書 (Committee on the Financial Aspects of Corporate Governance [1992])は、コーポレートガバナンスを取り扱った報告書であり、取 締役が財務報告において、事業活動が GC であることを記載すべきことを勧告しており、
まず会計上の概念の整理を行い、GC 概念を会計上の基礎概念と位置づけている。企業が GC として存続するかどうかを判定するに際して取締役がどのような要因を考慮すべきか は、業種ごと、また企業毎に異なり、取締役にとって管理可能な要因もあれば管理不能な ものもある。企業の GC として存続する能力はあらゆる手段を駆使して総合的に判定すべ きであるが、その際に考慮すべき要因を掲げ、その要因別に取締役が採るべき手続につい て詳述し、GCに関する言明の開示場所について、本報告書は事業及び財務のレビューが適 当であるとしている。
ハンペル委員会報告書(Committee on Corporate Governance [1998])は、キャドベリー 委員会が監査人の主な責任及び監査の範囲と価値、株主、取締役会及び監査人の間の関係 についての事例を検討したことを指摘した上で、それにかかる勧告の大部分が十分に受け 入れられ、会計職業専門団体等により多くのことが実行されてきたと述べている。GC問題 についてキャドベリー委員会報告書の勧告を示し、そのガイダンスがキャドベリー委員会
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作業部会報告書として公表されたことを指摘し、GCに関する記載を行う際の取締役及びか かる記載に関して意見を表明する際の監査人はこのガイダンスに満足しており、ハンペル 委員会は法制化の必要はないと考えていることを示した。ハンペル委員会報告書はキャド ベリー委員会の勧告及びその勧告を受けて作成されたキャドベリー委員会作業部会報告書 のガイダンスを支持しているといえる。
AICPAの公共監視委員会(POB:Public Oversight Board)が1998年10月に設置した 監査の有効性に関するパネル(the Panel on Audit Effectiveness)による監査の有効性に 関するパネル報告書(AICPA[2000])では、監査リスク・モデルを再検討する中で、GC問 題 を 取 り 上げ て お り 、特 に 米 国 財務 会 計 基 準審 議 会 (FASB:Financial Accounting Standards Board)に対してGC概念を定義し、GCの開示に関する第一義的な責任は経営 者にあることを明記するように求めている。
3.1.2 実証研究
海外の実証研究については、 ①GC 情報開示の株式市場への影響、②GC 情報の融資担 当者に対する影響、③GC情報に関する監査人の判断、④GC開示後の状況の分析、⑤その 他の5つの研究テーマに区分することができる。
上記のうち①と②は GC 情報開示が企業の利害関係者に与える影響を取り扱った分析で あるが、その内訳は投資家の意思決定に対する影響を取り扱った①の領域に属する先行研 究が圧倒的に多い。③の領域に属する先行研究では、監査人の判断基準として監査基準や 制度、法令、その他の環境が変わった場合のGC 意見への影響、あるいは監査人の GC 意 見の表明に影響を与えるその他の要因を分析する研究と、GC意見と監査人の独立性や監査 の品質、監査人の保守性等との関連を分析した研究がある。④の領域に属する研究では、
GC意見と倒産予測モデルとの比較、あるいは監査人によるGC意見が企業の倒産を引き起 こすという自己成就的予言の議論に焦点を当てた研究が数多く存在する。
(1) GC情報開示の株式市場への影響
GC情報と株式市場の反応の関係を取り扱った研究には、短期的な株価反応を対象とした ものから、中長期の株価パフォーマンスを取り扱った研究まで多数存在するが、その結果 については一様ではない。
まず、GC情報の開示に対して、株価に負の反応がみられるとした研究は、以下の通りで
ある。Firth[1978]は、監査意見の限定事項のうち証券市場が反応する種類の一つとしてGC
を挙げており、イギリスにおいてGC意見を受け取った 35 企業のサブサンプルを対象に、
-4.1%の超過リターン(Abnormal Return)を検出した。Chow and Rice[1982a]は、米国 において GC 情報が含まれる監査報告書に対して、有意な超過リターンを報告し、条件付 限定意見の有効性を検証した。Fleak and Wilson[1994]では、GC情報が含まれる監査報告